(関連目次)→医療事故安全調査委員会 各学会の反応
ぽち→
(投稿:by 道標主人さま)
道標主人さまより寄稿いただきました(>▽<)!!!!
第三次試案が法案化されていうこのときに、
わかりやすい論説であろうと思います。
ぜひぜひのご一読をおススメいたします(>▽<)!!!
はじめに
2006年2月18日、福島県立大野病院の産婦人科医が業務上過失致死と医師法第21条違反の疑いで逮捕された。いわゆる「福島事件」である。その刑事裁判がこの2008年5月16日、弁護側最終弁論をもって結審した。結果が不確実な医療、その結果によって刑事訴追を受ける。これまでにも送検される事例はあったが、医師たちはもたらされる危機を実感して来なかった。産婦人科医が手錠をかけられ送検される姿は、全国の医師に衝撃を与えた。それは医療破壊を加速させるには十分の大きな衝撃であった。結果が不確実な医療において、結果から当事者を刑事で処罰することは、リスクが高い医療から医師が手を引く結果となる。
「福島事件を繰り返すな!」
全国の医師たちの声とは別に、動き出したものがあった。それが厚生労働省のいわゆる医療事故調、現在は仮称、医療安全調査委員会(医療安全調)である。
現在、医療安全調は第三次試案まで来て、厚生労働省と自民党はこれを基に法制化を進めている。しかし第三次試案には様々な欠陥があり、このままを法制化したならば、医療は今よりもさらに破壊される恐れが強い。
刑事司法の手続の抑制について
第三次試案では、刑事司法の手続を抑制する明確な法的根拠がない。
法務省刑事局長、警察庁刑事局長が第三次試案を容認賛同するとコメントしても、刑事手続に関する法規定は現状と変わらず、告発があれば刑事手続はこれまでと同様進んでしまう。これは法務省刑事局長、警察庁刑事局長が国会で答弁したとおりである。
もしも法務大臣が国会答弁で、医療安全調の調査が刑事司法よりも優先的に行われると答弁しても、刑法、刑事訴訟法が制限されることにはならない。
厚生労働省が法務省との確約と言って手にしようとしているものは口約束だけであるし、仮に文書があっても、法の付帯決議や判決の傍論には何の拘束力もないことは明らかである。それを、医療安全調ができたら刑事手続は抑制され刑事訴追件数が明らかに減ると喧伝するのは、偽りである。
日本医師会木下常任理事は、法務省から刑事手続を謙抑的に扱うとの確約を得たと言っているが、そのような文書はない。もともと刑事司法は謙抑的であるが、そのなかで福島県立大野病院の事件は起こった。第三次試案であっても福島県立大野病院の事件は防げない。日医木下常任理事の発言は欺瞞である。
医と法の乖離
医療に関連して起こった不幸な出来事が重大な場合、捜査機関への通知の有無の判断、特に「重大な過失」という法的判断について、重大ということが、結果が重大なのか、原因・過程が重大なのか、一般の人が感じる重大さ(死)と、医療の現場でおこる様々な出来事の重大さが乖離しているので、何が重大で何が刑事手続相当かを医学の外で判断していることが、医療を破壊する強力なベクトルとなっている。
その法的判断を医学的判断で代わって行うために医療安全調があるはずなのに、何が重大な出来事か、重大な過失とは何か、第三次試案でなおはっきりしない。
厚生労働省は、消毒薬の誤注射はどう扱うつもりなのか。業務上過失か、重過失か、システムエラーであって個人の責任ではないのか、はっきり明文化して頂きたい。
医療安全調への殺到
医療安全調は、病院での死亡で、解剖かAi(autopsy imaging)がなされる事例のうち、2,000 件かもう多少の件数の事例を扱うことしか想定していない。しかし、確実に刑事告発が増える傾向にある現在、医療安全調を通さなければ刑事手続に踏み込まれるという危惧は、当然、医療機関が抱くことになる。
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静岡厚生病院:妊婦と胎児が死亡 遺族は「医療ミス」/静岡
http://mainichi.jp/area/shizuoka/news/20080503ddlk22040149000c.html
静岡厚生病院(静岡市葵区、玉内登志雄院長、265床)は2日、帝王切開の手術を受けた同市の24歳の妊婦と10カ月の胎児が死亡したと発表した。遺族は「病院がすぐに入院させなかったため措置が遅れた」などとして、静岡中央署に医療ミスがあったと届け出た。病院側も異状死として届け出ており、同署は司法解剖を行って詳しい死因を調べている。
毎日新聞 2008年5月3日 地方版
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この報道のように、すぐにミスと報道され、遺族が警察に届け出る傾向は、増えていくであろう。医療機関もまた、院内調査のいかんにかかわらず遺族が警察に駆け込む傾向にある限り、警察に届け出ざるを得なくなる。
医療機関が警察に届け出なくても遺族が届け出れば、医療機関は警察から事情を聞かれる。そこで任意の証拠提出を求められたりしたら、院内調査は機能しなくなる。
しかも、院内調査ができ医療事故調に届出てたとしても、医療安全調のキャパシティは限られている。そこで警察が届出の窓口で医療安全調を勧めても、遺族は院内調査や医療安全調を信用しないか、あるいは、医療安全調は待ち行列と化し遺族は医療安全調を頼ろうとしないことが、想定される。
院内調査と医療安全調は、設計通りには機能しないことが、充分に予想される。
医療安全調の網の目の荒さ
医療安全調は、院内調査委員会を組織できる規模の病院の院内での、解剖かAiを経る死しか想定していない。以下のような場合、患者さん家族が医療への不信を抱いて調査を望む場合、警察への届出か民事裁判しかない。
1. 在宅終末期医療は、家庭での死であるが医療が介在している。
