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(投稿:by 僻地の産科医)
医療崩壊の根本原因は医療費抑制政策
保険医協会講演会で李啓充氏が警鐘
日本も見習う?弱者切り捨ての米病院会社
高橋 清隆
JANJAN 2008/11/20・21
(上)http://www.news.janjan.jp/living/0811/0811191847/1.php
(下)http://www.news.janjan.jp/living/0811/0811190908/1.php
日本とアメリカで医師経験を持つ評論家の李啓充氏が講演して、社会保障制度〝改革〟や格差拡大が国民の健康を損なう可能性がある、と警鐘を鳴らした。李氏は米国型の医療制度導入を図ろうとする動きに対しても、米・大リーグを例に挙げて充実した医療の実現に有害と述べ、出席した医師や一般参加者と質疑応答を交わした。日米は同じ「小さな政府」だが、医療費を比べると米国は税金で1人当たり日本の3.5倍も負担している。日本政府が言う「公的負担は限界に達した」は誤りだ。医療保険を民間に依存する米国では貧乏人は加入できないのに加え、1人当たり医療費が日本の3倍近い。現在の日本が世界に誇る公的医療保険制度を崩壊させてはならない。
東京保険医協会は15日、「医療費抑制政策と医療崩壊―『小さな政府=社会保障費抑制』路線からの転換」と題する政策講演会を都内で開いた。日米の医療に携わった、医師で評論家の 李啓充(り・けいじゅう)氏が講演し、民間保険と株式会社病院が幅を利かす米国の実態を紹介、「官から民へ」を合い言葉に進むわが国の医療保険制度改革に警鐘を鳴らした。
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講師の李啓充医師
東京保険医協会は、保険医の権利を守り、国民の健康と医療の向上を図るための団体で、現在約5000人の保険医が加入する。元・ハーバード大学医学部助教授でスポーツライターとしても活躍する李講師は、わが国の社会保障改革が医療現場を困らせている背景や労働政策による格差拡大が国民の健康を損なう危険性について、大リーグの選手や経営を例に分かり易く説明。一般参加者を含め約150人が熱心に耳を傾けた。
質疑応答も交えた約1時間半の講演の後、主催者の東京保険医協会の塩安佳樹(しおやす・よしき)会長は「日本の医療は悪化の一途をたどっている」と現状を嘆き、次のように続けた。「日本の国民1人当たりの保健医療支出は世界で13位であり、一方、その質は世界1とWHO(世界保健機関)も高く評価している。ところが、医療市場の開放を狙った米国の圧力により、国を身売りする方向で進んでいる。国の根幹は、国民の健康と生命を守ること。せめてOECD諸国の中で上位半分に入る医療費を使って中身を改善してほしい。医者も国民も『生きててよかった』『医療に携わっててよかった』と思えるように」。
李講師の講演概要は次の通り。
オーナー気取りの、のさばりが国を滅ぼす
わたしは野球が大好きで、よく大リーグを見る。黒人初の大リーガーは、ジャッキー・ロビンソン(1919~1972)という選手だった。新人王とMVPに輝いた名選手だが、差別反対運動に身を投じた。奨学金も設立し、優秀な若者をアフリカから呼んだ。バラク・オバマ次期大統領の父はケニアから来て白人女性と結婚したが、ロビンソンがいなければ今のオバマ氏はない。ロビンソンは37歳で引退すると、急に老け込んだ。糖尿病を患い、心筋梗塞(こうそく)で亡くなったが、このことは今日の話と密接にかかわる。
なぜ日本の医療が崩壊へ向かっているのかを考えるとき、レッドソックスとヤンキースの関係が参考になる。つまり、(上位の)レッドソックスのオーナーは、金を出すが口は出さないのに対し、(下位の)ヤンキースのオーナーは金も口も出す。日本の医療崩壊の最大の原因は、オーナーを気取る人たちが、口だけ出しているからである。例えば2月、政府の社会保障国民会議の吉川洋座長(東京大大学院教授)が国民医療費について、今後の増加分は民間保険などで賄い、公的保険の適用対象を広げない意向を示した。吉川氏は経済財政諮問会議の民間議員も兼任する。経済財政諮問会議の議員は4人が民間人で、財界2人と財界と意見を同じくする経済学者2人からなる。これが国の政策の大本を決めてしまう。
