(関連目次)→大野事件 医療事故と刑事処分 目次
(投稿:by 僻地の産科医)
大野病院事件の担当弁護士が刑事裁判の限界を語る
「多数の専門的意見を聞いても正答を得るのは難しい」
m3.com編集長 橋本佳子
http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080908_1.html
「医療の良心を守る市民の会」主催の「中立公正な医療調査機関の早期設立を望む」と題するシンポジウムが9月6日、都内で開催された。福島県立大野病院事件の判決と福田康夫首相の辞任直後だっただけに、大野病院事件の検証と今後の“医療事故調”の議論のスケジュールが焦点になった。
当初、“医療事故調”の法案は今臨時国会に提出される予定だったが、「福田首相の辞任で、正直どうなるか分からない」(厚生労働省医政局総務課医療安全推進室長の佐原康之氏)状況になった。
また大野病院事件に関しては、加藤克彦医師の弁護団の一人、安福謙二氏が、「大野病院事件に見た事故調査委員会」と題して講演、刑事裁判で真相究明することの限界や “医療事故調”を設置する際の課題などを指摘した。さらに、「大野病院事件で、刑事上の過失は別として、医療者に反省点はないのか」との質問が参加者から出されたが、多くのシンポジストが「反省すべき点は多々ある」と回答した。
「大野病院事件に見た事故調査委員会」と題して講演した、弁護士の安福謙二氏。
医療者が自律機能を発揮し、自ら検証・処分を
安福氏の発言の骨子は以下の通り。大野病院事件を担当した弁護士として一番痛感したのは、医療事故調査の重要性とともに、「刑事裁判においても、調査には限界がある」(下記の6に記載)、「今回の事件ではっきりしたことは、できる限り多くの専門家の意見を聞いても、本当にこれで正しいという答えを得るのは難しい」(下記の7に記載)という点であることがうかがえた。
1.業務上過失致死傷罪と医療行為
自動車事故などは「基本的に事故が起きない仕組み(運転マニュアル、道路交通法などで整備)の中」での事故。これに対して、医療事故は「基本的に事故が起きない仕組みがない中での事故」。どんなに勉強した結果に基づいて医療行為を行っても、事故は起き得る。大野病院事件の判決では以下のように述べている。
「医療行為が身体に対する侵襲を伴うものである以上、患者の生命や身体に対する危険性があることは自明であるし、そもそも医療行為の結果を正確に予測することは困難である」
したがって、医療事故を調査するのは、実に大変なこと。
2.大野病院の医療事故調査委員会報告書
2005年3月に事故報告書が出ている。3人の産科医がまとめたもので、
(1)癒着胎盤の無理な剥離
(2)対応する医師の不足
(3)輸血の遅れ、を指摘
県はこの報告書を基に担当医を行政処分した(減給1カ月)。検察の捜査の端緒にもなったとされているが、裁判ではこの報告書は証拠申請されていない。
3.大野病院の刑事裁判
事故報告書が挙げた3点のうち、起訴事実となったのは(1)のみ。このことは刑事裁判の性質を考える上で極めて大事。判決では、「過失なき診療行為をもってして避けられなかった結果」としている。
4.刑事裁判で事実の究明は可能か
刑事裁判は、「検察官が理解している医療事故の事実関係」に基づき、検察官は、「これは有罪にすることが可能だ」と思ったことについてのみ主張し、証拠を出す。弁護側の仕事は、この検察構図を崩すだけ。弁護側から「事実はこうだ、本当はこうではないか」と主張することが、法律的にできるか、あるいは弁護士の倫理上、許されるかどうか、大変難しい問題がある。
5.医学鑑定人の選任基準は適切か
検察側は2人の「産婦人科医」、弁護側は2人の「産科医」に鑑定を依頼。検察側鑑定人は周産期医療の専門家ではない。しかし、この2人は検察が「この人なら適切だ」として選任した鑑定人。ここに民事裁判との違いが明確にある。民事裁判には、鑑定人の選任システムがある。一方、刑事裁判にはこうしたシステムがなく、あくまで警察・検察が独自に鑑定人を選ぶ。
裁判においても、「裁判官が、検察側、弁護側それぞれの鑑定人の判断能力、スキルをきちんと理解できたのか」という点を、私たちは最後まで疑問に思っていた。医学上の判断を医学の素人である裁判所に委ねているのは、何かおかしくはないか。
6.司法の限界と(これまでの事故調)の問題点
これまで医療者側は、自らの責任を問うことをしてこなかった。患者が司法に答えを求めようとするのは当然の結果。私は患者側の代理人としても、医療過誤訴訟を幾つか経験している。民事裁判においては、原告側(患者側)代理人の調査能力には限界がある。しかし、刑事裁判においても、今回の事件で、調査に限界があることが露呈した。刑事裁判は、密室捜査に基づく検察構図での審議、弁護活動の制約の下で行われるからである。
では医療事故調査委員会には何が求められるのか。福島県の病院管理者は、記者会見で「再発目的だ」と述べたが、今回の報告書は再発防止にかなうものだったのか。また県は、(大野病院は県立病院であるために)調査委員会を管轄すると同時に、人事権と医療に関するあらゆる権限を有する。これらが一体でいいのか。この点は今後の“医療事故調”において十分に検討すべき課題。
さらに再発防止が本当の目的であるなら、3人の産科医のみによる調査でよかったのか。医療分野にとどまらない幅広い議論をしなければ、本当の医療事故の再発防止はできないのではないか。
