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(投稿:by 僻地の産科医)
週刊文春 2008年10月16日号から!
本当かどうかわかんないけど。。。(;;)。
どこの病院にもありそうなことです。なんだかなぁ。。。
産婦人科医長が決意の告白
聖路加国際病院 ブランド産科の「闇」
▼ 臨床研修医が手術をボイコット
▼ 「医長は長期休養」患者にウソの手紙
(週刊文春 2008年10月16日号 p29-31)
東京・築地にある聖路加国際病院は、ベストセラー『生きかた上手』で有名な日野原重明氏(97)が理事長を務めていることで知られる。日野原医師は二〇〇五年に文化勲章を受章し、聖路加は最近の雑誌の「安心できる病院ランキング」で一位に輝いている。
その中でも産婦人科(正式名称は女性総合診療部)は、松嶋菜々子が出産した山王病院や、皇室御用達の愛育病院と並んで「ブランド産科御三家」に数えられ、芸能人では黒木瞳や紺野美沙子などが出産している。
「お受験ママたちの間では、聖路加で子どもを産めば合格する、とまで言われているほどなんです。全室個室で、陣痛から分娩まで同じ部屋で行なえたり、ずっと担当医が変わらないシステムも人気の秘密です」(同病院で出産した女性)
それゆえ出産希望者が多く、入院の予約さえままならない。その聖跡加の産婦人科で今、ある異変が起きているというのだ。
「実は産婦人科の医長が部長からパワハラを受けて、排除されてしまったそうです。そのため、医長を慕う患者さんたちが自主的に署名活動を始めて、医長が元どおり産婦人科で診察ができるように病院側に求めているんです」(患者の一人)
その医長とは、栗下昌弘氏(56)。聖跡加に三十一年間勤務しているベテラン医師だが、なぜか栗下医長は六月十六日から産婦人科で診察をしていないという。
「ある日突然、産婦人科の掲示板に『栗下医師が体調不良の為、代わりの医師による診察となります。なお復帰の見通しが立っておりませんので、別の日の栗下医師の予約に変更はできません』というお知らせが貼られていたんです」
と語るのは、署名活動をしているA子さんだ。彼女は栗下医長を主治医とする患者の一人である。
「ビックリして病院で栗下先生に確かめたところ、ご本人は病気でもなければ、そんな掲示があることさえ知らなかったのです。なんで病院はそんなウソの掲示をしたのでしょうか。女性なら分かると思いますが、産婦人科の主治医は誰でも同じというわけにはいきません。それで先生を元に戻してもらえるように署名活動を始めました。患者さんの中には事実を知らないで、栗下先生が不治の病に冒されているのかと思って、不安がっている方も多い。病院側に止められもしましたが、一ヶ月あまりで署名はすでに百名を超えました」
聖路加は「キリスト教の精神のもとに患者中心の診療」を謳う病院であり、患者が主治医を指名することも珍しくない。それだけに患者たちとしては病院から裏切られた思いだったのだろう。だが、栗下医長は病気でもないのに、なぜ診察から外されたのか。
聖路加幹部が語る。
「実は、栗下氏は上司の佐藤孝道部長(63)と対立して産婦人科から排除されたんですよ。佐藤部長は東大の講師でしたが、教授になれず虎の門病院に移った。その後、○一年に子飼いの女性医師二人と一緒に移ってきた人ですが、問題のある人物で、福井次矢院長も手を焼いています。来た当初から『なんであんな人が来たんだ』と評判でした。
栗下氏は佐藤部長からの度重なるパワハラを院長に訴えていたんですが、佐藤部長を連れてきたのが日野原理事長だっただけに、院長も佐藤部長に強いことを言えず、対処に苦労していました。その結果、栗下氏を産婦人科から外して、更年期外来だけを担当させることにしたんです」
栗下医長の更年期外来を受診していた患者には、福井院長から次のような手紙が届いたという。
「院長として私もいろいろ心を砕いてきたところでありますが、諸般の事情を勘案して、栗下医師には主として予防医療センターの仕事を担当してもらい、皆様には『栗下医師特別外来』を受診していただく」
いつのまにか、「体調不良のため」が、「諸般の事情」に変わっているのだ。
理事長がお連れになった人だから
診察から外されて約ニカ月後、栗下医長は八月十四日に、三階の産婦人科から二階に移って外来診察を再開した。虚偽の掲示を出され、その挙句に産婦人科から外された苦境を、栗下医長本人が告白する。
「場所を移して『特別外来』という名称にしたのは、更年期外来だと産婦人科と関係があるように思われるから嫌だといって、佐藤部長が福井院長にゴリ押ししたからだと聞いています。
私は以前から、佐藤部長から受けた度重なるパワハラについて院長に報告をしてきました。そのたびに『日野原理事長がお連れになった人だから……』、『佐藤部長の定年(六十五歳)まで我慢してくれ』と言われ、辛抱してきました。この七年間頑張ってこられたのは、患者さんがいたからです。
しかし、六月上旬に院長、副院長らに呼ばれ、今の産婦人科では孤立無援の状態で、もし患者さんに事故でもあったら大変なので、産婦人科から離れてほしいと言われました。不本意ではありましたが、『君をガードするための処置だから』と説得され、精神的に疲れきっていたこともあり、了承しました」
栗下医長が受けてきたパワハラとは、どのようなものだったのか。
聖跡加産婦人科の元医師が語る。
