臨床婦人科産科 2007年03月発行(Vol.61 No.3) ぽち→
今月の臨床 周産期医療の崩壊を防ごう
http://www.igaku-shoin.co.jp/prd/00146/0014633.html
集約化の現状と問題点(東北)
和田裕一 上原茂樹 谷川原真吾 岡村州博
(臨婦産61巻3号・2007年3月 238-243)
はじめに
産婦人科医師不足,女性医師の増加,新医師臨床研修制度による医師供給不足を背景に,周産期医療の安全な供給体制の1つとして集約化が提唱されてきた.しかし,医師不足が根本的に解決されない状況下での集約化の実施には困難な点多
い.本稿では,医師不足の東北地方の状況と身近な例として筆者のいる宮城県における具体的な問題点を述べる.
東北地方の背景
東北地方は以前から診療科によらず慢性的な医師不足がみられている.2006年8月に厚労省は医学部入学の定員増を発表した.2004年に人口10万人当たりの医師数が200人未満で,100平方キロメートル当たりの医師数が60人未満の県が対象となり全国で10県あるが,そのうちに青森,岩手,秋田,山形,福島の東北5県が対象となっていることからも医師不足は明白である.東北大学地域医療システム学寄付講座の金村ら1)は東北地方の329の病院,病院勤務医師2,246名に対して,医師不足に関するアンケート調査を行った結果を日本公衆衛生学会総会で発表した.
その結果,病院の46.4%,勤務する医師の64.7%が医師不足と回答している.県別にみると病院が医師不足(法令上の不足)と回答したのは青森県60.7%,山形県56.5%,秋田県48.5%,岩手県44.0%,宮城県38.3%,福島県34.0%の順で,医師から の回答では青森県74.2%,岩手県73.2%,福島県71.1%,山形70.1%,秋田県62.2%,宮城県54.9%が医師不足と考えている.医師不足の診療科も各科にわたり,東北地方では地域や診療科の医師の偏在ではなく医師絶対数の不足が顕著であると結論している.
この調査では医師の回答を各診療科別に集計しており,その結果を表1に示したが,各診療科いずれにおいても不足との回答率が高い緒果からは,現状における勤務医の過酷な労働条件により不足感が強く感じられていると考えられる.そして,産婦人科はやはり麻酔科,泌尿器科とともに,不足と回答した医師の比率が高かった.
東北地方における産科集約
日本産婦人科学会の2005年の調査で産婦人科1人医長の病院の割合が全国で平均17%に対して,東北地方は23%と北陸地方に次いで高かったが,大野病院事件もあり,集約化に向けての再編もみられている.
大野病院事件のあった福島県では2004年には1人医長の産科を有する病院が11あったのが,現在は4つの施設に減っており,集約化により医師数の増加した施設が5つみられている.しかし,当然のことながら分娩を取り扱う病院が28施設から20施設に減少した.先の金村らの調査でも医師不足の最も深刻な青森県では,2004年には産科のある病院が19あったが,現在は4つの病院が産科を閉鎖している.
医師の絶対数が足りないため集約化は難しく,個々の施設の医師増加はほとんどない.県のなかでは上三十地区で十和田市立中央病院,野辺地病院などで産科が閉鎖し,三沢市立病院に妊婦が集中しているという.また,岩手県では過去数年で8つの県立病院が産科を閉鎖している.筆者のいる宮城県においても1人医長の産科を有する病院は2004年の7施設から4施設に減ったが,分娩を取り扱う病院も25施設から19施設に減っている.宮城県は東北地方で最も医師不足問題が少ないとみられているが,しかし,こういった地域でも都市と周辺地域ともに多くの問題を抱えている状況にある.
宮城県の例
1.仙台市の状況と問題点
1)セミオープンシステムの導入その後
仙台市では2004年から2006年の問に医師不足と集約化で6つの病院で産科が閉鎖され,ちょうどときを同じくして2005年秋から産科セミオープンシステムが導入され,このシステムを利用する妊婦も確実に増えている.仙台市は年問1万弱の分娩があるが,そのうち約7割が病院での分娩となっており,外来のみの診療所が多いこともあり,もともとセミオープンシステム導入が比較的行いやすい背景があった.現在,東北公済病院,仙台医療センター,仙台赤十字病院,東北大学病院,仙台市立病院,NTT東日本東北病院の6つの施設が分娩施設となり,仙台市医師会との契約で診療所との問でセミオープンが始まった.この間6つの分娩施設のうち5施設は産婦人科医師が5名以上となった.
