(関連目次)→産前・産後にまつわる社会的問題 目次
(投稿:by 僻地の産科医)
精神科に通院する子供を持つ母親の
見過ごされてきたうつ病への対応
短期間の対人関係療法が有効
東北大学病院精神科 松本 和紀
MTpro 記事 2008年9月25日掲載
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/doctoreye/dr080906.html
精神疾患の子供を持つ母親のうつ病は見過ごされ,子供に悪影響を及ぼす
今や,女性の5人に1人が生涯にうつ病を経験するとされているが,その多くは子供を持っており,母親がうつ病の場合,その子供が精神疾患を経験する確率は2~5倍上昇するとされている。しかし,子供が精神疾患のために治療を受けている場合には,母親のうつ病は,子供の陰に隠れて見過ごされ,未治療のまま経過してしまうことも多い。母親がうつ病の場合,子供に対する治療効果が減じてしまうことも知られており,未治療の母親のうつ病を治療することは,子供への悪影響を減らす効果も期待される。
母親向けの対人関係療法(interpersonal psychotherapy for mothers:IPT-MOMS)は,うつ病の対人関係療法に基づいた9回のセッションで構成される精神療法で,精神的な問題を抱える子供を育てる際に生じる子供とのかかわりの問題に取り組む。このIPT-MOMSによる短期間の介入が,精神科的な治療を受けている子供を持ち,うつ病を患っているにもかかわらず治療を求めていなかった母親に対して効果があるのか否かを検証するためにランダム化比較試験が行われた(Am J Psychiatry. 2008; 165: 1155-62)。
精神疾患を持つ子供の母親のうつ病に対して,母親向けの対人関係療法
児童精神科クリニックや自殺行為のある思春期の子供専門のクリニックにおいて対象者は集められた。47人の母親はDSM-IVの大うつ病の基準を満たし,ハミルトンうつ病評価尺度で15点以上であり,精神科で治療を受けている6~18歳の子供を持っていた。対象者はIPT-MOMSと通常治療にランダムに割り付けられた。
精神疾患を持つ子供の母親は,自分たちが治療を求めることで人から非難されるのではと心配したり,調子の悪い子供の面倒をみるだけで手一杯で,自分の治療を優先することができなかったり,医療サービスで過去に嫌な体験をしているなど,治療を求める際の障壁となるような問題を抱えている。IPT-MOMSでは,このような問題を見つけて解決するための導入セッションが初回に設けられ,引き続き,8回の対人関係療法のセッションが行われた。
これは,標準的な対人関係療法よりも短く,うつ病患者の活動性を迅速に高めるための行動療法的な方法を用いており,精神科的な問題を抱える子供との対人的なかかわりの問題に取り組むための特別なストラテジーを使用している。セッションは,ソーシャルワーク,看護,心理学,精神医学についての修士あるいは博士の資格を持つ者が行った。通常治療では,対象者は自宅近くのメンタル・ヘルス・クリニックに紹介された。
対人関係療法を行った母親のうつ病は改善し,子供の症状も改善
母親の平均年齢は42.7±8.3歳で,子供の平均年齢は13.8±3.4歳であった。母親の抑うつ症状や全般的な機能などの評価は,3か月後,9か月後のどちらにおいても,IPT-MOMS群のほうが通常治療群よりも優れていた(図1)。
通常治療群とIPT-MOMS群の子供の比較では,3か月後では両群に違いはなかったが,9か月後の評価では,通常治療群と比べてIPT-MOMS群のほうが,子供の自覚的な報告による抑うつと機能障害の評価が優れていた(図2)。
考察:
子供の精神疾患に対する介入と同時に,見過ごされている母親の精神疾患への対策が必要
今回の結果では,精神疾患の子供を持つ母親の抑うつ症状や全般的な機能は,彼女たちのニーズに合わせた特別な精神療法を短期間行うことで,急速に改善し,その効果は9か月後にも維持されていた。また,予備的な段階ではあるが,この治療法によって母親のうつ病が改善することで,その後に子供の精神症状が改善する可能性が示唆された。
精神的な問題を抱えた子供の母親はなんらかの精神疾患を持つ場合が多いが(Psychiatr Serv. 2005; 56: 1077-83),自らの問題のために治療的な援助を求めることは少ない。IPT-MOMSによる治療では,こうした母親が治療を求める際に障壁となる問題に系統的に取り組んでいる。通常治療と比べて,IPT-MOMSでは治療セッションへの参加率が高く,このことが治療効果に差をもたらした因子の1つと考えられる。
児童・思春期を含めた若者世代に対する精神保健の重要性が最近注目されているが,子供に対する心理社会的な因子として大きな影響力を持つ,母親自身の精神疾患の問題はこれまで見過ごされることが多かった。しかし,母親の精神疾患が未治療のまま経過することは,子供の精神疾患の回復を阻害し,両者の関係に悪循環をもたらしてしまう恐れがある。親子間の負の連鎖を食い止めるためには,子供の精神疾患と同時に,見過ごされている母親の精神疾患への対策を検討する必要があろう。
松本 和紀(まつもと かずのり)
1992年,東北大学医学部を卒業し,同大学精神医学教室に入局。同大学病院精神科,二本松会山形病院での勤務を経て,1996年より同大学病院に勤務。2002~04年,ロンドン大学精神医学研究所(IOP)に留学。研究テーマは精神病の早期介入など。現在,同院精神科講師。
コメント