(関連目次)→うつ病に関する記事 目次
(投稿:by 僻地の産科医)
“好き”と“楽しむ”の違い
遙 洋子
日経ビジネス オンライン 2008年9月13日
(1)http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20080909/169949/
(2)http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20080909/169949/?P=2
大阪城ホールのコンサートに行った。巨大なホールを満席の客がひしめき合い、胸を高ぶらせていた。その日は著名ベテランアーティストたちが集結するコンサートだった。 開演と同時に客席には嬌声が飛び、もはや信仰の対象のようになっているカリスマアーティストに皆が陶酔していった。数曲歌い終え、やがてフリートークとなった。 アーティストたちの多くは60歳近い。トークの中身はおのずと病気自慢になった。アーティストの一人、松山千春は自身の心筋梗塞を熱く語り、ほかの一人は肝炎をひょうひょうと語った。「それ死ぬ病気ちゃうん」というツッコミに笑いがくる。
病気話が暗くならずに盛り上がったのには理由がある。ファンもまたアーティストと共に年を取り、似た年齢になっている。それぞれに病気を抱えての参加なのだ。 私の隣の知人は心臓病を抱えて何度もうなずいていたし、その隣は病んだ神経を癒しにコンサートに来ていた。病気話はつまりは、その日の空間においてはとってもタイムリーな話題だったのだ。
数日後、道で偶然、昔世話になったテレビ局の元社員に会った。彼は当時ではめずらしく早期退職を果たし、50歳で自分の人生を気楽に気ままに過ごす選択をした独身主義者の男性だった。その男性が開口一番言ったのは、「俺、心臓病になってなぁ」だった。 今は食事制限や酒量制限があり生活があまり楽しくないという。
そもそも病気は過度なストレスや不摂生が原因だと理解していた。この男性はタバコも吸わず、50歳で隠遁生活だったのになぜと思い、病気になった理由を聞いた。
「50歳で会社辞めたけど、翌年に心臓病になったから、辞めたとて取り返しのつかないストレスを蓄積していたことが分かった」のだそうだ。 アーティストたちもまた、その中の数人を私は知っているが、楽屋では過度なストレスから怒鳴り散らしたり神経を尖らせている姿を私は目撃してきた。好きな音楽をやれているからといって、ストレスから解放されるかどうかは別問題なのだ。
私もまた好きな職業を選択したつもりだ。わがままが高じ、たった一人で労働できる“作家”という仕事にもつけた。好きな時に書き、言いたいことを喋るバラエティ番組に出ながら、ストレスで倒れる会社員たちを哀れんでもいた。
すると先日、私もまた救急病院に運ばれるハメになった。「過度なストレスと疲労ですねぇ」と医師が原因を言った。
「へ!?」と思った。私もまた、病気軍団と無縁ではなかったのだった。
先日、出版社からの執筆依頼というのがあった。
その依頼者の女性編集者も60歳近い。だがとても健康だしまるで30代のノリで仕事をしているように見える。 打ち合わせには「このレストラン、ビジネスマンに人気1位の店なの」という洒落た場所を彼女が選び、食事をしながら仕事の話が進んだ。おいしい生牡蠣に舌鼓を打ち、女性ばかりの席でお化粧の話に盛り上がった。考えてみるとこれって20代の話題だ。
そういえば、その女性、以前から写真好きで、ちょっとした会合にも写真を撮り、それを焼き増ししては皆に配るのを趣味のように楽しんでいた。私なんかは写真を撮ったが最後、「ああ、焼き増しして配らねば、なんと面倒くさい」とストレスに感じるタイプだ。ところがその女性は焼き増しした写真すべてをA4用紙に引き伸ばし、そこに注釈やらセリフやらを自由に書き込むのだ。すると、何気ないスナップ写真が生き生きと蘇る。そうやってまたキャッキャと写真を見ながら皆で笑いあうのだ。
そうやって同じ作業でも楽しみながらやる女性が、その日は仕事の話をした。
前菜から3皿目くらいまでは雑談。やがて4皿目くらいから仕事の話。メインディッシュでは私の意見。やがてデザートの頃には次回作の締め切りから執筆料まで、気がつくと話がとんとん拍子に決まっていた。 この見事な展開に、あらためて再度の乾杯をして、私は感心しながら帰路についた。 同じかそれ以上の仕事量をこなしながら、ストレスで病気になるのではなく、それ自体を楽しむ人がいるという驚異的事実。
男性と打ち合わせの場合、“そこらへんの”店だったり、会社だったりすることが少なくない。その男性に“お洒落な店”という注文を出したら、パニックになったことがある。 店選びから人付き合い、挙句は写真の焼き増しまで、すべてがストレスになり得るし、すべてを楽しむこともできる。
そしてストレスは間違いなく病気の引き金になる。
とてもよく仕事のできる50代から60代の人たちの病気の連鎖を見た。私は40代だがすでに過労だ。どこかでシフトせねばならないのだろう。 仕事のやり方は覚えた。では、楽しみ方はどれほど学習してきただろう。仕事も楽しみ方も急には身につかない。
アーティストといい、私自身といい、“好き”は仕事の“楽しさ”を保証するものではどうやらない。ストレスだらけの“好き”もある。なら“嫌い”でも楽しく働くことは可能ということだ。60代で病気になるか、キャッキャとはしゃげる60代になるか、それは今からもう始まっている。
“楽しむ”は、好き嫌いとはまた別の能力らしい。
うーん、遙さんの言う通りかも。私も仕事は好きだけど、楽しんでいるとはいえませんからね。(楽しんでいたら、抗うつ剤なんか飲んでないし)
本当は引きこもりタイプなので、仕事を楽しめる境地になれるかどうか疑問です。
投稿情報: 山口(産婦人科) | 2008年9 月16日 (火) 20:12