現在,国の周産期医療施設オープン化モデル事業の1つとして行われているこのシステムは,妊婦健診を原則として診療所で行い,妊娠初期に一度分娩施設に分娩予約し,妊娠20週と34週以降を分娩施設で診察するのが基本方式である(図1)2).(図2略)実施に当たっては妊婦管理について勉強会を重ねた.また,夜間救急時に状況が把握しやすいように「妊婦共通診療ノート」を作成し,妊婦健診の状況を記載し,常々妊婦が携帯するようにした(図2(略)).分娩施設のうち東北公済病院では,最も早く積極的にこの制度を導入し,現在妊婦の8割にセミオープンシステムでの妊婦管理が行われている3〕.
妊産婦へのアンケート調査では約75%がこの方式に満足と回答しており,健診場所が自宅や職場から近い,待ち時問が少ない,土曜日に健診できるなどの意見が寄せられた.しかし,一方で健診料金に格差がある,検査データの連絡不備,助産師への相談ができないなどの不満の声もあった.また,分娩施設においては確かに外来業務の軽減にはつながったが,分娩数の増加に伴い,さらに忙しさを感じるとの声もあるなど問題も残っている.
2)産科~産婦人科閉鎖の影響
この分娩数の増加は,先に述べた6つの病院が産科を閉鎖した影響がもろに現れている.2004年に仙台市では9,504件の分娩があり,そのうち病院での分娩は6,239件であった.そのうち分娩をやめた病院の総分娩数は1,148件にのぼっている.この数が6つの病院を中心とした市内の産科を有する病院や有床診療所に振り分けられることになった.しかし,各施設のキャパシティには限界があるため,分娩予約の制限を行わざるを得ない状況となっている.そのため仙台市でも地元紙に「お産難民」との記事が掲載され問題となっている.また,そのこととは別に集約化の影響は婦人科にも現れている.分娩取り扱いをやめた仙台社会保険病院は東北大学との連携で腹腔鏡手術に特化した施設となるなど新たな動きもみられる一方で,婦人科手術についても施設減少による予約待ちが長くなるなどの影響が出てきている.
2.仙台市以外の状況
図3に仙台市以外の宮城県の状況を示した.分娩数は2004年の数であるが,このなかでは特に県北地区と気仙沼地区が厳しい状況にある.県北部は近年の市町村合併で大崎市,栗原市,登米市が広域都市となった.NICU機能を有する大崎市民病院が県北の中核病院となり医師が3人体制(1人は研修医)となった.一方,登米市の佐沼公立病院は1人体制となり分娩を制限している.人口約8万人の栗原市には数年前に地区の病院の産婦人科が閉鎖されたため,分娩を取り扱っているのは有床診療所が1つとなっている(図4).この地区ではやむなく大崎市や隣の岩手県に妊婦が通院するケースもみられている.人口約14万人の大崎市には分娩を行っている有床診療所が3つあり,多くの分娩を取り扱っているが,周辺地区からの妊婦が集まることによってここでも分娩制限をせざるを得ない状況が起こっている.仙台市では集約化とセミオープンシステムの導入という,1つの方向性がみられているが,仙台市以外の地区における状況は先の見えない状況が続いている.
今後に向けて
集約化といっても,地元の妊帰の利便性の問題のみならず,医師の絶対数が不足している現状では集約化による機能強化は難しいといわざるを得ない.産婦人科医師の増加のためには初期研修のみならず,後期専門研修プログラムの充実が必要である.一例として東北大学産婦人科では後期研修のなかで産科,麻酔科,NICUを研修する総合周産期実践医(GeneralPerinatalPractitioner:GPP)コースが設けられ,集約化に向けた対応が試みられている.女性医師増加によりjobshar-ingを行ううえでも産婦人科医師の絶対数の増加が必須であり,さまざまな早急な対策とともに,地道に医師増加に向けた取り組みを行う必要があろう.
本稿は平成18年度厚生労働科学研究費補助金子ども家庭総合研究「分娩拠点病院の創設と産科2次医療圏の設定による産科医師の集中化モデル事業」(主任研究者岡村州博)報告書の一部である.
1)金村政輝,溝口二郎,木村秀樹,他:東北地方の医師不足の実態.第65回日本公衆衛生学会学術講演会,富山,2006
2)宮城県周産期医療協議会オープン病院化連絡協議会:仙台市産科オープンシステム.診療マニュアル.2006
3)鈴木弘二,田野口孝二,清水健伸,他:当院における産科セミオープンシステムの現状と今後の課題.第58回日本産婦人科学術講演会,横浜,2006
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