(関連目次)→医師のモチベーションの問題
(投稿:by 僻地の産科医)
私が勤務医を辞めたわけ◆Vol.1
「自分の時間を作るために安定性を捨てた」
勤務医時代は報酬に見合わない超過重労働だった
橋本佳子(m3.com編集長)2008年08月01日
http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080801_1.html?Mg=b1de74c347ef38212585595d77b2d879&Eml=e728324f3c9922c5245186c21ac694ad&F=h&portalId=mailmag
“医療崩壊”が指摘されて久しいが、従来の開業を機とした退職ではない、新たな形での「勤務医の病院離れ」が少しずつ、しかし確実に進行している。そこで、現在は「フリー医師」として働く2人の先生と、複数の医師でグループを組んで仕事をする先生の計3人の先生に、退職理由や今の仕事などについて語っていただいた。一向に改善されない勤務実態や、医師の仕事が必ずしも正当に評価されていない現状が改めて浮き彫りになるとともに、従来の医局に縛られない自由な選択が可能になり、医師の仕事の形態が多様化している実態がうかがえた(座談会は、2008年7月13日に実施。計5回に分けて連載)。
――「フリー医師」の場合、勤務医の先生方と比べて、仕事の仕方が多様です。そこでまず「今、どんなペースで、どのような仕事をされているか」をお話しください。
A先生 僕は毎週、金曜日と土曜日が固定で、朝から夕方まで一般内科の外来や病棟を診たりしていますが、夕方7時くらいには家に帰ってきます。それ以外に月~木曜日の間に、1~2回健診の仕事をやり、さらに月2回、産業医の仕事をしています。合計で1カ月当たり、15日くらい勤務しています。病院を辞めたのは昨年4月で、心臓外科とはかけ離れた仕事をしていますが、特にストレスはありません。空いた時間は自分のキャリアアップのために使っています。
1989年卒。長年、心臓血管外科医として勤務。2007年春、退職。内科外来や健診の仕事をしながら、開業を視野に入れ、勉強中。
B先生 私は、複数の医師とグループを組み、今は7病院と契約して、これらの病院の麻酔を引き受ける形態で仕事をしています。フリーになったのは3年前ですが、専門性があった方がいいと考え、心臓血管外科手術の麻酔と集中治療の二つの柱で実施しています。心臓血管外科の麻酔が9割以上を占めています。契約先は大規模病院から、中小規模の病院、専門病院まで様々です。常勤医だけでは回せない部分をサポートしたり、様々な手術を行う中で、心臓血管外科の手術だけを引き受けるほか、契約病院の若い麻酔科医の先生への教育などもやっています。また緊急の手術にも対応することも、われわれの特徴です。
1995年卒。麻酔科医。約3年前に独立し、現在は複数の麻酔科医でグループを組み、複数の病院と契約する形で麻酔の仕事に従事。
各医師が「機会の平等」を確保する考えで、同じ条件で同じ回数、麻酔を担当するようにローテーションを組んでいます。例えば月曜日は、僕はA病院に、別の医師がB病院に行き、残る医師が緊急手術のために待機するといった形です。僕自身の先週1週間のスケジュールで言えば、月~金曜日のうち、4日が手術、1日が緊急手術の待機です。週末はオンコールも引き受けています。
先週の月曜日は手術が2件あったので、朝9時から仕事を始めて、帰宅したのは午後11時。緊急手術もあったので、先週は計5日間仕事をしました。
――「オンコールを引き受ける」とは。
B先生 契約病院の常勤の先生の代わりに、われわれがオンコールで待機する形態です。その常勤医は完全に勤務から解放されます。
緊急手術も、オンコールの場合も、待機料は契約病院からいただいておりません。実際に手術があり、麻酔を行った場合にのみ、「診療報酬の70~80%」という報酬を受け取っています。多忙な時期であれば、収入は多くなり、手術が少なければ、その分、収入も減ります。
――先生ご自身が仕事から解放される日はあるのでしょうか。
B先生 複数の医師でグループを組んでいますので、必ずしも毎週末、オンコールを受けるわけではありません。私自身は、月2~3回は週末に休みが取れます。
C先生 僕は、内視鏡検査や消化器内科の外来を中心にやっています。昨年4月に勤務医を辞めた当初は、定期の仕事は火~木曜日でしたが、今は火~金曜日は定期で仕事をしています。火曜日は、午前中は内視鏡検査、午後は一般外来、午後5時には病院を出るので、午後6時には帰宅できます。 水曜日は地方の病院勤務。朝6時には家を出て3時間かけて行きます。1泊して翌日も働いて家に着くのは午後8時くらい。医師不足に悩む地方の病院なのですが、研修医がいるのでその指導も担当しています。
1996年卒。消化器内科医。2007年春、退職。内視鏡検査や消化器内科の外来などを複数の病院で担当。
この病院の場合、初めは当直を依頼されていました。私はそもそも、自分の時間を確保するために、安定性を捨てたわけです。当直するなら、連続労働はしたくない。しかし、せっかく遠くまで行くので、当直だけで帰ってくるのはもったいない。だから今は、水曜日は治療を含めた内視鏡検査、木曜日は外来や病棟で、消化器を中心に診ていて、当直はせずに日勤のみ行っています。こうした技術は維持したかったので、結果的に助かっています。
