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(投稿:by 僻地の産科医)
薬の副作用被害に遭ったら… 救済制度
知って使って 「正しい処方」に給付
2009/02/01 日本経済新聞 朝刊
薬は用法・用量を守って正しく使っても、まれに重い副作用が起きてしまうことがある。こうした被害に遭った人たちに治療費などを支給するのが「医薬品副作用被害救済制度」だ。利用者は年々増えているものの、制度の認知度はまだ低く、支援の手が行き届いているのは一部にとどまっている。制度を活用するための取り組みを追った。
岐阜県の男性(78)は六年前の四月、仕事中に熱が出て早退した。自分で車を運転して自宅に向かったが、たどりついた時には意識がもうろうとし、車から降りることもできなくなっていた。家族が救急車を呼び、近くのみどり病院に運ばれた。
この時、全身に発疹(ほっしん)ができ、三九度を超える熱があった。診察した同病院の岩井雄司医師は「神経痛の治療のために他院で処方された薬の副作用」と診断。計二十日間入院して完治した。
退院後、岩井医師から救済制度の説明を受けた。それまで「そういう制度があることも知らなかった」と男性。病院が作った書類を添えて申請すると、半年後に救済金が下りた。「(副作用の)経緯がはっきりしたし、自分が飲んではいけない薬も分かって良かった」と話す。
死亡報告は年2000件
だが、男性のようにスムーズに申請できたのは珍しい。厚生労働省には、最も重い副作用である「死亡」の報告が、毎年約二千件あるとみられるが、救済金が支給されるのは三十―八十件。全国薬害被害者団体連絡協議会の栗原敦さんは「制度の対象外の薬によるものも含まれているとはいえ、あまりに少ない数字」と話す。制度自体が一般にあまり知られていない上、医師も積極的に情報を提供していないのが現状だ。
みどり病院は、患者が救済を申請する際の支援に積極的に取り組んでいる。副作用が起きたら、まず医師と担当薬剤師が制度の対象かどうかを検討。対象と判断した場合は主治医が患者に話をし、患者が申請したいと言ったら、薬剤師が手続きを説明する。主治医や、薬を処方した他院の医師に書類の作成を依頼し、内容を確認して申請する。
一九八七―二〇〇七年の間に三十四人が申請し全例で給付が認められた。岩井医師は「申請することで医療が"密室"でなくなり、患者さんの納得も得やすい」と話す。
患者の中には、医師に遠慮して申請を拒む人もいる。だが救済は薬が正しく使われていたことが前提で、医師が責任を追及されることはない。訴訟とは違って「むしろ適切な治療をしていたことの証明になる」(岩井医師)。
書類作成に時間
同様の支援に取り組む埼玉協同病院(埼玉県川口市)薬剤科長の松川朋子さんは医師からの情報提供が進まない背景について、「救済のための書類作成に多大な時間がかかり、それに対する診療報酬がないという問題がある」と指摘する。医師の多忙さが社会問題化する中、手間のかかる仕事は敬遠されがちだ。
同病院は医師のほか、ケースワーカーや薬剤師が分担して書類を作る、ケースワーカーが患者の窓口になるなど、医師の負担を軽くする工夫をしている。また臨床研修で救済制度について講義したり、院内の情報誌で経緯を報告したりすることで、情報の共有化に努めている。〇六年までの十年間で十七人が申請し、すべて認められたという。
同制度は、医師から処方された薬だけでなく市販の薬で起きた副作用も救済の対象になる。
札幌厚生病院(札幌市)に一昨年、発疹が全身に広がり、発熱した男性が訪れた。診断は薬による副作用。経緯を聞くと、症状が出る三十分前に市販の風邪薬を服用していたことが分かった。同病院は救済支援を医薬品情報室の正式な業務として位置づけており、早速申請した。
市販薬の場合、販売店から販売証明書をもらう必要がある。男性のケースでは幸い協力が得られたが、スーパーなどで買った薬だと、証明は難しい。妻木良二薬局長は「市販薬を買ったら、記録を取っておくべきだ」と勧める。
患者が薬の副作用についてあらかじめ知っておくと、迅速な治療と救済につながりやすい。同病院は昨年四月から、患者向けの薬の説明書に、まれにしか起きない重い副作用の初期症状を記載している。例えば、皮膚の粘膜が腫れてめくり上がり、目や内臓に後遺症を残す「スティーブンス・ジョンソン症候群」については「高熱、目の充血、まぶたの腫れ(中略)が見られ、持続したり、急激に悪くなったりする」としている。
当初は不安にかられた患者から問い合わせの電話が相次いだが、今では定着した。妻木薬局長は「家電を買ったら説明書を読むように、薬をもらったら副作用を調べてほしい」と話している。
医薬品副作用被害救済制度
厚生労働省の医薬品医療機器総合機構(PMDA)が運営する。医薬品を適切に使ったにもかかわらず起きた副作用が救済の対象。治療費の自己負担分や通院・入院時の医療手当(月額約三万五千円)のほか、後遺症が残った場合は障害年金(月額約十八万一千―約二十二万六千円)、一家の大黒柱が死亡したら遺族年金(月額約十九万八千円)、それ以外の死亡では一時金(約七百十三万円)などを支給する。抗がん剤や免疫抑制剤など一部の薬による副作用や、軽症のケースは対象外。申請は無料だが、病院に診断書や投薬証明書などをもらう必要があり、通常三千―九千円の費用がかかる。
医薬品副作用被害救済制度を使って医療費などを請求する件数は増加傾向にあり、二〇〇七年度は九百八件と前年度比一五%増えた。しかし一般にはまだ広く知られておらず、関係者は広報活動に力を入れている。
請求を受け付ける医薬品医療機器総合機構(PMDA)はホームページ上で、医療費などを支給した事例に加え、支給が認められなかった事例を公表している。患者が使った薬と副作用の症状も参照できる。
医師や看護師など医療従事者への周知も進む。PMDAは〇六年度から、医師や薬剤師などの研修で使えるよう、制度を解説した冊子を配布している。〇八年度は約三十六万部を配り、副作用の被害にあった人に情報提供するよう呼びかけている。
業界団体の日本製薬団体連合会などは市販されている薬の箱などに、「副作用被害救済制度の問い合わせ先」として、PMDAのホームページアドレスと電話番号を六月から記載するよう各メーカーに要請。一部メーカーはすでに表示を始めている。
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