(関連目次)→妊娠経過中の脳出血 目次 妊産婦死亡 目次
(投稿:by 僻地の産科医)
妊娠中、分娩中の脳出血はとても数が少なく、
発表も統計だってあまりされていないのが現状です。
2つの論文・抄録をピックアップしましたので、ご覧下さい。
妊娠中の脳出血は致死率の高い疾患です。
昨日のニュースはこちら↓
東京都妊産婦脳出血死亡 ―都市部でも受け入れ拒否に止まらぬ産科医不足
双胎妊娠中に重篤な頭蓋内出血を来たし
軽度低体温療法を行なった1症例
熊本大学医学部附属病院救急部集中治療部
久木田一朗,西賢明,田邊康彦,濱口正道,本山剛,岡元和文
(蘇生 17(3) 1998: p215)
妊娠24週に母体が脳出血を起こし、脳保護と胎児保護の2つの問題が同時に生じた1例を経験したので報告する。
〔症例〕
症例は、妊娠歴3回、分娩2回の34才女性、既往に僧帽弁逆流症があった。下肢血栓性静脈炎で妊娠24週に当院入院加療となった。入院から3日目、突然の激しい頭痛出現後、昏睡状態となった。CT上右後頭葉の5cm大の血腫、強度の脳浮腫の所見があり、血管造影で直静脈洞血栓症が疑われた。手術適応はないと判断された。ICU入室時、瞳孔径左右7mm、意識レベルはJCS200、脳幹反射は一部消失していた。治療は、脳保護、脳浮腫対策として、軽度低体温療法(33℃、48時間)、サイアミラール、マニトール、過換気を用い、軽度低体温療法のための鎮静にはフェンタネストを用いた。モニターには、児心音モニター、頭蓋内圧モニター、肺動脈カテーテルを用いた。脳浮腫は一時軽減したが、再度浮腫、頭蓋内圧亢進が進み入室10日目から再度、軽度低体温療法を行なった。入室13日目より胎児仮死、子宮収縮が認められ、ウテメリンの投与を開始した。翌々日双児は死産となった。患者は、入室17日目に脳ヘルニアを来たし、20日目に死亡した。
〔考察〕
脳保護療法の胎児への影響を考えると、母体または胎児のどちらを優先するかを決断する必要があった。家族とも相談の上、治療は母体を優先とした。一方、脳死状態の母体を分娩まで維持したとする報告がある。本例も脳死状態で妊娠継続となる可能性もあった。本例は死産を起こし、のちに脳死状態となった。低体温療法中は胎児心拍数の軽度減少がみられた。通常の脳保護療法に加えて軽度低体温療法も胎児へ影響を及ぼした可能性がある。
〔結語〕
双胎妊娠24週の母体の重篤な脳出血に対し母体の救命を優先して軽度低体温療法を含む脳保護療法を行った。軽度低体温療法が妊娠や胎児に影響を与えた可能性は否定できない。
分娩・産褥時に発症した脳出血の2症例
東京慈恵会医科大学産婦人科
清水良明 今井博 村江正始 渡辺直生 松本和紀
安江育代 小浜良彦 矢花秀文 蜂屋祥一
(産科と婦人科, 53(3) : p393-396, 1986)
妊娠・分娩に合併する頭蓋内出血の報告例は,本邦においてはまだきわめて少ない.最近のCT-scan応用による診断法の進歩が,妊婦の頭蓋内出血合併の早期発見に基づく可及的処置を可能とし,さらに,重篤な転帰を軽減するものと思われる.今回我々は,分娩および産褥期に発症した脳出血各1例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告する.
I 症例1
患者 33歳.
家族歴 特記事項なし.
既往歴 特記事項なし.
妊娠歴
および月経歴初妊初産・周期30~35日 整,持続3日間.
現病歴
昭和57年7月10日より3日間を最終月経とし,双胎の診断を得.他院にて妊婦健診を受けていた.妊娠経過は図1のごとくであり.妊娠初期より高血圧傾向を示し.妊娠32週より浮腫が出現.妊娠中毒症の診断にて安静と食餌療法にて経過観察をしていた.妊娠38週に入り.6:00AM自宅にて陣発.6:30AM陣痛の消失と同時に頭痛・視覚障害が出現した.9:00AM同医を受診し,前子癇状瞭の診断にて当院転送となった.転送の間に嘔吐が認められ,意識障害も出現した.
入院経過
入院時血圧180/130 mmHR で意識はなく,昏睡状態であった.また,痙攣発作も認められ.Steroid,Chlorpromazineが使用された,内診にて子宮口全開であったため,ただちに組子分娩を施行し,2児ともに生児を得た.分娩後血圧240/160 mmHgと上昇し,Reserpine,Trimetaphanを使用し降圧を試みた.また,縮瞳,光反射消失,筋弛緩状態のため,脳血管障害を疑いCT-scanを施行した(図2).
