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(投稿:by 僻地の産科医)
人間力を育て、患者の気持ち分かる医師に
~特集「医療界・PMDAトップ対談」(3)
キャリアブレイン 2009年1月31日
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/20308.html
【今回の対談者】
山形大学医学部長 嘉山孝正氏
山形大医学部は2010年度から、医薬品・医療機器の承認審査や安全対策、薬害問題など、まさしくPMDAが担っている医薬品などの「評価」について学ぶ講座を開催する。こうした内容を総合的に体系立てて学ぶ講座は国内でも初の試みになる。同大医学部長の嘉山孝正氏は、こうした知識を医学生が身に付けることで、医師が社会で生きていくための「人間力」を養うことになると意気込んでいる。今回は医師養成をメーンテーマに、限りある人材や財源の中でいかに充実した教育を行うかについて、多岐にわたる対話がなされた。(熊田梨恵)
嘉山 きょうは勉強しようと思ってPMDAに伺ったんですよ。今、山形大医学部の中に、PMDAで行っているような医薬品の承認審査や安全対策のほか、薬害問題などについて学べる講座を10年度から新しくつくろうと思っていて、既に文部科学省にも教官を増員する申請を出したところです。カリキュラムを作っているところですので、もう少し中身について教えていただきたいと思います。
近藤 嘉山先生とは、つい先日、こういう学問が必要だという話をしたばかりなのに理解していただき、さらに行動されるのも早くて驚かされますね(笑)。
嘉山 薬害問題についての教育は、国家規模でまじめにやらないといけないことですから、国立大にその義務がはあるでしょう。ただ、学生は体験しないと重要性が身に染みてこないから、被害者の方の声を聞くということも、カリキュラムの中に必要だと思っています。
近藤 今までそういうことを系統立って学ぶカリキュラムが日本の医学部にはなかったですからね。
■医師の人間力を育てる
嘉山 今、若い医師たちの人間力が落ちていると感じています。だからこそ、こういう薬害問題について考える社会学が必要です。昔から、医者は「三者」、つまり「学者・医者・芸者」ができないといけないなんていわれてきましたよね(笑)。以前の医師は、患者が怒っているかなと思ったら話をし、疑っているかなと思ったら写真を見せたりとか、いろいろな対応を考えることができました。それが、今の若い医師たちはそのあたりのことができない。「言えばいい、やればいい」と黒白を付けた考え方をしがちです。例えば、アナフィラキシーショックが出るのは100万人に1人ぐらいだし、どんな薬でも100万人に1人はショック症状が出ることがあるでしょう。ただ、僕らにとっては「100万人に1人」でも、家族にとっては大切な「1人」。そういうことを考えて、それぞれの患者に合わせた対応がきちんとできる医師を育てないといけません。薬害問題は社会科です。社会科を教えないと患者の気持ちは分からない。理系の人間はついついサイエンスや手術にのめり込んでしまいますが、医者は社会と触れ合っていくのだから、社会学が分からないと駄目です。今回新設する講座には、その役割を持たせたいと思っています。社会学がないと、薬の評価なんてできないでしょう。
近藤 本当にその通りですね。その意味でも、レギュラトリーサイエンスの視点はこれから重要になりますね。レギュラトリーサイエンスは薬学から出た言葉で、新しい学問です。われわれが従来行ってきたアカデミックなサイエンスを、そのまま社会にぽんと出すわけにはいかないので、どう社会に適応させていくかという学問です。「規制の科学」と理解してもらってもいいでしょう。これはもっと広く理解されていっていいと思います。
嘉山 なるほど。では新しい講座には薬学博士が一番必要でしょうかね。新しい講座については、どういう人を教授にするかが今のところの一番の問題なんですよ。大学病院が国立大学法人化されて、大学の教官まで定員削減の対象【編注】になっているんですよ。公務員じゃないのに。こんなに教育にも医療にもお金を掛けない国はないですよ。本当に。
【編注】政府の行政改革により、国家公務員は06年度から5年間で5.7%削減されることが決まっている。大学教員もその対象とされている。
近藤 財政削減優先の路線ですからね。
嘉山 いや、本当にひどい。こうなったら、こちらから新しい学問を立ち上げていくしかないと思います。名前は「メディカルモダリティーアセスメント」という講座にしました。日本語なら「医薬品医療機器評価学講座」でしょうかね。講座には、教授、准教授、助教を置こうと思っていますが、それぞれをどの分野の人にするかが難しい。薬理学、医学、法学、工学の分野が必要かなと考えています。薬理学の人なら薬害についての講義はできますし、薬事や医事のことも教えられる人はいますが、そういうことを融合、統合できるような、システム工学的な視点が必要ではないかなと思っています。こういうことに全くかかわってない人が講義するのは難しいですよね。
