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(投稿:by 僻地の産科医)
外国における医療事故補償制度
―ニュージーランドと英国の場合―
社会労働調査室 宍戸 伴久
(国立国会図書館調査及び立法考査局 平成20年7月号 p59-73)
目 次
はじめに
Ⅰ わが国における医療事故無過失補償制度導入の動き
1 医療事故無過失補償制度化の要因
2 医療事故無過失補償制度化の提案
Ⅱ ニュージーランドにおける医療事故無過失補償制度
1 沿革
2 制度の概要
Ⅲ 英国における新しい医療事故補償制度
1 沿革
2 制度の概要
おわりに
はじめに
治療中の事故によって患者が死亡したり、治療の結果発生した傷害について医師が刑事責任を問われ、あるいは損害賠償を求められる等、医療事故についての報道が、今年に入ってからも後を断たない(1)。平成11(1999)年に起こった2つの医療事故事件(「横浜市立大学病院患者取り違え事件」、「都立広尾病院消毒薬点摘死事件」)を契機に、厚生省(現厚生労働省)は、医療事故を未然に防止することを主眼として、国民の医療への信頼をとりもどすべく、「医療安全推進総合対策」を推進してきた(2)。
医療事故の真相究明や再発防止とともに求められている事故の責任追及と被害の救済については、刑事裁判による業務上過失致死傷罪等の刑事責任の追及と、原則として過失責任に基づく損害賠償請求訴訟による民事責任の追及及び被害の救済が行なわれている。しかし、治療行為はそもそも生命の危険を内包しているものであるところから、過失責任主義を貫けば被害者の救済が不十分となり、逆に被害者の救済に重きを置く場合には、治療中の予期できなかった事故について、医療従事者の責任が過大となる事態が発生するおそれがある。そこで、刑事責任の追及の制限や無過失補償制度の導入を含む、通常の司法手続以外による真相究明や被害の迅速な救済のための取り組みが現在進められている。
日本における医療事故無過失補償制度の検討においては、外国における医療事故無過失補償制度が参照されている。また、医療事故・医療紛争処理に関する研究が精力的に進められる中で、外国の制度及び実態が紹介されている(3)。
本稿では、日本における医療事故無過失補償制度の導入の動きと外国の医療事故補償制度を紹介する。無過失補償制度を導入している国は、ニュージーランド、北欧諸国(4)及びフランス(5)であるが、その中で、いち早く無過失補償制度を導入し、最近制度改正が行われたばかりのニュージーランドと、新しい医療事故補償制度の導入を決定し、制度改革の実施を準備中のイギリスに焦点を絞った。
Ⅰ わが国における医療事故無過失補償制度導入の動き
1 医療事故無過失補償制度化の要因
既に、昭和47(1972)年において、日本医師会は、医師に過失がある医療過誤による障害に対しては、医師賠償責任制度の充実により、医師が相応の賠償を行なうこと、医師側に過失がないのに不可避的に生じる重大被害に対しては、救済を図るため、国家的規模での損失補償制度を創設し、同時に裁判外の公的な紛争処理機構を設立する必要があること、と言う提言を行なっていた(6)。日本医師会は、医療過誤による障害の補償については、同48(1973)年7月に医師賠償責任保険制度を発足させ、実績を積み重ねてきた。更に、一般保険会社による医師賠償責任保険、病院を対象とする賠償責任保険、専門学会による医師賠償責任保険等各種の賠償責任保険も普及してきている(7)。
しかし、後者の制度化は進まないまま、医療事故の原因究明と再発防止、医師の謝罪、損害賠償を求める医療事故訴訟の件数はこの間に大幅に増大している(平成7年から平成16年までの10年間で、第一審レベルでの新規の訴えは483件から1,089件と2倍以上となっている(8)。)。しかし、訴訟に時間がかかることもあり(平成18年の既済事件では、医療関係訴訟事件の平均25.5月は、平均7.8月の民事第一審訴訟事件の3倍以上(9))、訴訟に訴えた被害者も、必ずしもその結果に満足しているとは言えない状況にある。ある調査によれば、医療事故で法的手段に訴えた被害者も「事故について言いたいことが言えた」(51%)、「前向きに考えられるようになった」(44.6%)、「これまでの法的行動の結果に満足」(42.6%)、とする一方、「精神的に疲れた」(73.6%)、「経済的に苦しくなった」(49.1%)、と感じている(10)。
一方、少子化対策の一環として産婦人科の医療環境の充実が求められる中で、医師総数が漸増しているにもかかわらず、産婦人科の医師数が減少し、出産を扱う医療施設数が少なくなっている(11)。その要因の一つとして、医療事故リスクの高い(12)産婦人科離れがあげられている(13)。
2 医療事故無過失補償制度化の提案
これらの状況を打開するため、医療事故調査制度による実態把握、再発防止のための原因究明と過失責任の検証、被害者救済制度の確立のための取り組みが進められてきた。とりわけ、過失責任を基礎とする医師賠償責任保険や損害賠償請求訴訟による救済の限界を克服し、被害者救済を迅速・確実に行うため、裁判外での解決をめざす医療事故の無過失補償制度の提案が、各方面からなされてきた。とりわけ緊急の課題として、分娩時の脳障害に限定した無過失補償制度が実施されようとしている。
前述のように、日本医師会は、早くから、公的無過失補償制度の創設を訴えていたが、平成16(2004)年12月に「医療に伴い発生する障害補償制度検討委員会」を設置し、産婦人科の新生児分娩時の脳性まひの患者に対する補償をいかにすべきかを中心に検討を進め、平成18(2006)年1月に報告書を提出した。更に、検討を重ねた結果、同年8月に発表された報告書の要点は以下の通りである(14)。
① 医師と患者の信頼関係の回復のため、過剰な責任を追及する損害賠償訴訟から医師を解放し、被害者を迅速・確実に救済するため、医療被害によるすべての障害について、無過失責任に基づく公的補償制度を導入する。とりわけ緊急に要請されている、分娩時の脳性麻痺による障害の救済制度を先行実施する。
② 迅速な救済を実施するため、また、分娩関連脳性麻痺の事例分析・検討を行い、分娩の安全性向上のための方策を検討するため、「分娩に関連する脳性麻痺に対する障害補償基金(仮称)」(以下「基金」)を設置する。
③ 基金には、調査委員会、裁定委員会、不服審査委員会、医療事故分析安全委員会、補償基金運営事務局をおく。
④ 通常の分娩で生まれた場合には、体重が2,200g以上、または在胎週数34週以上で出産した児であって、脳神経学専門の小児科医の診断により、身体障害程度第1級または第2級と診断された脳性麻痺(先天異常、染色体異常、遺伝的疾患を原因とする脳性麻痺を除く。)の重度障害児を補償対象とする。
⑤ 症状が固定する5歳までに一括払いの障害補償一時金(2,000万円)、6歳以上について介護料として、18歳以降については介護料及び想定される逸失利益(男女の平均賃金額)に対する補償として、障害補償年金を支給する。
⑥ 2026年までは、基金の年間必要額を60億円と想定して基金を創設する。2021年以降については、それまでの実績を考慮して検討することを要望する。
⑦ 基金の財源として、国の予算措置が必要である。国の財源の場合、「総合的少子化対策」の一環として年間60億円を充てる。健康保険等の出産育児一時金の一部(年間60億円)を充てることも想定する。
