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(投稿:by 僻地の産科医)
「公益法人制度改革がもたらす日本医師会の終焉」
医療問題に対応できる新医師組織を
虎の門病院 小松秀樹
(『中央公論』2008年9月号掲載)
日経メディカルオンライン 2008. 9. 2
(1)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/mric/200809/507678.html
(2)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/mric/200809/507678_2.html
(3)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/mric/200809/507678_3.html
(4)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/mric/200809/507678_4.html
(5)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/mric/200809/507678_5.html
(6)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/mric/200809/507678_6.html
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(10)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/mric/200809/507678_10.html
(11)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/mric/200809/507678_11.html
日本医師会が医療崩壊に対応できない理由
1980年代半ばから続けられてきた医療費抑制政策により、勤務医の労働環境が悪化した。加えて、医療への過大な期待と要求のため、医師と社会の間の軋轢が高まった。勤務医が医療現場から立ち去りはじめ、救急、産科医療、自治体病院など脆弱な部分から日本の医療が崩壊しはじめた。
公立深谷病院、夕張市立総合病院、舞鶴市民病院、江別市立病院、佐野市民病院、国保平川病院、阪南市立病院、水原郷病院。伊関友伸氏の『まちの病院がなくなる!?』(時事通信社)に出てくる病院名を最初から順に追った。この本で言及されている病院名のほんの一部にすぎない。それぞれ、崩壊、あるいは、崩壊に近い状況に追い込まれている。個別の事情もあるが、医療費抑制と軋轢が背景にある。過酷な勤務と軋轢に耐えかねた医師が退職を決意する。残った医師に過剰な負荷がかかるが、社会は負荷を強いることをやめない。このため医師が大量に辞職し、病院が一気に崩壊する。
医療側に求められることは、医療の質向上のための努力を社会から見えるようにして軋轢を軽減することである。ところが、医療側が再建に取り組むための体制の中核部分が整っていない。日本医師会は、医師を代表する公益法人とみなされてきたが、公益だけでなく、開業医の利益のための活動も熱心に行ってきた。後述するように、日本医師会代議員に勤務医はその会員数と比較して少数しかいない。この解釈は、日本医師会の本音とたてまえに矛盾があり、勤務医を辺縁に押しやらざるをえなかったということであろう。
その結果、勤務医の日本医師会への帰属意識は希薄になった。現時点で日本医師会の活動を主導している会長、副会長、常任理事に勤務医から就任した者は一人もいない。これでは勤務医が日本医師会に対し、無視するか、敵視するか以外の態度をとるのは難しい。このため、病院医療の崩壊に対応するプレーヤーたりえていない。それどころか、日本医師会が公益法人としての権威を有しているがゆえに、その存在が、崩壊に対応するために必要な組織の設立を阻害している一面さえある。結果として、病院医療の崩壊とそれに伴う勤務医の開業への流れを止められず、開業医の競争激化を招いている。開業医の利益を過剰に主張するがゆえに、その利益を損ねている。
現在の危機を乗り越えるためには、日本の医師を真に代表する公益法人が必要である。すべての医師を束ねて、自らを律し、ひたすら医療を良くすることに徹する。「私」を主張しない。このような気位の高い公益法人の設立は、日本の医療をめぐる諸問題の解決を容易にする。これは、夢物語ではない。公益法人制度改革三法の成立によって、実現可能になった。なんとしても、このタイミングを逃してはならない。
