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(投稿:by 僻地の産科医)
Vol.7◆医師の勤務実態
時間外手当支払いを求めて提訴したわけ
"県立奈良病院訴訟"の担当弁護士・藤本卓司氏に聞く
聞き手・橋本佳子(m3.com編集長)2008年01月21日
http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080121_1.html
今年、勤務医にとって注目すべき判決が出る見込みだ。奈良県立奈良病院に勤務する2人の産婦人科医が、時間外手当の支払いを求めて提訴したのは2006年12月。争点は、分娩や救急患者への対応をしていた「宿日直」が「労働」に当たり、時間外手当の対象になるか否かだ。2人の弁護人を務める藤本卓司氏に、提訴の経緯などを聞いた。
1980年慶応義塾大法学部法律学科卒。89年司法試験合格。2002年奈良弁護士会副会長、2007年奈良弁護士会副会長(2度目の就任)。
――まず提訴までの経緯をお教えください。
奈良県立奈良病院には5人の産婦人科医がいましたが、その2人が私のところに相談に来たのは、2005年の年末のことだったと思います。過酷な勤務の改善を求めて、医師たち自らが院長と交渉していたのですが、埒(らち)が明かず、私のところを訪れたのです。
まず2006年5月、県に対して、
(1)宿日直といっても、勤務実態を見ると「労働」であり、1回2万円の手当では見合わず、時間外・休日労働に対する割増賃金(以下、時間外手当)の支払いの対象となる
(2)産婦人科医の増員が必要、などについて申し入れを行いました。
その後、1回だけ県と話し合いを持ったのですが、平行線をたどるばかりなので、提訴に至りました。「患者の急変に備えているだけで、仮眠も取っているので、宿日直は労働には当たらない」というのが県の言い分でした。
――どんな勤務実態だったのか、もう少し詳しくお教えください。
奈良病院では、産婦人科医5人で通常勤務のほか、宿日直や宅直を担当していました。時間外手当の支払いを求めたのは、2004年分と2005年分です。この2年間の勤務を見ると、1人は、宿日直155日のほか、宅直(オンコール)が120日、もう一人は158日、126日です。未払いとなっている時間外手当は、2人の合計で約9233万円に上ります。
奈良病院は地域の中核的施設なので、宿日直といっても、入院患者の急変や救急患者の対応などで、睡眠が取れる状態ではありません。2人で2年間に、これらの「時間外」に、正常分娩141件、帝王切開などの異常分娩159件のほか、異常妊娠や新生児への対応など産科関係の救急377件、婦人科救急657件に対応したのです。
しかし、病院からは、宿日直手当が1回当たり2万円のみ支払われていただけで、宅直に対しては一切の支払いはありませんでした。宅直は、1人体制の宿日直では対応しきれない場合に備えて、医師たちが自主的にやっていたからです。県は「勝手にやっていること。職務とは関係ない」との見解でした。
――県への申し入れ以降、少しは勤務条件が改善されたのでしょうか。
提訴前の2006年7月に1人医師が増えて、産婦人科医は6人体制になりました。
また、2007年5月に、救急患者を診療した場合と異常分娩に対応した場合に限り、実際に診療した時間について、申告すれば時間外手当が支払われることになりました。しかしながら、正常分娩は時間外手当の支払い対象から除外された上、待機時間は含まれないので、十分とは言えません。
われわれの本来的な目的は、時間外手当の支払いではなく、勤務条件の改善です。時間外手当が発生しない体制にしてほしいということです。今の業務量であれば産婦人科医10人、せめて7~8人で対応すべきだと思います。
――裁判の動向をお教えください。
2007年1月に初公判があり、これまでに4回開かれています。判決は今年の夏ごろになるのではないでしょうか。
やや時間がかかっているのは、実はどれだけ時間外勤務を行ったか、その実態がなかなか分からなかったからです。これが一番、苦労した点です。タイムカードも、勤務記録もありませんでした。そこで診療実績を立証するために、裁判ではまず診療記録を開示請求しました。病院側が2年間分の記録を準備するのに2~3カ月かかり、それをわれわれが1枚1枚見て、2人がどのくらいの勤務し、どんな診療行為をしていたかを点検するのに、さらに2~3カ月費やしています。
時間外手当をめぐっては、2002年に最高裁判決(1)が出されています。ビル管理会社の従業員の「泊まり勤務」が時間外労働に当たるか否かが争われた事案で、「不活動仮眠時間であっても、労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである」と出ています。厚生労働省の2002年の通知にも(2)、「救急医療が頻繁に行われるなどの労働実態は、休日および夜間勤務を断続的労働である宿日直勤務として取り扱うことが適切でない」とあります。これらに照らせば、明らかに今回の件は、時間外手当の支払い対象になります。
なお、提訴後に分かったのですが、2004年12月に労働基準監督署から、時間外労働の件で、奈良病院に指導が入っていたのです。県はこれを無視して対応していなかった上、われわれが県と話し合いを持ったときにも、一言も言及しませんでした。
――弁護士のお立場から見て、医師の勤務実態をどう思われますか。
最初は、驚きましたね。労基法違反という甘いレベルではありません。労基法を蹂躙(じゅうりん)しています。病院に、法を守る意識はないのでしょうか。こんな実態が放置されていること自体、とても不思議で、理解できませんでした。
例えば、過酷な長時間労働をしているトラックの運転手が事故を起こした場合、その運転手の勤務先である運送会社が監督責任を問われるのは当然のことです。
医療界には、“医師聖職論”があるのも事実です。でも、過酷な労働で疲労困憊の状態で診療を行い、もし間違いを犯したら、どうなるのでしょうか。「過労でどうしようもなかった」という言い訳はできません。患者の命を守るために、心身ともにベストな状態で診療できる体制を整えることが、医師自身、そして何より管理者の役割なのではないでしょうか。
【編集部注】
今回の裁判について、奈良県立奈良病院に取材を申し入れたところ、「この件については、まだ係争中なので、何ともお答えできない」との返答だった。
【参考文献】
(1)最高裁判決2002年2月28日 (PDF)
(2)厚生労働省労働基準局長通知2002年3月19日 (PDF)
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