臨床婦人科産科 2007年03月発行(Vol.61 No.3)
産婦人科医療供給体制への提言
1.供給体制の緊急的確保
海野 信也
(臨婦産61巻3号・2007年3月 218-227)
はじめに(略)
産婦人科医と分娩施設の現状
1.日本産科婦人科学会員の構成について
1)産婦人科医師数と学会員の年齢別・性別構成
図1に示したように厚生労働省調査によると産婦人科および産科を主たる標榜科としている医師数は減少傾向を示している.この傾向は医師全体の数が順調に増加しているのときわめて対照的であり,産掃人科以外で医師不足が問題化している小児科,麻酔科などすべてのほかの診療科で医師の絶対数自体は増加しているという事実を考え合わせると,産婦人科における医師不足,産婦人科医療提供体制の危機が突出して深刻なものであることを示唆している。しかも,標榜科が産婦人科ないし産科であっても業務の内容はわからない.
より重大な問題は分娩の現場における医療スタッフの実態にある.
図2に日本産科婦人科学会の年齢別・性別会員数の分布を示した.今のところ各年齢における医師数には明らかな変化は認められないこと,若い年代における女性会員の増加には著しいものがあることが明らかである.
図3は年齢別の女性が会員全体に占める割合を示したものである.女性医師の割合は年齢が低くなるにつれて上昇し,70%から80%に近づいている.今,40歳以上の年代では,産婦人科医は男性が多い職業であったのが,過去15年から20年の間に急速な変貌を遂げ明らかに女性が多数派の職業となってきていることになる.このような構成の変化は産婦人科医の働き方に影響を与えざるを得ない.
2)新臨床研修制度の学会員数に与えた影響
図4に示したのは,2001年度以降の卒業年次別の日本産科婦人科学会員数である.2004年度卒業の医師より初期臨床研修の必修化の対象となっており,2年間の初期研修が終了し2006年度より産婦人科専門医取得のための後期研修が開始されている.このグラフから明らかなように2001年から2003年まで毎年350名程度の新規産婦人科研修開始者がいたのに対し,2004年の卒業者は285名と約20%の減少を示している.新制度の導入により2年問新規産婦人科研修者がいなかった.新制度の導入がなければ2004年から2006年の3年間で350×3=1,050名の新規研修者が期待されたわけだが,2年問の空白と2004年卒の減少分,合計770名程度の若手産婦人科医師数が,この研修制度の導入によって産婦人科の医療現場から減少したことになる.
図5は少し古いデータだが,産婦人科医の勤務場所別年齢別分布を表している.若い医師は大多数が一般病院ないし大学病院で勤務し,年齢が上がるにつれて診療所勤務医が増加していくことがわかる.この図から,新制度の導入による産婦人科医の減少が,まず,そのほぼすべてが分娩を取り扱っていると考えられる一般病院と大学病院に大きな影響を与えたことが理解できる.また,これらの施設には新たに(産婦人科を志望していないものも含む)すべての初期研修医の研修が,教育要員の増員や付加された教育業務に対する報酬などがほとんどないなかで,課せられているのである.
2.分娩施設の実態について
1)厚生労働省医療施設調査における分娩施設数の推移
わが国の分娩数・出生数は減少傾向にある.1993年から2005年の12年間にわが国の出生数は11%減少した.この間,図6に示すように分娩取扱医療機関数は4,286施設から2,933施設へ32%減少している.両者の減少率の差が妊産婦にとって分娩施設へのアクセスの困難化を示していると考えられる.注意すべきなのは,この調査が行われた時点では分娩施設の集約化・重点化という考え方は議論の姐上には上がっていたが,現場ではほとんど手つかずだったということ,したがってここで示されている分娩施設の減少は集約化に伴うものではなく,単純な減少を示しているに過ぎないことである.この減少は残った施設の産婦人科医師数の増加を伴っているとは考えにくく,分娩を続けている施設の産婦人科医の勤務内容をより過重なものとしている可能性がきわめて高いのである.
