(関連目次)→医師のモチベーションの問題 医療現場での暴力
(投稿:by 僻地の産科医)
Sapio 9/3号
SPECIAL REPORT
金持ちは「健康を買い」、貧乏人は「野垂れ死ぬ」
-「寿命格差」時代が始まった 「医療格差」の絶望現場
[治療断念]「下流医療」が生み出す「寿命格差」/入江吉正
[富裕層]点滴1回1万円から200万円人間ドックまで
セレブ向け「命を救わない医療」大繁盛中
[医師格差]スーパー・ドクターは続々海外流出中!
日本に残るはやぶ医者ばかりなり
[アメリカ]診察1回10万円!
遺伝子に合わせて治療する最高級テーラーメイド医療の現場/武末幸繁
[中国]上海では診療費500元のセレブ病院が林立し、
庶民は3元のドクダミ点滴で死ぬ/鈴木譲仁
[EU]医療費タダだけど長蛇の受診待ち
高福祉国家イギリスから患者が逃げ出している/宮下洋一
[患者]「モンスター・ペイシェント」が病院内を跋扈している
医師への脅迫、暴行から看護師へのストーカー
乳児置き去り、治療費踏み倒しまで
「モンスター・ペイシェント」が病院内を跋扈している
本誌編集部
(SAPIO 2008.8.20/9.3 p99-101)
理不尽な要求を学校の教師に突きつける生徒の親、モンスター・ペアレントは、ドラマでも取り上げられ広く知られる存在になったが、その病院患者版である「モンスター・ペイシェント」も医療現場で深刻な問題となっている。医師や看護師に大きな負担となるだけでなく、彼らの傍若無人な振る舞いのツケを真面目な患者が負わされる状況にもなっている。
「夜勤医師にナイフを見せながら、『睡眠薬をくれ』『注射をうて』と迫る」
「交通事故で搬送された患者に職業を尋ねたところ、『無職であることを知ってどうする。意味もない質問をするなら、職をあっせんしろ』と15分あまりにわたって怒鳴られ続けた」
「入院していた暴力団の構成員が『看護師に高級品を預けたが、なくされてしまった。弁償しろ』と話をでっち上げ、1週間にわたって金品を要求し続けた」
いずれも都内のある病院で発生した患者による暴力や脅迫の実例である。これらの問題は、警察に通報するなどして収拾した。だが、暴力団との折衝にあたった院長は、家の表札を外すなどして、万一の襲撃に備えたという。痛ましいのは、こうした事例が、決して珍しいものではないということだ。
「ある医科大学を卒業した医師を対象にした調査では、過去6か月以内に一度でも患者から暴言を吐かれた人は、168人。回答があった698人の24・1%に達しました。さらに患者から暴力を振るわれた人も15人いた。同様の調査を看護師に対して行なったところ、回答した97人の看護師のうち、過去半年の間に暴言を吐かれたことがある人は40人に、暴力を振るわれたり、セクシャルハラスメントを経験した人は18人に達しています。さらに、看護師になってからストーカーまがいの行為を受けたことがある看護師も、18人確認できました」(『ストップ!病医院の暴言・暴力対策ハンドブック』の編集を務めた北里大学医学部助教の和田耕治氏)
和田氏らは、医師や看護師に対する院内暴力の実態についても調査している。以下はその具体例の一部だ。
▽患者からの暴言
・夫婦げんかの腹いせで「前から気に入らなかった。村長に言ってやめさせるぞ」と脅された。
・泥酔した救急外来の患者に「オレはルポライターだ。お前のような看護師は記事にしてやる」と脅された。
・検査のたびに「ボロ病院が、ちゃんと説明しろ!」と怒鳴りながら検査室に入ってくる。
▽患者からの暴力
・外来の患者から傘の先で突かれそうになった。その後、「あの粗忽者の看護師が傘を壊した」と来院するたびに言われた。
・患者に目の横を殴られてコンタクトレンズが割れた。
・夜勤中、後ろからハサミで脇腹などを剌された。
・リストカットをしようとした患者を止めた際、「殺してやる」と襲われそうになった。
▽セクハラ・ストーカー
