(関連目次)→過労死目次 医療安全と勤労時間・労基法 目次
(投稿:by 僻地の産科医)
昔から医師は長時間労働でしたけれど、
やっと最近になって社会問題化してきました(>▽<)!!!
病院幹部と当直の話合いに欠かせないのは、
「労働基準局」というキーワードです。
というのは、労働基準法の遵守で、病院が立ち行くはずがないはずだからなんです。
労働基準法は私たちを守ってはくれないんですけれど、
遠くで見守ってくださっています ..。*♡
医師の長時間勤務で医療安全は低下 管理者も医療事故の責を負う 社会概念の形成が不可欠 江原朗 (北海道大学大学院医学研究科予防医学講座公衆衛生学分野客員研究員) 1.勤務体制に事故原因を求めていない現在の医療体制 昨今、小児救急をはじめとして、時間外・休日の受診患者数の増加が著しい。その一方、時間外・休日に応需する救急医療機関の数は減少している。病院勤務医は研修医・指導医にかかわらず、長時間労働を余儀なくされている。24時間眠らないと、集中力は運転免許の停止処分を受けるのと同等の酩酊状態にも匹敵する。こうした状態の下で当直明けの医師の診療は行われているのである。しかし、医療事故が発生した場合、責は医師個人が負うことになる。適切な労務管理を行うべき病院管理者の責任は問われていない。 一方、運送業などでは、過労運転を防ぐために法的な規制がなされている。万一、違反した場合、運転者本人だけでなく、雇用主も処罰される。医療事故が発生した場合、原因は医師を疲弊させる勤務体制にもあるのではないか。こうした考えから、長時間勤務と医療安全との関係を検討してみた(Ehara A. Are long physician working hours harmful to patient safety?.Pediatr Int .2008;50:175-178)。 2.医師の勤務時間の短縮は患者の予後にとって有益である 医学データベースMEDLINEおよびEMBASEを使用し、「work hours & medical errors」「work hours & patient safety」「work hours & malpractice」をキーワードとして、1966年から2005 年までの文献を検索した。この結果、医師の勤務時間の長短と患者に与える直接的な影響を検討した論文が7つ見付かった(表1)。 そのうち、4つの研究では、勤務時間の短縮により医療安全が向上したと報告していた。一方、他の3つの研究では勤務時間の長短と患者の予後との間に関連性はないと報告していた。しかし、「勤務時間を短縮して、患者の予後が悪化した」との報告はなかった。 医師の勤務時間を短縮して、医療安全が改善したとする報告は、以下の4つである。研究が行われた国はすべて米国で、1993年から2004年の発表である。それ以前に報告された研究においても、睡眠不足により診断や治療の精度が低下するとの結論は得られていたが、患者の予後を直接検討した報告はなかった。 Landriganらは、卒後1年目のインターンを対象とした研究を行った。3日に1回1勤務当たり平均34時間の当直勤務をするグループと、当直を4日に1回として連続勤務を最長16時間に制限したグループに分け、重大な医療ミスの発生頻度を比較した。この結果、平均34時間の当直勤務をするグループでは、当直における連続勤務を16時間にとどめたグループに比べて35.9%重大な医療ミスの発生が多いことが判明した。 Balit らは、卒後研修における労務管理の基準(連続勤務24時間以内、週の勤務時間80時間以内)を導入する前とした後で、分娩時におけるトラブルの発生頻度に違いが見られるかどうかを検討した。この結果、出産後の出血や新生児の蘇生の頻度は、労務管理基準の導入後に減少することが判明した。 Baldwin らは、卒後1、2年目の研修医にアンケート調査を行い、勤務時間と医療事故との関連を検討した。週に80時間以上勤務している研修医が重大な医療事故に遭遇する頻度は、それ以下の研修医の1.58倍であった。 Mann らは、2年目の研修医がオンコールで応需する際に、夜勤補助者(他の研修医)をつけた場合とつけない場合で診断ミスの頻度がどう変わるか検討した。両者の連続勤務時間は33時間で変化はなかったが、夜勤補助者がいる場合といない場合では、オンコール時の研修医の睡眠時間は、5.75時間対2.75時間で大きく異なっていた。また、夜勤補助がついた研修医の診断ミスは補助者なしの場合に比べて少なかった。 3.医療安全の確保には情報の共有が必須である 医師の勤務時間を減らすことは、「主治医制」ではなく、複数の医師が1人の患者の診療を行わざるを得ないことになり、診療の継続性が損なわれる可能性がある。