2. 院内調査委員会を組織できない中小規模の病院が多数に上る。
3. 解剖やAiがなされない死。現実にこの方が多いのではないか。
厚生労働省の権限強化
元来、厚生労働省は医師の行政処分の強化迅速化を目指していた。
医療に関連して起こった不幸な出来事は、医学的調査、システム工学的調査、事例の収集とデータベース化、再発防止策の検討、遺族の慰撫、補償や重大な後遺症等の場合の救済、医師の処分、これだけのことをやらなければならない。それを一つの組織制度で担うことはできない。
調査と処分が厚生労働省の管轄下にあれば、調査は処分のためという色彩が濃くなる。
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医療事故を強制調査、医師を迅速処分…厚労省、法改正へ
読売新聞 2005.7.16
医師の刑事責任 明確線引きなし
読売新聞 2006.6.15
診療行為に関連した死亡の死因究明等のあり方に関する課題と
検討の方向性(平成19年3月厚生労働省)
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=495060227
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1030&btnDownload=yes&hdnSeqno=0000020865
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/04/dl/s0420-11b.pdf
6 行政処分、民事紛争及び刑事手続との関係
また、併せて、以下の点についても検討していく。
(1) 調査組織の調査報告書において医療従事者の過失責任の
可能性等が指摘されている場合の国による迅速な行政処分との関係
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第二次試案まではその思想が明確に見て取れた。第三次試案では再教育や再発防止を重視するように文言が変わっているが、医道審議会の強化がすでになされていることもあって、医師の免許資格に関わる処分があることに変わりはない。
厚生労働省の限界
上記、医療に関わる不幸な出来事に関わる組織制度は、多方面の機能を要求され、調査と処分を分ける意味からも、複数の法、制度、組織を並立して設計するべきである。その中に、刑事司法の手続を抑制するための、刑法、刑事訴訟法に関わる法整備を織り込まなければならない。
そのためには、厚生労働省が単独で試案を積み重ねても、それらの実現は不可能である。法務省と厚生労働省の横断的な議論と、協同した制度設計と法整備が必要である。
はっきり言って、厚生労働省が単独でいくらやっても、第三次試案が限界である。また厚生労働省と政府与党での国会への法案提出、すなわち閣法では、ここまでという限界でもある。
また現在、国会はねじれ現象にある。民主党は独自に制度を考えている。超党派の「医療現場の危機打開と再建を目指す国会議員連盟」も活動をはじめている。
上記、多方面の機能を実現する法整備と制度設計のためには、与野党での省庁横断的な議論と議員立法が必要である。厚生労働省の一室長レベルでは手に負える代物ではない。
社会保険庁解体の受け皿
社会保険庁解体が2010年。それに間に合うように自民党厚労部会は法案作成に着手している。今国会(第169通常国会)で法案成立、2年後の施行、というのがそれである。社会保険庁解体の受け皿という話は、ネタ元は明かせないが、少なくとも三つの方向から聞こえて来た。厚生労働省は、これを否定できるか。
WHOとの兼ね合い
医療の安全,すなわち患者さんの生命健康の安全のために、WHOが取り組んでいるプログラムと、医療における報告のあり方のガイドラインを、厚生労働省は把握しているだろうか。
WORLD ALLIANCE FOR PATIENT SAFETY FORWARD PROGRAMME 2005
http://www.who.int/patientsafety/en/brochure_final.pdf
WHO Draft Guidelines for Adverse Event Reporting and Learning Systems
http://www.who.int/patientsafety/events/05/Reporting_Guidelines.pdf
この中から重要なポイントを紹介する。
1. WORLD ALLIANCE FOR PATIENT SAFETY FORWARD PROGRAMME 2005 には、日本も参加国として並んでいる(p.23)。
2. WORLD ALLIANCE FOR PATIENT SAFETY FORWARD PROGRAMME 2005 のp.23からは、中核となる原則が記されている。
The core principles underlying the guideline development will be: the fundamental role of reporting systems is to enhance safety by learning from failures, i.e. errors and injuries caused by medical treatment; reporting must be safe, individuals who report incidents must not be punished or suffer other consequences; reporting is only of value if it leads to a constructive response.