2)分娩施設の実態と各診療類型が抱える間題
表1に,現状におけるわが国の分娩施設の構成とその課題をまとめて示した.
(1)勤務医師数
分娩を取り扱う大学病院と病院に勤務する医師数は5,300名強にすぎず,770名程度と見積もられる新制度導入による医師数減少の影響がいかに大きなものであるかがわかる.現場でも影響はそれよりはるかに大きい.研修開始直後の医師の大多数こそが大学病院や地域の基幹病院における最大の働き手なのである.現場若手医師の絶対数の減少と女性医師の増加による医師の働き方の変化
が,病院産婦人科の勤務条件を悪化させていることが最大の問題であると考えられる.
(2)病院の抱える課題
病院における問題としては,それ以外にほかの診療科と比較して突出している当直回数・拘束回数に象徴される過重な勤務内容,勤務内容を反映しない非合理的で不十分な待遇,産科に特有のきわめて強い訴訟圧力などがある.
(3)診療所の抱える課題
分娩を取り扱う有床診療所は,高齢化・助産師不足・看護師内診・安全性確保などの問題を抱えているが,このなかでも今,緊急課題となっているのは,平成14年の厚労省看護課長通知による保健師助産師看護師法解釈の変更による看護師内診の問題である.
(ア)診療所の助産師不足の背景
分娩全体の47%を取り扱う有床診療所において助産師不足は恒常的な問題となってきた.その原因としては以下の点を挙げることができる.
①助産師は看護師の上位資格として位置づけられており,助産師資格保持者は必ずしも助産師として就業するとは限らない.
②現在は年間1,500名強が助産師資格を取得しているが,昭和26年以降の新制度導入後,国家試験合格者数は漸増し,昭和60年ごろになって現在のレベルに到達している(図7).
このような助産師養成の実態を考えると,経験を積んだ助産師の不足状況が長く続いてきたものと思われる.
③病院施設においても助産師が不足し就職に不白由のない状況下で,助産師にとって診療所は,雇用が安定しない,施設当たりの助産師数が少ないため勤務に融通が利かない,経営する医師の個性がその施設の性格を決定する傾向があるなど,職場として好ましいとはいい難い条件がある.
このような構造的制度的な理由により,助産師が病院から診療所に勤務施設を変える動機,圧力が生じにくかったものと考えられる.
(イ)看護師内診問題
1970年代以降,病院と診療所で分娩取扱を二分する体制となったあとも,診療所の助産師不足はまったく解決しなかった.診療所ではこのため看護師の診療補助を伴う医師による分娩管理という方式をとらざるを得なかった.このような状況は決して好ましいものではないと考えられていたが,病院助産師も十分でない状況ではほかに選択の余地はないものだった.分娩の半数を担当する診療所の産科医療体制における重要性は議論の余地のないものであり,病院,診療所がそれぞれの立場で診療内容の向上のために努力が続けられた.その結果として,妊娠分娩管理の助産師の多い病院におけるやり方と助産師の少ない診療所におけるやり方という2つの「分娩文化」が並行して発達することになり,現状に至っている(図8);
このような状況下で平成14年,16年の厚生労働省医政局看護課長通知は,すでに分娩施設の減少,産婦人科医師の減少によって不安定となっていた産科医療体制にさらなる負荷をかけるものだった.通知に従おうとすれば現場で多数の助産師の新規雇用が必要となることは明らかだが,医療提供体制の確保の責任官庁である厚生労働省はその点については何らの対策を示さないままこの通知を発したのである(通知後になって助産師養成増加策が検討され,ようやく実現の方向になっているが,それは現場の混乱への対策で行われたにすぎず,看護課長通知を含め,責任ある行政が計画的に進められているとは到底いい難い).今,診療所の分娩の現場で起きていることは看護課長通知の圧力による医師の勤務のさらなる過酷化とそれに伴う分娩取扱中止および制限である.
