(投稿:by 僻地の産科医)
大野事件の最終公判のニュースはこちらです!
↓
多くのニュースの中で、この読売の記事が
一番この事件をあらわしていると思いましたので、
こちらを別エントリーとさせていただきました。
「医師が決めた治療方針の結果として
起きた事故の過失責任が
どこまで問われるのかを争点にした裁判」
癒着胎盤による死亡は、産科医にとって悲しいことではありますが、
「でも癒着胎盤だよ!?」
「じゃあ、どうやって助けろというの?」
というのが本音です。
術中エコーまでやる施設がどれだけあるでしょうか?
十分すぎるほど疑い、そしてわからなかった。
大学病院で何人の医師が見てもわからない
予見できないケースさえあるのです。
(MRIまでして否定されて、普通の帝王切開手術をして、
でもスタッフの数がたくさんいたからこそ、
ギリギリセーフで助かった症例もゴロゴロしています)
ここまで踏み込んだ記事を書いてくださった読売新聞、
大手新聞の中では私の中で花丸大賞です。
判決は8月20日。
オーマイニュース軸丸さま、ロハス・メディカルブログ川口さま、
現場から離れられない私たちにかわって、
いつも傍聴にいってくださいましてありがとうございました。
日経メディカル→M3に移られた橋本編集長も、
傍聴いつもありがとうございます。
メディカルトリビューンの記者の方もありがとうございます。
そして読んでくださっているすべての一般の方々
医療現場に関心を持ってくださって
心から、ありがとうございます。
どんな判決が出るのか、私たちにはわかりません。
でも、現場に踏みとどまり、精一杯の治療を続ける産婦人科医の
誠意と努力を踏み潰さない判決であってほしいと心から思っています。
加藤先生、ご遺族関係の方々、おつかれさまでした。
【関連ブログ】
前回帝王切開、前置胎盤の症例
ななのつぶやき 2008.05.06
http://blog.m3.com/nana/20080506/2
帝王切開で失血死、治療の事故の過失責任がどこまで 医療現場に危機感
読売新聞 2008年5月17日
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20080517-OYT8T00260.htm
福島県大熊町の県立大野病院で2004年、帝王切開手術で女性(当時29歳)を失血死させたなどとして、業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医加藤克彦被告(40)(求刑・禁固1年、罰金10万円)の公判が16日、福島地裁で結審した。
医師が決めた治療方針の結果として起きた事故の過失責任がどこまで問われるのかを争点にした裁判は、8月20日に判決が言い渡される。
無罪を主張する加藤被告は「精いっぱいのことをしたが悪い結果になり、一医師として非常に悲しく悔しい思い。再び医師として働かせて頂けるのであれば、地域医療の一端を担いたい」と述べた。
弁護側は最終弁論で、加藤被告の起訴が医師の産科離れを加速させたとの指摘に触れ、「お産難民という言葉さえ生まれた実態が生じたのは、わが国の医療水準を超える注意義務を課したため」と批判した。
検察側の論告では、加藤被告は04年12月17日、妊娠37週の県内の女性に対する帝王切開手術で、子宮に癒着した女性の胎盤をはがして大量出血を引き起こして、約4時間後に失血死させたとされる。また、死体検案で異状を認めたにもかかわらず、24時間以内に警察に届け出なかったとして医師法違反にも問われた。子どもは無事生まれた。
公判で争点となったのは、子宮に癒着した胎盤をはがす際の出血が、死亡するほどのものかを予測できたかという予見可能性と、死に至るほどの大量出血を回避する注意義務。検察側は「胎盤をはがすために子宮と胎盤の間に手を入れた時点では癒着を認識しており、子宮摘出手術などに移って生命の危険を避ける必要があった」と、予見可能性と注意義務がともにあったと主張した。これに対し、弁護側は「手ではがし始めた際に癒着を認識することはあり得ない。はがし終えれば子宮が収縮して出血が収まることが期待でき、判断は妥当で標準的な医療」と反論。医師法違反について弁護側は、「院長の判断で届け出を行わなかった。異状死には当たらない」としている。
[解説]産科離れ事件後広がる
今回の弁護側の最終弁論は、5時間半にも及んだ。「捜査当局が、医師の裁量の範囲にまで踏み込んで罪を問おうとしている」という医療現場の危機感を受けたためだ。