米国人にこうした仕組みを紹介すると驚く。民間セクターが国の公的な制度を決めるのかと。まさに、この国のオーナーを気取っている。彼らが「公」を減らし、「民」を増やせと言っている。さらに、赤字を抱える自治体病院を廃し、「株式会社による無駄のない医療」を、と訴える。目指しているものは、米国型の医療制度である。
国民負担率は企業負担抑えるための口実
小さな政府を唱える人が好んで使う言葉に、国民負担率がある。これは社会保険料と租税の和が国民所得に占める割合を指す。日本36%、米国32%と4割を切るのに対し、スウェーデンは7割超。「7割も税金?」と思わせる指標である。国民負担率と称する“National Burden Rate”は、1982年の土光臨調で発明された日本だけの言葉である。1997年に財政構造改革法で5割を超えないことが目標に定められた。つまり、小さな政府が国是になり、その中で社会保障費も抑制された。しかし、国民負担率は負担の実態を反映していない。
日米国民負担比較
(50歳、自営業、4人家族、2008年度納付額)
課税収入700万円(1ドル=106円)として比較
日本 米国(カッコ内は2005年の比較データ)
所得税 97万円 99万円
住民税(州税)70万円 37万円
国民年金 17万円 115万円
医療保険 62万円 242万円(152万円)
総計 248万円 493万円(417万円)
→国民負担「率」を上げると、実際の国民負担は上がる。
国民負担を日米で比較する(表)。この条件で見た場合、米国では医療保険として242万円を支払わなくてはならない。これは民間保険で、毎年値上がりする。新たな保険に入ろうとしても、既往症が問題にされ、厳しい。国民負担率は同じだが、倍近く費用がかかる。公の部分だけは同じだが、民の部分があるからだ。これが日米の違い。オーナーを気取る人たちは「国民負担率は上げない」といっているが、上げるのと同義である。OECD各国の国民負担率と比較しても、日本はとても小さな政府。しかし、どの国も引かれても給料の8割ほど残る。だまされてはいけない。国民負担率の概念は、分担の不公平を隠し、社会保障水準を抑制する手段として用いられている。企業の公的負担を増やさないためである。企業の公的負担率はフランス14.0%に対し、日本は7.6%と半分近い。それなのに財界は「日本は法人税が高いから下げよ」と主張する。
社会保険料の本人負担と事業主負担の割合を、たとえば日仏で比較して見る。本人負担は日本10.89%、フランス9.63%とほとんど同じだ。しかし、事業主負担が日本11.27%に対してフランスは31.97%と日本の3倍近くを払っている。フランスでは普通の人の負担割合が低く、大きな政府はこうして運営されている。
経済成長率と国民負担率の関係(グラフ1)
この30年間の国民医療費を財源から見ると、「家計」部分が増え、「事業主」負担が減っている。日本の医療費はGDP比で見ると低いが、本人負担率は最も高い。オーナーを気取る人は国民負担を抑えないと経済成長が停滞すると言うが、政府の大小と成長するしないは無関係(グラフ1)。
小さな政府は健康被害も拡大する
医療崩壊を考えるとき、こうした改革を続けていては解決するわけがない。OECD諸国の貧困度を見ると、国民負担率の低い、いわゆる「小さな政府」の国では所得再分配が進まず、健康被害が増えている。ジニ係数は1が究極の格差だが、米国では1980年代から上がった。レーガン政権が小さな政府を目指したことにより、高額所得者の減税などが行われた。英国では1990年代から急激に上昇。サッチャー政権が規制緩和路線を採ったからだが、今はやめている。日本は90年ころからの数字しかなく比較できないが、急激な速度で上昇しており、2020年くらいには米を追い越すと予測される。
格差が拡大すると、公衆衛生上問題が起こる。日本では「生活習慣病」と呼ばれ、自己責任にされているが、ストレスで健康が損なわれるのは明らかだ。年収を6段階に分けて死亡率との関係を見た米国の調査では、一番お金のない層の死亡率は最もある層のおよそ3倍高かった。メタボより、お金がないことの方が害を及ぼすことが分かる。これは退職後も影響する。管理職から補助職まで職種を4段階に分類したところ、相対死亡率は40~60歳の現役世代で4倍の差があった。70~89歳でも2倍の差があり、格差の恐ろしさが分かる。