これを受けて、政府・与党が協議を重ねた結果(15)、平成18年度補正予算において委託調査費が認められ、医療事故、とりわけ、出産時の医療事故を想定した「産科医療における無過失補償制度」の創設に向けた検討が、平成19(2007)年2月から、財団法人日本病院機能評価機構において進められた(16)。この間、日本弁護士連合会等から各種の提言が寄せられている(17)。
財団法人日本病院機能評価機構「産科医療補償制度運営組織準備委員会」の報告書は、平成20(2008)年1月23日に提出された(18)。これに基づき、平成20年度中には「産科医療補償制度」が創設される見通しとなっている。報告書が提起した補償制度の枠組みは以下のようなものであった(19)。
① 分娩に係る医療事故(過誤を伴う事故及び過誤を伴わない事故の両方を含む)により脳性麻痺になった児及び家族の経済的負担を速やかに補償する。また、事故原因の分析を行い、将来の同種の事故の防止に資する情報を提供する。これらを通じて、紛争の防止・早期解決と産科医療の質の向上を図る。
② ①に掲げた目的のために、補償の機能と事故原因の分析・再発防止の機能を併せ持つ制度を創設する。補償の審査、原因の分析・再発防止を適切かつ公正に行うため、公正で中立的な第三者機関が制度を運営する。
③ 産科医療の崩壊を一刻も早く阻止する観点から、民間の損害保険の活用により早期に立ち上げをはかる。制度の創設は平成20年度内をめざす。5年後を目処に制度の内容を検証し、補償対象者の範囲、補償水準、組織体制等について適宜必要な見直しを行う。
④ 分娩に係る医療事故に関連して脳性麻痺の児が出生した場合に、あらかじめ分娩機関と妊産婦の間で取り交わした補償契約に基づいて、当該分娩機関から当該児に補償金を支払う仕組みとする。分娩機関は補償金の支払いによって生じる損害を保険契約によって担保するため、損害保険に加入し、保険料を支払う。補償内容が同一となるよう、国は補償内容を標準約款で公示し、各分娩機関はこれに即して補償約款を定める(20)。
⑤ 補償の対象は、通常の妊娠・分娩にもかかわらず脳性麻痺となった場合、原則として出生体重2,000g以上かつ在胎週33週以上で、身体障害1・2級以上相当の重症者とする。基準を下回った場合も、個別審査を行って、対象となるか否かを判定する。ただし、両側性の脳奇形・染色体異常・遺伝子異常等の先天性要因や新生児期の感染症等などの除外基準に該当するものは除く。
⑥ 補償金は、補償対象の認定時の、看護・介護の基盤整備のための準備一時金数百万円と分割金とする。分割金は総額2,000万円程度を目途とし、これを20年分割し、生存・死亡を問わず定期的に支給する。
⑦ 補償の審査は一元的に運営組織が行う。申請は原則として、脳性麻痺の症状が固定する生後1年以降とし、満5歳の誕生日までを期限とする。審査は脳性麻痺の医学的専門知識を有する産科医、小児科医による書類審査と産科医、小児科医、学識経験者を中心に構成される「審査委員会」による補償の可否の決定と言う二段階方式とする。
⑧ 分娩機関に損害賠償責任がある場合は、分娩機関が損害賠償金を全額負担すると言う原則に基づき、補償金と損害賠償金の調整を行う。この場合、運営組織が医学的観点から行った原因分析結果を分娩機関と脳性麻痺児・家族に通知し、損害賠償責任の成立要件となる過失認定に関しては、両者の示談、裁判外紛争解決または裁判所による和解・判決の結果に従い、これに基づき、補償金と損害賠償金の調整を行う。
⑨ 紛争の防止と早期解決をはかるため、運営組織に産科医、助産師及び学識経験者で構成する「原因分析委員会」を設置する。委員会は、専門家が医学的な観点から事案の分析を行った報告書案を検証・協議し、最終確認を行う。最終報告書は分娩機関と脳性麻痺児・家族に送付する。
⑩ 原因が分析された事例情報を体系的に整理・蓄積し、広く社会に公開し、将来の同種の医療事故の再発防止等、産科医療の質の向上のため、運営組織に産科医、小児科医、助産師、患者の立場の有識者、学識経験者、関係団体で構成する「再発防止委員会」を設置する。委員会は、特定の分娩機関についての施策を含め、再発防止策の検討、公開方法について協議・検討する。
⑪ 補償制度の円滑な運営が産科医療の質の向上等に資するなど、社会的な意義があることを認め、国は、出産育児一時金の適宜引き上げ、標準約款の公示、運営組織が行う原因分析、再発防止等の費用の支援、制度加入率の向上等のための施策の実施等の支援を行う。
Ⅱ ニュージーランドにおける医療事故
無過失補償制度
ニュージーランドは、「サービスの総合性と、国民全てを対象とするその包括性において高い評価を得た」1938年社会保障法を皮切りに、「費用が国庫の一般財源から支出される」普遍的な社会保障制度を充実させてきた国である(21)。たびたびの政権交代による政策転換を経て、現在の保健医療サービスは「ニュージーランド保健・障害制度(New Zealand Health and Disability System)」として行なわれている。
国レベルでは、保健大臣が、保健省と年間支出協定を締結して、国全体の保健・障害者サービス行政に責任を負う。保健医療サービス行財政を執行するのは、全国で21設置されている、独立行政機関である「地区保健局(District Health Board, DHB)」(以下「DHB」)である。保健省は、これらに予算を配分し、かつ監視する。実際の保健医療サービスは、民間の一般医等の医療専門職(一次医療)と公立病院等(二次医療)によって行われている。最近は、複数の一般医等からなる「プライマリーヘルス組織(Primary Health Organizaton)」が組織されて一次医療を提供している。DHBは、一次医療の提供者に人頭税方式の診療報酬を支払うとともにこれを監視する。二次医療については、DHBは提供者であると同時に購入者でもある(22)。
1 沿革
ニュージーランドでは、包括的な事故補償制度が保健医療制度の一環として実施されている(23)。「1972年事故補償法(Accident Compensation Act of 1972)」により、自動車事故を含む就業者のあらゆる事故による「人身傷害(Personal Injury)」に対する補償制度が1974年に開始された。
1975年からは、非就業者(主婦、未成年者、高齢者、障害者等)を対象とすることとし、「1982年事故補償法(Accident Compensation Act 1982)」により、1982年には配偶者に雇用される妻または夫及び国外のニュージーランド国民と旅行等一時滞在中の外国人に拡大した。
1992年からは、「1992年事故のリハビリテーション及び補償保険法(Accident Rehabilitation and Compensation Insurance Act 1992)」により、それまで事故による人身傷害の一つとされるものの、その定義や範囲が明らかでなかった「医療事故による人身傷害(Personal Injury by Medical Misadventure)」を事故の類型として独立させ、「医療事故口座勘定(Medical Misadventure Account)」を創設した(24)。
