臨床婦人科産科 2007年03月発行(Vol.61 No.3)
今月の臨床 周産期医療の崩壊を防ごう ぽち→
http://www.igaku-shoin.co.jp/prd/00146/0014633.html
シリーズ、いってみます。なかなか厳しい状況です。
産科医師の勤務状況
平原 史樹・石川 浩史・ 宮城 悦子・奥田 美加
遠藤 方哉・榊原 秀也・高橋 恒男
(臨婦産61巻3号・2007年3月 215-217)
はじめに(略)
労働の実態ー大学、基幹病院での勤務実態調査(※1)から
平成14~16年にわたって実施された厚生労働科学研究『小児科産科若手医師の確保・育成に関する研究』のなかで、横浜市立大学附属病院ならびに教育指導病院における卒後3年から15年目の医師を対象とした常勤医師の勤務実態を調べたところ、当直を含む病院での勤務時間(以下、病院勤務時間)は、1人1週間当たり73.3±17.3時間であった。(図1)
これは月間労働時間に換算して314時間となり。1ヶ月当たり140時間以上の所定労働時間外の労働が日常化していることを意味しており。長時間労働が常態化している現状が明らかになった。
さらに、病院勤務時間の内訳を検討したところ、患者に対して診療を行う時間(以下、直接診療時間)は1人1週間当たり51.5±13.6時間であり、病院勤務時間の70.3%を占めた(図2)。
これを月間労働時間に換算すると221時間である。直接診療時間のみで1ヶ月当たり約50時間以上の時間外労働を行い、そのうえ、さらに超過した時間で実習指導・自己研鑽・研究・会議出席、などの諸活動を行っていることになる。したがって、とりわけ急増している育児、家事を担う女性医師達にとってはきわめて大きな負担となる実態が存在する。(※2)
『当直』という名の終夜勤務
一方。当直業務については。週当たりの平均『当直』勤務時間は27.7±11.5時間であった。このうち実際に診療行為をしている時間は23.7±10.9時間であり、当直勤務時間の約86%が直接診療時間に費やされていた(図3)。
これは、産婦人科の『当直』が実質的には終夜連続勤務であり、仮眠時間は2~3時間、またはほとんどない状態であり、最近は特に未受診(非合法滞在外国人含)者の飛び込み分娩、常時満床ゆえに連日の救急要請に対する受け入れ先の捜索、斡旋(数時間に及ぶ関東一円の各医療機関への要請依頼)などが拍車をかけている。
また多くの施設では、『当直』の翌日は休日・祝日でないかぎりは通常勤務である。すなわち、『当直』明けを休みにできるほどの人員的余裕がなく、診療規模も過負担であることがその最大の理由である。さらに、この『当直』明けのまま勤務に入った日(当直の翌日)の平均離院時刻は19時32分であった。すなわち、ほぼ不眠不休の『当直』業務の翌朝からは、「ふらふら」になりながら通常の外来、さらにはがんの根治手術などをこなして、そのまま夜まで勤務しているのが実態である(※4)。これらの深刻な状況に理解を示す病院設置者のなかには。本給よりも多い勤務手当、分娩手当を付与するケースも出てきている。
宿日直・当直勤務とは
本来、『宿日直』勤務とは、『所定、引き労働時間外または休日における勤務の一態様であり、当該労働者にとって本来業務は処理せず、構内巡視、文書・電話の収受または非常事態に備えて待機するものなどであって常態としてほとんど労働する必要のない勤務』であり、医療者にとっては『原則として診療行為を行わない休日および夜間勤務』を指している(※3)。この定義からすれば、産婦人科医の勤務実態はまさに終夜勤務であり、決して当直などではない。