お産で医師が逮捕された影響は大きい。大野病院は医師がいなくなり、産科を休止した。地元の病院や診療所は、難しいお産を避けるようになった。全国的にも、産科をやめて婦人科専門としたり、若い医師が産婦人科を希望しなくなったりしている。今回の事件で医師が有罪となれば、さらにダメージは大きいだろう。大野病院と同地方の福島県いわき市立総合磐城共立病院産婦人科の本多つよし部長は「患者のための手術が犯罪になるのなら怖くてやってられない。有罪が決まったら病院を辞める」と言い切る。ただ、女性の遺族は事件としての捜査を強く求めていた。「真実を知りたい」とも強く訴えている。
医療現場にはリスクがついて回る。国は、医療事故の原因を調べる第三者機関「医療安全調査委員会(仮称)」の設置を検討している。今回の事件でどういう司法判断が下るにせよ、患者と医師の双方が納得できる問題解決の枠組み作りが必要になっている。(福島支局 藤原健作)
被告の処置「標準的医療」 帝王切開死最終弁論
読売新聞 2008年5月17日
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukushima/news/20080517-OYT8T00109.htm
1年4か月に及ぶ公判は、最初から最後まで、検察側と弁護側の全面対決で審理を終えた。16日に福島地裁で結審した、大熊町の県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性(当時29歳)が死亡した事件の公判。業務上過失致死罪などに問われた産婦人科医加藤克彦被告(40)の弁護側は最終弁論で、「起訴は誤り」などと5時間半にわたって無罪主張を展開。加藤被告の処置が「臨床における標準的な医療」と強調した。医療現場に衝撃を与えた事件の判決は8月20日に言い渡される。
弁護団の席には、8人の弁護人が並び、時に語気を強めながら交代で153ページの弁論を読み上げた。3月に禁固1年、罰金10万円を求刑した検察側の論告後、「逐一反論する」としていた通りにした。
女性は、出産後に子宮の収縮に伴って通常は自然にはがれる胎盤の一部が、子宮と癒着する特殊な疾患。加藤被告が手やクーパーと呼ばれる手術用ハサミを使って胎盤をはがした後、女性は大量出血で死亡した。検察側は「大量出血を回避するため、子宮摘出に移る義務があった」と主張し、処置の当否が最大の争点になっている。
弁護側は最終弁論で、周産期医療の専門家2人の証言や医学書などを根拠に「胎盤のはく離を始めて途中で子宮の摘出に移った例は1例もない」と強調。「加藤被告の判断は臨床の医療水準にかなうもの。検察官の設定する注意義務は机上の空論」と批判した。
手術中の出血量も争いになっている。胎盤のはく離が終了してから約5分後の総出血量について、検察側は「5000ミリ・リットルを超えていることは明らか」として、はく離との因果関係を指摘するが、弁護側は「そのような証拠はどこにもない」とし、大量出血の要因も手術中に別の疾患を発症した可能性を示唆した。
弁護側は医師法違反罪でも「届け出をしなかったのは院長の判断」と主張。総括では「専門的な医療の施術の当否を問題にする裁判で、起訴に当たって専門家の意見を聞いておらず、医師の専門性を軽視している」と非難した。
これまでの公判と同じようにグレーのスーツ姿の加藤被告は公判の最後に3分間、用意してきた紙を読み上げ、現在の心境を述べた。
主任弁護人の平岩敬一弁護士は公判後、「検察側は予見可能性、結果回避義務などの立証に失敗した」と述べた。一方、福島地検の村上満男次席検事は「一般の感覚から法律という最低ラインを逸脱しているかどうかが問題。証拠に照らして裁判所の公正な判断を希望する」とコメントした。
<最終弁論要旨>
県立大野病院事件の弁護側の最終弁論要旨は次の通り。
【結論】
被告人は業務上過失致死罪及び医師法違反の罪のいずれについても無罪である。
【癒着の部位、程度】
子宮前壁には癒着はなく、癒着部分は子宮後壁の一部で、面積としては10×9センチの範囲であった。その癒着の程度は、癒着胎盤のごく一部が嵌入(かんにゅう)胎盤であり、その深度は一番深いところでも概ね5分の1程度であった。
【出血の部位、程度】
本件患者は、子宮頸部や癒着部位の収縮が悪く、出血がなかなか収まらない弛緩出血であった可能性がある。胎盤剥離(はくり)で子宮筋層を傷つけ、大量出血したものではなく、無理な剥離や手術用ハサミによる剥離によって、大量出血したという立証もない。胎盤剥離中の出血は最大555ミリ・リットルに過ぎず、大量出血はなかった。
【因果関係】