近藤 ぜひPMDAから、派遣で応援に行かせていただければと思います。
嘉山 それはありがたいお話です。法学の教員についてはどうお考えになりますか。法学と医学のレジームが違うということに皆気付いていないですよね。例えば、文科系が「可能性」と言うと、「実際にできる」ということを指すと思うんですが、僕らは「無限の可能性」も含めて考えている。お互いに「通じている」と思っているんだけど、実際はかなり違うと思います。自然科学の場合、探してみたら違うことを発見したということがよくあるんですよね。
近藤 そうですね。ただ、法学の分野の場合は法によるサポートという観点になるので、教員については非常勤でもいいかもしれません。
嘉山 こんな講座を持つ医学部は今まで日本にはなかったから、文科省からヒアリングされると思います。実学と基礎学問の両方が交じった講座。よし、これを売りにしよう(笑)。
近藤 レギュラトリーサイエンスについて、山形大がこういう講座を始めるのは世界的に見ても早いはずで、全国に広がれば“梁山泊”になります。米食品医薬品局(FDA)でも、長官がレギュラトリーサイエンスの重要性を折に触れてコメントしていますが、世界でもまだ始まったばかりの分野で、これから医学の中で重要になっていくでしょう。
嘉山 PMDAで始められる連携大学院とはどういうものなんですか?
近藤 簡単に言いますと、大学から一定期間PMDAに来ていただいて、仕事内容や知識を身に付けていただき、再び大学に帰っていただくというイメージです。このルートが大学院にいる医師のキャリアパスの一つとなるよう、PMDAで学んだ内容で学術論文を書いていただき、大学で学位が取れるようにと考えています。
嘉山 なるほど。臨床で大学院を回るのと一緒という感じですね。学生の身分は山形大の大学院生で、大学側から修士や博士の称号を出せばいいんですね。
■連携大学院が教育のパラダイムチェンジに
近藤 これは教育のパラダイムチェンジになると思っています。大学、PMDA、厚生労働省、一般病院、それぞれ皆教育や研究をしています。だからすべてが学びの場となれるはずなんですよ。人材がそれぞれの場を回れば人材育成になり、組織の活性化になります。こういう「社会人大学院」という仕組みがある程度あった方が、社会も安定するんじゃないでしょうか。PMDAは実学の場所なので、そこでやったことが無駄にならないよう、PMDAを上手に使ってもらい、キャリアパスとして生かせないかと思いました。われわれの方からフィールドを提供し、大学にはキャリアパスを示してもらえればと思います。こうすると大学関連病院を含め、筋の通ったインテグレーションができますね。当面は医師の募集を考えていますが、将来的には、法学、薬学、工学の方にも広げていきたいと考えています。
嘉山 わたしたち大学側として、どんなキャリアパスが考えられますかね。
近藤 山形大を臨床研究の中心に据えた治験ネットワークをつくり、その中核人物にするということも考えられます。もちろん東京やほかの地域でも十分可能でしょう。病院では、臨床研究は医事、治験は薬事というダブルスタンダードで仕事をしています。PMDAでは医事、薬事、行政のトライアングルで仕事をしていますので、PMDAで治験の成り立ちを学問的、職業的に理解した人が病院や大学に入って行けば、統一した一本のラインで見られるようになると思います。長崎大では、PMDAを出た池田正行先生が、医学部創薬科学講座の教授になられましたし、そういうキャリアパスもあります。
嘉山 なるほど。わたしが以前、厚労省の副作用に関係する部会で委員をしていた時、ある医薬品について、会議では薬自体が悪いということにしてしまおうという流れにあったところを、「薬じゃなくて、医者の使い方が悪いと思う」と言いました。座長も困ってましたね(笑)。もう委員は首にされるかなと思っていたのですが、翌日厚労省から電話があって、「先生みたいにちゃんと言ってくれる人を待っていた」と言われたりしました。こういう見方をきちんと持てる人が育たないといけない。
