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(投稿:by 僻地の産科医)
●ついに判決 福島・大野病院事件
「確たる証拠もなく起訴した検察に大きな疑問を感じる」
被告主任弁護人 平岩 敬一氏に聞く
日経メディカルオンライン 2008.8.18
(1)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t020/200808/507534.html
(2)http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/report/t020/200808/507534_2.html
2004年12月、産婦人科医の加藤克彦氏が帝王切開手術時に患者を出血死させたとして、業務上過失致死などに問われた福島県立大野病院事件(主な争点は表1参照)。現在の産科医療の崩壊を招いた出来事の一つとして、社会的な関心は高い。その判決が8月20日、福島地方裁判所で下される。初公判から1年と7カ月弱。弁護側が全面無罪を主張する一方、検察は禁固1年、罰金10万円を求刑している。加藤医師の主任弁護人である平岩敬一氏に、これまでの公判内容などを振り返ってもらった。
ひらいわ けいいち氏○中央大法学部卒。1973年弁護士登録。関内法律事務所(横浜市中区)所属。日本産科婦人科学会などの顧問弁護士を務める。
――弁護側の最終弁論と、検察側の論告求刑を終えた現在の感想は。
平岩 検察は、確たる証拠もないのにどうして加藤医師を逮捕して起訴したのか。14回に及んだ公判が終了した今でも、大きな疑問を感じています。検察は今回の事件で、加藤医師による癒着胎盤の無理な剥離が大量出血を招き、患者を死に至らせたと主張しています。ですが、医師人生で癒着胎盤を一度も経験したことのない産科医は少なくない。こうした事例について医師を逮捕・起訴すること自体理解しがたい。それをおくとしても、検察側が公判に臨むに当たって専門家の意見をしっかり聞いたとは到底感じられませんでした。
例えば、検察が提出した2つの鑑定書。1つは摘出された子宮の病理鑑定で、癒着が子宮後壁だけでなく、弁護側が認めていない前壁にも及んでいたと推測した内容となっています。このことから検察は、加藤医師には癒着胎盤の予見が可能だったのに見逃した過失があると主張しました。ところが、この鑑定書を書いた病理医は、腫瘍病理を専門とする医師でした。癒着胎盤に関する知識がどれだけあるのか疑問を抱かざるを得ません。
もう1つは、産婦人科の専門医が作成した癒着胎盤全般に関する鑑定書です。「胎盤と子宮筋膜が強固に癒着している場合は、執刀医は無理な胎盤剥離を継続すべきではなく、剥離を中止して子宮を摘出すべきだった」と、検察の主張に沿った内容の鑑定を出しました。ところが、この医師は周産期医療を専門としておらず、癒着胎盤の経験がほとんどないのです。こうした医師たちが書いた鑑定書に、どれだけ証拠としての価値があるというのでしょうか。
表1 福島県立大野病院事件の主な争点
一方、われわれ弁護側は、周産期医療の専門医2人に証人として出廷してもらいました。2人とも、「子宮前壁に絨毛があったというだけでその上に胎盤があるという推論には無理がある。子宮前壁には明らかな癒着はなかった」、「胎盤を除去すれば子宮筋層が収縮して止血しやすくなることから、子宮摘出よりも胎盤剥離を優先するのが一般的である」など、具体的な事例を挙げて弁護側の主張の正当性を裏付ける意見を述べています。「胎盤の剥離が難しくなったら子宮を取らなければいけない」という検察の主張に従えば、多くの女性が子宮を失うことになります。これこそ、“医療過誤”というべきだと思います。
――事件直後に福島県がまとめた報告書は、加藤医師の過失を認める内容となっていますが。
平岩 この報告書は、加藤医師が起訴される発端になったといえます。確かに報告書は、検察が起訴理由に挙げたのと同じ過失に触れています。これを見て、警察・検察側は犯罪が成立するのは間違いないと考え、捜査に乗り出したと思われます。
ところが、検察は裁判の最後までこの報告書を証拠請求しなかった。捜査の端緒となったものであるにもかかわらずです。過失がなければ患者の遺族への賠償保険の支払いが認められないので、県立大野病院の運営者である福島県が過失を認める内容を報告書に意図的に盛り込んだ経緯を、警察・検察側は捜査の途中で気付いたのだと思います。そこで、検察が頼ったのが、加藤医師の供述だったのではないでしょうか。
加藤医師は事故発生から1年以上もたった時点で逮捕されていますが、これは非常におかしなことです。それまでに警察はカルテをすべて押収し、主だった関係者の取り調べもしている。その上で、加藤医師を逮捕する必要があったとは思えません。本人の身柄を拘束し、供述調書を得るために逮捕したとしか考えられません。実際、逮捕されるとは思っていなかった加藤医師には不本意な調書となっています。
――子宮を摘出すべきだった根拠として検察が主張する大量出血についても、異論を唱えましたね。
平岩 出血量は、麻酔医が術中に随時記録していた麻酔チャートで詳しく分かります。それによると、胎盤剥離の開始時点までの総出血量は2000mLで、剥離終了2、3分後には2555mLと記録されています。これらから剥離中の総出血量は555mLで、胎盤剥離に10分ほどかかっていることを考慮すると、1分間当たりの出血量は55mLとなります。
これに対して、癒着胎盤の剥離などにおける大量出血の定義は1分間当たり500~600mL。つまり、今回の事故における出血量は到底、大量出血とは言えないのです。手術チームの麻酔医や看護師などの証言からも、大量出血ではないことが明らかです。この程度の出血は、産科ではざらにあります。それなのに検察は、「胎盤剥離中の出血量は5000mLにも達した」と主張している。これはもう、でっちあげに近いといえます。
公判では弁護側の証拠の方が、信用性の高いものばかりだったと考えています。これで加藤医師が有罪になれば、医療界の不安をさらに煽ることになるでしょう。そして、ますます萎縮医療が促進され、さらなる医療崩壊に向かうのは間違いありません。
――判決を目前にした加藤医師の心境はどのように推測しますか。
平岩 加藤医師とは頻繁に連絡を取ったり、面会したりしていますが、事件以降、自宅にこもって新しい産科の知識などを勉強しています。産科医として勤務してほしいという依頼も多くあったようですが、本人はそういう気持ちにはなれないようです。実質的に謹慎している状態で、判決が迫るにつれて不安な気持ちが増していることは間違いありません。無罪判決が出るまでは安心できないでしょう。
無罪判決がでました。野村先生もシンポジウムできりきり舞いの最中かと思いますが、おめでとうと伝えてください。
しかし判決が出ても遺族の処罰感情は消えることなく、加藤先生の失われた二年半も戻りません。シンポジウムのテーマ通り、誰のためのなんのための裁判だったのでしょうか。
投稿情報: 山口(産婦人科) | 2008年8 月20日 (水) 13:00