「医師にはそれぞれ学んだ所によって流儀があって、たとえば縫合の仕方ひとつでも違う。聖路加はいろんな大学から人材を集めているので、それぞれの流儀を認め合って進めるのですが、佐藤部長は自分のやり方を押し付ける。患者第一主義の聖跡加では一年目の医師に患者さんの部屋に入るときのノックの仕方から教えますが、佐藤部長は東大で講師にまでなった研究者なので、どうしても患者さんを軽視しがち。聖跡加では研修医を含めたスタッフみんなで議論するのが伝統ですが、佐藤部長は独裁的で何でも一人で決めてしまう。聖路加生え抜きである栗下先生は、そういうことが許せなかったのでしょう」
佐藤部長の専横ぶりを物語るものとして、長時間のカンファレンスがある。午後六時ごろから深夜十一時、、十二時にまで及ぶことも珍しくないという。
「他の病院でもこんなに長時間のカンファレンスをすることはありません。症例を皆で議論をする場というより、佐藤部長が行なう裁判のようなものです。彼の気に食わなければダメで、ミスとは言えないような症例でも重箱の隅をつついて、誰が悪かったのか追及されます。理不尽なこともしょっちゅうで、みんな怯えてましたよ。佐藤部長は研究者出身で患者さんとのコミュニケーションより、文献を読むことを強要するし、学会で発表することを優先するタイプ。しかし、聖跡加は大学病院ではないし、伝統的に患者さんと接することで臨床技術を学ぶスタイルなんです」(同前)
栗下医長はたびたび、長時間のカンファレンスは無意味で、生産的ではないと指摘していた。そのたびに佐藤部長は栗下医長に罵声を浴びせたという。
佐藤部長の横暴ぶりに悩まされていたのは、栗下医長ばかりではなかった。
「佐藤部長は、他の科から患者の診察を依頼されても断ってしまう。『今のスタッフでは人手が足りないから、他の科からは患者を回さないでほしい』などと部長会で言うんです。以前よりスタッフが減ったのは事実ですが、産婦人科医が足りないご時勢でも聖路加は他より恵まれていて、人手が足りないなんてことはないはずなんですがね」(前出・聖路加幹部)
聖路加の人間ドックに入っている患者の診察を拒否して、問題になったこともあるという。
「人間ドック科から福井院長や日野原理事長に相談がいったときも、院長は激怒していたそうですが、なぜか日野原理事長は何も言わなかったそうです。そんなこともあって、佐藤部長は日野原理事長と強い結びつきがあるのか、と病院内でも噂されています」(聖路加関係者)
また、佐藤氏が部長に就任早々、次のようなトラブルが発生した。
「急に強い陣痛が起きて、緊急に帝王切開をしたケースがありました。結局、判断が遅くなったため、死産となってしまいました。この件について話し合いをしたとき、佐藤部長は助産師を頭ごなしに『お前の管理が悪い。この能無し』と罵倒したんです。公平に見て、担当医にも助産師にも責任があるケースでしたが、佐藤部長は助産師に責任を押し付ける傾向がありました。
また、この件が起きたとき、佐藤部長も栗下医長も病院にいなかったのですが、患者さんへの事後対応はすべて栗下医長が行ないました。栗下医長が部長からも患者に説明して欲しいといっても、佐藤部長は『知らん』と言うばかりで、最後の謝罪のときだけ顔を出しました」(聖路加産婦人科元スタッフ)
代診の医師が引き起こした大出血
こうしたことが重なり、元からいた産婦人科の医師たちは次々と辞めていった。以前の産婦人科を知る医師は、ほぼ栗下医長のみとなり、孤立を深めていった。
だが、事態は医師間の対立だけに収まらなかった。患者に危険が及びかねないトラブルまで起きていたのである。
「佐藤部長の栗下医長に対するパワハラが院内で公然の秘密になってからのことです。栗下医長が執刀するオペで、助手を務めるはずだった男性医師が手術室に来ないで、ボイコットしたことがあったんです。慌てて栗下医長が連絡すると、『そちらで勝手にやって下さい』と言われたそうです。これは理由がどうであろうと医師として許されない行為でしょう」(聖路加産婦人科関係者)
手術ボイコットは一度だけではなかった。第二助手として来るはずだった女性研修医が来なかったことまであったという。
栗下医長が診察から外れた後の産婦人科では、代診の若い医師が担当した手術で大出血を引き起こしたケースもある。こうした事例は院内のリスクマネジメント委員会に報告されている。
医師として最も守らねばならない患者にまで、影響が及んだことで、栗下医長はこれまでの経緯を語る決意を固めたのである。
栗下医長が語る。
「私に何の了解も得ずに『体調不良で復帰の見通しが立たないため』との掲示や通知が患者さんになされていました。これはまったくの虚偽であるだけでなく、多くの患者さんを不安にさせ、戸惑わせました。心配して、連絡をくれた患者さんもいました。
福井院長になぜこのような通知が行なわれたのか聞いたところ、院長は知らなかったと言っていました。それが本当なら、佐藤部長の女性総合診療部が行なったことなのでしょう。私を排除するために、患者さんに嘘をつき、そのことで患者さんたちを不安に陥れても平然としていられる態度には怒りを覚えます。
私の立場から詳しくは申し上げられませんが、佐藤部長以下による私への仕打ちによって、結果的に患者さんたちを危険に晒すことがあったのは事実です。
こうした事態は、佐藤部長からのパワハラと、それに対して病院側が何ら対策を取ろうとしなかったことが引き起こしたものです。私が取材に応じたのも、決して病院内のポジションにしがみつくためではなく、あくまでも患者さんたちを守るためであることをご理解ください」
福井院長はこう回答した。
「当院女性総合診療部医師の外来診療体制の変更により、患者の皆様には大変ご迷惑、ご心配をかける結果となり、院長として心からお詫び申し上げます」
「ブランド産科」の看板の裏側では、患者そっちのけで「人事抗争」が繰り広げられているのである。
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