進められる公益法人改革
2000年12月、森喜朗内閣当時、「行政改革大綱」が閣議決定された。公益法人改革は特殊法人改革、公務員制度改革とともに、行革の三本柱として位置づけられた。2006年5月26日、公益法人制度改革三法が成立した。条文の細部に、社会に対し、民による公益活動についての理念の変更を迫る起草者の強い意志が読み取れる。すなわち、公益社団法人(以下、日本医師会についての議論なので財団法人については言及しない)とは、不特定多数の利益の増進(特定の個人や団体ではない)のために寄与し、会計を含めて活動が社会から監視でき、公平な参加の道が開かれ、社員は平等の権利を有し、特定の個人の恣意によって支配されないものとして設定されている。
政府が直接実施できることには法律上大きな制限がある。特に、しなやかで細やかな対応が苦手である。また、株式会社のような利益を目的とする組織が、公的な役割を果たそうとすると、利益を目的とすることに抵触する。社会を円滑に運営発展させるためには、国家機関や営利法人に果たしえない役割が、公的な役割を果たす民間の非営利組織に期待される。しかし、本邦の公益法人のあり方と活動には問題が指摘され続けてきた。
従来、主務官庁が設立を許可し、設立後の指導監督にあたってきた。公益性について、各官庁がそれぞれ独自に判断しており、統一的な基準がなかった。このため、多くの問題が指摘されてきた。免税されているにもかかわらず、収益事業で民業を圧迫したり、特定の事業(国家資格の試験の実施など)を特権的に独占したりする事例が数多くあった。さらに主務官庁との癒着も問題だった。全国の公益法人に約20,000名もの元公務員が理事として天下っている。官庁から補助金を得ている公益法人が、その官庁出身の理事に常識外の高い報酬を出している例や、官庁から特定の事業の補助金を得て、その事業を第三者に丸投げして、利益を上げる事例が指摘されてきた。
一部で外部からのチェックがなされにくいゆえの不祥事が起きた。「ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団」をめぐる事件では、古関忠男理事長が独裁体制を築き、資金を私的に流用したり、集めた資金を政治家個人に提供したりして大きな問題となった。
勤務医の発言を抑え込み開業医の利益を誘導した
日本医師会は公益法人として活動してきた。実際に、日本の国民皆保険制度の維持発展に寄与するなど、国民の健康を守るうえで多大な貢献をしてきた。一方で、開業医の私的利益を守るための圧力団体でもあり、機能的に二面性を持ち続けてきた。
日本医師会の会員は医師個人であり、主として開業医が活動を担ってきた。病院を会員とする各種病院団体とは組織上、無関係である。参加は任意であり、すべての医師が参加しているわけではない。にもかかわらず、日本の医師を代表する団体として、しばしば扱われてきた。たとえば、医学系の各学会を束ねる日本医学会は、日本医師会の定款上、「日本医師会に置く」とされている。
日本医師会は、中央の日本医師会、都道府県医師会、郡市医師会の三層構造になっており、日本医師会、都道府県医師会はそれぞれ代議員制度がとられている。会員のかなりの部分が、それぞれ、日本医師連盟、○○県医師連盟、△△市医師連盟という政治団体にも参加している。日本医師連盟委員長は日本医師会会長であり、医師会と医師連盟の役員の大半は重なっている。これらの政治団体は、特定政党への政治献金を続けている。
日本医師会の会長は日本医師会代議員によって選挙される。日本医師会代議員は会員500名につき一名が割り当てられており、都道府県医師会代議員によって選挙される。2004年8月1日の時点で、日本医師会会員160,331名のうち、46.8%が勤務医だったが、代議員342 名中、勤務医はわずか21名6.1%にすぎなかった。公益法人とするには、あまりにも偏った構造である。
なぜこのようなことが起こるのか。都道府県医師会代議員は、個々の郡市医師会に割り当てられており、各郡市医師会で代議員選挙が行われることになっている。しかし、ある関係者の話では、必ずしも、実際に選挙が行われるわけではないらしい。この関係者の地域では、開業医が大半を占める執行部が代議員を選んで、総会で承認というのが実態だという。少なくとも、知人の医師会員数名に聞いた限りでは、代議員選挙の通知を受けた記憶がないという。記憶に残るような明確な通知ではなかったらしい。そもそも、勤務医は日本医師会を開業医の団体だと思っており、通知を熱心に見ないことも原因の一つだろう。
