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『絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート』 目次
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(投稿:by 僻地の産科医)
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JMM [Japan Mail Media] 2008年3月26日発行 No.472 Extra-Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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■ 『絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート』 上 昌広
第1回「現場からの医療改革を目指して」
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「現場からの医療改革を目指して」
2008年現在、新聞やTVニュース、あるいはWebサイト上で、医療に関する話題には事欠きません。大抵は、救急車のたらい回しであったり、病院が診療部門を継続できずに閉鎖したことであったり、適切でない治療を受けた患者が不幸な転帰を辿ったことであったりします。実感が湧かないかもしれませんが、こういった現象はどこか違う国の話ではなく、今、私たちの日常生活の中で当たり前に起こっていることなのです。
2007年後半から、「医療崩壊」という言葉を耳にするようになりました。我々臨床医の現場感覚からすると、確かに良質の医療を提供することが構造的に困難になっている、と感じます。日本の医療が全て崩壊するまでにそれほど時間はかからないかもしれない、とさえ感じています。日本は世界で最長の平均寿命を達成し、さらに世界で最も安価な医療を供給することに成功してきたはずです。なのに、一体なぜこんなことになってしまったのでしょうか。
マクロ的視点で見ると、原因は割とはっきりしています。
1975年以降、日本では高齢化が急速に進みました。特に1995年に合計特殊出生率が1.5を切るようになってから、日本の高齢化は人類史上、類を見ない速度で進んでいます。2005年から総人口は減少に転じ、90年代までは先進各国で中頃であった高齢化率も2006年には20%を越え、現在、世界でも突出した超高齢社会となっています。
一方で疾患にはそれぞれに特有の好発年齢というものがあり、若年者が罹患しやすい病気と高齢者のそれとは違います。1950年の日本人平均寿命は男性58歳、女性61.5歳で死因の第一位は結核でした。これが2005年には男性78.5歳、女性85.5歳となり、第一の死因は悪性腫瘍になりました。悪性腫瘍の死亡総数に占める割合は7.1%から4倍以上の30.1%となり、また、悪性腫瘍・心疾患・脳血管疾患といういわゆる三大疾患の占める割合は24.7%から58.3%にまで上昇しています。
高齢化社会とは経済成長により近代化を達成した先進国社会の裏面でもあります。
経済成長による衛生状態の改善と医療水準の向上は、乳幼児死亡率の大幅な減少を通じて平均寿命の延長へとつながり、結果、集団の平均年齢が上がることで疾病構成は大きく変貌しました。話はそこに留まりません。医科学の進歩は、結核をはじめとする感染症を早く・安価に・後遺症無く治療することを可能としました。一方で、医科学はいまだ加齢現象に対し本質的な成果を上げるに至っていません。結果的にではありますが医科学の進歩により、加齢に端を発する三大疾患については、ますます高齢者が罹患し、治療期間が長期化し、医療費がかさみ、後遺症を残すばかりか完治を期待できない、という状況になっています。
さらに経済成長は、国民の医療に対する期待度を押し上げ、結果として医療満足度を押し下げる(医療満足度=現実の医療/医療への期待度)といった心理的側面や、未婚率の上昇=単身世帯の増加による家庭における介護機能の低下・喪失などを通して、医療に深刻な影響を与えています。
従来の感染症治療モデルでは、個人にとっては早期に治癒し職務復帰するために、入院が効率的でした。社会にとっても感染症の蔓延を防がねばならず、この点でも入院という手段に外部経済性が働きました。患者を病院に収容するよう強力なインセンティブが発生し、制度が整えられてきたのです。ところが加齢性疾患の治療に関しては、そもそも最終的な治療目標が個人によって違うため、入院が適しているとは言えない治療期間が無視できないほど長期化します。この期間の加齢性疾患の治療は本来ならば生活動線上で行われる方が効率的なのですが、家庭および地域社会は治療の場として機能しなくなっています。また、加齢性疾患には外部経済性(外部不経済)が欠如しているため、制度設計もなおざりになっていました。こうして人生の貴重な最期の数ヶ月を意に反して病院で過ごさざるを得ない構造ができあがり、鬱積した社会的ストレスが医療に対する不信感の要因になっています。