胎盤の剥離行為と大量出血との間に因果関係が認められるとの検察官の主張には、大量の出血をもたらした要因として産科DICの発症が考えられる以上、疑問の余地がある。
【予見可能性】
臨床の実践では、手で剥離を開始した場合、常に胎盤の剥離を完了する。そのため、被告人が手で剥離を始めた時点で癒着胎盤を認識することは本件においてはあり得ない。被告人が後壁部分の癒着を認識した時点、強度に癒着していたことを認識した時点でも、麻酔記録によれば胎盤剥離中の出血量は最大でも555ミリ・リットルにすぎず、特に出血量が増えていないため、剥離を持続することが適切であり、大量出血の予見可能性はない。
【回避義務】
被告人は、胎盤剥離後の子宮収縮や、その後の止血措置により、出血を止めることができると期待して、胎盤剥離を継続した。この判断は、臨床医学の実践での医療水準にかなうものである。被告人の術中の医療処置は、医療現場での医師の裁量として合理的であり、妥当かつ相当である。被告人に結果回避義務がなかったことは明らかというべきである。
【供述調書の任意性】
被告人は、2006年2月18日に逮捕され、21日間にわたり身柄拘束を受けた。取り調べは、逮捕拘留期間中、連日実施され、最大9時間弱に及んだ。起訴前の1週間については、7時間から9時間に及ぶ取り調べが継続的になされた。その調書は、捜査官が被告人に供述させたいと希望した事実を供述という名の下、供述調書という形式の書面にまとめたもので、任意性を欠く。しかも、捜査官は産科医療の基礎的な医学的知識を欠き、被告人が供述した内容とは考えられない客観的事実に反する供述を録取した。
【医師法違反】
本件患者の死体には客観的に異状が認められない。しかも、本件における被告人の医療行為には過失がないので、検察官が指摘する裁判例の基準、厚生省(当時)の「リスクマネジメントマニュアル作成指針」及び大野病院の「医療事故防止のための安全管理マニュアル」によっても、医師法21条の構成要件に該当しない。さらに、主観的に見ても、被告人には異状の認識がないので、「異状があると認めたとき」とする主観的構成要件または故意を欠いている。
【まとめ】
本件起訴が、産科だけでなく、わが国の医療界全体に大きな衝撃を与えたことは公知の事実である。産科医は減少し、病院の産科の診療科目の閉鎖、産科診療所の閉鎖は後を絶たず、産む場所を失った妊婦については、お産難民という言葉さえ生まれている実態がある。このような事態が生じたのは、わが国の臨床医学の医療水準に反する注意義務を医師である被告人に課したからにほかならない。産婦人科関係の教科書には、検察官の指摘するような胎盤剥離開始後に剥離を中止して子宮を摘出するという記述はない。また、本件で証拠となったすべての癒着胎盤の症例で、手で胎盤剥離を始めた場合には、胎盤剥離を完了していることが立証されている。本件患者が亡くなったことは重い事実ではあるが、被告人は、わが国の臨床医学の実践における医療水準に即して、可能な限りの医療を尽くしたのであるから、被告人を無罪とすることが法的正義にかなうというべきである。
本当に祈るような気持ちです。
8月20日に、産婦人科医師は辞表を手に判決を聞きましょう。
加藤先生、日本の産婦人科医師は、皆先生を応援しています。
投稿情報: 子持ちししゃも | 2008年5 月17日 (土) 21:07
そうですね。
私も辞表用意しておきます。
投稿情報: 僻地の産科医 | 2008年5 月17日 (土) 21:28
いつも興味深く読ませてもらっております。さすがは医療記事の収集力では日本一であろう僻地の産科医先生ですね。
私も今回の報道、(地方版扱いといえ)一般紙の中で読売が明らかに突出してクオリティーが高いことに注目しています。少なくとも今回の弁論を聞いて、理解(納得)出来たものでないと書けない記事です。そういう意味で検察の論告を「逐一反論」していった平岩弁護士の手法は正しかったと思います。
あと、加藤先生の最終陳述には多分皆さん(わざわざ言うまでもなく)全く同じ感想を持ったと思いますが、傍聴人席で聞いていた遺族方にそのかけらでも伝わったのでしょうか。この公判で「真実」は明らかになったのでしょうか。彼等の今後の対応にも注目しています。
投稿情報: good job | 2008年5 月18日 (日) 08:45
こころなしか、最近の報道に潮目が変わったような印象を持っています。きっと諸先生方の働きかけが実を結んだのだと思います。本来なら患者が率先して行わなければならないことです。感謝するとともに、先生方の現場からの離脱を支持します。
投稿情報: 忍冬 | 2008年5 月18日 (日) 09:56