(4)助産所の抱える課題
助産所分娩は分娩全体の1%を占めているにすぎないが,前述した病院の分娩,診療所の分娩とは別の「文化」を形成していると考えることができる.助産所分娩が抱える最大の課題は,現代のわが国の高度に発達した医療体制のなかで,安全性の担保と「自然な」分娩の展開を両立させる方法である.助産所には,正常な経過だった分娩が突然異常産に変化し医療介入が必要となったときに,社会的に許容可能な安全性確保が助産所という診療類型でどこまでできるかを示す社会的責任がある.
平成18年度の医療法改正により,助産所における分娩の安全性確保のために,平成19年度以降(既存施設については1年の猶予期問あり),分娩を取り扱う助産所は嘱託医と嘱託医療機関を持つことが義務づけられることになった.「助産所分娩」は「病院分娩」と「診療所分娩」とは文化的に大きな隔たりがあり,これまで十分な情報交換や交流が行われてきたとはいい難い.制度変更に伴う「異文化交流」の促進が,分娩を取り扱う施設,スタッフが共通の基盤を持つきっかけとなり,全体としてのわが国の分娩の質の向上につながることが望まれる.
(5)わが国の分娩の特徴一小規模分散型
表2は分娩施設に勤務する医師数の分布を示している.わが国の分娩を取り扱う病院の38%,診療所の93%が,全体では71%が勤務医師2名以下の小規模施設である.この数で医師の管理下における分娩管理を24時問体制で維持しようとすれば,医師の勤務時問・拘束時間がきわめて厳しいものとなることは自明である.しかも,分娩施設数の減少により,以前より施設当たりの分娩数は増大しているのである.多数の比較的小規模な医療施設で分娩を分散的に取り扱うというやり方は先進国では珍しいわが国特有の方法と考えてよい.オランダとニュージーランドは低リスク例における助産師管理による自宅分娩と大規模施設分娩というやり方をとっているが,ほかの多くの先進国は基本的に分娩数年間3,000~5,000以上という大規模病院における分娩であり,これに施設内助産が取り入れられることが多い,わが国のように医師が常在する小規模施設(わが国では分娩を扱う病院の大部分もこのカテゴリーに含まれてしまう)が大部分の分娩を取り扱うというやり方はきわめて特異といえるかもしれない.
この方法では産科医療に対するアクセスの容易さが確保される.各分娩施設には産婦人科専門医が必ずいるので,分娩の質の確保という点でも向上が期待できる.実際わが国の世界的にみてもきわめて高水準な周産期医療統計はこの方法で達成されており,これまでの医療水準においては十分に有効な医療提供体制であると考えられる.問題は,この方式をとる限り,勤務時問,拘束時問は必然的に長いものとなるということである.
産婦人科医療供給体制の緊急的確保という観点での,わが国の産科医療が抱える問題点
1.医師の生活権確保の視点
1)労働条件
上述したようにわが国の産科医療体制は,現場の医師のきわめて長い勤務時問・拘束時問によって支えられてきたということができる.そして,まさにこの勤務条件こそが,産婦人科志望者の減少要因となっている.特に初期研修医に対しては
勤務条件がほかの診療科と同等であること,せめて大きな差がないことが,専攻科選択のうえで重要な要素であることは否定できない事実である.
2)報酬の問題
短期的には若い医師は報酬の問題よりも仕事の内容,やりがい,身につけられる診療技術,研修の内容などを重視する.非常に忙しいことがマイナス要因になるとは限らない.しかし同時に,長期的な観点から,将来の収入や生活の問題は重要な要素となる.産婦人科という診療科は勤務場所が大学病院から地域病院へ,さらに有床診療所,無床診療所の開業というように変化するのが大部分の医師にとって当然のことと受け止められている診療科だった.開業後の収入が病院時代よりも安定するのが通常であるとすると,病院における研修と専門性の追求の時期から診療所において安定的に自分の考える診療を提供する時期へと移行するというのは,医師のライフサイクルとしては合理性のあるものであったかもしれない.