このように、従来型の疾病構造に対する医療と、三大疾患を対象とした現在の医療とでは、供給体制が全く違ったものになってしかるべきです。現在の医療制度、とくに1960年に完成された国民皆保険制度は、マイケル・ムーアの“Sicco”を引き合いに出すまでもなく、現在においても世界に誇るべき秀逸な制度です。しかし、現在の疾病構造は当初に想定していたものとはかけ離れてしまいました。近代化に伴う急速な高齢化と国民意識の変容に医療制度・供給体制が対応できていない、というのが問題の本質なのです。
医師にとってのProblemとは通常、患者の身体上におきる様々な障害のことを指します。医師は初期トレーニングにおいてClinical Problem Solving の手法を学び、問題解決を強く動機づけられるのですが、今の現場で生じている問題は、前述のように医療制度・世相と供給体制とのミスマッチに端緒するため、診察室の中の努力だけではもうどうにもなりません。現在の医療は医学を中心とした幾つかのサブシステムを包含する巨大かつ複合的な社会システムへと変貌を遂げており、医療問題もまた医学を中心とした複合的かつ社会的なものにならざるを得ません。その解決には政策、行政、メディア、教育など、異なる分野の有機的な連携が必要不可欠なのです。
診察室の中で起きる診察室の中では解決できない問題を解決したいとの志で、筆者、および旧知の鈴木 寛(参議院議員)らを中心に臨床医、政治家、官僚、メディア関係者、企業家などが集い、医療現場の問題を考えるようになりました。これが現場からの医療改革推進協議会の始まりです。このような集団の維持には、ITの発達が大きく貢献しています。信頼感のある仲間同士の間では、立場をこえて、密接に情報交換することを容易になったからです。様々な専門家による「熟議」を通じ、参加者は医療問題についての理解が進み、各自がすぐに出来ることを自覚できるようになってきました。
一昨年、昨年に開催した同協議会シンポジウムでのセッションを列挙します。2006年11月に開催した最初のシンポジウム (http://expres.umin.jp/genba/index.html#p4)では、
(1)医療崩壊の実態、
(2)市民のメディカルリテラシーの向上とメディアの役割、(3)未承認薬問題、
(4)日本の感染症問題(パンデミック対策)、(5)医療サービスと生活動線、
(6)医療情報(EBMを越えて)、(7)小児科・産科の医療供給体制の整備、
(8)提唱患者学、(9)医療事故後制度改革を取り上げました。
2007年11月には、第2回のシンポジウムを開催し(http://expres.umin.jp/genba/index.html#p6)、
(1)未承認薬問題2、 (2)医療とメディア、(3)新しい医療サービスのあり方、
(4)新規医療技術の 確立・普及を目指して、(5)医師不足・産科問題、
(6)医療システムデザイン (経営コンサルタントの立場から)、(7)がん対策、
(8)医療紛争処理を取り上げました。
以上、非常に多岐に亘っていることがご覧いただけるかと思います。今後、この内から幾つかをご紹介していきたいと考えています。
さて、編集長は、70年代後半に日本が近代化を達成し明治以来続いてきた国家的目標が喪失された、しかし新しい時代に則した新しい目標を設定できていない、との問題意識を繰り返し述べておられます。お気づきであろうかと思いますが、前述の医療問題も他に山積する問題と全く同じで、近代化達成以後のポストモダン社会を如何に構築するか、といった問いを含んでおり、この視点からの議論なくして本質的な解決は望めないでしょう。
また、先日編集長からのメールにありました「危機的な医療の現状を改善するためには医療費の値上げが不可欠なのか、という問いへの対応としては、まず私たちがどのような医療を望んでいるのかを考えた上で、医療費の値上げ以外のあらゆる対策・解決法をすべて吟味・検証する必要がある」との言には全く同感です。ただし医療問題は、財源から制度設計、需給ミスマッチの解消などの問題に加えて、「21世紀に生きる我々は病・老・死をどのように捉えるのか」といった永遠に答えの出ないような問いが混然一体となっています。いくらお金をかけても病・老・死から逃れ得た人間は存在しません。あるものには財源を割り当て、あるものには改革の断刀を振るい、あるものに対しては問いの立て方そのものを変えてゆかなければならないでしょう。
JMMを通じて、少しでも医療に関する広く本質的な議論が盛んになることを望みつつ、第一稿の筆を置くことにします。
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上 昌広(かみ・まさひろ)
東京大学医科学研究所 探索医療ヒューマンネットワークシステム部門:客員准教授
Home Page: http://expres.umin.jp/
帝京大学医療情報システム研究センター:客員教授
「現場からの医療改革推進協議会」
http://plaza.umin.ac.jp/~expres/mission/genba.html
「周産期医療の崩壊をくい止める会」
http://perinate.umin.jp/
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