近藤 そうそう、PMDAと(厚労省)医薬食品局のすみ分けについてはあまり理解されていないのですが、厚労省は印鑑を押して責任を取る所で、行政そのものです。PMDAはサイエンティフィックに判断、審査するという「評価」が仕事で、国際基準で仕事をしますから、業務内容もかなり国際的です。FDAやEMEA(European Medicines Evaluation Agency=欧州医薬品審査庁)と協調していますし、外国の企業と対等に話をします。臨床でもマナーとして英語を身に付けてはいると思いますが、PMDAの場合、海外の評価を日常的にフルに受けるということになります。会社の存亡を懸けてやって来る相手と本気で対峙(たいじ)するという場面が日常ですからね。だから、PMDAに来て学んでもらうことを、わたしとしては「国内留学」と呼んでいます。
嘉山 PMDAに行った大学院生は、アルバイトとかはさせてもらえますか? 生活ができないと困るのですが。
近藤 こちらに来ていただく間は嘱託とすることを考えておりますので、国家公務員に準じた形で有給になります。もちろん、週に何度か臨床現場に行くこともできます。どんなにいいことでも“勤労奉仕”というのはよくないと思うので、連携大学院という仕組みの中で一緒にやってもらえたらと思います。
嘉山 なるほど。社会人大学ですね。具体的にどんな中身になるんですか。
近藤 PMDAには、審査、安全対策、救済という3つの大きな仕事があります。救済というのは世界でも珍しい制度で、認可された医薬品などを適正に使用したにもかかわらず、副作用や感染などで発生した健康被害について、救済するというものです。つまり、自分たちで認可した医薬品などについては、きちんと救済しますということで、FDAは認可だけですからね。この3つの大きな仕事のセーフティートライアングルを敷いているのは日本だけで、PMDAは具体的に業務にかかわっています。これらの業務の遂行に当たり、レギュラトリーサイエンスの基本的知識が必要ということになります。そして、業務を通じて医学論文に関する批判的吟味の能力を身に付けることになります。
嘉山 なるほど。統計学が分かっていないといけませんよね。以前にも、治験のデザインが良くなかったために承認されなかった薬がありましたが、生物統計の考え方がきちんとしていませんでした。工学部的な統計と生物の統計は違うんですが、今の医学生はそういうことを習っていない。だから医学文献の中での統計学の意味を教えていかないといけません。
近藤 EBMですよね。治験デザインの仕組みをつくるとか、そういうことができないといけない。
嘉山 これに参加する医師は、臨床経験5年以上とありますね。
近藤 PMDAでは製薬会社と一対一で話をするので、臨床経験があるかどうかが勝負なんです。5年はないと勝負できません。実際のところ、経験10年ぐらいとか、40歳前半ぐらいまでの方が多いです。
■その役職と場所でできる仕事を
嘉山 その通りです。厚労省の医系技官なんて、2年の臨床経験しかないんですよ。それなのに、ある時は行政官、ほかの時には医者なんて言われると、たまったもんじゃない(笑)。学部長の選び方も問題なんです。2年で代わってしまったら何もできないし、難しい問題には取り組まずに逃げてしまうでしょう。本来、学部長とか教授にしかできない仕事というのがありますよね。いくら自分の専門分野で大きな業績を残しているといっても、それがその役職にふさわしいかといったら、それはまた違う。そこでしかできない仕事をやらないといけません。わたしは定年までやると平気で言ってますけどね(笑)。これから、全国医学部長病院長会議でも、今度設置する講座の必要性を話していこうと思います。そうやって国内に広めていくことができればと思います。あとはどれぐらい財務省が文科省にお金を下ろすか。そうすれば山形大にもPMDAにも、両方にいい話になるのに(笑)。
近藤 PMDAで扱われる話は国際スタンダードのことなので、結局のところ、国内でもどこがイニシアチブを取るかということになってきます。嘉山先生の動きは本当に早いですよ。
嘉山 こういうことは、今までわれわれが現地調達でやってきたことでしたが、ちゃんと教育を受けて育っていくというのは素晴らしいですよね。やっと文化国家の責務を果たしてきている(笑)。人を育てるときに、その地元にいてほしいがために、「母校愛」なんて言葉を使う人もいますが、それはこの時代、関係ないでしょう。きちんとしたインセンティブを持たせて、学生にメリットがないといけませんよ。それがなかったら、ただのいんちきです(笑)。うちにも今、東大から来ていただいていますが、いつ東大に戻ってもらってもいいと話しています。東大から引っ張られるほどのいい仕事をここでしてくれと。
近藤 日本もまだまだ捨てたもんじゃない(笑)。こういうお話を聞くと、未来が開けてきます。ぜひ今後も山形大と連携してやっていきたいと思います。
【略歴】
1975年 東北大医学部卒業
96年 山形大医学部教授
2002年 山形大医学部附属病院長
03年 山形大医学部長
【今回の対談特集】
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