問題は,産科においては診療所開業のリスクが高くなりす
ぎて,特に若い医師にとっては現実感を持って考えることがきわめて難しくなっているという事実である.将来の報酬を前提に今の劣悪な待遇を受け入れるという発想はもはや受け入れられないのである.
2.わが国の分娩のあり方の特殊性について
1)小規模施設の分散処理
上述したように,わが国特有の小規模分散処理方式は,良質な医療への良好なアクセスの確保に寄与し,わが国における産科医療における安全と安心の提供というきわめて重要な役割を果たしてきた.しかし,安全性確保という立場からは一定の限界がみえてきているのも事実かと思われる.
高度の救急医療に対応する診療体制を24時問体制で維持することは小規模施設には不可能である.ここまで高めてきた産科医療の安全性を,さらに高めていくためには,これまでのやり方だけでは十分ではないと考えられる.
2)将来の分娩のあり方の方向性
それではどのような分娩のあり方が望ましいのだろうか.われわれはどの方向に進んでいけばいいのだろうか.分娩の安全性をさらに高めることを前提とすれば,高度な救命救急医療,高度な新生児医療へのアクセスが良好な環境で分娩が行われることが望ましい.そのためには,分娩施設は総合病院の近傍に存在している必要がある.産科医,麻酔科医,小児科医は産婦のところにいつでも駆けつけられなければならない.分娩の快適性も可能なら追求されるべきだろう.分娩の現場に助産師が必ず存在し,産婦が常にサポートされる
体制が望ましい.このように考えていくとどうしても大規模施設における集中的分娩管理へと思考は展開しがちになる.しかし,地理的条件などにより分散処理を行うことに合理性のある場合も考えられる.わが国で,これまで分散処理で一定の成果を達成してきているという経緯を考慮すれば,集中管理と分散処理の両立をはかること,あるいは最終的にどちらの方向に進むのか「市場に判断を委ねる」,産科医療の受け手の側に選択してもらうという方法も視野に入れる必要があると思われる.
3.医療紛争処理に関する問題
平成18年は,「福島県立大野病院」,「横浜市・堀病院」,「奈良県・町立大淀病院」の産科医療事故症例がマスコミで大きく報道され,それ以外にも産科医療危機に関する報道がきわめて多くなされた.そのなかで産科医師不足の問題と並んでクローズアップされたのが,医療紛争処理機構の問題,というより医療紛争処理機構の欠如の問題である.産科医療危機の底流に多発する医療紛争・訴訟事例があることはわが国のみならず世界的な事実である.そのうえに,刑事告発・立件事例が増加し,臨床の内容そのものに影響を与え始めている.特に大量出血のおそれのある合併症妊娠では,たとえその頻度がきわめて低いことがわかっていたとしても,これまでは普通に取り扱っていた施設でもそのような症例を回避する傾向が明瞭に現れてきている.この現象には施設問の症例の均衡を失わせ,基幹病院にかかる負担を増大させる効果がある.
1)医療に関する法整備の問題
(1)異状死の届出の問題(医師法21条)
おそらく広尾病院事件以前にはこの規定の重要性を認識している医師はごくわずかだったろう.医療関連異状死をどのように取り扱うか,という観点での合理的な制度整備が必要である.そのような制度整備とともに,この規定は発展的に廃されるべきものと考えられる、
(2)助産の定義・看護師内診の問題(保健師助産師看護師法30条)
助産の定義が法律上明確に規定されていないというきわめて問題のある法律であり,その欠陥を抱えたままで看護課長通知という形で,無理な運用を行うという今の厚生労働行政には重大な問題がある.また,看護課長通知は産科医療現場の実態をまったく理解しない状態で発せられたとしか考えられない.この通知と堀病院の事例をきっかけにして現場は混乱状態となっている.これ以上の産科医療崩壊を回避するためには,事実上の通知の撤回が不可欠な情勢である.