その後、現在の根拠法である「2001年傷害防止、リハビリテーション及び補償法(Injury Prevention, Rehabilitation and Compensation Act 2001)」による改革が2002年4月から施行され
た。その特徴の一つは、永久的な障害に対する一括補償給付を復活させたことである。
更に「2005年傷害防止、リハビリテーション及び補償第二次修正法(Injury Prevention, Rehabilitation and Compensation Amendment(No.2)Act 2005)」により、医療事故条項が改正され、医療事故(Medical Misadventure)の区分(「医療過誤(Medical Error)」と「医療被害(Medical Mishap)」)が廃止され、「治療傷害(Treatment Injury)」として一本化された。ただし、復活された一括補償給付は、永久的な障害の原因となった、また、重篤な、好ましからざる結果をもたらした治療及び適正水準の看護及び治療とは言えない過失(Failure)が、2002年3月までに発生した場合には適用されない。
2 制度の概要
⑴ 運営主体
医療事故無過失補償制度を運営する主体は、公法人(Crown Entity)である、「事故補償公団(Accident Compensaton Corporation, ACC)」( 以下「ACC」、名称独占となっている。)(25)が実施している。同公団は労働大臣が任命する8名の理事で構成される理事会によって運営される。
⑵ 適用対象
適用の対象となるのは、2002年4月1日以降の、国内外におけるすべてのニュージーランド国民、在住権保有者、一時滞在者である。2005年7月1日以降は、ニュージーランド国民及び在住権保有者については、外国におけるすべての治療傷害(国内要件と同様の水準による場合)による人身傷害も適用対象となった。
これまで、「1992年事故のリハビリテーション及び補償保険法」では、「医療事故(Medical Misadventure)」による「身体傷害(Physical Injury)」及び身体傷害により生じた「精神障害(Mental Injury)」(治療行為の帰結として生じた障害を含む)が適用対象となっていた。ただし、2005年7月からは、「2005年傷害防止、リハビリテーション及び補償第二次修正法」により、医療事故(Medical Misadventure)は、通常の医療水準の治療が行われなかったことによる「医療過誤(Medical Error)」と「登録医療専門職(Registered Health Professional)」(26)による適切な治療によって生じた、稀(rare)でありかつ重篤な(severe)、「好ましからざる結果(Adverse Consequence)」である「医療被害(Medical Mishap)」の区分が廃止され、「治療傷害(Treatment Injury)」として一本化された。
なお、「治療傷害」とは、治療を原因とする身体傷害及び不必要な(not a nessesary)治療及び治療の不測の結果(not ordinary consequences)による人身傷害である。「治療(Treatment)」には、施術、患者の健康診断、治療方針の決定、適時・適切な手法の選択を含む治療上の過誤、治療についての患者の同意取付け、予防処置、治療の過程で使用した設備、機器、用具の欠陥、治療を行なった機関及び人が利用したすべての支援制度、を言う。ただし、治療傷害が申請者の受療前の健康状態に基づく場合、受療及び受療への同意を徒らに引き伸ばした結果に基づく場合は除かれ、倫理審査委員会の許可要件を満たしたが、本人の書面による同意がない治験(臨床実験としての治療)による場合は含まれる(27)。
⑶ 給付内容
給付として受けることができるサービスとしては、治療(救急・入院・外来治療及び治療費用の償還)及び身体・認知リハビリテーション、社会リハビリテーション(車椅子・用具の支給、ホームヘルプ、子の保育および付添介助、住居の改造、自立訓練)、職業リハビリテーション、補足サービス(救急・救出、通院等各種サービス受給のための搬送費用、帰国・旅行のための介助者の旅行費用を含む。)がある。
所得保障としては、治療傷害の程度に応じた補償金(休業期間中の所得保障。本人の賃金または最低賃金の80%まで)、永久的な身体機能喪失に対する一括払補償金、死亡時の葬祭料(2004年4月以降、5,101.38NZドルを上限とする実費)、遺族(配偶者、子、その他の被扶養者)への一時金(本人の週払補償金の一時払)、遺族に対する週払補償金(本人の80%、配偶者とその他で分割可能)、育児手当がある(28)。
⑷ 申請手続及び司法救済
治療傷害に対する給付の申請は、発生後12か月以内に、治療傷害を受けた者が自ら、または受療機関を通じて、身体傷害に対する適用事由及び請求する給付内容を明記してACCに行う。ACCは、申請を受理したときは2か月以内に審査を行ない、速やかに決定を行なう。決定に不服がある場合は、申請者と当録医療専門職は公団に再審査を請求することができる。ACCは再審査請求受理後3か月以内に、それぞれの本人または代理人から聴聞を行ない、決定する。再審査に基づく決定及び審査費用負担額に異議がある場合には、本人及びACCは、地区裁判所(District Court)に訴訟を提起することができる(29)。ただし、「ACC申請者権利法典(Code of ACC Claimants’ Rights)」に従って行なわれた決定に基づく再審査決定については請求できない(30)。なお、適用対象となる人身傷害によって生じた損害については裁判所に対し独立した訴訟を提起することはできない。
⑸ 財源
制度を運営するにあたり必要な財源は、「2001年傷害予防、リハビリテーション及び補償法」によれば、ACCが管理する「治療傷害口座勘定(Treantment Injury Accounts)」(「2007年傷害予防、リハビリテーション及び補償修正法」により、2007年4月1日以後、従来の「医療事故口座勘定」を改称)に振り込まれる登録医療専門職及び医療機関が拠出する治療傷害保険料と就業者口座勘定振込金(原資は所得比例の就労者保険料)、非就業者口座勘定振込金(原資は政府特別拠出金)となっている(31)。ただし、「ACC年報」によれば、2007年6月末まで、治療傷害保険料は徴収されていない(32)。また、2001年7月1日以降の給付については全額政府拠出金により、それ以前に発生した給付についてのみ就業者口座勘定及び非就業者口座勘定の振込金による、とされる(33)。その結果、2006/2007年度(2006年7月から2007年6月まで)の保険料収入額(12万1,389NZドル)は補償公団のすべての口座勘定の保険料収入の合計(329万295NZドル)の4%弱に過ぎない(34)。
⑹ 運営の実態
新規請求件数全体は、2004/2005年度は152万3,944件、2005/2006年度は160万4,359件、2006/2007年度は168万5,995件と制度改正前後を問わず伸び率が低いが、医療事故口座勘定の新規請求件数は、2004/2005年度1,434件、人口100人当たり0.03件だったものが、2005/2006年度はそれぞれ2,846件、0.07件、2006/2007年度はそれぞれ3,964件、0.09件と、伸び率が大幅に増加している。制度改正により、今後とも請求件数、請求額が増加する可能性が高い(35)。
