(関連目次)→産科医療の現実 目次 産婦人科医の勤労状況
(投稿:by 僻地の産科医)
4月12日のシンポジウムで活躍された
桑江先生の原稿を紹介します ..。*♡
シンポジウムブログはこちら!
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最後のところに、桑江先生の私信を加えてあります。
そちらもぜひ!みてくださいませ ..。*♡
「産科医療崩壊の危機打開と男女共同参画社会の実現へ」
2008.4.12 日比谷公会堂
都立府中病院産婦人科部長
「女性医師の継続的就労支援委員会」委員長
桑江千鶴子
都立府中病院産婦人科の桑江と申します。頂いた時間をオーバーしてしまうかと思いますが、ご容赦ください。産科医療が崩壊の危機に瀕している原因とその打開を図るための方策、特に男女共同参画社会の実現が不可欠であるという背景について病院勤務医、特に女性医師の立場よりご説明したいと思います。
古来お産は危険な営みでありユニセフの統計では世界の平均では10万のお産に対して400人のお母さんが亡くなります。250人がお産で命を落とすという割合です。まったく医療介入のないアフガニスタンでは1900人つまり53人に1人がお産で亡くなり、ヨーロッパでも24人の母体死亡があります。それに引きかえ我が国ではそれが5人という少なさで、日本は世界で最も安全にお産ができる国の一つです。交通事故で亡くなる人と同じ位です。しかし0(ゼロ)の国はありません。
日本のこの50年間の変化として分娩数は半分になり、母体死亡は80分の1に、生まれた赤ちゃんが死ぬ割合は40分の1になりました。それでは産科医も半分で良いかと言えばそれは無理です。何故かというとハイリスク分娩が増えており手がかかるお産が増えているからです。早産は増えていますが超早産、つまり妊娠6~7か月とかで産まれてしまう率は約2倍になり、産まれた時の体重が小さい赤ちゃんが増えていますし、特に1000g以下の超低出生体重児は約30倍に増えており、NICU に長くとどまるためNICUの受け入れが困難となる原因の一つになっています。35歳以上の高齢出産も約2倍に増えています。人工妊娠中絶は減ってはいますが約30万件あります。
しかしここ10年間でお産を取り扱う施設は出生数が約8%しか減っていないのに32%も減少しています。特にここ1~2年の減り方は加速度的になっており、今年も首都圏のような医師が多いと思われているところでも、地域の基幹病院がどんどんお産の取扱いから撤退しています。地方では例えば静岡県は45%減少し半分になってしまいました。医師数は全体では増加していますが、それでもOECDの平均には遠く及ばないとしても、 一人産婦人科だけが減り続けています。平均で年に180人づつ減っています。分娩 施設同様最近加速度的に減っています。それにつれて医師一人当たり取り扱わなければならないお産の数は急激に増えており、想像して頂けばお分かりのように、1年間に1人で取り扱うお産の数はそう増やせるわけではありませんから、各地で産科医療崩壊が実感される事態となっています。
医師国家試験に合格するうち女性は33%約3分の1です。産婦人科で特徴的な事は
若い世代で女性医師が多いことで、20代では70%以上30代では50%以上が女性医師です。スライドの右上のグラフは産婦人科医の数で横軸が年齢、縦軸が人数です。赤いグラフが女性ですが若い年代で多くなっています。小児科・麻酔科・眼科なども女性医師は多いですが、約50%と半数ですから産婦人科は飛びぬけて多く、しかしせっかく産婦人科になってくれた彼女達の約半数は10年経つとお産の取扱いをしていません。また昨年専門医を取得した医師約330人のうち5年後に非常勤やパート勤務を希望する人が約3分の1います。つまり単純に計算すると、今でも毎年新たに産婦人科をめざす人は減っているところへ約180人は産婦人科を辞め7割を占める女性医師の半数が分娩をやめるということになれば、今後5年ないし10年では絶対的に医師が不足し、産科医療は成り立ちません。
