(関連目次)→医師のモチベーションの問題 他科でも顕著な医療崩壊
(投稿:by 僻地の産科医)
前4回はこちらです!
「勤務医では刑事訴追のリスクを回避できず」 正当に仕事が評価されないのも退職の要因
理不尽な勤務実態、現場を無視した経営 様々な矛盾の下では働けず
私が勤務医を辞めたわけ◆Vol.5
フリー医師の「不安定さ」と「身軽さ」
先行き見えない不安定さの一方で、自由に動ける身軽さがメリット
司会・まとめ m3.com編集長橋本佳子
http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080812_1.html
――では、勤務を辞めて良かった点、あるいは悪かった点について、お聞かせください。
C先生 良かったのは、何より夜、ぐっすり寝ることができるようになったことですね。子供と一緒に出かけることもできるようになりました。体は楽になりましたし、そして精神的な負担が減った一方、収入は増えました。悪かったことは特にないのですが、強いて言えば、急に休むことができなくなった点でしょうか。複数人でやっていれば、「今日はお願い」と頼むことができますが、今は僕が行くは「消化器外来の日」と決まっており、代替の医師もいないので。しかし、実際には勤務医時代も、急に休んだことがないので、何とも言えませんが。
1996年卒。消化器内科医。2007年春、退職。内視鏡検査や消化器内科の外来などを複数の病院で担当。
B先生 良かったことは、やはり時間に余裕ができたことですね。また、「上から押さえられている」「自分たちの意見が言いにくい」といった状況がなくなったことは大きい。
今、複数の病院と契約しているため、それぞれの病院の長所短所が見えてきます。契約先の病院に、「手術室のこの部分は変えた方がいいのでは」などと、自由に意見を言うことができるわけです。それを採用してくれるかどうかは別ですが、もし仕事の環境が悪ければ、契約を打ち切ることも可能です。精神衛生上は楽になりました。
悪いことと言えば、今の仕事の形態を説明するのに手間がかかることでしょうか(笑)。フリーと言っても、グループの形態でやるのは珍しく、始める前は、喧嘩することになるのでは、と周囲から言われました。われわれは機会均等にして、仕事をした分は各自の収入になるというやり方です。結果的には収入は確率論から考えてもほぼ皆変わらなくなるのですが、「収入はどう分けているのか」などと聞かれ、その都度、説明するのは少し手間ですね。
A先生 僕の場合も、C先生とほとんど同じで、良かったのは時間の余裕ができたことです。僕は医療界以外の方とお会いする機会も多いのですが、平日の昼間に人と会って、食事をすることもあります。これは、勤務医の時には決してできないことです。
C先生 夜、お酒を飲むこともできますし(笑)。
――お聞きすると、良いことばかりですが、ではなぜ「病院を辞めたい」と思っていても、実際には勤務医を続ける先生が少なくないと思います。
C先生 「寄らば大樹」という、支配する側が支配しやすい教育を僕たちは受けてきたことが大きいのではないでしょうか。やはり安心できるところにいたいと。「一歩足を踏み出すのは怖い」と教育されている。先輩の先生が、医局のローテーションで幾つかの病院を回り、部長くらいまではなって、というストーリーが描ける。だから「わざわざ出なくてもいい」となる。僕自身、「なぜあの時、魔法がかかっていたのか」と考えると、そう思うしかないですね。その上、まだ若い先生は、技術的な問題もあるでしょう。まだ一人で責任を持ってできるわけではないので。 しかし、今の医学生は、医局制度が崩壊しているのを見ています。だから、先ほどの「辞めたいと思っても、なぜ辞めないのか」という質問は10年後にはできないと思います。皆、医局に縛られていないので。 今後しばらくは、外に出るメリットの方が大きいというか、中にいることのデメリットが大きくなっていくでしょうね。
A先生 理由はいろいろあると思います。C先生のおっしゃる理由も大いにあると思いますが、向上心があるからこそ、自分自身のためと思えばこそ、勤務医を続けていられる、という見方もできるのではないでしょうか。多くの勤務医たちは無報酬になることを知りながら時間外でも働くことがよくあります。責任上やむを得ずやっているのかもしれませんが、経験の蓄積ということを考えれば決して無駄なことではないことも知っているはずです。ですから「これは自分への投資なんだ」とか、「授業料を払ってでも勉強するんだ」とか、自分に言い聞かせて頑張っている人も多いのではないでしょうか。
1989年卒。長年、心臓血管外科医として勤務。2007年春、退職。内科外来や健診の仕事をしながら、開業を視野に入れ、勉強中。
でもその向上心がある程度満たされてしまったら、その先はどうなるでしょう。自分のためだと思えばこそ払ってこられた授業料を、今度は何のために払いますか。「授業料を払ってでも」と思えるうちは勤務医を続けられて、「授業料を払っていられない」と思うようになると続けられない、そういう見方もできるのではないでしょうか。
――結局は、医療費抑制政策の中で、勤務医の数はなかなか増えず忙しい、給与も安い。結果的に仕事が正当に評価されない。では、勤務医の勤務環境を取り巻く諸問題を解決するには、どこから着手すればいいとお考えですか。
C先生 医療はタダではない、コストがかかっていることを理解してもらうことでしょう。最終的にどんな医療にするかを決めるのは、僕たちではなく、医療を受ける側です。医療の現状を伝えてこなかったのは、僕たちの反省点です。