Ⅲ 英国における新しい医療事故補償制度
英国では、「1946年国民保健サービス法(National Health Service Act of 1946)」に基づき、1948年に発足した「国民保健サービス(National Health Service, NHS)」(以下「NHS」)が、疾病予防やリハビリテーションを含む包括的な保健医療サービスを、国の予算を通じて全住民に原則無料で提供している。国レベルでは、NHSの運営に責任を負う国務大臣(保健大臣)が任命される。保健省にはNHS管理運営部が設けられ、NHSの戦略的な政策を策定するとともに、NHSの運営を管理し、監査している。
全国的な戦略を地域の計画として実施するのは、2006年7月現在、全国に10設置されている「戦略保健当局(Strategic Health Authority, SHA)」(以下「SHA」)で、地域の保健戦略を策定するとともに保健医療サービスの質の管理にあたっている。実際の保健医療サービスを提供しているのは「プライマリーケア・トラスト(Primary Care Trust, PCT)」(以下「PCT」)と、「NHS トラスト(NHS Trust)」である。
PCTは、NHSの地域組織(「一般医(GeneralPractioner, GP)」と複数の「地区看護師(District Nurse)」で構成される。2006年現在、全国で152)で、包括的な予算を与えられ、診療所に登録した住民に対し、家庭保健サービス等の一次医療(プライマリーケア・サービス)を行なう。
「NHSトラスト」(2006年現在、約240)は、従来の国立病院の運営主体で、病院医療・専門医療等の二次医療を行う。NHS トラストは、病院サービスとともに地域保健サービス(Community Health Service)も提供することができる。これらのサービスはPCTとの契約によって行ない、これに対してはPCTから診療報酬を受取る。
NHSトラストのうち、業績のよいものには「NHSファンデーショントラスト(NHS Foundation Trust)」の資格が付与され、自主的に運営されるようになっている(2006年現在で52、2008年までにはすべてのNHS トラストに付与の予定)(36)。
1 沿革
英国においては、医療過誤訴訟は、通常の民事訴訟手続によって行なわれてきており、立証責任が患者に課せられ、訴訟が長期にわたる等、その困難さが指摘されてきた。その解決策の一つとして、NHSによる医療に対する損害賠償請求については、裁判前の和解と賠償を行なうための「トラスト医療事故制度(Clinical Negligence Scheme for Trust, CNST)」(以下「CNST」)制度(37)が1995年から発足している。しかし、これまで政府は、無過失補償制度の採用については慎重であった。
1978年の「民事責任及び人的損害賠償に関する王立委員会報告(いわゆる「Pearson報告」)」(38)は、ニュージーランドやスウェーデンの無過失補償制度を更に検討するよう求めたものの、その採用は勧告しなかった。その理由は、補償は社会保障給付を基本とし、損害賠償は補完的なものとして考えていたからである、とされる(39)。
しかし、1997年の「王立ブリストル小児病院」の心臓移植による死亡事故の多発をきっかけに、同事件の審問委員会報告書(2001年)は新たな補償制度を設立すべきであると提案した(40)。一方、保守党サッチャー政権のNHS病院改革によって生じたサービス低下を克服するため、労働党政権は「NHS改革10ヶ年計画」(2000年)により、NHSの医療損害賠償訴訟対策の改善を求め、2001年総選挙のマニフェストに盛り込むとともに、保健省主席医務官(Chief Medical Officer)は、2001年に「計画の必要性(Call for Ideas)」、2003年に「改革を実行(Making Amends)」(以下「改革提案」)という文書を発表して、NHSの下で、補償制度(以下「NHS新補償制度(NHS Redress Scheme)」)(41)を設立することを提起した(内容については次節の各項目参照)。
これを実現するため、2005年10月に上院に提出された「NHS補償法案(NHS Redress Bill)(HL Bill 22 2005-06)」(以下「法案」)は、最終的には「NHS補償法案(NHS Redress Bill)(HL Bill 45 2005-06)」)となり、11月8日に裁可を得て、「2006年NHS補償法(法律第44号)(NHS Redress Act 2006 Chapter 44)」(以下「法律」)として公布された(42)。その内容は以下の通りである(内容については次節の各項目参照)。ただし、法律は、制度の大綱や大枠を定めるに留まり、担当国務大臣である保健大臣に、制度の実質的な内容の決定を委ねている。
① 目的:イングランド及びウェールズにおいて、NHSサービスの一環として、病院サービスを受けた患者が、民事訴訟手続によることなく、病院サービスについての「(損害賠償)請求(Claims)」を解決することができる制度を設立すること(国務大臣、PCT、特定のSHA、またはこれらのいずれかの指示によりサービスを行なったその他の者又は機関に一定の不法行為責任が生じた事件についてのみ適用される。)
② 内容:制度が適用される要件及び制度の運営主体を規定すること
③ 授権:国務大臣に対し、規則により、その細目を定め、制度を運用する権限を授与すること(補償要件に該当する事件又は「請求」の審査及びそれに基づく適切な措置等、補償制度運営主体構成員及び医療コミッショナーに対する新たな義務の賦課を含む)
④ 適用:イングランド及びウェールズに適用するが、ウェールズにおける適用について、ウェールズ国民議会に対する規則制定権を広範に授与すること
これらを受けて、現在制度化が進められている。現在のところ、「NHS新補償制度」の開始は、早くとも2009年4月以降と見込まれているが、実施されないこともありうるとの見方もある。適用は施行日以降に発生したものとなる模様である。また、施行後3年ごとに見直しが行なわれる、とある(43)。
2 制度の概要
⑴ 運営主体
「法律」は、「NHS新補償制度」に参加するNHS諸機関等によって構成される「運営主体(Scheme Authority)」を設立し、その事務を受任する「特別保健当局(Special Health Authority)」を国務大臣が設置するとのみ定め、その機関を特定していない(法律第11条)。
「改革提案」では、これまで、NHSの医療訴訟を担当してきた「NHS訴訟局(NHS Litigation Authority, NHSLA)」(以下「NHSLA」)の活動を基礎として新たな国家機関を設置する、としていたが、「法案」でも明示していなかった。結局、「NHS訴訟局」がその任務を負うことになった。「改革提案」では、神経傷害を受けた新生児については、出産関連傷害の認定、傷害程度その他の事項の判定を行なう専門家委員会が設置され、報告を行なうことになっていたが、神経傷害を受けた新生児については適用対象から除外されたため、法律には盛り込まれていない。