7.事故調査の意味 - 事故調査委員会のあり方
事故調査の目的は何か。真相究明か責任追及か、あるいはその両立が可能か。両方を狙って、両方とも失うことはないのか。
さらに調査手法の問題がある。今回の件で、ご遺族が恐らく一番不満に思われていることは、きちんとした調査がどこまで行えるかという点。前述のように、事故報告書は3つの問題点を指摘したが、起訴事実は1つ。残る2つについては「過失がなかった」と検事が判断したということか。そもそも調査の範囲は十分だったのか。
その上、解剖が行われていない状態で、まっとうな検証ができるのか。解剖を義務化する法律改正が必要。もちろん、解剖だけではなく、カルテが正確に記載され、患者側に100%開示されなければならない。そのためにカルテの電子化、正確に記録するためのシステムの開発、さらには手術経過のビデオでの記録の義務化などが必要。
今回の事件ではっきりしたことは、できる限り多くの専門家の意見を聞いても、「本当にこれで正しい」という答えを得るのは何と難しいことかということ。産婦人科の専門家といっても、腫瘍の専門家、分娩にはかかわらない専門家がいる。分娩にかかわっていても、胎盤剥離や癒着胎盤をあまり勉強していない人もいる。こうした状況下で、本当に専門的な批判、検証ができる制度を作ることができるのか。また制度の公正性を担保するためには、手続きの透明化が求められる。さらに調査結果について、他の専門家の意見を求めることも必要。
8.医療事故の原因究明の障害としての法的リスク
調査に一番必要なのは関係者の事情聴取。しかし、聴取される人が、「刑事責任を問われるかもしれない」と思っていた場合、どこまで正確に答えるのか。「自分が答えたことで、仲間が逮捕される」と思ったらどうか。一方、調査する側が、「答えろ」と強制できるのか。
この辺りを考えないと、真相究明の上で大きな障害になる恐れがある。それは、科学的な原因究明や真相究明のシステムと、個人の責任追及のシステムとは、制度も、思想も、目的も異なるからである。
9.医療事故から学ぶことの大切さ
しかし、医療事故から学ばなければならない。医療事故を検証すれば、学ぶことが次から次へと出てくる。医療事故は「過失がなければいい」というものではない。いくら優れた医療であっても、改善すべき点がないわけはない。医療は学問であり、日々発展しなければならないからである。先端科学の世界でもあり、その科学を消費する現場でもある。そこを改善するのであれば、医療だけに視野を限っていては、まともな事故検証や再発防止はできない。
したがって、「過失概念」にとらわれた事故検証は時代遅れだと思う。追及すべき過失があるなら、それは追及する。しかし、それにとどまらない検証が求められている。それが最終的に患者さんの納得、ひいては国民の安心につながる。それが国民生活の安心・安全にも寄与する。
10.信用と信頼 - 患者と医師が手をつなぎ協働するために
そのためには医療者が、患者さんから理解、信頼されなければならない。どんなにすばらしい医療事故調査委員会を作っても、実際に専門的な調査を行うのは医療者。医療者がいくらスキルを高め、説得しても、国民や患者さんから納得してもらうためには信頼が必要。今まで医療者はスキルの向上には熱心だった。医師、弁護士、そしてプロフェッショナルと呼ばれる人々はすべて信頼を得る責務を負っている。
では信頼されるとは何か。単にスキルだけではなく、人格として優れている必要がある。今、医療現場は、「モンスターペイシェント」などという言葉で非常に不安な気持ちを抱いている。しかし、同時に「ドクターハラスメント」という言葉もあり、とんでもない医師も確かに存在する。こうした医師を臨床現場に残しておくために、患者さんの不信を招き、怒りを生み、信頼を失う。結果として、いくら医師が「スキルが正しい、やり方が正しい」と言っても、「嘘をつけ」とされてしまう。
臨床に携わる医師は、自律機能を果たしてほしい。しかし、医師会も医学会も任意団体。あえて申し上げるが、臨床現場で働く医師は、立法措置を持って強制加入の団体に入る制度にすべき。その中で、自律的に懲罰機能を持ち、業務を停止したり、退場を命じるべき。
医師が自律機能を果たすことで、初めて本当の事故調が機能すると考える。
シンポジウムは午後1時半から午後5時すぎまで開催された。患者遺族、医療関係者、報道関係者などが出席。
現代農業2008年8月号増刊
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
医療再生
脱「医療の商品化・患者の消費者化」
後期高齢者医療制度の不安につけ込む終身医療保険攻勢、特定健診・特定保健指導による肥満者差別につけ込むメタボ特需――グローバル医療保険市場に奉仕する受け身の消費者から、健康自給の暮らしと地域をめざす当事者へ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こんな題の雑誌にも医療崩壊(再生)が特集されるようになったのですね。
目次はこちら
http://www.ruralnet.or.jp/zoukan/200808iryo_m.htm
小松先生も寄稿されています。
投稿情報: 匿名希望 | 2008年9 月 9日 (火) 22:30