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なぜ産科医は減っているのか 医療安全と勤労時間・労基法 目次
(投稿:by 僻地の産科医)
すっごく手抜きで申し訳ありません。
M3より。刈谷時間外訴訟の文章、M3からです(>▽<)!!!
子持ち産婦人科女医・当直民事訴訟奮闘記◆Vol.1
入職前、「時間外手当は出ない」と聞き、驚愕
2012年1月19日 野村麻実(愛知県在住、産婦人科医)
http://www.m3.com/iryoIshin/article/146976/
私は2010年9月22日、名古屋地方裁判所に刈谷豊田総合病院(621床)を相手として、訴訟を起こしました。法的には宿日直(以下、当直とします)は、電話番や病院内の巡回程度の労働を指しますが、同院で私は、分娩や夜間緊急の手術や診療など通常業務の延長労働を「当直」扱いで担当させられたからです。法的には簡単そうに見えたこの訴訟ですが、思いのほか長引き、2011年12月15日、ようやくほぼ満額回答の280万円で和解・結審をみたわけですが、そこに至る道のりは尋常ではありませんでした。その経験談を綴らせていただきます。
■はじめに
私は2009年4月から愛知県刈谷市にある刈谷豊田総合病院において、医局人事による勤務を開始しました。民間病院ですが、救急外来、ICUやNICUをはじめとした地域の救急医療を行い、当時100億円かかっているという噂がある手術棟などの施設も建築中であり、臨床研修病院として後進の医師たちを育てる教育機関としても十分な能力を備えています。
これまで私は、報道で医師不足・経営危機が取り沙汰されている公立・準公立病院での勤務を重ねており、活気のある民間病院での希望に満ちた勤務を期待していました。「これだけたくさんの医師を集められる大病院なのだから、今までの公立などと違って法的にもぬかりない労務体系を維持しているだろうな」。そんな夢と期待を鮮やかに裏切られるだろう不吉な情報を知ったのは、なんと入職する3日ほど前のことになります。
■払われない時間外手当
刈谷豊田総合病院に勤務経験のある後輩医師から、信じられない電話を受けました。
「あの病院、時間外手当一切払ってくれないですよ」
まさかそんなことはないだろうと、さっそく病院事務に確認したところ、
「年俸制だから、深夜・休日以外の時間外手当は出ない」
との返答です。年俸制という聞き慣れない給与の支払い方法に漠然とした不安を覚え、労務関係に詳しい知人に問合せてみました。ちょっと難しい話ですが、年棒制であっても時間外手当が支払われないことは法令上違法となるし、そうであるならば「○○時間までの時間外手当を含む」などと契約書に明記されていなければおかしいとのことでした。
確かに年俸制だからと24時間365日働かされたら、家庭生活が成り立ちません。その辺りはきっときちんと対応してくれているはずだと思い直し、3月の面接時にもらった契約書を点検してみると、時間外手当のことについては何も記入されていません。あれだけの大病院が労務管理をきちんとやっていないはずはないと自分に言い聞かせましたが、どうにも拭いきれない不安を抱えたまま4月からの勤務に臨むことになりました。
■当直に対する病院の姿勢
実際に勤務して驚いたのは、産婦人科の当直勤務が全くの通常勤務であったことです。通常勤務であることぐらいは産婦人科医として驚きませんが、給与が当直勤務の扱いでした。当直勤務と通常勤務は法的に全く違います。今では医師にも少しづつ知られるようになってきた労働基準法ですが、当直手当は、1日1人平均額の3分の1になる代わりに仕事の内容も大幅に制限されます。
安くなった当直手当で通常勤務をさせるのは、単なる人件費のごまかし以外の何物でもありません。さらに当直勤務は通常の労働時間にカウントされません。世間で問題視されている長時間の時間外労働による過労死の労務時間にも数えられないのです。この医師の当直勤務が実質的に通常勤務になっていることは厚生労働省も問題視しており、これを是正するように求める通達(「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について」2002年3月19日厚労省労働基準局長通知)も出ています。そこには当直の勤務の態様として、
「特殊の措置を要しない軽度の、又は短時間の業務に限ること」
「通常の勤務時間の拘束から開放された後のものであること」
と規定されています。
当時の刈谷豊田総合病院の産婦人科は、医師8人(うち育児中が私も含めて4人)で、毎月80~100の分娩を手掛けていました。週の予定手術件数は8~12件で、その上、緊急手術が入ります。1日に4件の緊急帝王切開という日もありました。手術室は当然他科と共同で使っています。予定手術もしばしば時間外に行わざるを得ず、救急や分娩も行っているために夜間や休日などでも緊急手術も行わざるを得ないのが現状です。この状況はどう考えても、通達の趣旨に反します。