⑵ 適用対象
当面、イングランド及びウェールズに適用される。ウェールズについては包括的な委任を行なっているため、詳細は不明である(法律第17条)。イングランドまたは英国内のその他の地域および外国において、NHSサービスとして行われた病院サービスにおける、医療専門職による、疾病の診断に関わる看護または患者の看護・治療上の義務違反から生じた人身傷害(Personal Injury)または損失(Loss)もしくは医療専門職の行為またはその懈怠の結果生じた不法行為による損害賠償責任(qualifyng Liabilities in Tort)(病理検査、緩和ケアを含み、医療専門職以外の施設内における行為またはその懈怠によ
るものを除く。)を適用対象とする。原則として、プライマリーケア・サービスを除外するが、上院の修正により、病院サービスの限定が削除され、除外する範囲が国務大臣の定める規則により定められることとなり、救急医療等についてグレー・エリアが生じている。また、請求権者は患者本人に限定されていないため、患者が死亡した後にその配偶者、パートナー、子ども、被扶養者からの請求がありうる(法律第1条)。
「改革提案」は、当面、イングランドにおける病院及び地域保健サービス(Community Health Service)におけるNHS患者に適用を限定し、将来はNHSトラストの資金提供を受けた患者に拡大するが、英国内及び海外の自由診療については適用されない、実施後、適当な期間をおいて評価を行ない、補償給付の引上げ及びNHSプライマリーケア・サービスへの拡大について検討する、としていた。
そのほか、「改革提案」は、出産時の傷害についての適用の拡大を求めていた。①NHS管理下の出産であったこと、②傷害が出産に関連するものであること、③重篤な神経傷害(脳性まひを含む)が出生時又は出生後8年以内に明らかとなったとき(遺伝性または先天性異常を除く)との条件に該当する場合にも、神経傷害を受けた新生児の家族に「NHS新補償制度」による給付の受給資格を付与すること、かつこれを英国全体に適用することである。しかし、この項目は「法案」に盛り込まれなかった。政府(保健省)は、その理由を、極めて高額な賠償額水準となっているこれらのケースを、低額補償を目的としている「NHS新補償制度」の対象とすることは実際的でないため、と説明している(44)。
⑶ 給付内容
給付内容は規則によって定められるが、訴訟提起により得られる程度の補償の提供、傷害や損失の説明、謝罪、同種の事故の再発防止のための報告書の作成が盛り込まれた。補償には金銭給付とともに今後の治療を含み、一般の損害賠償に該当する補償のほか、傷害による収入の減少その他の増加費用を含むこととなった。「謝罪」は上院の審議の結果盛り込まれた。同時に、「慰藉料」としての給付を除いては、「法案」にあった金銭補償の上限額を定める旨の規定が実質的に削除された(法律第3条)。
「改革提案」には、支給されるべき給付の内容が詳細に挙げられていた。参考のために列挙すると以下の通りである。そのほか、NHSは、他の機関と協力して、被害者へのケアと援助のためのリハビリテーションサービスを開発するものとされた。
① 傷害を惹起したとされる事故及び傷害の調査
② 患者への説明及び再発防止活動の実施
③ 傷害の回復治療、療法、必要な予後治療の実施を含む看護・治療の開発と提供
④ 慰謝料、自己負担金、NHSが提供できなかった看護・治療の費用の支給
⑤ 傷害が避けることができるものであり、その増悪が病状の自然な進行によるものではなかった場合、NHSによる治療の重大な欠陥についての患者に対する、a)地方NHSトラストによる、損傷をひきおこした治療に支払った費用の償還、b)国家機関による、上限3万ポンドの各種給付
⑥ 日常生活作業能力の程度により判定される障害の程度に従った、a)マネッジド・ケア・パッケージ、b)ケア・パッケージによっては実施できない治療に対する、毎月の治療費用(在宅・入院、最重度の場合年間10万ポンドまで)、c)神経傷害を受けた新生児の一生にわたる、一定期間ごとの住宅の改造及び設備費用の一時払い(最重度の場合、5万ポンド)、d)心身の苦痛及び不快の補償のための一時金(5万ポンド)の加算等の現金または現物の支給
⑷ 申請手続及び司法救済
申請の要件及びその請求手続に関する詳細の決定は、法律により、所管大臣(保健大臣)に委任されている。特に、「ヒヤリ・ハット事例(Adverse Incident)」や「苦情申立事件(Subject of a Complaint)」となっている場合等については、手続開始の決定の前に、どの機関で取り扱うのが適切な事案であるか、十分に検討すること(45)、事実調査の記録及びその開示、訴訟提起権の放棄を含む和解の合意(Settlement Agreement)、民事訴訟への移行に伴う手続の中断(46)、申請期限の延長等について定めることが義務づけられている(法律第4、5、6条)。また、請求者への無料の法律相談及び医療専門家の相談、経済的援助の提供を求めている(法律第8、9条)。そのほか、NHS新補償制度の運営についての苦情申立てを受け付ける機関を設置すること(法律第14条)、更に補償制度の運営、和解合意、苦情申立制度の運営について、医療コミッショナー(Health Service Commissioner)に対する苦情申立てを行うこと、医療コミッショナーがこれらの苦情申立てについての調査結果を報告することを認めた(法律第15条)。
請求手続については、法案の修正をめぐって攻防があった。「法案」提出時、政府は、「NHS訴訟局」がその業務を行なうことを想定していたが、上院野党から、NHSの訴訟代理人となっている「NHS訴訟局」では、補償制度の目的を果たすために必要とされる独立性が疑われる、との批判が行なわれた。その結果、上院での修正により、運営主体の独立性を担保するため、補償請求手続が、事実確認手続と認定手続の二段階に分割された。その上で、事実確認のために、国務大臣が任命した調査官が行なった調査結果及びその事件の「学ぶべき教訓」を報告書にまとめ、これを基礎として審査を行うことになったのである。「保健医療委員会」は調査官の名簿を管理・公表し、その職務の遂行状況を監視する権限を与えられた。しかし、この修正は下院の修正案により削除され、結果として、二段階手続ではなくなった。同じく、上院の修正では、補償担当機関と苦情申立機関、補償担当機関と事故情報収集機関(47)の協力義務が課されたが、この条項はそのまま維持された(法律第12条)(48)。
なお、参考までに記すならば、「改革提案」は、以下のような手続を求めていた。
① 最初にNHS新補償制度を選択すると想定される脳性まひの児童の場合を除き、通常の訴訟を提起する権利を制限しないこと
② NHS新補償制度の給付を受けた場合は同一の事件について訴訟提起権の放棄を求められること
③ 補償制度が適用されない場合には、第一段階として、仲裁手続の利用が考えられるが、特定の事件の場合は、訴訟の前段階で仲裁を求めなければならないようにすること
④ NHS新補償制度による補償請求を行っても、他の苦情申立ての資格要件を失わないようにした上で、a)NHS新補償制度と他のNHS苦情申立制度との密接な連携、b)NHS苦情申立管理への新基準の導入と個々の事件の十分な調査、c)被害者への