人種差別にさらされることも、健康をむしばむ。母親の健康とを図る指標とされる新生児の体重について、米国生まれの黒人とアフリカ生まれの黒人を比較すると、米国生まれの方は平均体重が少ない。遺伝の違いでないことが分かる。ジャッキー・ロビンソン選手も、格差症候群の被害者だったのではあるまいか。黒人同胞の期待を一身に背負っただろうし、差別に遭っても怒ったり、反抗してはいけない立場にあり、ストレスも受けたはず。
英国は階級制の強い社会だが、平均余命を社会階層別に見ると、1970年代から20年間、その違いが拡大してきた。新自由主義路線を取ってきた結果である。これは今後の日本で、正社員より派遣社員の余命が短くなる恐れがあることを示唆する。こうした事態を受け、英国では1997年から税制改革による所得再配分を実施している。最富裕層10%の可処分所得におよそ4%の増税をし、最貧困層10%におよそ11%の控除をするものである。
わが国で消費税を上げなければならないというのはうそだ。消費税は逆進性が高く、低所得者ほど負担が重い。税収を増やすため、英国では勤労者控除を実施。オバマ氏の税制改革案はこの模倣である。英国では株式取引に0.5%を課税し、毎年約5兆円が入る。工夫すれば税収増の手段はある。
ジニ係数の上昇は中曽根内閣の下、土光臨調が小さな政府を目指す答申を出したのが始まり。今、米国ではオバマ氏が出て「チェインジ」とやっているし、英国はやめた。日本はいつまで小さな政府がいいんだと言って格差を拡大するのか。2007年に英国レスター大学が行った国民「幸福度」調査では、デンマークが1位、ブータン8位なのに対し、世界で経済第2位の日本は88番目だ。
弱者を追い詰める民間保険天国の米国
米国で民間医療保険の加入者は、総人口3億人のうちの約2億人にとどまる。市場原理なのでお年寄りやお金のない人は落ちこぼれる。彼らを救済しようとする公的医療保険として、メディケア(高齢者・障害者)とメディケイド(低所得者)がある。各約4,000万人で、ほかに無保険者4,500万人がいる。
日米医療費比較
米国 日本
GDPに占める医療費の割合15.8% 8.0%
一人当たり医療費 $5,952 $2,249
民間負担 $3,282 $1,482*
税負担 $2,670@ $767*
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米保健省調べ、2003年
*は日本での公民負担割合からの計算値
@米国は連邦予算の25%を医療費に支出(日本は10%、社会保障全体で26%)
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日米は同じ「小さな政府」だが、医療費を比較すると上のようになる。米国は1人当たりにかかる税負担が日本の3.5倍。それなのに、わが国では「公的負担は限界に達した」と言われる。国家予算からの支出は米国が25%なのに対し、日本は10%にすぎない。
米国で民間医療保険が高いのは(1)運営の効率が悪いことと(2)「サクランボ摘み」、つまり、いいとこ取りの弊害からである。
(1)について、米国にメディカル・ロス(医療損失)という概念がある。徴収した保険料のうち、医療に使う支出の割合を示したもので、「民」の81に対して「公」は98となっている。営利の保険会社は85を超えると、ウォールストリートで「あの会社は経営が下手だ」と株価が下がる。今、日本では「公」を減らして「民」を増やすと言っている。
(2)について、米国の保険会社は儲けを多くするため、病人を保険に入れない。自営業者の保険料が高く設定してあるのもそのためである。反対に大企業で働く人の保険料は安い。健康な人が多く、大口の顧客を獲得できるからである。そのため、公的保険に有病者が集中して加入者の負担が増すという悪循環に陥っている。
テネシー州では入院日数を年間20日までとしたり、受診回数を10日までと制限を設けることが常態化している。ユタ州ではさらに、救急外来や専門医受診、入院医療を保険から外す動きが起きている。サービスカットされたこの新しいメディケイドは医療保険などと言えず、事実上の無保険者化である。そのことが民間保険への需要を高め、毎年2、3割も値上げすることにつながっている。社会に公の保険が1つだけなら、こうした悲劇は起こらない。