金曜日はクリニックで、午前中は約20件、上部内視鏡検査、午後は3件くらい下部内視鏡検査をやっています。外来も少しやり、午後6時くらいには帰路に着きます。
オンコールなどとは無縁で、完全に時間に区切りが付く形で仕事をしています。ただ、先ほどの地方の病院には最近、さらに月2回、月曜日に日帰りで行くようになりました。土~日曜日は全く働いていません。
――今の仕事のスタイルはどのようにして決めたのでしょうか。
A先生 自分自身や周囲の環境に対して閉塞感を感じていたので、「とにかく仕事をやめて自分の時間を作りたかった」。ですから、むしろ何も決めずに仕事を辞めました。
C先生 本当にそうですよね。
A先生 勤務医時代、本当にめちゃめちゃ働いていました。手術はもちろん、術前の評価から術後のICU管理、病棟管理、術後の心臓カテーテル検査までやっていて、休みは全くありませんでした。
しかし、専門性を追求し続けることに限界を感じ、プライマリケアのような、医療一般を幅広く勉強してみたいと思うようになりました。まずは専門性に固まった今までの自分を白紙の状態に戻して、それからゆっくり考えようと思ったので、時間を作るのが第一で、仕事は後から探そうと思っていました。病院を辞めて最初の1カ月間、働いたのはわずか4日間だけ、次の1カ月は8日、その次の月は10日と働いて、以後、あちこちからの依頼を請けているうちに自然に仕事が増えました。
――勤務医を辞めた時点では、どこでどんな形で仕事を続けるかは、決めていなかったわけですね。C先生の場合はどうでしょうか。
C先生 昨年はまだ子供が幼稚園でしたので、勤務医をや辞めて、貯金を使い果たして、子供と一緒に海外で生活しようか、とも考えていました。さすがに、妻から「仕事は続けてほしい」と言われましたが(笑)。 僕も、「何か仕事はあるだろう」と思っていました。病院を辞める3~4カ月前くらいに、求人サイトに登録したところ、すごくたくさん問い合わせが来た。けれど、やっと休みを取れる勤務形態にしたのに、変に義理ができるのも嫌だった。でも、せっかく培った専門性は生かしたい――などと、いろいろと考えていたわけです。
結局、知り合いから誘われた病院で働く形で、当初は火~木曜日の3日間、仕事をする生活にしていました。金~月曜日に休めるのが「醍醐味」だと思い、少なくてもこの1~2年はそれをしてから、ゆっくり考えようと思っていたのですが、いろいろ頼まれ、先ほどのような勤務形態になっています。
A先生 似ていますね。じわじわと仕事が増えてしまう。
C先生 医師不足に悩む病院は多い。患者さんをマネジメントし、合併症が起きたときにも適切に対処できる医師は貴重なのか、きちんと仕事をしていると、次の仕事も誘っていただける。だから、仕事には困りません。 逆に、勤務医時代、誠意を持ってきちんと仕事をしていたのに、なぜ重用されていなかったのかと(笑)。それこそ、「なぜ勤務医を辞めたか」です。常勤医として働いているのと、非常勤で仕事をしているのとでは、経営者の扱いが違うように感じます。
――では、単純に時間で言えば、勤務医時代の何割くらい仕事をしていますか。
B先生 7割から、7割5分くらいでしょうか。つまり、勤務医時代の25%程度、自由な時間を確保できるようになったわけです。
C先生 一番忙しかった時は今の2倍以上、仕事をしていました。病院を辞める直前はさほど忙しくはありませんが、その時との比較では7割くらいでしょうか。今は、週30~40時間勤務ですから。
A先生 今は月15日前後、1日約9時間なので、月に約135時間の勤務ということになります。勤務医時代の勤務時間をどうカウントするかが難しいのですが、今はその約3分の1と言ったところでしょうか。
――勤務時代、いったいどのくらい仕事をされていたのでしょうか。
A先生 勤務医時代、出退勤の時間を半年間、毎日付けたことがあります。あまりに忙しい時期はその余裕すらなかったので、少し落ち着いた時期でしたが、それでも平日は平均14.6時間、土~日曜日は7.5時間でした。1週間の平均で12.6時間です。それ以外に少しアルバイトもしており、これが週6時間。これを含めると1日13.4時間、週94.2時間です。1カ月を30日とすると、約400時間です。これに比べると、今は3分の1程度という計算になります。
ただ、医師の仕事は勤務時間と言えるかどうか微妙な部分も結構あると思います。例えば、当直の時でも、たまにはぐっすり眠れることもあります。労務はしていませんが、その時間も勤務時間に含めました。また土・日曜日に病院に行って、自分の調べ物をしたり論文を書いたりしながら、その合間に病棟の患者さんを診たり処置をしたりして、結局朝から晩まで病院にいることもよくありました。
結局、何時間が本当の勤務時間なのかは判断が難しくなります。そこで勤務時間という概念とは多少ずれるかもしれませんが、「病院内に滞在した時間」で集計して、出たのが先ほどの月400時間という数字です。でも極端な話、主治医として責任持って入院患者さんを受け持ったら、24時間×30日(月720時間)が勤務時間のようなものではないでしょうか。
それに比べて今は、「お疲れさまでした」と病院を出れば、それで仕事は終わりです。責任も特にありません。そして今の仕事量でも、収入は勤務医時代とあまり変りはありません。勤務医の時の方が仕事の質は高く、責任ははるかに重いのに。勤務医の仕事は悲しいぐらいに割に合いませんね。
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