一般的に代議員制度は権力の集中を招く。代議員制度を二重にすると、執行部が執行部を再生産する傾向が強まる。勤務医が影響力を持とうとしても持てないだけでなく、一般開業医にとっても、権力に対するチェックは事実上不可能になる。
日本医師会の会長、副会長、常任理事は代議員による選挙で選ばれるものの、会長候補者が副会長候補、常任理事候補を指名する習慣があり、キャビネット制度とよばれている。これにより、権力が会長に集中する。
日本医師会は二重の代議員制度によって実質的に勤務医の発言権を奪っているが、医師全体の代表とみなされたいと考えており、勤務医を会員にしたがる。2000年前後に勤務医の医師会加盟手続きが神奈川県で問題にされた。本人からの入会申し込みなしに会員にしていた。本人から入会拒否の連絡があった場合のみ会員から外していた。この件は、医師会に疑問を投げかけた知人の医師から直接聞いた。
医療費配分が歪められた
中央社会保険医療協議会(中医協)では2年ごとに診療報酬を改定している。これは、必要な額を積み上げるという作業ではない。指定された総額を、どのように分配するかというのが主たる作業である。端的にいうと、ぶんどり合戦である。したがって、外来診療主体の開業医と、入院診療主体の勤務医では利害が対立する。当然ながら、発言権のある側が優遇される。
かつて、中医協の医師を代表する委員5名のうち、開業医代表が4名であり、病院団体を代表する医師1名も日本医師会の推薦で選んでいた。2005年7月20日、中医協のあり方を検討してきた有識者会議は、病院団体の代表を2名にすること、代表を病院団体が直接推薦すべきだとする報告書を発表したが、当時の尾辻秀久厚労大臣は病院代表2名を含む医師代表5名すべてを日本医師会が取りまとめて推薦するとした。これは後に変更されたが、このような動きの背景に日本医師会の働きかけがあったと考えるのが普通だろう。
2005年の日本の医療費の対GDP比はOECD30カ国中21位であり、先進7カ国の中では最低である。OECD Health Data 2002によると、日本の総医療費に占める外来診療費の割合は22カ国中、5位である。全体としてみると、総医療費は先進国で最も低い。外来医療費も高いわけではないが、とりわけ、入院診療に費用がかけられていない。日本医師会の中医協での長年の活動が、結果として、世界と異なる医療費配分を招いたと判断せざるをえない。
その外来医療費も大病院に比べて、診療所が有利になっている。『日本経済新聞』は、2005年6月19日の紙面で、高血圧のために通院している患者の標準的な医療費を比較した。記事によると、医療費は医療機関の規模や支払い方式によって6通りあり、診療所は大病院の2.93倍もの診療報酬だった。その後、格差は是正の方向にあるが、日本医師会の中医協でのこれまでの活動が国民一般に理解されているとは思えない。
2007年秋、2008年4月からの診療報酬改定の議論が佳境にあったと思われる頃、医療事故調査委員会に関する厚労省の第二次試案が提案され、その直後に日本医師会が賛同した。第二次試案、2008年4月3日の第三次試案のいずれも、医療の安全のための医療事故報告制度を個人の処分に連動させる世界に類を見ないものである。WHO(世界保健機関)やアメリカの医療事故報告制度に対する基本的な考え方と大きく異なる。リスクの高い医療を崩壊させるとして、現場の医師の強い反発を招いた。日経メディカルオンラインの第三次試案についての賛否を問うアンケートでは、2008年6月20日時点で、医師の92%が反対している。
医療事故調(第三次試案では「医療安全調査委員会」)は死亡例のみを扱うとしており、基本的にリスクの高い医療を担っている勤務医の問題である。しかし、郡市医師会で現場の意見を聞くと、産科開業医をはじめ、多くの開業医にとっても深刻な問題と受け止められるようになりつつある。現場の医師の意見を無視して世界に類例のない試案に賛同したことで、日本医師会と現場医師との間に大きな溝が生じた。担当理事の対応に問題があったのか、診療報酬改定が影響したのか分からないが、日本医師会自身がこの結果を引き受けざるをえない。賛同の理由は重要ではない。
批判なき組織の権力闘争の原因は仲間割れ
