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(投稿:by 僻地の産科医)
夜間小児救急の緊急事態!
医師不足、患者殺到に立ち向かう
東洋経済オンライン 2008年10月31日
(1)http://www.toyokeizai.net/business/society/detail/AC/1ffec494b318230efeba950cc888fb4e/
(2)http://www.toyokeizai.net/business/society/detail/AC/1ffec494b318230efeba950cc888fb4e/page/2/
午後8時。すでに外来診療は終わった東邦大学医療センター大森病院(東京都大田区)の救急外来を、近くに住む小学生の女の子が母親と訪れた。熱があるという。「まず、お話からお伺いしますね」。看護師の誘導で、2人は小さな部屋に通される。3分後、「心配ございません」と促されて出てきた母娘は奥の待合室へ案内されていった。3分間、室内で行われていたのは「トリアージ」という緊急度判定作業だ。
トリアージとは仏語で選別を意味する。災害時など多数の傷病者が同時多発した際、限られた医療資源で最善の救命効果を得るために治療の優先度を決める「重症度判定法」として普及してきた。重症度に応じた色別タグ(黒=心肺停止状態など救命不可能、赤=重篤だが一刻も早い処置で救命可能、など)を傷病者の手首に巻くことで、「誰を最初に助けるべきか」が一目でわかる。日本でも2005年に107名の犠牲者を出したJR福知山線脱線事故で初めてトリアージが実施されたといわれる。
大森病院小児科では以前からトリアージを導入してきた。日常の医療現場が非常時のノウハウまで取り入れざるをえない。それは、小児医療の現場が“緊急事態”だという証しだ。
病院に勤務する小児科医は月100時間の残業も珍しくなく、過労は深刻だ。小児科医の数自体は減っていないが、「開業医はともかく、救急医療を担う病院勤務医は減っている。女医が出産・子育てと両立できずに辞めざるをえない例もある」(大森病院小児科の松裏裕行医師)。
そこに昨今話題の「コンビニ受診」現象が起きた。軽症にもかかわらず救急に駆け込む親子――。大森病院小児科の07年度の急患約1万2000人のうち、入院の必要があった重症患者は3・5%。残りは帰宅可能だった。受診数が減る傾向はない。同じくトリアージを導入した武蔵野赤十字病院小児科では、小児救患数が07年度1万0939人と2年前の1割も増えた。そのうえ「冬場の風邪だと大半の親がインフルエンザ検査を希望する。検査や結果説明で診察時間が1人30分以上になる」(清原鋼二・同院小児科副部長)。
患者が溢れることで医師たちが恐れるのは治療緊急性の高い子どもの存在を見落とすことだ。乳幼児に多いクループ症候群(喉頭気管支炎)は一見単なる風邪だが、もともと小指1本分の空間しかない声帯周辺が腫(は)れるため、まれに急変し窒息死する。アナフィラキシー(食物などが原因で起こる急性アレルギー反応)も緊急処置を怠れば重症化する。
それを防ぐのがトリアージだ。症状の重い順から蘇生、緊急、準緊急、非緊急に分類する。まずはけいれんや意識障害などの全身状態を点検。さらに緊急度分類表(疾患ごとの判定基準マニュアル)に照らす。同じ誤飲でも小さなプラスチック製品など体に害がないものなら非緊急、ボタン電池なら準緊急、アルカリ電池のように残留電力が胃に影響するおそれのあるものなら緊急となる。最後に体温、脈拍、血圧、呼吸数、酸素濃度などバイタル(身体的)サインで判断。以上を3~5分以内で終了させる。「現時点では割とうまく機能している」(清原医師)。患者のクレームもない。ただ小児医療は風邪が流行るこれからがピークだ。
小児科医の大同団結で「急病センター」発進
地方ではトリアージ以前に、急患を診る医師数が絶対的に不足だ。そんな中、医師たちが連携し小児救急を守る地域がある。兵庫県伊丹市の阪神北広域こども急病センターだ。今年4月に開所した。夜間・休日に空白となりがちだった“1次救急”を地域連携で補うのが狙いだ。1次救急は風邪による高熱など比較的軽症を診るもので、いわば救急の土台を支える。ただ、昼間の診療で手いっぱいの開業医は夜間・土日の急患を診る余裕はない。一つの市で開業医による輪番(持ち回り)をしても人手が足りず、高齢の医師が音を上げる状態だった。複数地域の医師が合同で持ち回れば1人当たりの負担は減る、そんな発案が実を結んだ。
阪神北圏域3市1町(下図)の医師が参加。平日の夜8時~翌朝7時は常勤医の山﨑武美センター長のほか非常勤医26人が代わる代わる担当する。非常勤医は民間・公立病院の勤務医が大半。子育てで休職中の女医や大学院生もいる。夜9時~11時半までは診察室をもう一つ開け、駆けつけた開業医(65人)が診療に当たる。開業医の当番は1カ月に1度程度で参加しやすい。
同センターは、けいれんや意識障害といった重症例を扱う2次病院の負担も減らした。以前は各市の休日・夜間応急診療所が閉まった午前0時以降は市立病院が1次急患まで受け入れ、現場の疲弊は限界寸前だった。「4~8月のセンター受診患者9425人中、2次病院を紹介したのは約2%。負担は激減したはず」(坂本孝二センター事務局長)。
7月には電話医療相談も開設。診療時間中ならいつでも受け付ける。「相談のうち実際に来診したのは3割。自宅処置で済んだのが3割、残りは外科や誤飲などセンター以外の病院を紹介した」(坂本氏)と医療現場の負担減にも一役買っている。
ただ、センター専属の常勤医2人が留学などで9月末に離職。10月現在、常勤医は64歳の山﨑医師ただ1人だ。山﨑医師が月8回も当直してぎりぎりで回している。また、平日深夜の患者数が少ないため医師の深夜勤務手当などを差し引くと08年度は1億7200万円の赤字となる見通し。黒字化のメドは立っていない。赤字は3市1町が補填するが、兵庫県からの補助は今のところない。
「小児科医の少ない地域で24時間365日の初期医療を実現するには広域化しか方法がない」(山﨑氏)。阪神北のように人口50万~60万程度の医療圏に1カ所、センターを作る。域内の医師が積極的にこれを支援し、診療に参加する。全国にこの仕組みが導入されれば、日本の親はもっと安心して暮らせるはずだ。
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