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(投稿:by 僻地の産科医)
MMJ 2008年9月号から!
尿失禁の診断と治療
(MMJ September 2008 vol.4 N0.9 p738-741)
尿失禁は55%の女性が罹患する。成人女性の尿失禁は問診、身体的検査に基づいた初期評価で腹圧性・切迫性・混合性などのタイプに分類されるが、そのタイプによって治療法が異なるため、尿失禁のタイプ鑑別は重要だ。注目したHolroyd-Leduc JMらの論文は、専門家ではない実地医家が尿失禁タイプを判断する指標を抽出することを目的としている。もう一つのShamliyan TAらの論文は、尿失禁の保存的治療のエビデンスを集約したものだ。これらを解説した癌研究会有明病院泌尿器科の増田均医長は、尿失禁に対しては行動療法と薬物療法の併用が効果的だが、骨盤底筋訓練の効果を評価し、成果をフォローすることも必要だと指摘する。
この女性の尿失禁はどのタイプ?
What type of urinary incontinence does this woman have?
Holroyd-Leduc ,JM, et al.JAMA 2008:299:1446-1456. University of Calgary. Canada.
◆背景
尿失禁は比較的多くみられる症状であり、その治療選択肢は失禁の種類(タイプ)によっても異なる。
◆目的
診察室で、尿失禁の種類を判定するのにもっとも正確な方法について、エビデンスをもとに系統的レビューを実施する。
◆データ源
Ovidを用いたMEDLINE(1966年~2007年7月)とEMBASE(1980年~2007年7月)による文献、関連論文の引用文献を調べ、関連研究を特定した。検索用語は、尿失禁(urina incontinence)、診断検査(diagnostic tests)、病歴聴取(medical history taking)、身体診察/理学的検査(physical examination)、咳ストレステスト(cough stress test)、尿流動態(urodynamics)とした。
◆研究の選択
成人患者における診察室での尿失禁の診断について検討されている英語論文(データが症例報告に限定されていないもの)を特定した。本研究の解析には、尿失禁の種類の診断を目的に患者に病歴聴取、身体診察および/または診断検査(尿流動態を除く)を実施しているコホート研究を対象とした。関連するコホート研究から十分なデータが得られない場合には、症例対照試験も対象に考慮した。失禁の種類の分類には一般に受け入れられている基準を用い、診断は専門家による評価、尿流動態検査、あるいは両方で確認した。
◆データの抽出
2人の研究者がそれぞれ単独で研究の質を評価し、関連データを抽出した。最低限の選択基準として、すべての患者で適切な標準的評価が完了していること、関連データを抽出できることを設定した。
◆データの統合
40編の論文を解析対象に選択した。変量効果モデルを用いて、データの定量的統合を行った。男性については(解析に必要な)データは少なかった。女性の場合、簡単な質問の実施は腹圧性尿失禁の診断にも役立つが(要約陽性尤度比[LR],2.2;95%信頼区間[CI],1.6~32:要約陰性LR,0.39;95%CI,0.25~0.61)、切迫性尿失禁の診断では有用性がより大きかった(要約陽性LR,4.2;95%CI,2.3~7.6;要約陰性LR,0.48 ; 95%CI,0.36~0.62)。膀胱ストレス試験での陽性結果は腹圧性尿失禁の診断に役立つ可能性もあるが(要約陽性LR,3.1;95%CT,1.7~5.5)、陰性と判定されても診断にはそれほど有用ではない(要約陰性LR,0.36 ; 95%CI,0.21~0.60)。病歴聴取、身体診察、そして臨床診断の確定を目的にベッドサイドで行った検査の結果を合わせて系統的に判断する評価法は、腹圧性尿失禁の診断にある程度有用と思われる(要約陽性LR,3.7;95%CI,2.6~5.2;要約陰性LR,0.20;95%CI,0.08~O,51)。切迫性尿失禁の診断には系統的評価法の有用性はより低い(要約陽性LR,2.2;95%CI,0.55~8.7;要約陰性LR,0.63;95%CI,0.34~1.17)。
◆結論
切迫性尿失禁の診断においてもっとも有用な評価項目は、尿意説述を伴う失禁の病歴である。膀胱ストレス試験は腹圧性尿失禁の診断に有用と考えられる。
系統的レビュー
女性の尿失禁に対する保存的治療に関する
無作為化対照試験
Systematic revjew: randomized,controlled trials of nonsurgical treatments for urinary incontinence in women
Shamliyan TA, et al. ANN INTERN MED 2008;148:459-473. University of Minnesota School of Public Health, USA
◆背景
女性の尿失禁は生活の質(QOL)を低下させる比較的頻度の高い疾患である。
◆目的
女性における尿失禁の管理に関するエビデンスを統合する。
◆データ源
MEDLINE、CINAHL、Cochrane Library。
◆研究の選択
1990年~2007年5月に英文で発表された無作為化対照試験(RCT)96件と系統的レビュー3件。
◆データの抽出
標準化されたプロトコールを用いて、複数の評価者(reviewer)が失禁の症例、尿失禁の改善、尿失禁の有病率に関するデータを抽出し、リスク差を算出した。