・入院している暴力団幹部から「部下があんたのことを気に入った。外で会ってやってくれ」と札束を渡された。
・夜間巡視中、ベッドに引きずり込まれそうになった。
・入院患者に付きまとわれた。勤務中はもちろん、アパートまでついてきた。無断で写真を何枚も撮られた。
これらの具体例を見れば、「交際を断わられたことに腹を立て、通院先の女性看護師に『道連れにして心中しようと考えている」「生き地獄とは家族が殺害されること 」などと記した脅迫文を送った男が逮捕された」(07年9月、福島県)や、「規則を守らず強制退院させられた元入院患者の暴力団組長が、病院事務室で看護師を射殺。医師も包丁で刺し、重傷を負わせた」(03年7月、大阪府)など、報道された病院内の事件が、氷山の一角であることがよくわかる。
金を払っているという
意識が過剰な期待を生む
都内の病院に勤めるある医師は、クレームや院内暴力は昔からあった問題だが、ここ数年増加傾向で悪質化していると話す。実際に、全国の医療安全支援センターに寄せられる苦情件数は、05年4万4848件と2年前より8000件弱増えている。
なぜ、悪質な院内暴力が発生し続けるのか。前出の北里大の和田氏は、過酷な勤務にともなうゆとりのなさや、医療従事者と患者のコミュニケーション不足が一因と分析。改善の余地があるとしながらも、以下のように指摘した。
「日本の医療は国民情保険を前提としています。いわば、公の社会インフラです。多くの医師や看護師は、この意識で業務に従事していますが、一方で、医療もサービスという考え方もある。『患者様』という呼称が広まった事も、そんな意識を煽っているようです。その結果、一部の患者さんが医療に過剰な要望を期待してしまい、問題を誘発しているのでしょう」
医療従事者と患者の医療に対する意識のズレが、問題の本質であるというわけだ。
また、日本看護協会の小川忍常任理事は、元々、患者の過剰な要望に対して、医療現場が寛容でありすぎるのも問題を深刻化させていると警鐘を鳴らす。
「患者さんの苦情や訴えを受け止め、解決するのも看護師です。それだけに、暴言や暴力を受けても病気の苦しみが原因ではないかと考えてしまう。ときには『悪いのは患者さんじゃなくて、看護師や医師の対応がいけなかったのではこと考え院内暴力への対応が遅れる場合があります」
なかには、いつまでたっても改善されない暴力や暴言、セクハラに参り、退職してしまう看護師や医師もいるという。さらに問題なのは、院内暴力が医療従事者だけではなく、別の患者にまで悪影響を及ぼす点だ。前出の和田氏の調査では、
▽ある入院患者が別の患者に「100万円貸さなければ、殺しに行く」と脅迫。脅された患者は精神不安定となり、警察に通報した。
▽同室の患者の話し声やテレビの音に文句を言い続けて次々と追い出し、結局、1人で4人部屋を占領してしまった。
▽6人部屋で、1人の患者だけを標的にしたイジメが発生した
―といった患者間の暴力やトラブルが確認されたという。07年9月、大阪府堺市の新金岡豊川総合病院の職員が公園に置き去りにしたとされる全盲の糖尿病患者も、病院側の説明によれば、入院費を約185万円滞納したうえ、6人部屋をI人で“占拠”し続けていたようだ。この患者の暴言で辞職に追い込まれた看護師もいたという。
ならば、悪質な院内暴力の発生を防ぐには、どうしたらよいのか。前出の小川常任理事は、以下のようにアドバイスする。
「たとえば、売店を設置したり、多くの雑誌をそろえるなどすれば、待ち時間にかかわるトラブルはずいぶんと回避できるはず。また、患者を接遇する専門職員を配置すれば、コミュニケーション不足からくるトラブルを防げるでしょう。意見箱も、置きっぱなしでは逆にトラブルを誘発します。投入された意見には丁寧に回答したうえで、ロビーなど、わかりやすい場所に掲示すべきです。あと、本当に悪質な患者に対しては、警備員を配置したり、目につきやすい場所に防犯カメラを設置するなどの対策が有効です。こうした対策は患者の安全確保にもなります」