明快な説明及び必要な救済措置の確保、d)そのためのスタッフの訓練の実施、を行なうこと
⑤ NHSの苦情申立の分散的な手続を廃し、組織として、厳格に調査を行ない、苦情申立て、「有害事象(Adverse Event)」の報告と補償請求者からの教訓の入手を確保するため、NHSトラストレベルの理事が全責任を負うこと
⑥ 苦情申立及び事故の調査は一人の上級管理者(Senior Manager)が管理すること
⑦ 「有害事象(Adverse Event)」報告を促進するため、医療専門職に「包み隠しのないこと(Candour)」を義務付け、更に、患者への告知義務、報告に対する懲戒処分の禁止・免責等を法制化すること
⑧ 運営主体が国レベル、地方レベルの補償給付のモニターを行い、地方レベルの危険の減少・患者の安全を促進するよう、NHSサービス機関の評価ランキングを毎年発行すること
「改革提案」が求めていた、患者の安全の向上のための医療専門職への「包み隠しのないこと(Candour)」の義務づけ、報告に対する懲戒処分の禁止・免責は、看護職や助産師などの専門職は、職能団体レベルで「包み隠しのないこと(Candour)」が義務づけられ、それに違反すれば懲戒の対象となっていること、公益通報者保護法による保護が既にあること、等を理由として、また、「有害事象(Adverse Event)」確認のため収集した文書の、法廷における開示禁止の提案は「患者優先」のNHSは客観的であり、自己防衛的ではないことを示すため、いずれも法案には盛り込まれなかった。
⑸ 財源
NHS新補償制度の財源は、これまでの医療事故補償制度であるCNSTと同様に、参加するすべての機関の「拠出金(Contributions)」によって賄われる(法律10条2項g号、同11条2項e号)(49)。
おわりに
医療事故無過失補償制度を先進的に導入したニュージーランドは、制度創設以来30有余年にわたり改善を重ね、医療事故の包括的補償制度を実現した。一方、これまでの民事訴訟による解決から一歩を踏み出した英国は、補償額の上限を撤廃するとともに、医療事故の経緯の報告や謝罪を給付として加え、更にこれまでの苦情申立制度との連携を考慮した制度化を行う等の改革を実現しようとしている。
これらの改革は、今年度中にも創設される「産科医療補償制度」を皮切りに、今後更に、医療事故補償制度の論議が高まってくることが予想されるわが国にとって、貴重な先例となると見込まれる。
1)「乳がんと誤診 乳房切除」『朝日新聞』2008.1.1(福岡県) ;「抗がん剤3倍 54歳死亡」『読売新聞』2008.1.10(岐阜県);「女子の卵巣誤って除去」『読売新聞』2008.1.23(三重県);「つくばの病院 ガーゼ置き忘れ」『毎日新聞』2008.2.9(茨城県);「薬剤師らを損害賠償提訴」『東京新聞』2008.3.6(東京都);「執刀医ら書類送検 京大病院脳死移植 業過致死容疑で」『毎日新聞』2008.3.14(京都府);「誤って点摘、16歳死亡」『朝日新聞』2008.3.18(広島県);「56歳、看護師ミスで認知症」『毎日新聞』2008.2.19;「呼吸管外れ女性が意識不明」『日本経済新聞』2008.4.21(神奈川県);「血管に空気注入 医師書類送検へ」『読売新聞』2008.5.29夕刊(東京都)
2)『平成16年版厚生労働白書 現代生活を取り巻く健康リスク―情報と協働でつくる安心と安全―』2004,pp.104-132.「第3章 安全で納得できる医療の確立をめざして」
3)『諸外国における医療安全対策に関連した法制度等に関する予備的研究:研究報告書:平成13年度厚生科学研究費補助金(医療技術評価総合研究事業)』[長谷川友紀],2002.3,pp.47-52.「5 賠償制度/患者救済制度」;藤澤由和・長谷川敏彦「医療安全政策の国際動向とその方向性 4.補償制度」『病院』61巻11号,2002.11.pp.886-896;岡井崇[ほか]「医療事故における無過失補償制度」『周産期医学』34巻12号,2004.12,pp.1857-1863;伊藤文夫・押田茂實編『医療事故紛争の予防・対応の実務―リスク管理から補償システムまで』新日本法規出版,2005,pp.378-392. 「第3章 医療事故と補償のシステム―医療事故における補償はどのようになされるか、各国の医療安全制度― 3 各国の医療安全・補償制度」;『国内外における医療事故・医事紛争処理に関する法制的研究:平成19年度総合報告書:厚生労働科学研究費補助金 医療技術評価総合研究事業』[藤澤由和],2008.3,「諸外国における医事紛争処理に係わる制度(Draft Ver.5.0)」
4)スウェーデンについては、岡井[ほか]同前ほか多数。デンマークについては石塚秀雄「デンマークの医療事故補償制度」『いのちとくらし研究所報』19号,2007.5,pp.15-21;同前訳「デンマーク患者保証法(医療事故補償法)・デンマーク医療制度における患者安全法(医療事故報告法)」同前pp.22-28.
5)工藤哲郎「フランスにおける医事責任法の改正について」『判例タイムズ』1176号,2005.6,pp.111-115;我妻学「フランスにおける医療紛争の新たな調停・補償制度」『法学会雑誌』46巻2号,2006.1,pp.49-95.
6)藤村伸「無過失補償制度について」『日本医師会雑誌』135巻別冊,2006.7,pp.17-18,報告書そのものは、日本医師会法制委員会「『医療事故の法的処理とその基礎理論』に関する報告書」『日本医師会雑誌』68巻2号,1972.7,pp.183-203.または日本医師会編『國民医療年鑑』昭和47年版,春秋社,1972,pp.281-306.
7)丸山一郎「補償と保険制度」 伊藤・押田編 前掲注⑶,pp.378-392.
8)『裁判の迅速化に係る検証に関する報告書 平成19年7月』最高裁判所事務総局,2007,p.39.「【図41】新受件数と平均審理期間の推移(医事関係訴訟)」
9)同上,p.38.「【図39】平均審理期間(医事関係訴訟及び民事第一審訴訟事件全体)」
10)「JMS Report 日本医学ジャーナリスト協会主催 公開シンポジウム 医療訴訟は医療ミス削減に寄与するのか」『JMS ジャパンメディカルソサエティ』128号,2007.8,pp.30-32. 阿部康一「医療事故被害者が求める救済策」
11)恩田裕之「産科医療の問題点」『調査と情報―ISSUE BRIEF―』575号,2007.3,pp.1-3.「図1 医師総数と産婦人科医師数の推移」、「表1 分娩実施医療機関の施設数と従事医師数」
12)同上,p.9.の「図4 診療科別医師千人当たり医療訴訟新受件数」によれば、産婦人科の率が最も高く12件強となっている。なお、平成18年は総数161件と内科、外科に次いで3位である(前掲注⑶,p.49.「【図62】診療科目別の事件数」)
13)岡井崇「被害者救済へ『無過失補償制度』の導入を 小説『ノーフォールト』を書いた理由」『論座』2007年12月号,2007.12,p.214.アンケートの分析は田中憲一・田村正毅「産科若手医師の確保・育成に関する研究と提案」『小児科産科若手医師の確保・育成に関する研究:平成16年度研究報告書:厚生労働科学研究(子ども総合家庭研究事業)』[鴨下重彦],2005,pp.293-295.