At a minimum, this entails feedback of findings from data analysis.
Ideally, it also includes recommendations for changes in processes and systems of health care;
(報告者は保護されて罪に問われるべきではない。報告は、最低限データ解析のため、できうるなら、医療保健システムの改善のために役立てられるべきである。)
3. WHO Draft Guidelines for Adverse Event Reporting and Learning Systems のp.50からは、システムが成功するための要件が書かれている。
そのひとつとして、報告者は罪に問われるべきではないというのがある。
Non-punitive
Reporters are free from fear of retaliation against themselves or punishment of others as a result of reporting.
厚生労働省は、第三次試案を堂々とWHOに示すことができるだろうか。
調査の正確さと誠実さ
第二次試案では報告は義務で罰則を伴っていた。第三次試案では報告は義務ではなく、供述も拒否することができるようになっている。それで正確、誠実な調査ができるだろうか。
調査報告の刑事民事裁判への利用において、憲法38条との兼ね合いからこうなったのだろうが、何らかの免責とともに誠実な報告ができるような、法の整備を伴う制度を設計できないのか。厚生労働省単独では裁判に関わる法体系に触ることができないのだから、法務省とよく協議してはどうか。
患者さん側の不満
司法解剖に満足しない事例が多い。診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業では、遺族の納得が得られたのは8例中2例であったという調整看護師の報告や、14例中半数未満であったという法医学教授の報告がある。
米国Harvard Medical Practice Studyでの研究では、過誤があるとする損害賠償の訴えのほとんどは過誤のないところで起こされていた。
患者さん側が求める真実とは、患者さん側の方々の様々な言を考慮してなお、医学的解明とは別のところにある場合が多いのではないか。患者さんご家族の不満というのは、医学的調査による「真相」を解明をしても容易に得られるものではないだろう。
これには、慰撫、特にグリーフケアと、ADRや補償、重大な後遺症等への医療や介護など、救済が別に機能しないとならない。
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司法解剖の遅い開示が医療訴訟の一因 法医学学会で報告
朝日新聞 2008年04月27日
http://s02.megalodon.jp/2008-0427-1706-25/www.asahi.com/national/update/0426/OSK200804260078.html
医療ミスの疑いがあると、捜査目的で司法解剖が行われるが、6割以上の遺族では結果を知るまでに2年以上かかり、その情報開示の遅れから医療訴訟につながっていることが、東京大大学院の伊藤貴子特別研究員(法医学)らの調査で明らかになった。
集計によると、解剖結果を知るまでの期間は、司法解剖では、2〜4年が54%、4年以上が8%を占め、半年以内にすべての遺族が結果を知った病理解剖に比べて開示までの長さが際だっていた。
その間に、過失の有無を知りたいと強く望む遺族が次第に増え、解剖結果の説明を求めて警察への開示要求や弁護士相談などを試みていた。また解剖経験遺族の54%が「死因について納得できる説明があれば訴訟をしなかった」と答えるなど、開示の遅れが不信を招き、医療訴訟が増える原因となっていた。
診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業
http://www.med-model.jp/index.html
評価結果報告書概要
http://www.med-model.jp/kekka.html
本事業は平成17年9月1日より事業を開始し、平成20年2月26日現在、モデル事業対象地域より計63の事例を受け付けました。そのうち45事例の評価を終了し、関係者の同意を得られた35の事例について、その概要を公表いたします。
Harvard Medical Practice Study
N Engl J Med. 1991 Feb 7;324(6):370-6.
Incidence of adverse events and negligence in hospitalized patients. Results of the Harvard Medical Practice Study I.