当直回数も月に6回、88時間前後に及びました。この時間に産婦人科医は実質通常勤務として働いていますが、病院の書類には当直として「休んでいる」「寝ている」と記録され、働いていない時間として扱われていることになります。
さらに当直手当で医師に当直させるには労働基準署の許可が必要なのですが、入職直後の2009年4月に労働基準監督署に対して情報開示を行ったところ、「刈谷豊田総合病院の当直許可は出されていない」という回答を得ました(この話は後に裁判の中で、1963年に出された、とても古い宿日直許可証が提出され、争点となるのですが)。つまり刈谷豊田総合病院では、当直とは言えない時間外労働を「当直」の名の下に、しかも無許可で行わせていると私は考えたのです。労働時間のカウントと給与の支払いの節減、頭がクラクラするような思いがしました。
■病院とのやりとり
膨らむ疑念を病院に問合せたところ、
「数カ月後に返答をする」
数カ月とは長いと思いながら待っていると、7月になりようやく待望の返答がもたらされたのです。少しだけご紹介しておきます。
役割等級別のみなし時間を下表の通りとします。
みなし時間外労働当直時間の幅は、各部署の勤務負荷によるものです。個人ごとに基準となるみなし時間外労働時間が異なりますので、各職場別にご連絡いたします。(表略)
病院側の返答は、「1カ月50時間(役職によりまちまちですが)の時間外労働は年俸制に含まれていることにする」との通告なのでした。50時間を超えている研修医たちは喜んでいましたが、当直の多い麻酔科・産婦人科などは当直時間内の時間外手当がつかないため、それほど増えることもなく、さらに当直料まで下げるという暴挙を行ったのです(当直料が3万円前後から2万円前後+23時から朝5時までの実働時間時間外手当となり、事実上の引き下げ)。
■労働基準監督署へ
どうしても納得が行かない病院側の対応に、7月23日、私は労働基準監督署に契約書、就業規則、病院全体の当直表、給与表、そして自分自身の出勤時間と退出時間をつけたものと、今回の病院の返答を用意して向かいました。
話し合いの結果、以下の点について調査してくださることになりました。
・時間外勤務について
そもそも時間外手当が出ないことに対する訴え 今回の時間外手当に関する不利益改定通達 36協定(時間外労働に関する取決め)以上の時間外労働をさせていること
・当直について
当直許可が存在しない(愛知県労働基準局への開示請求による。ただし、労働基準監督署が一定の年限後に破棄している場合があり、絶対的とは言いえない)のに当直扱いとして業務を行っていること当直と病院が称する業務は、労働基準法上の宿日直には当たらず、仮眠中を含む当直時間はすべて時間外労働である可能性が高いこと
・病院の労務管理の姿勢について
病院雇用者の勤務医労務管理がドンブリ勘定であり、勤務医の健康を守るつもりが全くなく悪質である件について
なお、労働基準監督署に相談に行く場合は、相互の時間省略のためにも関係法規をしっかり下調べしていくことがお勧めです。
■刈谷労働基準監督署と病院側の動き
労働基準監督署の動きは早急でした。
7月24日(金) 刈谷豊田総合病院への電話
7月28日(火) 病院への立入り調査
8月第1週 再度の病院への立入り調査予定
病院側も負けてはいません。
7月27日(月) 大学医局に産婦人科部長が訪問
7月31日(金) 大学医局に病院長・産婦人科部長が訪問
産婦人科部長は、はっきりと私の異動を医局にお願いに行くという訪問趣旨を話していました。ただ、実際には、このときの会話を録音テープに取ったことを2度目の大学訪問の直前に通告したため、本当に異動話がなされたかどうかは定かではありません。告発者の解雇は本来違法(労基法104条、同121条1項)なのですが、こういった古典的対処法は刑事処罰対象行為にもかかわらず、いまだに広く行われているのかもしれません。
この病院の対応に危機感を覚えた私は、医療過誤、あるいは過誤でなくともトラブルに巻き込まれた場合のことを考え、早々にこの病院を立ち去ることにしました。医局人事から離れたとしても、一刻も早く患者さんをこの病院で診ることを止めない限り、いつ病院からしっぺ返しされるか分かったものではなかったからです。
こうして2009年9月末日をもって刈谷豊田総合病院を退職し、別の市民病院へと移りました。ここから長い戦いが始まるのです。(続く)
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