(3)業務上過失致死傷(刑法)
医療への刑事不介入を目指す動きもあるが,法制度上,それは不可能と思われる.専門性と個別性がきわめて高い医療という領域で,医療事故の原因究明を客観的に,専門家が納得できるレベルで実施するための専門機関が,医療安全の確保と社会正義の実現という両方の観点から組織される必要があるだろう.
2)民事訴訟圧カの問題
(1)中立的紛争処理機構
医療事故に遭遇した患者,家族の立場を尊重し医療紛争処理システムが構築される必要がある.事実を明らかにすること,事故が過誤によるものか医療上の不可抗力であったのかを当事者相互が納得する形で明らかにすることが,医療紛争処理上きわめて重要である.そのための専門的な,しかし医療側に偏らない中立的紛争処理機構が組織される必要がある.
(2)仲介者(メディエイター)の導入
医療紛争では,構造上感情的にならざるを得ない患者側と防御的対応になりやすい医療側との間の関係がどうしても当初から良好なものにはなりにくいが,これを可能な限り良好でかつ発展的なものとするための仲介者を制度上も整備する必要がある.
(3)無過失救済制度
このような紛争処理システムを前提としたうえで,医療関連有害事象によって健康上の不利益をこうむった当事者を救済する制度を整備することにより,医療紛争の裁判外での解決の制度化の途が開けてくることが期待される.
産科医療の緊急的確保対策についての提言
日本産科婦人科学会では平成17年度に産婦人科医療提供体制検討委貝会を組織し,産婦人科医療体制の問題について積極的に検討を行っている.この委員会の任務は,(1)産婦人科医療提供体制の実態調査,(2)産婦人科医療提供体制の将来像のグランドデザインの策定,(3)将来像にいたる
ロードマップの作成,(4)産婦人科医療提供体制の喫緊課題への対応,の4項目である.最終報告は平成19年3~4月に行う予定だが,これまで,平成18年4月に中問報告,緊急提言を発表し,さらに平成18年10月に「分娩施設における医療水準の保持・向上のための緊急提言」を公にしている.
1.日産婦学会・産婦人科医療提供体制検討委
員会(検討委員会)の産科医療の緊急的確
保対策についての考え方
1)産婦人科とくに産科にかかわる医療リソース自体の不足が明瞭となっている現状では,産科の現場で働く当事者である医師・助産師・看護師がその能力と潜在力を最大限に発揮しなければならない.
2)そのためには当事者が最大限に活躍できる環境を整備する必要がある.今,現場で阻害要因となっている事項としては以下の諸点を挙げることができる.
(1)病院勤務医の過酷な勤務条件が放置され改善の努力がなされていない.
(2)病院勤務医の過酷な勤務内容が正当に評価されず,適正な報酬が支払われていない.
(3)地域の病院と診療所が主として担ってきた「地域における分娩体制」の重要性が正当に評価されていない.
(4)看護師内診が厚生労働省のきわめて強引な行政手法によって禁止され,それに基づいて警察が介入した結果,診療所医師がこれまで育ててきた「診療所分娩の文化」が否
定されてしまい,分娩取扱継続がきわめて困難となっている.
(5)産科医療紛争を減少させるための制度改革努力が十分でない.
(6)分娩の安全性確保対策が十分でない.特に助産所の安全性確保のための制度整備が遅れている.
(7)周産期救急医療体制整備の不完全さ,特にNICUの不足により周産期救急対応の際の産婦人科医の負担が増大している.
これらの阻害要因については短期的に可能なこ
と,長期的に対応すべきことを十分に検討し,できることから迅速かつ具体的な対策を実施していくことが必要である.個々の問題に明確な対応を行うこと,改革の意志を明確に示すことが,きわめて重要である.そうすることによって,現場の
医師・スタッフを力づけることにつながると考えられるからである.