私は、日本医師会の会員ではない。これまで日本医師会と接触することは少なかった。『医療崩壊「立ち去り型サボタージュ」とは何か』(朝日新聞社)の出版以後、さまざまな医師会で講演している。一般的傾向として、郡市医師会、都道府県医師会、日本医師会の順に政治性が強くなる。郡市医師会は学校の予防注射や、地域の検診などの地道だが公的な活動を引き受けている。積極的な医師会では救急医療の一端を担って、病院の負担を軽減している。彼らは、現場で苦労しているだけあって、相手のことを理解する常識人が多い。
医療事故調の厚労省案に反対する郡市医師会の会員から、どうすればよいか聞かれたことがある。「内部で議論をして、日本医師会の意見を変えてください」と頼んだところ、「郡市医師会の会員には日本医師会に意見を直接伝える手段はない」との答えが返ってきた。二重の代議員制度の壁のため、郡市医師会の通常の会議からは日本医師会に意見を上げられない。
県医師会は郡市医師会に比べて、政治的な印象が強くなる。県医師会の勤務医部会で講演をすると、必ず県医師会会長が出席する。ある県の勤務医部会の役員は「勤務医部会の会合には、県医師会の幹部が必ず出席します。監視しているんですよ」とあきらめ気味に状況を説明してくれた。
一般に開業医は勤務医より高収入である。金銭の次に欲しくなるのは名誉である。開業医にとって、学問や先進医療で名誉を得ることは難しい。日本医師会の三層構造が、多様な位階を生み、結果として、中央の日本医師会役員の権威の大きさを演出する。位階上昇のための長い営為の道筋が、一種のゲームになり高齢者を熱中させる。役職を手にすると、なかなか手放そうとしない。このため、代議員の若返りが難しい。
日本医師会役員は権力闘争の勝者である。2008年2月の大阪府医師会会長選では激しい内部抗争が起きた。2008年2月26日のMSN産経ニュースは以下のように報じている。
「今月14日に行われた大阪府医師会の会長選挙をめぐり、1票差で敗れた府医師会元副会長の伯井俊明氏(63)の陣営が26日、選挙の結果は医師会の定款に違反するとして、府医師会と三選を果たした酒井國男会長(64)を相手取り、選挙結果の効力停止を求める仮処分を大阪地裁に申し立てた。」
「申立書などによると、会長選挙の投票は、どちらかの名前の上に『〇』を記入する選択方式を採用。しかし、酒井会長の得票に、古い記名方式の投票用紙1枚が混ざっており、代議員会議長が有効と判断。その1票が無効と判断された場合、2人の得票が同数になるため、くじ引きで新会長が選ばれるはずだった。」
医師会では、中枢への批判は事実上封じられている。したがって、抗争は権力をめぐっての中枢の仲間割れである。人間に権力を求める本能のようなものがあり、社会を動かす大きな原動力になっていることは間違いない。しかし、公益法人制度改革では、「民による公益活動」から徹底的に「私」を排除しようとしている。権力闘争の覇者が持つ大きな「私」は、公益追求の障害になるに違いない。
日本医師会は存亡の危機にある
2006年6月2日、公益法人制度改革関連三法が公布された。三法とは、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」(一般法)、「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」(公益認定法)、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(整備法)である。
新制度の基本方針の一つは、従来の主務官庁による影響の排除である。このため、一般社団法人は、定款を公証人役場で認証してもらったうえで、法務局に登記申請するだけで設立できるようになった。
一般社団法人では、定款のしばりをきつくすることで、問題が起きるのを防ごうとしている。定款の基本的な考え方は権力の集中の排除である。社員総会が当該法人に関する一切の事項について決議する。理事は社員総会の決議によって選任される。制度の本質は、理事はあくまでも執行役であり 理事会は決議するべき立場ではないと考えられる。理事会は業務執行の決定、理事の職務執行の監督、代表理事の選定・解職を行う。
公益法人になることを希望する場合には、一般社団法人になったうえで申請すると、民間人からなる委員会が公益性を認定する。公益性が認定されると公益社団法人となり、税制上さまざまな優遇措置を受けられる。しかし、税法上、一般社団法人も非営利一般社団法人とみなされると、全所得に法人税がかかるのではなく、収益事業所得について法人税がかかるだけである。法の起草者は意図的に逃げ道を作った。戦場での混乱を避けるための孫子の知恵である。私は、これを公益法人の理念を高く保つため、すなわち、認定を厳しくするという意志の表れと解する。