◆データの統合
通常の治療と比べ、骨盤底筋訓練と膀胱訓練の両方を受けた女性では尿失禁症状の消失率が高かった(統合リスク差,0.13;95%信頼区間[CI],0.07~0.20)。骨盤底筋訓練のみでも通常治療に比べ症状の消失または改善する割合が高かったが、研究問で効果のバラツキがみられた。さまざまな(尿道周囲への)充填剤や医療用具を使用した女性における失禁の頻度および改善率は同程度であった。電気刺激療法では尿失禁の症状消失が得られなかった。ほとんどのRCT(女性1,243人)において、経ロホルモン薬の投与により尿失禁の頻度はプラセボに比べ有意に改善することが示された。エストロゲンの経皮製剤あるいは経膣製剤では尿失禁の改善において一貫した結果が得られなかった。アドレナリン作動薬によって尿失禁の症状は消失も改善もしなかった。オキシブチニンやトルテロジンはプラセボと比べ、尿失禁の症状を消失させた(統合リスク差,0.18;95%CI,0.13~0.22)。デュロキセチンはプラセボよりも尿失禁の改善効果は大きかったが(統合リスク差,0.11 ; 95%CI,0.07~0.14)、症状の消失には効果がなく、有意な用量反応性がみられなかった。
◆限界
転帰の測定指標(評価項目)が研究間で異なっているため、結果の比較解析には限界があった。RCTでは、より効果の高い予測因子が特定されなかった。
◆結論
中等度のエビデンスから、骨盤庭筋訓練と膀胱訓練は女性における尿失禁の症状を消失させることが示唆される。抗コリン作用薬は尿失禁の症状を消失させ、オキシブチニンとトルテロジンの効果は同等である。デュロキセチンは尿失禁の症状を改善するが、消失させなかった。電気刺激療法、医療用具、充填剤注入、局所エストロゲン療法の効果には一貫性がみられなかった。
解説
女性の尿失禁の診断と保存的治療の検討
増田均 癌研究会有明院泌尿器科医長
尿失禁は、「尿が不随意に漏れる愁訴」と定義され、55%の女性が罹患する。成人女性の尿失禁は問診、身体的検査に基づいた初期評価で腹圧性、切迫性、混合性などのタイプに分類される。腹圧性は、「労作時または運動時、もしくはくしゃみまたは咳の際に、不随意に尿が漏れる愁訴」で骨盤底筋群の脆弱化、尿道括約筋機能の低下、尿道の過可動性などの単独または複合的要因から発生する。切迫性尿失禁は、「尿意切迫感と同時または尿意切迫感直後に、不随意に尿が漏れる愁訴」で、排尿筋筋活動が原因である。両者が合併するのが混合性である。尿失禁のタイプによって治療法が異なるため、その鑑別は重要である。 65歳以下では、腹圧性が主体であるが、加齢に伴い切迫性、混合性の割合が多くなるのが特徴である。
先の論文は、専門医ではない実地医家が、尿失禁タイプを判断する指標を抽出することを目的としている(ガイドライン)。初期評価として、検尿、残尿量測定で、器質的疾患の可能性、溢流性尿失禁を除外したうえで、問診および身体所見の重要性に言及している。切迫性尿失禁の診断には、尿意切迫の有無の聴取が特に有用で、ウロダイナミクス検査での排尿筋道活動の検出の有無と必ずしも相関しない。腹圧性尿失禁の診断には、問診以外に、身体所見としては、膣診および、砕石位または立位で膀胱内に尿が充満した状態で、咳や腹圧による加腹圧動作と同時に尿失禁が再現できるかを観察するストレステストが、特に有用である。しかし、陰性の場合に否定することにはならず、問診も含めて総合的に判定する。各所見に統計学的に重みをつけ、実地医家が系統的に判断できるようにすることを意図した内容である。
後の論文は、尿失禁の保存的治療のエビデンスを集約したものである。腹圧性の重症例を除けば、保存的療法から開始されるのが通例である。ただ、尿失禁治療の主な目的はQOLの改善であり、重症度が同等であっても、各患者の価値観やライフスタイルによって治療の必要性や選択肢が左右される。また、治療効果の正確な評価には、国際共通のスコアが必要であるが、評価項目の研究者間での相違のため、結果の比較解析には限界があると指摘されている。さらに、多くの論文が短期的な効果に開するもので、長期的な改善効果が不明である点も指摘している。骨盤底筋訓練は、腹圧性、切迫性を含めて有効とするエビデンスがあり、膀胱訓練(時間排尿)との併用の有効性も高い。排尿日誌から排尿間隔を設定し、治療効果に応じて再設定していく。骨盤底筋訓練のバイオフィードバック療法、電気刺激法のエビデンスは確立されていない。わが国での保険適用は干渉低周波のみであるが、磁気刺激法もあり、症例数の蓄積と検討が期待される。再生医療として、筋原細胞や線維芽細胞の尿道や括約筋への注入は世界的注目を集めたが、効果はコラーゲンなどと同等のエビデンスしかなさそうである。腔コーンや、ペッサリーなどデバイス間の有効性にも差はないようである。薬物療法として、経口女性ホルモン薬は腹圧性、切迫性尿失禁を増加させる点が、閉経後女性のホルモン補充療法を行ううえでの留意すべき点であろう。
また、薬物療法として、抗コリン薬は過活動膀胱にもっとも多く用いられており、多くのエビデンスがある。膀胱選択性の高い新規抗コリン薬の開発が続いており、有効性の向上と副作用の軽減が図られている。アドレナリン作動薬は、尿失禁治療薬としてのエビデンスは低い。デュロキセチンは有効性が高いが、副作用も強い薬であり、用量設定の問題が残る。行動療法と薬物療法の併用がより効果的であるが、骨盤底筋訓練の効果を指導者が評価し、成果をフォローする必要があり、実施可能な医療機関はきわめて限られるのが実情(コメディカルの育成も含めて)である。
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