14)日本医師会「分娩に関連する脳性麻痺に対する障害補償制度」の制度化に関するプロジェクト委員会『答申』2006〈http://www.med.or.jp/teireikaiken/20060808_1.pdf〉;「日本医師会 脳性麻痺への障害補償制度案を発表」『日本医事新報』4295号,2006.8,pp.8-9;木下勝之「分娩に関連する脳性麻痺に対する障害補償制度について」『日本医師会雑誌』136巻4号別冊,2007.7,pp.16-20.
15)自由民主党政務調査会・社会保障制度調査会・医療紛争処理のあり方検討会「産科医療における無過失補償制度の枠組みについて」(平成18年11月29日)〈http://www.jimin.jp/jimin/seisaku/2006/seisaku-027.html〉は、分娩時の医療事故が産科医不足の理由の一つとなっていることから、産科医療の環境整備の一環として、「分娩に係る医療事故」により障害が発生した患者の救済、紛争の早期解決、事故原因の分析を通じて産科医療の質の向上を図る仕組みを創設することが必要である、としている。そのため、①日本医師会と連携して、補償対象の審査と事故原因の分析を行う組織(医療機関、助産所単位で加入)を設置すること、②審査の結果、医師に責任がある場合は医師賠償責任保険などに請求し、それ以外の場合は別の保険制度によること、③加入者は保険会社に保険料を支払うが、その負担が過大となり、分娩費用が高騰するときは出産育児一時金での対応を検討すること、④補償の対象は通常の妊娠・出産にもかかわらず脳性麻痺となった場合とすること、⑤補償額は別途検討すること、⑥国は制度設計や事務に要する費用の支援を検討すること、⑦事故原因の調査結果は公開すること、等を決定した。他に「産科の無過失補償制度 脳性麻痺に3,000万円程度を補償へ 出産一時金を3万円上げ、300億円確保」『日本医事新報』4311号,2006.12.9,pp.4-5.
16)「産科医療補償制度運営組織準備委員会」の活動記録は日本病院機能評価機構「産科医療補償運営部関連」〈http://jcqhc.or.jp/html/obstetric.htm#obstetric〉による。
17)日本弁護士連合会『「医療事故無過失補償制度」の創設と基本的な枠組みに関する意見書』2007〈http://111.nichibenren.or.jp/opinion/report/07316_2.html〉提言は、財団法人日本病院機能評価機構における検討が開始された時期に発表されたもので、医療事故被害者は「5つのねがい」(原状回復、真相究明、反省・謝罪、再発防止、損害賠償)の実現をめざしているとして、①医療被害の無過失補償制度の導入、②「被害者の救済」と「医療の安全」を目的とした制度設計、を訴えている。具体的には、補償手続の明晰化(要件の明確化と柔軟な対応による迅速な補償、判定手続の透明化)、再発防止(収集情報の十分な事故調査・分析による原因究明による再発防止と収集情報の公表)、これらを担保するための、被害者や一般市民、弁護士を含む第三者機関による運用を求めている。ほかに『「産科医療における無過失補償制度」に関する意見書』医療事故情報センター,2006. 〈http://www3.ocn.ne.jp/~mmic/052ikennsyo.pdf〉がある。
18)日本病院機能評価機構・産科医療補償制度組織準備委員会『報告書』2008〈http://jcqhc.or.jp/html/documents/pdf/obstetrics/obstetrics_report.pdf〉
19)[厚生労働省]医政局総務課医療安全推進室「産科医療補償制度の創設について」『厚生労働』平成20年5月号,2008.5,pp.48-52;木下勝之「1.周産期医療再生のための法的整備」『産婦人科医療』96巻増刊号,2008.4,pp.437-442
20)日本病院機能評価機構・産科医療補償制度組織準備委員会 前掲注⒅,pp.4-5;木下 前掲注⒆,pp.438-439.によれば、日本医師会の提言と同様に、妊産婦と分娩機関が実質的な負担を負わないようにするため、健康保険組合等が出産育児一時金を保険料相当額増額して支給し、分娩機関は保険料相当額の分娩料増額により、補償金の財源とすることが想定されている、としている。
21)大谷亜由美「ニュージーランドの医療制度改革~一次診療における不平等削減への試み」『生活経済学研究』
27巻,2008.3,p.30.
22)同上,pp.30-49. 特に「図3 現在の保健医療部門組織図」が有益である。
23)本節の記述は、浅井尚子「ニュージーランド事故補償制度:1992年立法の検討(一)」『富大経済論集』43巻1号,1997.7,pp.15-47;浅井「ニュージーランド事故補償制度の30年(人身賠償・補償研究77)」『判例タイムズ』1102号,
2002.12,pp.59-68.;中野希世子「ニュージーランド事故補償制度における医療事故について」『福岡大学大学院論集』35巻1号,2003.8,pp.49-59.;甲斐克則「医療事故と被害者の救済―ニュージーランドにおける医療事故処理システムを中心に―(シリーズ・被害者学各論(第9回))」『被害者学研究』17号,2007.3. pp.66-72. ; DA(Don) Rennie,“Accident Compensation” The Laws of New Zealand,Vol.1,Wellington,Butterworths,2002. pp.3-7 ; “Accident Compensation” The Laws of New Zealand Service,Vol.1,Wellington,Butterworths,2002. pp.1001-1027; Accident Compensation Agency,“Accident Compensation Legislation” 〈htp://www.acc.co.nz/about-acc/WCM001469〉による。
24)中野 前掲注 ,p.90.
25)注 に挙げた諸論文においては、定訳がないため、著者により、また同じ著者の場合でも時代により同じ用語の訳が異なっている。本稿でもあくまで仮訳として使用していることをお許し願いたい。「Corporation」を浅井は「公団」、中野は「公社」、甲斐は「法人」としている。本稿では浅井の用例に従う。
26)Rennie,op. cit.,p.21.((“ 8) Medical misadventure”)によれば、カイロプラクテック士、臨床歯科技工士、歯科技工士、歯科医師、臨床医療検査技師、医療放射線技師、助産婦、看護師、作業療法士、検眼士、薬剤師、理学療法士、足治療師、登録一般医師及びこれらに準ずる者である。
27)Rennie,op. cit.,pp.33-49. (“ (4)Coverage”); The Laws of New Zealand Service Vol.1,pp.1004-1005. 治療傷害に基づく感染症の場合は、本人、その配偶者、パートナー、子ども、それらによって更に感染した者も適用対象となる。
28)Rennie. op. cit.,pp.33-49.((“ 7) Entitlement”); The Laws of New Zealand Service Vol.1,pp.1009-1017.