わたしは昨年5月、米国の病院で患者として手術を受け、8日間入院した。病院から室料を含め5万229ドル、日本円でおよそ500万円の請求があった。医師たちからのおよそ5,100ドルと合わせおよそ5万5,000ドルだったが、保険に入っていたため約9,000ドルすなわち約90万円ですんだ。もし保険に入っていなかったら、この値引きは受けられない。しかも逆進性があり、貧しい人ほど高い。こうした欠陥ある医療制度は、借金地獄の温床になっている。無保険者が入院して多額の借金を残すと、一定期間後にプロによる債務の取り立てが始まる。患者の持ち家に抵当権を設定し、裁判所や弁護士の費用も債務に加算する。債務者は一度呼び出しを無視すれば、逮捕状を請求される。警察による肉体差し押さえだ。医療費負債による個人破産は原因の第2位に上昇している。名門イエール大学で過酷な取り立てが問題になった後、コネチカット州では医療費負債の利子を年5%に制限した。
混合診療は製薬会社の暴利とえせ医療のため
日本では保険診療と自由診療の混合を認めていない。ある46歳の男性がくも膜下出血を起こし、緊急手術した。術後血管攣縮(れんしゅく)による死亡や後遺症の発生が心配されるが、ニモジピンという薬を使えば、発症率を3割から2割に抑えられる。この薬は日本では保険外で、混合診療の禁止により、使用する場合は全額自己負担となる。だから混合診療は一見患者に好都合に思われるかもしれない。不幸にも、薬が届く前に脳血管攣縮が始まった。実はこの患者はわたしの弟である。しかし、混合診療がけしからんという意見は変わらない。
第1に、財力による差別を容認する。ニモジピン1カプセルに10万円の値が付けられれば、3週間の投与で2,560万円の負担。この額を払える人だけが恩恵を得られる。
第2に、えせ医療が横行する危険がある。医療保険に含まれるのは、有効性・安全性が認められたもののみ。確認なしの医療が自由診療の市場で大手を振ると、いかがわしい医療が横行しかねない。
第3に、医療保険本体がアビュース(乱用)される危険。美容形成手術が本来の目的で入院した患者が、肝障害などという保険病名を付けて入院費用を保険に払わせ、手術料だけ払うような悪用が生じかねない。
第4に、保険医療が空洞化する危険性がある。製薬会社が新薬を出す場合、手間暇コストをかけて治験をしなくなる。需要の高い薬は高い値段を付け、自由診療で売ってしまえとなれば、時代遅れの効き目の悪い安い薬だけが保険診療といった事態になりかねない。
中国は混合診療の先進地で、1980年代初めに医療に市場原理を導入した。患者は前金を要求され、払えなくなった時点で退院を強いられる。退院患者の4割は中途で去る。米国では1,000万円払わないと白血病の治療を受けられない。それにもかかわらず、規制改革・民間開放推進会議議長だった宮内義彦氏は、次のような発言をしている。
「国民がもっとさまざまな医療を受けたければ、『健康保険はここまでですよ』、後は『自分でお払いください』というかたちです。金持ち優遇だと批判されますが、金持ちでなくとも、高度医療を受けたければ、家を売ってでも受けるという選択をする人もいるでしょう。」(『週刊東洋経済』2002年1月26日号)
混合診療導入の主張には、問題のすり替えがある。ニモジピンのようないい薬が使えないのは、混合診療を認めていないことが問題なのではなく、保険診療に含まれていないことが問題なのである。この薬は米国で89年に認可されたが、なぜ日本で認められないのか。販売権を持つ製薬会社に聞くと、認知症の人を対象に臨床した結果、はねられたという。年間1万5,000人しかいない、くも膜下出血の患者ではなく、何十万人という認知症の人に毎日飲んでもらうことを狙って認可申請した。製薬会社の欲深さのため、日本のくも膜下出血の患者が犠牲になっている。
ぼったくりバーと変わらない株式会社病院
米国では、株式会社が巨大病院チェーンを経営する。医療を市場に委ねれば、日本で何が起こるかが分かる。米国第2の病院チェーン、テネット社の2002年の売り上げは1兆7,000億円に及ぶ。営利病院は、競争相手の病院を買収して閉鎖するなど、強引な手で市場の寡占化を図る。コストを抑えるための合理化を徹底し、ベテラン看護師の解雇や不採算部門の切り捨てを行う。患者への請求を高くし、診療報酬の不正請求を組織的に行う。大病院チェーンに例外はない。
非営利病院との価格差は歴然としている。巨大営利病院は言い値で商売ができる。下の表はサンフランシスコ・ジェネラル・ホスピタルという非営利の病院と、テネット社が保有するモデスト・ドクターズ・メディカルという病院との医療行為の価格比較。営利病院がぼったくりバーと変わらないことが分かる。
非営利と株式会社病院との商法比較