B先生 日本の医療のコストは、GDP比で見ても、諸外国と比べて安い。医療に従事する人の数も少ない。だけれども近くに病院がある。コストとアクセス、そしてクオリティーの3つは並立しないのです。例えば、質を保つならば、相応の負担をしなくてはならない。それを今までは、国民は知らなかった。だから、何か問題が起きると、すぐ訴えるとなる。その結果、ギリギリのところでやっている医療側にもかなりのストレスがかかっているのが事実です。これ以上、コストを減らすと質は低下します。
1995年卒。麻酔科医。約3年前に独立し、現在は複数の麻酔科医でグループを組み、複数の病院と契約する形で麻酔の仕事に従事
例えば、ヨーロッパでも北米でも、心臓手術が実施できる施設は限られています。奨励数と必要医師数を割り出し、必要とされる施設数を決定している。これに対して、日本はどんな診療科でも選択することができるわけです。いったいどんな疾患の患者がどのくらいいて、必要医師数は何人か、各科の専門医はどのくらい必要か現状では誰も分かりません。また、その専門医を認可するシステムも学会が独自に行っているだけで、受験資格や施設認定も曖昧(あいまい)です。そして、医療費を確保するだけではなく、医師や専門医の教育システムの見直しが絶対必要です。それが結果的にコスト削減につながるはずです。これらの点について、マスコミなどを通じて、医療の諸問題を世間に訴えていく必要があります。
A先生 医療費のあり方を見直す、あるいは上げるしかないですね。今の病院では高度な医療をやればやるほど、赤字になっています。医師を安い給与で使っているにもかかわらずです。いい医療を行うには、相応のお金がかかることを、すべての人に認識してもらう必要があります。国民皆保険である以上、採算の多寡を決めるのは保険点数です。まずは保険点数を上げて病院が潰れないようにするのが先決だと思います。国としては財源も乏しいしでしょうし、予算が必要なのは医療だけではないことも分かります。でも医療費に対する優先順位が低すぎるのもまた事実ではないでしょうか。
――最後に先生方、言い残したことなどがあればお願いします。
C先生 先ほど、B先生が今の仕事が、今後の行政の動きなどに左右されるかもしれないとおっしゃいましたが、その辺りの不安、「保険」はどうお考えですか。
B先生 確かにフリーのデメリットというか、不安は、将来の見通しが立ちにくい点です。今は複数の病院を契約していますが、最終的に一番いいと思える病院を幾つかホームグラウンドとして契約するのではと、ぼんやりとですが、考えています。
C先生 僕は全く先が見えていません。というか、見なくていいかなと。勤務先の自治体病院で、ある診療科の先生が辞めたので、2年契約で年収2000万円で医師を新規採用したのです。本当にやる気のある優秀な先生ではあったのですが、僕たちもいったん辞めて、2000万円で雇ってもらおうと、冗談で院長に話したところ、院長が「僕の給与は、彼より低い」と。2000万円という年収はそれなりの額ですが、そんなに夢のある話ではありません。「ここにいればいいことがある」と考えるより、「今がいい」と思って生きる方がよほどいいかと。
B先生 それは仕方ないですね。今の医療の状況は10年前、20年前に予想できなかったわけです。確かに医療界がこの先、どうなるかは分からない。でも今のわれわれは、それを楽しめる立場にあるかもしれません。「不安定」な身分であることが、逆に「安定」であると言えます。身軽なので、いろんな選択が可能だからです。
――従来は医師のキャリアはどちらかと言えば、一直線でした。それは「安定」だったのかもしれませんが、かえって今は医師を追い詰めることになってはいないかと。フリーになることをお勧めするわけではありませんが、先生方のように「多様な選択肢がある」と考えることも必要かと。
C先生 手本になるフリーの医師がこれまでいませんでした。フリーの医師は、どちらかと言えば、「使えない医師」というイメージがあった。しかし、最近はそうではなく、「できる医師」がフリーになるケースが増えてきました。病院の待遇、それは給与だけではなくトータルな面ですが、優秀な医師ほど「こんなにがんばっているのに、そうでない医師と同じ待遇なんておかしい」と、納得できなくなるからです。インターネットや医師の紹介業の増加もあって、いろんな情報がすぐに伝わるようになってきましたことも大きいですね。
B先生 確かにそうですね。医局に頼らず、勤務先を選べるようになったのは大きく、医師の流動化は進むのではないでしょうか。それはいいことだと思います。
A先生 当面しばらくはフリーになる医師が増えるのではないでしょうか。最近は30代前半でも、バイト生活をしている医師が結構いると聞きます。さすがにそれは問題だと思いますが、でも今の状況が続くとそういう人がどんどん増えて、医学部の定員を増やしたところで、みんなどこかへ消えていくでしょうね。
C先生 確かにフリーとして働く手本があると、それに続く人がいる。ただ、その中には安易にフリーになってしまう方もいることは否めませんが。
――フリーの医師が増えると、様々な問題が出てきます。医療を再構築しないと、医療が成り立たなくなる懸念もあります。
C先生 一番問題なのは、指導に当たる中堅層が手薄になる点ではないでしょうか。指導医がいないと、持続可能な組織でなくなってしまうからです。これは病院レベルにも、医療界全体にも言えることです。
その意味では、B先生は教育も担当しているとのことで、すごいなと。僕も研修医の教育をやっていましたが、教育は一番手間がかかるわけです。自分でやった方が楽ですし。それでも自分が教えてもらった経験があるので、それを返す意味で後輩を教育するわけです。でも、フリーになれば、基本的には教育から離れるわけですから。 自分が医療を受ける側になったときのことを考えると、医療を持続可能な形にしておかないと、すごく不安です。しかし、今、中堅医師がボロボロと歯が抜けるように、病院を辞めていると聞きます。
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