法的コンプライアンスが各業界でこれだけ騒がれ、マスメディアからも、法違反が大きく報道されるなか、なぜか産婦人科医(医師全般においても)の違法(を強いられる)労働従事ぶりはほとんど報じられない。それよりもむしろこの異常すぎる勤務環境から『病院引き上げ』をすれば、厳し糾弾を受けるのが現状である。医師で労基法に即した労働条件が守られているのは初期研修医のみであり、皮肉なことに、初期研修医が厳重に護られる分、上司の医師へのしわ寄せと負担がかかる結果となる。まことに珍妙な労働実態がそこには存在する。
厳しい勤務環境のなかで身を削る医師たち
表1は一般労働者に適応される労基法の条項であるが、これに比べると、通年で緊急対応をしている地域中核病院で部長以下2名までが指導医で、ほかが専門医取得間もないトレーニング中の医師と専門医取得前の実地研修中の医師5名で支えている病院では、勤務時間を積算すると頻繁なセカンドコールでの就労を含めて、その勤務時間は月369.6時間に及び、『当直』ではない終夜労働を入れると実に労基法を超えた所定労働時間外勤務は164.6時間という無法地帯である(※4)。同様になおいっそう過酷な地方の常勤3名で支えている多忙極まりない地域中核病院となると、月の勤務時間は合計月471.6時間となり、労基法基準を超えた違法労働時間は実に266.6時間に及ぶことになる。
長時間労働は、労働衛生上の問題のみならず、医療安全上の問題とも関連する。すでに夜間勤務において眠気が発生しやすい時刻、勤務開始時刻と覚醒状態・作業能力との関係、仮眠の効果などついては多くの報告がある。今回の調査期間中には幸いにして医療事故の発生はなかったが、細かいインシデントとの関係の検討は急かれる課題である。
厳しい労働条件で支えられる日本の医療水準
先進国のなかでもきわめて低い医療コストで世界1低い新生児死亡率、長寿トップを築き遂げたのは、家族をも巻き込み自己犠牲をいとわぬ医療者がいたからにほかならない。近年、この低コストはさらに緊縮され、一方で国民の医療に対するクオリティの要求度。医療万能の思い込みは増大する一方である。低コストかつ限られた人的資源ではできないものはできない。あたかも、全国均一のカプセルホテルの料金で高級ホテルのサービスが当然のように求められているのが医療の現場である。
この理不尽さに対しては、今の若い医師たちをみる限り科及的避けて通る傾向が著名であり、この改善を進めない限り、産科医療への若い人材が集まってくることはないであろう。
産科勤務へ深刻な影響を及ぼす刑事案件、医療訴訟
近年は、ハイリスク妊娠は中核病院へ集中し、熱心に産科救急に取り組む医師ほど現在の産科学では避け得ない不幸な結果に接することになる。人員不足のなか、誠実に不眠不休でふらふらになって努力しても医事紛争として対応せざるを得なくなったり、不幸な結果に直面して“医師逮捕”の言葉さえ思い浮かべなくてはならない医師が急増している。結果はこのような労働環境からの離脱である。離脱する医師の補充ができる間はまだ“悪循環”でとどまるが、もはや今の産婦人科医にはこの悪循環にとどめることのできる代替医師すらいない。これらの医師が燃え尽きて次々と離脱していくなか、緊急対応に耐える人的資源の集約化、無過失賠償制度など、医事紛争などへの適正な対応制度の制定は緊急の課題である。
おわりに(略)
(※1)平原史樹他 産科医師の勤務環境に関する研究
厚生労働科学研究平成16年度「小児科産科若手医師の確保・
育成に関する研究」報告書 pp353-356.2005
(※2)奥田美加 衆議院厚生労働委員会議事録(参考人発言)
2006年4月25日官報第1類7号 厚生労働委員会会議録17号2006衆議院事務局
(※3)平成14年3月19日都道府県労働局長宛通達:医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について、2002
(※4)平原史樹:産科医不足の現状とその解決にむけて―シンポジウム“お産ができるところが急激に減っている”報告集。日本産科婦人科学会神奈川地方部会誌43:29-36、2006
コメント