年間1億円も治療費を
踏み倒される病院
もうひとつ、深刻化しているトラブルがある。治療費の未収問題だ。全病院の6割以上が加入する「四病院団体協議会」のアンケートによれば、02~04年度の未収治療費の累計は、なんと853億3684万円。一施設あたりの未収全の累計も1620万円に達した。
この問題の悪質さは、支払えないのではなく「金はあるのに払わない」患者が増えている点にある。調査では、病院側がはっきりと「能力はあっても、元々払う意思がない」と認定できる例だけでも全体の9・5%に達しているのだ。
「未納理由がわからないものもまだあるので、その割合はもっともっと高いはずです。10~15%を占めるかもしれません」(日本病院会理事の崎原宏氏)
実際、悪質な未納者はさまざまな方法で支払いを逃れようとするという。「思ったほど治療効果が上がっていないので、治療費は支払わない」「入院中何度か転倒した。そんな病院にどうして金を払わなければならないのか」といった言いがかりを付け、金の支払いを渋り続ける患者も少なくないらしい。
さらにこの問題の根を深くしているのが、相手が治療費を支払う意思がないとわかっていても、病院側は治療を拒否することができない点だ。
「正当な事由がないかぎり、診療を拒否することはできない」と、医師法で定められているからである。救急治療や飛び込み分娩も問題を複雑にしている。通常の医療であれば、未払いが発生しそうな相手に対しては、治療前に一時金を預かるなどの対策が取れる。だが、緊急で運び込まれた患者に対して、一時金を要求することなどできるはずがない。
「治療費を払うどころか、赤ちゃんを病院に残したまま消えてしまった女性もいました。『保険証もないが、後日必ず支払う』というので、電話番号や住所を教えてもらったところ、偽の住所や電話番号が書かれており、結局、連絡が取れなくなった人もいました。しかし、いくら怪しいと思っても、骨折した患者や破水がはじまった妊婦を治療しないわけにはいきません。だから救急医療を担当する公的病院では、治療費の未収が発生しやすいのです」(前出の崎原氏)
崎原氏のいう公的病院とは公立病院のほか、日本赤十字社、済生会などが運営する施設のことだ。こうした施設の未収金は、02~04年度の累計で平均4424万円(私立病院の約3倍)に達する。なかには年間1億円を超える未収金が出てしまった施設もあるのだ。ちなみに、公的病院が未収金によって被る赤字は、国庫や自治体の予算から補てんされる。つまり、02~04年度にかけては、公的病院で少なくとも236億7214万5181円の税金が、未収の埋め合わせに使われてしまったわけだ。
こうした未収金を少しでも減らすため、厚労省と四病院団体協議会では、出産に際しての補助金は本人にではなく、病院に直接支払うよう、手順を変更した。補助金を受け取っておきながら、分娩費用などの治療費を支払おうとしない患者が多いことを受けての処置である。また、どう交渉しても未収金を支払わない場合は、未納者に対する訴訟も選択肢として検討する方針も固めた。さらに問題の抜本的な解決を図るため、未納の発生を防止するマニュアルや、未収金を効率よく回収するマニュアルの作成にも乗り出す。
院内暴力に治療費の未納。さらには、入院や通院のため、タクシー代わりに救急車を呼びつける患者も各地で増えている。患者の暴走は、医師や看護師を追い詰め、病院の経営を危うくし、救急医療体制までもはげしく揺さぶっているといってよい。
今後、超高齢社会を迎え、さらに「モンスター・ペイシェント」が増え続ける可能性は高い。もはや医療業界だけの努力では、この暴走を止めることはできまい。政府や各自治体、医療業界、警察まで含めた横断的な連携が不可欠なのではないか。
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