29)Rennie. op. cit.,pp.33-49.((“ 9) Dispute resolution”),The Laws of New Zealand Service Vol.1. pp.1017-1018.登録医療専門職は再審査決定について地区裁判所に訴えることができない。なお、審査請求手続の簡単な説明はACC “Claims and Care” 〈http://www.acc.co.nz/claims-and-care/resolve-issues/WCM00112?ssSourceNo〉にある。
30)「ACC申請者権利法典(Code of ACC Claimants’ Rights)」とは、事故補償公団が補償申請者の権利擁護のために取るべき業務を列挙したものである。
31)Rennie, op. cit.,pp.67-75.((“ 11) Management of the scheme”)
32)ACC Annual Report 2007,2007,p.75. 〈http://www.acc.co.nz/PRD_EXT_CSMP/groups/external_communications/documents/internet/dis_ctrb097219.pdf〉
33)ibid .
34)ibid .,pp.75,83,88-89,93. なお、口座勘定ごとの支出額は不明である
35)ibid .,p.26.,ACC Annual Report 2006 Part 2 ,2006,pp.56-57. 〈http://www.acc.co.nz/PRD_EXT_CSMP/groups/external_communications/documents/internet/wim2_065216.pdf〉
36)健康保険組合連合会[編]『社会保障年鑑 2007年版』東洋経済新報社,2007,pp.292-294.「2 イギリス」(一圓光彌);イギリス医療保障制度に関する研究会編『イギリス医療保障制度に関する調査研究報告書』医療経済研究・社会保険福祉協会医療経済研究機構,2008,pp.89-173. 「イギリス医療保障制度の概要[2007年度版]」による。詳細は樫原朗「イギリス労働党の国民保健サービスの再形成へ」『山口県立大学大学院論集』8号,2007.3,pp.93-118.を参照されたい。
37)CNSTの活動については石塚秀雄「英国の医療事故補償制度と医療機関の共済基金」『いのちとくらし研究所報』20号,2007.8,pp.18-23. が詳しく紹介している。なお、『国内外における医療事故・医事紛争処理に関する法制的研究:平成19年度総合報告書:厚生労働科学研究費補助金 医療技術評価総合研究事業』[藤澤由和],2008.3,「諸外国における医事紛争処理に係わる制度(Draft Ver. 5.0)」中「イギリス」の項も参照されたい。
38)Royal Commission on Civil Liability and Compensation for Personal Injury Report(Cmnd. 7054) London, Stationary Office,1978. ピアソン卿を委員長とする王立調査委員会による、事故の無過失賠償責任について検討した報告書。不法行為に対する損害賠償、労働災害、道路事故、航空機事故、鉄道事故、製造物責任、医薬品事故、重度障害児、ワクチン事故、周産期事故、犯罪被害、動物による被害等、様々な被害について無過失賠償責任の導入の可否を検討した。
39)本節の記述は、NHS Redress Act 2006(Chapter 44) の本文及び解説である Explanatory Notes to NHS Redress Act 2006〈 http://www.opsi.gov.uk/acts/acts2006/en/ukpagaen_20060044_en_1〉並びに法案の解説であるRoll,Jo,The NHS Redress Bill [HL] Bill 137 of 2005/6( Research Paper 06/29) [London] House of Commons Library, 23 May 2006. 〈http://www.parliament.uk〉及び各法案の解説、改革提案であるMaking Amends A consultation paper setting out proposals for reforming the approach to clinical negligence in the NHS; A Report by the Chief Medical Officer [London] Department of Health,2003,128p. 〈http://www.dh.gov.uk/en/Publicationsandstatistics/Publications/PublicationsPolicyAndGuidance/DH_4010641〉による。
40)佐藤雄一郎「国内外における医療事故・医事紛争処理に関する法制的研究―英国における医療過誤訴訟に関する研究―」[藤澤由和]『国内外における医療事故・医事紛争処理に関する法制的研究:平成18年度総括・分担研究報告書:厚生労働科学研究費補助金医療技術評価総合研究事業』2007.3,pp.146-147.
41)“Redress”は「救済」(損害賠償や不法行為の差止め等のコモンロー上、エクイティ上の救済一般または救済手段)をさすが、他人に与えた損害の補償であり、本稿では「補償」とした。田中英夫編『英米法辞典』岩波書店,1991,p.707.;鴻常夫・北沢正啓編『英米商事法辞典』(新版)商事法務研究会,1998,p.791.
42)議会における審議の経過を辿れば以下の通りである。2006年3月に上院で修正可決の上、下院に送付された法案(「NHS補償法案(NHS Redress Bill)(HL Bill 137 2005-06)」))が、6月に下院の委員会で修正を受けて(「NHS補償法案(NHS Redress Bill)(HL Bill 198 2005-06)」)、下院の修正案(「NHS補償法案(NHS Redress Bill)(HLBill 141 2005-06)」)、ともに上院に送付されて審議され、最終案に至った。以下の各報告は、本法が制定過程段階にある時期の情報によっている。我妻学「国内外における医療事故・医事紛争処理に関する法制的研究―イギリスにおける患者の健康安全に関する研究」『国内外における医療事故・医事紛争処理に関する法制的研究:厚生労働科学研究費補助金:平成17年度総括・分担研究報告書:医療技術評価総合研究事業』[藤澤由和],2006.3,pp.14-17;飯塚和之「イギリスにおける医師・患者関係の法的性質と医療被害者の救済」『年報医事法学』21号2006. pp.72-78;佐藤 前掲注 ,p.147
43)Salisbury Hospitals NHS Foundation Management of Claims Policy p.8. “Clinical Negligence Reform―NHS Redress Scheme”〈 http://www.salisbury.nhs.uk/freedomofinformation.classinformation1to8/080...〉
44)その後、保健省は、障害児の救済は、「児童・青少年・周産期サービス全国サービス大綱」と言う総合対策の一環として行なうことを表明している。Statement of intent: Improving health Services for disabled children and young people and those with complex health needs Department of Health,2005,
〈http://www.dh.gov.uk/en/Publicationsandstatistics/Publications/PublicationsLegislation/DH_4123289〉
45)NHSの業務パフォーマンス審査機関である「保健医療委員会(Health Care Commission)」が想定されている。「保健医療委員会」については、吉田謙一[ほか]「英国Health Care Commissionの活動に見る事故調査報告と病院管理のあり方について」『医療関連死の調査分析にかかる研究(H17―医療―一般―006):厚生労働科学研究費補助金:平成18年度総括・分担研究報告書:医療安全・医療技術評価総合研究事業』[山口徹],2007.3,pp.60-71を参照。
46)既に民事訴訟手続が開始されている事件については、NHS新補償制度の対象とはならない(法律第2条1項)
47)事故情報収集機関とは、「国立患者安全機構(National Patient Safety Agency)」である。同機構については既に数多く紹介されているが、一例として伊藤貴子[ほか]「英国の国立患者安全機構と“世界初”国家医療事故報告制度」『日本医事新報』4331号,2007.4. pp.76-80. を参照。
48)苦情申立機関については、恩田裕之「医療事故の現状と課題」『調査と情報―ISSUE BRIEF―』433号,2003.12,pp.8-9.;佐藤 前掲注 pp.146-147.
49)Salisbury Hospitals NHS Foundation,op. cit.,p.9;石塚 前掲注 ,pp.22-23.
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