どうしてこんなに産婦人科医はなり手がいなく、せっかくなっても辞めていくのか。大きな問題は2つあると考えられます。(実際は3つと言ったのですが3つ目は言えなかったので)1つは24時間365日お産は切れ目なく生まれるのに、昼間だけ働くと仮定した旧態依然とした病院の医師定数があり、連続36時間以上もの長時間労働を緊張を強いられながらやらざるを得ず、しかも低賃金です。多くの病院は赤字経営であり、医師数や給与を増やせません。こういった劣悪な労働環境の問題があります。
2つ目は医療訴訟です。こちらの方が現場としては問題が大きいとも考えられます。長時間労働・低賃金には耐えられても、全力を尽くしてやった医療行為の結果、福島県立大野病院の加藤先生のように、衆目の中で手錠をかけられ逮捕連行されるという事実が、産婦人科医の心を砕いています。亡くなられた方には心よりお悔やみ申し上げますが、私達はそんな状況で現場にとどまることはもはやできません。
例えば前置胎盤と言う病気があります。子宮の入り口を胎盤がふさいでしまい帝王切開でしか、お母さんと赤ちゃんの命を救うことはできませんし、手術も大量出血する危険のある大変難しいものです。陣痛が来ると胎盤がはがれ出して、一瞬のうちに水道の蛇口をひねったように血が噴き出してきて文字通り1分1秒を争う手術となってしまいます。輸血もすぐには来ませんので、設備や人手のある大学病院でも母体死亡の例があります。少し陣痛が起きかけると私達の間で「警告出血」と呼んでいる少量の出血がおきます。これがあったらすぐ帝王切開をするように、先輩たちから重々言われている状態ですが、妊娠34週でこの警告出血があったので帝王切開をした医師が、たまたま生まれた赤ちゃんに障害があったとうことで、帝王切開をするのが早すぎたと、最高裁まで争って負けて高額の賠償金を支払わせられました。
こんな不当な判決の例はいくらでもあります。赤ちゃんが浮かんでいる羊水と言うお水はお産の時にお母さんの血液中に入ると、血管の中で血液が固まってしまい、出血すると血が止まりにくくなり、血の塊が体中の臓器に詰まって死んでしまう羊水塞栓・DICという恐ろしい病気になります。これは全く正常の経過をとっている妊娠分娩でも起こり、しかも最近増えており、母体死亡の大きな原因です。しかもあっという間に起こり、あっという間に死んでしまいます。ですが、「輸血が遅かった。」「高次施設への搬送が遅かった。」と裁判で負け続けています。 しかも、現在お産を取り扱う施設の46%は医師が一人しかいません。3人以下の施設が84%です。4人以上いる施設、4人でも不足ですが、は16%しかない。4人でも1か月に7日以上当直しなければならない。当然当直明けの次の日は通常勤務をする過酷勤務ですが、そこでどうやってやれというのか。スウェーデンは人口800数十万でお産は10万位です。お産はすべて病院でする仕組みになっています。 しかし母体死亡率は日本と同じくらいか日本より高い。すべて病院でお産をしても母体死亡は0にはなりません。
日本の司法は医療行為の結果として悪いことが起きると、すべて医療にミスがあっただろうと考える国民感情に配慮しすぎています。警察司法は医療事故があった時にミスがあっただろうと犯人探しをします。我々医者の仕事は、ある意味患者さんを傷つけることが仕事です。外科系はメスで、内科系は副作用がある薬という手段を使って、しかし放っておけば死んだり、生活に支障が起きる病気と闘っているのです。人間の体は自然そのものなので、人間の貧弱な知識の及ぶものではありません。自然を相手にしているのと同じことで、治せる病気はむしろ少ないかもしれません。医療側がミスをしなければ、病気はすべて治り、母体死亡は0になるはず、とでもいうような判決が続いています。それでも産婦人科は50年間で母体死亡を80分の1にしてきました。0にできないからと言って衆目の眼前で逮捕され、拘留されなければならないのでしょうか。