疲労困憊した1人の主治医が診療を行うのと、申し送りを受け、十分な睡眠を取った交代勤務の医師が診療を行う場合と、どちらが患者にとって有益であるかを結論することは難しい。勤務時間を短縮すると申し送りの回数が増え、十分な情報が伝わらない危険が残される。しかし、IT(情報技術)を用いた申し送りシステムによって情報が十分共有されれば、医療事故の増加は防ぐことができると報告されている。 4.勤務時間の短縮とIT化による情報共有が医療安全を確保する 医師の長時間勤務が医療安全に与える影響を検討したこれら7つの研究では、勤務時間の短縮が患者に悪影響を与えるという報告はなかった。情報の共有が十分になされれば、医師の勤務時間の制限は、患者にとっても望ましいものになる。 多くの勤務医は、当直の際に32時間〔8時間(日勤)+16時間(夜間の当直)+8時間(翌日の日勤)〕以上の勤務を行っている。しかし、医療安全、労働衛生の点から、少なくとも、当直明けは朝帰宅できる体制を確保すべきである。安全はすべてに優先しなければならない。そのためには、適切な労務管理が不可欠である。 多くの国が、研修医の勤務時間の上限を定めている(表2、参考資料)。しかし、日本ではこうした対策が講じられていない。労働基準法では、法定労働時間を週40時間と定めてはいるが、現実には守られていないのが実情である。 5.提言 医療事故の原因を個人の資質だけに求めることは不可能であり、再発防止の観点からも望ましくない。時間外・休日の受診患者数の増加は医師の疲弊を来し、医療事故の多発につながりかねない。医療安全を確保するには、適切な労務管理が必須である。このためには、当事者である医師個人だけではなく、労務管理の責任者も医療事故発生時には責を負う社会概念の形成が不可欠である。限りある医療資源をどう活用するのか、国民、医療機関、行政・政治に課された問題は大きい。 医師の勤務時間と医療安全を論じた7つの文献
http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080415_1.html
1. Landrigan CP, Rothschild JM, Cronin JW, et al. Effect of reducing interns' work hours on serious medical errors in intensive care unit. N Engl J Med.2004; 351: 1838-1848.
2. Balit JL, Blanchard MH. The effect of house staff working hours on the quality of obstetric and gynecologic care. Obstet Gynecol.2004; 103: 613-616.
3. Baldwin DC, Daugherty SR, Tsai R, et al. A national survey of residents' self-reported work hours; Thinking beyond specialty. Acad Med.2003; 78: 1154-1163.
4. Mann FA, Danz PL. The night stalker effect: Quality improvements with a dedicated night-call rotation. Invest Radiol.1993; 28: 92-96.
5. Rogers F, Shackford S, Daniel S, et al. Workload redistribution: A new approach to the 80-hour workweek. J Trauma.2005; 58: 911-916.
6. Davydov L, Caliendo G, Mehl B, et al. Investigation of correlation between house-staff work hours and prescribing errors. Am J Health Syst Pharm.2004; 61: 1130-1133.
7. Lee DTY, Chan SWW, Kwok SPY. Introduction of night call system for surgical trainees: a prospective self-controlled trial. Med Educ.2003; 37: 495-499.
江原 朗(えはら あきら)氏
1987年北海道大学医学部卒。91年北海道大学大学院医学研究科生理系専攻博士課程(生化学)修了、同年北大小児科入局。現在、北海道大学大学院医学研究科予防医学講座公衆衛生学分野客員研究員。
コメント