N Engl J Med. 1991 Jul 25;325(4):245-51.
Relation between malpractice claims and adverse events due to negligence. Results of the Harvard Medical Practice Study III.
N Engl J Med. 1996 Dec 26;335(26):1963-7.
Relation between negligent adverse events and the outcomes of medical-malpractice litigation.
約3万のカルテの分析で、280例に医療過誤が存在した。このうち実際に医療過誤の損害賠償が請求されたケースは8例のみ。一方、過誤があるはずとして損害賠償が請求された事例は51例、その大部分は,HMPSが「過誤なし」と判定したケースだった。過誤があるとする損害賠償の訴えのほとんどは過誤のないところで起こされていた。
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医療安全調試案の限界
これまで述べたごとく、現在までの試案に基づくなら、医学的な充分な調査がなされず、起こった出来事の経緯の解明(システム工学的調査)も充分にはなされない。すなわち医療事故の再発防止に役立てられる見込みは乏しい。
また、医療に関連する法の改正だけでは、刑事司法の手続を何ら抑制するものではない。その上、調査と行政処分の権限が集中する厚生労働省の権限は強大なものになる。
患者さんやご家族が納得することも慰撫されることもない。患者さん側の納得とは曖昧で際限ないものであり、不充分で権威や法的基盤のない調査や個人の責任追及では、医療と患者さんとの溝は広がるばかりである。患者さん側の理解を得られる見込みはない。
理想
全ての医療に関連して発生した不幸な出来事のうち、医療側から、それは医療機関であっても医師個人であってもよい、患者さん側から、いずれからの届出であっても、調査を開始する。
全国で年間数万件の調査を、数ヶ月以内で行えるだけの能力を持った機関を設置する。
調査は、解剖、Aiの有無にかかわらず、進める。
現場、第一線の専門医複数のメンバーによる調査であり、権威だからとか大学教授だからというのでは、調査メンバーは務まらない。
法律家や有識者の参加はシステムの管理監督に留め、非専門家は調査に介入しない。患者さん側の代表はオブザーバーとする。
医療安全調は、その調査能力と権威、法的基盤で刑事司法の手続を抑制でき、医師も国民も調査結果に納得できるものでなければならない。
調査報告書には、調査記録のみが淡々と記され、そこには不幸な出来事が発生した前後に採り得るオプションや可能性があったことは挙げられていても、過失の有無は書かれない。
医療安全調の調査結果は匿名化してデータベース化し再発防止策の策定のための基礎資料とする。
医療安全調が「刑事手続相当」と判断したときのみ、刑事司法が動き出すべきである。
患者さん側が過失の認定を求めたい場合は、その報告書を基に民事裁判で争うべきである。刑事不相当という判断の調査報告書の場合、医療安全調が裁判所を凌駕する能力と権威で報告したものなら、民事訴訟をも抑制しうる。
結論
第三次試案では、福島事件は防ぐことができない。
省庁横断的な議論と議員立法によって、医学的調査、システム工学的調査、データベース化、再発防止策の策定、患者さんやご家族の慰撫と補償や救済、刑事手続の抑制、医師の再教育と処分、これらの法、制度、機関の実現を進めて頂きたい。
最後に福島事件で刑事被告人とされた産婦人科医の最終陳述を紹介する。
「Aさん(亡くなった方)に対して信頼して受診していただいたのに、お亡くなりになるという最悪の結果になりましたことに、本当に申し訳なく思っております。
初めて病院を受診された時から、お見送りさせていただいた時の、いろいろな場面が現在も頭に浮かんで離れません。あの状況でもっと良い方法がなかったのかとの思いに、いつも考えがいきますが、どうしても思い浮かばずにいます。
ご家族の方に分かっていただきたいと思っているのですが、なかなか受け入れていただくことは、難しいと考えております。亡くなられたという事実は変えようもない結果ですので、私も私なりに非常に重い事実として受け止めています。ご家族の皆様には大変つらい思いをさせてしまい、まことに申し訳ありません。
今回できる限りのことは一生懸命行いました。精一杯できるだけのことを行いましたが悪い結果になり、一医師として非常に悲しく悔しい思いをしております。
私は、真摯な気持ち、態度で、医療、産婦人科医療の現場におりました。再び医師として働かせていただけるのであれば、また地域医療の一端を担いたいと考えております。
裁判所に対しましては、私の話に耳を傾けてくださいまして、また真剣に審理してくださったことに深く感謝しております。
改めまして、Aさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。」
福島事件の判決公判は8月20日の予定である。
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