そんな危険な仕事につき、自分の生活や人生、家族を犠牲にして働き続けることを選択する人が少なく、現場を立ち去る医師に対して私は責める気持ちにはなれません。もし福島県立大野病院の裁判で医療側が負けた場合には、私はうちの病院の分娩取扱いをやめるか、あるいは安全な分娩ができるであろう数まで、分娩を制限せざるを得ないと考えています。加藤先生は御自分の初めてのお子様の出産にも、産婦人科医師として立ち会えない時期にわざわざ逮捕拘留されました。何年も前のことであるのに、わざわざその時期を警察は選んだ、といううわさも飛び交いました。このうわさが真実でなければ良いのですが、もしそうであればその非人間的な扱いには怒りを禁じえません。医療者を刑事事件で裁くのは日本だけだと聞いています。故意に傷つけたり死亡させようと思って仕事をするとは思えません。体制やヒューマンエラーによる事が多いわけで、故意あるいは犯罪とは一線を画すべきでしょうし、我々も医学の進歩や自らの研鑚に努めるべきだとは思いますが、特に産科はそれ以前の問題です。
私も2人の子供を持ちながら働いてきた身として思うのは、子供を産み育てながら働く女性へのまなざしの冷たさです。日本の男性が家事に費やす時間は、いわゆる共働きで25分専業主婦の妻がいる人は32分とむしろ共働きの方が短い。国際的な女性の地位を表すジェンダーエンパワーメントメジャーはここ20年間先進国の中では最下位ですし、OECD諸国の中でも40位前後と大変低い。2005年に38位だったのが、翌年には43位に落ちてしまいましたが、総選挙があって女性議員が少し増えたために、猪口前少子化担当大臣の講演のエピソードをお借りすれば「おめでとう!タンザニアを抜きました!」と言われて42位になったということです。
医療界に目を転じてみれば、たとえば日本医師会の常任理事その他最高意思決定機関には女性は0ですし、日本産科婦人科学会でも学会員の意思決定をする総会の代議員は、369名中7名と1・9%、理事会その他専門委員会すべて含めると3%位です。20年後には今7割を占める20代の女性学会員が40代となり、学会を背負って立って行ってもらわなければなりませんが、その時にはどうなっているのかはなはだ心配です。今のままではロールモデルもいないまま、継続して働くのは困難です。2020年までに意志決定機関への女性の登用を30%にすると言う政府目標は、現実遠い目標ですが、少なくても産婦人科においては、少しでも女性医師が現場に踏みとどまってくれるよう努力しなければ、明日が見えない状況です。妊娠・出産・授乳までは確かに女性にしか担えないことですが、育児から後は夫婦のあるいは社会的な事柄です。ですので、産休の期間は十分休んでもらっても、その前後に関しては男性医師となんら変わらない。女性医師の問題ではなく全体の労働環境整備の問題と全く変わるところはありません。子供を産み育て、未来の日本を担って行く世代を育てること以上に大切な事は、人間社会ではありません。産科医療における女性医師問題はすべての事柄の試金石と思い、私達は闘っていきます。
以上で発表を終わります。御静聴ありがとうございました。
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<桑江先生よりの私信>
12日のことは、私としては言いたい事を言おうと思っていて10分間いただいていたので、それを信じて準備していたのですが、直前に5分になってしまいまして、どうしても短くできなかったのです。ですが賛同の声が多くあってほっとしました。鈴木寛先生も直接メールくださり「一番胸を打たれた」ということと「涙が出た」と言ってくださいました。泣かせる場面はなかったのにな、と不思議に思いましたが自分でも産婦人科の現状っていくらなんでもひどすぎるという思いと怒りがありました。(桑江先生へ。私にもあります。家庭・子育て・常勤・産婦人科医・公立病院勤務は無理なのでしょうか?今ちょっと弱気です)
終了後2次会に行ったらお目にかかれるのかなと思いましたら場所が違っていたのですね。残念でした。(そこらへんのお話をお聞きしたかったです!)