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サンフランシスコ・ジェネラル・ホスピタル(非営利)/モデスト・ドクターズ・メディカル(テネット社)
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胸部X線 $120 / $1,519
血液像検査 $50 / $547
血清生化学検査 $97 / $1,733
頭部CT $950 / $6,599
2002年10月、ウォール・ストリート・ジャーナルにテネット社の診療報酬不正請求の記事が載った。FBIが強制捜査に入り、株価が大きく下がった。その直後、同社が所有するカリフォルニアの病院で必要のないバイパス手術をしていたことが明るみに出て、株価はピークの4分の1にまで暴落した。米巨大病院チェーンではこうした犯罪が頻発しており、事件によっては1,000億円を超える巨額の示談金を年末に支払うことが恒例化している。
病院が株式会社化されると死亡率が上昇することが、全米3,645の病院を12年にわたり調査した結果から出ている。これによれば、非営利から株式会社に変更された病院では、平均死亡率0.266から0.387へと5割増えた。一方、株式会社から非営利に変わった病院では、死亡率は0.256から0.219へと下がっている。入院費用は株式会社化によって、8,379ドルから1万807ドルに約2割上昇。逆に、非営利に転換しても7,204ドルから7,486ドルへと、あまり変わらない。規制改革会議は「株式会社・経営のプロがやれば多彩な医療サービスが展開されて患者のためになる」と言ったが、正反対の結果が出ている。
憲法違反が疑われる民間保険導入
米通商代表部が毎年作成する「日米規制改革及び競争政策イニシアチブ(『年次改革要望書』)」には、日本への改革要求項目が記されている。郵政民営化が決着した今、大きなターゲットになっているのが医療改革。混合診療の導入と株式会社の参入を求めている。米国の保険会社が日本で甘い汁を吸う構造はすでに出来上がっている。ある米国系保険会社は、米本国の2倍以上に当たる110億ドル、日本円で1兆1,000億円の収入を日本支社で得ている。「公の保険は欠陥が多く、民間の保険を買わないと不安」というイメージが刷り込まれた結果だ。
高齢化と医療費の関係を1960年からのデータで国際比較すると、日本では寿命が伸びる割に節制が利いている。逆に米国は、長生きできずに医療費だけ伸びている。この制度を入れようとしている日本はこれから、お金のない人がバタバタ倒れたまま放置されるだろう。新自由主義派は「自助」「自律」「自己責任」という言葉を好む。「民」主体の米国型の保険制度は不平等・不公平であるだけでなく、社会全体の医療費負担も高くつく。一方、西欧・日本型は平等・公平であるだけでなく、社会全体の医療費負担も安く上がる。
日本の医療は「タイタニック化」の危機に直面している。「民」の保険は1等の客は通すが、2等・3等の客を差別する。つまり、お金のある人の命は助けるが、ない人は助けない。日本が誇る「皆保険丸」を氷山にぶつける行為と変わらない。
憲法25条は次のように定める。
(1)すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
(2) 国は、すべての生活部門について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
差別的な「民」保険の導入は、憲法違反ではないか。
■李啓充(り・けいじゅう)
1980年京都大学医学部卒業。天理よろず相談所病院、京都大学大学院医学研究科を経て、90年よりマサチューセッツ総合病院で骨代謝研究に従事。ハーバード大学医学部助教授を経て、2002年より文筆業に専念。著書に『怪物と赤い靴下』(扶桑社)、『レッドソックス・ネーションへようこそ』(ぴあ)、『アメリカ医療の光と影―医療過誤防止からマネジドケアまで』『市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗』(以上、医学書院)など。訳書に『医者が心をひらくとき― A Piece of My Mind (上、下)』ロクサーヌ・K・ヤング(医学書院)など。
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