3)このような認識に立って,検討委員会ではグランドデザインを行う一方で,喫緊課題のなかでも,現場で対策の立案実行が可能な事項を取り上げ,緊急提言として公表することにした.大きな制度変革を必要とせず,現場の医師にとって実効のあるものとして,これまでのところ勤務条件整備が中
心となっている.
2.緊急提言による産婦人科医の生活権確保対策
1)緊急提言
「ハイリスク妊娠・分娩を取り扱う公立・公的病院は,3名以上の産婦人科に専任する医師が常に勤務していることを原則とする.」
この提言は産婦人科の労働条件が決して今のままで継続するものではない,必ず改革するという決意を学会として示すことを意図したものだった.「産婦人科を志望する医師および医学生に対して,近い将来の産婦人科医の勤務条件の改善の見通しを提示することが,産婦人科医の不足状況を解消するためにきわめて重要と判断いたしており,この状況を改善する明確な意志を示す必要があるという考えに立って」この提言が作成された.
2)第二の緊急提言
医師数の減少のなかで,勤務条件の改善を達成するには時問がかかると考えられ,適正な労働の評価が行われることが最低限,緊急に必要という判断のもとに作成された(表3).
表3
分娩施設における医療水準の保持・向上のための緊急提言
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『以下のような提言をすべての分娩施設に対して行うこととする.
1.すべての分娩施設は必要なスタッフを確保し,医療設備の向上に努めていただきたい.
2.分娩施設の責任者は,勤務している産婦人科医師の過剰勤務を早急に是正すべきであり.それが達成されるまでの過渡期においては,産婦人科医師の過剰な超過勤務・拘束に対して正当に処遇していただきたい.
3.上記を達成し,地域の周産期医療を崩壊させないためには,分娩料の適正化が必要である.』
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実際に条件を改善するためには,各医療機関での経営者側との交渉が必要である.しかし,単一の診療科でそれを行うことには大きな困難が伴うのも事実である.第二の緊急提言は,産婦人科医全体がこの問題について同じ考え方をしているということを病院経営者や行政担当者,マスコミや国民に理解してもらうことにも役立つ可能性を考えている.
3.地域の分娩施設を確保するための緊急対策
地域では分娩体制の維持確保に躍起となっている状況だが,医師の分娩現場からの撤退の流れはむしろ加速していると考えられる.前述した阻害要因を一刻も早く,1つ1つ除いていかなければならない(政府・厚生労働省の決断次第だが).一番簡単で効果があるのは看護師内診の容認であ
る.これにより,多くの分娩取扱診療所が自信を持って診療を続けることが可能になる.次に有効なのが,分娩を担当した病院勤務医へのincentiveの付与である.すでに一部の病院で当直料の引き上げ,分娩手当の支給という形で導入が行われるようになってきているが,まだ導入していない施設も,分娩体制を維持するのであれば,迅速な対応が必要であろう.分娩施設から撤退した医師は別の分野で収入を得てしまうので,一度撤退した医師を呼び戻すのは,やめないで続けてもらうよりもずっと難しいのである.これらの緊急対策で分娩現場がある程度落ち着いたところではじめて,わが国の分娩のあり方についての地に足が着いた議論を行うことができるようになる.今はまだ,そのような余裕はない.
「産科医療崩壌」はすでにさまざまな現場で始まっていると思われるが,それは「健康な妊掃がお産の場がなくて困る」という形で起きるのではなく,弱者であるハイリスク妊婦,合併症妊婦が適切な医療を受けることができずに生命の危険にさらされるという形で起きると考えられる.現場の医師・スタッフが撤退しないで分娩の現場に屠続けてくれることが,今はきわめて重要であり,そのための環境整備こそが緊急の課題なのである.
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