事故調にしても刑法に触れずに何とかしようとしていますので、刑事免責には触れられません。無過失補償制度も中途半端なものができました。私は無過失補償制度について、うちの院長(現)と話しあいましたが、院長は大変興味を持っていらして詳しいですが、当分加入しないことに決めました。病院も事故調にしても変だと言って、臨床医の立場でしっかりものを考えてくれており、府中病院の院長は前院長にしても、かなりまともです。助かります。
大野病院の判決で加藤先生が有責になったら、分娩をやめるか、かなりの制限をすると言ったのは本気です。私なりに加藤先生にエールを送りたいと思います。実際怖くて分娩できる状態ではなくなります。みんなそうだと思います。今日スタッフに言ったら「いいですよ。」と賛同してくれました。うちは婦人科だけでも700以上の手術をしており、どんどん増えていますので婦人科だけでも仕事はたくさんあります。ちっとも困りません。(帝王切開はじめ産科の手術をいれれば900近くなり、分娩数の800より多くなるほど手術が多いです。
近くの日野市立病院で分娩をやめるので、妊婦さんが産むところがなく困っています。今日直接日野の産婦人科医より受け入れ要請のお電話がありましたが、うちもお産はあふれていますのでベッドも限りがあり、実質御断りせざるをえません。都会でもお産難民が発生しています。どうしようもありませんが、今はまだ私の認識で言えば序の口だと思います。もっと産婦人科医はいなくなりますし、臨床のレベルも下がると思います。
時間がないのですが、国民はまだ本当に医療崩壊をしたらどうなるかはわかっていないのではないかと思います。(同感です)「安全と医寮の質」を担保するのがどれほど大変なことなのか。今が世界で最高の「安くて早くていつでも診てくれて」という医療を受けられているのですが、理解していません。それ以上を望んでいてそれはかなわないのだということがわかりません。「24時間いつでも最高の名医が診てくれて、しかも安く、ミスがなければ病気は治り、ずーっと快適に生きられるはず」と思っているのが今の日本人だと思います。外来にはそんな人がたくさんいます。もちろんまともな人もいますが、おかしい人が多くなりました。現場はとても苦労しています。個人的にはうちの産婦人科は裁判かかえていませんが。(ここ20年間裁判とは無縁です。有難いことに)
医者集団を悪の権現のように思っているのであれば、医療崩壊はとどまることはないでしょう。実際のところ医師が悪かったこともありますし、全員の医師を弁護するつもりはありませんが、困った人はどの業界にもいます。それで全体を見るのは愚かなことです。しかし、壇上にいらした何人かの医師は、どちらかというと政治家ですね。医療崩壊は病院勤務医が現場から立ち去っていることで起きているのです。この基本がどうしてわからないのか不思議です。あなたには、国民と医療側の橋渡しを是非お願いしたいと思います。
6月は絶対に行きますから今度こそお話しましょうね。それまでどうかお元気で御活躍ください。
この記事、産科医絶滅史56巻で紹介されましたが、コメントのひとことに笑いました。
901 名前: 卵の名無しさん 投稿日: 2008/04/18(金) 02:35:54
「産科医療崩壊の危機打開と男女共同参画社会の実現へ」 by 桑江千鶴子先生
http://obgy.typepad.jp/blog/2008/04/post-1341-39.html
このブログ主、どんどん知合い増やしていってないか?
投稿情報: nimum | 2008年4 月18日 (金) 06:01
桑江先生の原稿ありがとうございます。
印刷して身近な医師や医療従事者に配ります。
シンポジウムのとき、桑江先生の静かな口調の中のたくさんたくさん思いのつもった発表に胸が熱くなり、涙が出ました。
産婦人科医師は、日々焦燥感と諦めたくない思いを胸に現場にいます。
国民にもう時間がないことを、どうしたら伝わるのか・・・。
僻地の産科医さまのブログは、大きな力です。
桑江先生も僻地の産科医様も、お体に気をつけて活躍してください。
桑江先生と語る会、参加したいです。
投稿情報: 子持ちししゃも | 2008年4 月18日 (金) 12:04
コメントありがとうございます(笑)。
私も笑いました。
知合いどんどん増えていっています。。。
ついに本田先生、小松先生にはお顔を見ただけでわかっていただけるようになってしまいました。あにゃ。
こもちししゃも先生!
また何か情報がわかりましたらお送りしますね!!!
投稿情報: 僻地の産科医 | 2008年4 月18日 (金) 12:51
拙ブログでも、ご紹介させていただきます。
字数制限で、最後の私信の部分は入れられませんでした…
投稿情報: うろうろドクター | 2008年4 月18日 (金) 15:23