CT-scanにて、第3-第4脳室内出血を合併した広汎な脳出血を認め,血圧のcontrol,減脳圧療法などが行われたが,DIC,急性腎不全,尿毒症.肺炎を併発し,分娩後13日目に死亡した.剖検では,高血圧性の脳出血であったのか,血管の異常によるものであったのか,確証は得られなかった,
Ⅱ 症例2
患者 35歳.
家族歴 父,高血圧.
既往歴 下垂体性小人症(身長127cm,体重32kg).
妊娠歴および月経歴
初妊初産.周期32日整,持続5日間,
初経は16歳で発来し,2次性徴は正常であった,
現病歴
昭和58年8月17日より5日間を最終月経とし,他院にて妊娠23週まで管理を受けていたが,下垂体性小人症のため、当科を紹介された.妊娠経過に異常は認められていないが,妊娠35週に入り,精査のため入院となった.
入院経過Non-Stress-Test,echogram,胎児胎盤機能検査等で特に異常は認められず,妊娠37週より軽度の浮腫を認めるのみであった.妊娠39週に入り,児頭骨盤不適合の診断のもとに帝王切開術を施行し,健児を得た.手術室より病棟帰室後の経過を図3に示した.
高血圧.頭痛が出現するも,術後の疼痛に起因するものと考え,lndometacin suppo50mgを挿入したが軽減せず,Niredipine 5 mgを舌ドさせ.血圧の下降と頭痛の軽減を認めている.その後,頭痛は軽減していたか,嘔気・嘔吐か出現し.帰室後約15時間で血圧の上昇,意識障害,左瞳孔散大,右片麻痺が認められ,脳出血の疑いで緊急に脳外科へ転科となった.
直後に撮影されたAngiographyとCT-scanを図・4、5に示した,左内頚動脈撮影側面像では,中大脳動脈の挙上が認められたが,動脈瘤,血管腫等の陰影は認められなかった.CT-scanでは,左側頭・頭頂・後頭葉にニボー形成を持つ高吸収域および脳浮腫,midline shift を認め,脳内出血の診断を得た。減圧開頭および血腫吸引術を施行したが、DIC所見が出現、再度血圧の上昇、右瞳孔散大が認められ.CT-scanにて右側頭・頭頂葉に新たな血腫が出現し、脳波もフラットとなり,術後18日目に心停止となった。剖険による所見では,脳は、原形をとどめることなく融解壊死をおこし、脳死の状態に一致するものであった,また,動脈瘤や・勣静脈奇形等の異常血管も認められず,いわゆる特発性脳出血の範疇に入るものと考えられた.
Ⅲ 考 察
妊娠を契機として発生する器質的脳血管障害の頻度は、脳静脈洞および脳静脈血栓では1600~10000分娩に1例,脳動脈血栓では20000分娩に1例,クモ膜下出血は2000~8000分娩に1例とされているが.脳内出血合併例についての頻度は明らかではない.また.発生時期としては、妊娠中における出血が圧倒的に多く,分娩,産褥期には比較的少ないとされている.今回我々は,陣発時および帝王切開術後に脳出血を起こした症例を経験した.
妊婦の血液は、凝固亢進,線溶低下の状態にあり,とくに妊娠中毒症ではDICを合併することを示唆する多くの報告がある.また,血液の流動的性状においても,妊娠中毒症例では血液粘度や降伏値の上昇などが認められ,微小循環における血液の停滞がおこり,局所性のhypoxiaが発生する.その結果として血管内皮細胞の損傷がおこる.その他にも高脂血症,高血圧による血管内皮の変化や損傷の報告もあり.中毒症合併妊娠においては、脳血管の破綻や閉塞が発生しやすい状態であることに疑問の余地はない.中毒症と脳出血の合併頻度は種々の報告があるが,脳出血例の50%以上に中毒症を合併しているとの報告もある,また,子癇屍において,組織学的検索では92%に脳出血の存在をみたという報告もあり,子癇発作を疑った時には,同時に脳血管障害も疑うことが必須と思われる.症例1においては,妊娠初期より高血圧傾向を示しており.血液生化学的検査値は不明であったが.妊娠中毒症が出血の1因を成しているものと考えられた.
一方,妊娠中の脳出血の大半が先天的に脳動脈瘤・動静脈奇形.血管腫などが存在し,その破綻によるものであるとする報告や,クモ膜下出血に関しては,妊娠中の発生率と、全人口における発生率はほぼ等しく,妊娠,分娩にただ単に偶発しだに過ぎないという報告もあり、実態に関しては,尚不明な点が多い.症例2については,既往歴,妊娠経過に異常は認められず.帝王切開術後に突然発症し,Micro-Aneurismや動静脈奇形を疑がったが、剖検にても確証は得られず、特発性悩出血の診断を得た.
結 語
以上、我々が最近経験した分娩・産褥期に発症した脳出血2症例を若干の考察を加え報告した.妊産婦の脳血管障害は,妊娠中毒症合併例においては,その発生がある程度予測可能であるが,合併症が存在しなくとも偶発することはあり,さらに前脳出血状態の適確な早期診断による可及的治療が重篤な予後を軽減させるものと考える.
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