三法は2008年12月1日に施行が予定されている。現行の公益法人の新制度への移行は、整備法で規定されている。法律の施行後、現行の社団法人は特例民法法人となるが、基本的には現行の社団法人と変わらない。移行期間は五年間であり、この間に公益社団法人への移行の認定、あるいは、一般社団法人への移行の認可を申請できる。それぞれ、認定、認可されないこともあり、その場合は、再申請できる。移行期間中に移行しない法人は解散したものとみなされる。
公益法人制度改革三法に照らしてみると、現在の日本医師会は、組織形態、活動内容を大変革させない限り、公益社団法人に移行することはできない。以下、その理由を述べる。
(1)代議員制度はとれない
新制度は権力の過度な集中を嫌う。一般法35条4項は「この法律の規定により社員総会の決議を必要とする事項について、理事、理事会その他の社員総会以外の機関が決定することができることを内容とする定款の定めは、その効力を有しない」と規定している。公益法人協会の「公益社団法人・公益財団法人 モデル定款暫定試案」では、この規定ゆえに、代議員制度を設けることはできないと解説している。電子メールの使用も認められているので、少なくとも規模が大きいことが社員総会を回避する合理的理由にはならない。
これに対し、日本医師会は「社員権と会員資格の分離を図る」「会員の中より代議員(=社員)を選出」することをもって、現行の代議員制度の「代替案」としている(「『公益法人制度改革』に向けた医師会の対応について」羽生田俊日本医師会常任理事)。この案では、会員の位置づけが問題となる。サービスを受ける立場として会員を位置づければ、不特定多数の利益の増進を目的とする公益法人としては不適切である。会員を活動に参加する立場と位置づけるなら、会員ではなく、社員とせざるをえない。羽生田氏が、ネット上に公開されている講演スライドに、「代議員(=社員)」と書いたことは、この案が法律の意図に反していることを示すものである。
(2)会長選挙は一般法に反し、キャビネット制は一般法の精神に反する
一般法によれば、理事は社員総会で選任され、原則として各理事が法人を代表する。理事会の職務には「代表理事の選定及び解職」が含まれている。日本医師会会長の強大な権限の基礎となった会長選挙は、規定上禁止されており、キャビネット制も権力の集中を防ぐという一般法の基本精神に反する。
羽生田氏は「社員総会の決議により代表理事候補者を選出し、理事会において当該候補者を選定する方法によることができる」としているが、これも法への挑戦かもしれない。
(3)日本医師連盟と並存できず
前記(1)(2)は一般社団法人にも求められる。公益社団法人として認定されるためには、さらに高いハードルがある。
公益認定法5条11号は「他の同一の団体(公益法人又はこれに準ずるものとして政令で定めるものを除く。)の理事又は使用人である者その他これに準ずる相互に密接な関係にあるものとして政令で定める者である理事の合計数が理事の総数の三分の一を超えないものであること」と規定している。普通に考えると現状の日本医師連盟との共存は不可能である。また、公益事業とは「不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するもの」(公益認定法2条4号)をいう。日本医師連盟による特定政党への継続的な政治献金も、関係を断絶させなければならない理由となる。
日本医師会はこれについても抜け道を用意している可能性がある。日本医師会の変革は公益法人制度改革が成功するかどうかの試金石となる。多数による継続的な監視と議論が望まれる。
(4)勤務医を「第二身分」にとどめることは不可能
公益認定法5条14号ロは、社員総会の議決権で、不当に差別的取り扱いをしないこと、提供した金銭その他の財産の価額に応じて異なる取り扱いをしてはならないとしている。大半の勤務医の発言権を実質的に奪うような運用を可能にしている現行制度は存続できない。
(5)日本医師会は公益社団法人として認定されるか
衆参両院で採択された付帯決議には、「現行の公益法人が新制度下で公益法人に移行するに際して、これまでの活動実績を積極的に評価するなどの配慮を行うこと」と書かれている。日本医師会が公益社団法人への移行を申請すると、過去の行動が評価される。大議論になるのは避けられない。日本医師連盟との関係、二重の代議員制度と勤務医の扱い、中央社会保険医療協議会の医療側委員の従来の決め方は、日本医師会が公益ではなく、開業医の私益に忠実だったことを示す。特例民法法人の段階で、定款を三法に沿ったものに変更し、それが定着したことを実績で示せない限り、公益社団法人として認定すべきではない。
個人的な話だが、ここ2年間、医療に関心を持つ多くの国会議員と議論してきた。日本医師会は、自らの行動が社会からどのように見られているのか、あまりに配慮してこなかった。日本医師会は、その実質より、悪辣なイメージでとらえられている。日本医師会に関係の深い少数の議員を除いて、自民党議員を含む多くの議員が、日本医師会に好意的でないと確信するに至った。自民党厚労族の一部からは、政治資金や票のために、わがままを通す手伝いをさせられたことを屈辱として記憶しているような印象を受けた。現在、日本医師会の集票能力は低い。公益法人制度改革で献金もできなくなると、自民党に何のメリットも提供できない。日本医師会に対する社会のイメージから考えて、一体と見られることは、自民党にとっても危険なことかもしれない。
医療における公益の議論を
日本医師会は、「公」をとるのか、「私」をとるのか、大きな選択を迫られている。2002年3月に発表された日本医師会の未来医師会ビジョン委員会報告書では、会員の声が日本医師会へ伝わりにくいこと、日本医師会代議員会が形骸化していることなどいくつかの問題点が指摘された。実現しなかったものの、組織改革、自浄機能を発揮することなど大胆な提案があった。報告書の結論部分には「会員が日本医師会員であることを誇りに思い、国民が医療の聖地であると信頼を寄せる団体に生まれ変わる第一歩を踏み出そう」と書かれていた。医師会内部にもなんとかしたいという切実な声がある。それでもなんともならないところに日本医師会の組織上の問題がある。
日本の医療の状況からは、日本医師会の動向と関係なく、「医療における公」を本気で考えておく必要がある。「医療における公」とは、「人々の健康の維持向上と、医療を必要とする人々への、質の高い医療の公平で継続的な提供に資するすべてのこと」と定義できるかもしれない。医療の質を高くするためには、医療提供者の労働環境の改善は重要な課題である。また、医師の適性審査が必要であり、医師による同僚審査にまで踏み込む必要がある。
公益法人を考えるうえで重要な視点は、「民による公益活動」の意味である。第一に、国家機関はチェックがないと暴走する。あらゆる情報(現在厚労省内にとどめられているような情報を含めて)を研究者に提供し、データに基づいて、医療政策の検証や提案をできるようにすることなどは最優先課題になろう。第二に、現在政府機関が担っていることで、民が行う方がはるかに円滑に運ぶことがある。これを引き受けることも、優先度の高い活動であろう。第三に、公益活動に参加するためのインセンティブである。私自身は、公益活動は患者、医療従事者の双方に大きなメリットがあると確信しているが、これを誰もが分かるように示し続ける必要がある。
私は、「医療における公」について大議論することを提案する。ただし、今の日本医師会には、この議論を主導する資格がない。公益の衣を私益のために纏った過去があるからである。日本医師会会員が個人として参加すればよい。多数による開かれた議論を一定期間続けて、落ち着いたところで、少人数による集約作業を行う。予定されている現行日本医師会の終焉を、成り行きに任せるのでなく、能動的に対応して、日本の医療を再建に向けなければならない。議論の質を高めて流れを適切にするために、メディアには、歴史的視点に立った報道を望む。
現時点で、公益法人制度改革は官の下請けとしての民の活動に生じた問題、すなわち、公務員の天下りや補助金との関係で議論されることが多い。過去の理不尽な運営や税金の無駄遣いをやめさせることも重要ではあるが、改革の最大のポイントは、未来への発展、すなわち、真の意味での「民による公益活動」を日本に根づかせることである。私は、日本医師会問題を「公」について国民が考えるための、象徴にすべきだとさえ思っている。医療分野で「民による公益活動」が根源から議論されると、他の分野にも大きな影響が出るに違いない。これは日本を良い方向に大きく変えうる。
こまつ ひでき氏○1974年東大医学部卒業。虎の門病院泌尿器科部長。著書に『医療崩壊「立ち去り型サボタージュ」とは何か』『医療の限界』がある。
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