(関連目次)→ 医療事故安全調査委員会 各学会の反応
(投稿:by 僻地の産科医)
今回の日本医学会関係の記事はこちらですo(^-^)o ..。*♡
診療関連死の死因究明制度創設に係る公開討論会 by 日本医学会
「医療安全調査委員会」設置で
医療の将来は守れるのか
日本医学会主催の公開討論会で大綱案の問題続出
MTpro 2008年8月1日掲載
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/0808/080801.html
医療安全調査委員会設置に向けた動きが,国会提出法案を前提とした大綱案として示され,具体性を帯びてきている。日本医学会では,この大綱案について議論が必要とし,7月28日に東京で「診療関連死の死因究明制度創設に係る公開討論会」を開催。日本内科学会,日本外科学会,日本救急医学会,日本麻酔科学会,日本医師会,全日本病院協会の各代表者がそれぞれの見解を述べた。各学会の代表者たちの意見も分かれ,会場からも次々と問題視する声が上がるなど,医療安全調査委員会の立ち上げについて現段階での一定の意見集約化は困難であることが伺えた。
医療安全調査委員会の設置場所や委員の選出基準が不明
今年(2008年)6月に,厚生労働省(厚労省)は「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案(大綱案)」を公表した。大綱案以前の第三次試案までの時点で,医師からさまざまな批判の声が噴出していたが,国会提出法案として現実味を帯びるなか,多くの医師が危機感を強めている。
大綱案では,医療安全調査委員会の設置場所について○○省と伏字記述を採っており,中央省庁内とする姿勢を示しつつも具体的設置場所の明言を避けている。また,同委員会は中央委員会および地方委員会の2つから成り,実際に事故調査に当たるのは地方委員会とされている。この地方委員会は,医師や看護師などの医療従事者・医療機関からの報告の徴収,死体の解剖および保存といった点で大きな権限を有するものとなっている。さらに,地方委員会からの報告書は中央委員会と○○大臣(同様に省庁名伏字表記)に提出され,必要に応じて医療の安全を確保するため講ずべき措置について○○大臣に勧告することができる,とされている。
日本外科学会理事の高本眞一氏,日本医師会常任理事の木下勝之氏は,警察に代わる届け出機関として医療安全調査委員会を設置する必要があるという立場を示した。
こうした,警察に代わる届け出機関の必要性は,各代表者もおおむね認めるところであったようだ。
しかし,そうした届け出機関として検討されている“医療安全調査委員会”の設置場所について,日本麻酔科学会理事長の並木昭義氏は,第三次試案の時点で同学会では「省庁を超えた独立性・中立性・透明性のあるものにすべき」との意見を既に提出していることから,「早急に具体的な検討が必要」とした。日本救急医学会理事の堤晴彦氏も,設置場所を厚労省とすることには反対している。
一方で,高本氏(日本外科学会)は「厚労省に医療安全調査委員会を設置するのは致し方ないと考える」としながらも,国家行政組織法第三条に基づく行政委員会(三条委員会)のような,厚労省からのある程度の独立性が必要と指摘した。
実際,「○○」の部分が仮に法務省となった場合,インパクトは甚大なものがあるなど,大きな問題をはらんでいると言えよう。
医療の安全確保について最終的な措置を講ずる権限を有するのは中央委員会となるが,日本内科学会理事長の永井良三氏は,「中央委員会での医療事故に関する判断を捜査機関は尊重してくれるのか?」と疑問を呈する。
また,中央委員会,地方委員会で諮られる議事は委員と臨時委員の過半数で決すると記されているにもかかわらず,それらの委員の選出基準については,大綱案には具体的に明記されていない。
医師法第21条から医師個人の届け出義務をなくすものの
地方委員会の判断が鍵に
大綱案では医療事故死などについて,当該の病院,診療所または助産所の管理者が24時間以内に該当大臣へ届け出ることを求めている。これについては,福島県立大野病院産婦人科医の逮捕において,該当医師個人による警察への届け出について義務としたことを考えれば,一定の譲歩があったと言えるだろう。
一方で,地方委員会の判断において「標準的な医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡又は死産の疑いがある場合」は,「所轄の警視総監又は道府県警察本部長にその旨を通知(届け出)しなければならない」としている。
この「標準的医療からの著しい逸脱」については「病院,診療所等の規模や設備,地理的環境,医師等の専門性の程度,緊急性の有無,医療機関全体の安全管理体制の適否(システムエラーの)の観点等を勘案して,医療の専門家を中心とした地方委員会が個別具体的に判断することとする」とされている。
並木氏(日本麻酔科学会)は,この届け出について,第三次試案に対し「紛争解決とは別なルートを設け,届け出の範囲を拡大し,匿名化した形で,できれば死亡例のみならず死亡に至りかけたような重大な事故例を含めて届け出がなされ,データバンクに情報を蓄積する」とした日本麻酔科学会の案を紹介した。また,大綱案に記されている医療安全調査委員会に地方委員会から提出する調査報告書が,民事裁判においても「鑑定書」として機能する可能性が大きいことを指摘し,「憲法38条の黙秘権が保障されるのかが不明だ」と述べた。
同氏はさらに,日本も加盟するWHOの医療安全に関するガイドライン(2005年)と大綱案を比較し,この大綱案が同ガイドラインから,大きく逸脱していることを指摘した。
医師法第21条を改正し,医療事故死については
第三次試案通り医療安全調査委員会に届け出を
木下氏(日本医師会)は,2004年の医師法第21条に関する最高裁判決で診療関連死が“異状死”に含まれたことに触れ,「日本は医療事故に対する刑事司法の関与が諸外国と比べ突出して多い」と述べた。また,こうした視点から「警察への届け出義務を端緒とする医療関連死に対する刑事訴追という方向性を正し,警察へ代わる届け出機関としての医療安全調査委員会を設置する必要がある」と言う。
さらに,日本医師会としては,2006年5月~07年5月にかけ「医療事故責任問題検討委員会」で,刑事司法の問題点とその解決策について,医事法学者,元検事長,刑法学者,弁護士などと詳細に検討し,厚労省に提言を行っていることを報告した。また,厚労省の「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する検討委員会」とは別に,警察庁や最高検察庁,法務省と意見調整と折衝の動きがあったことを紹介,各折衝相手からは次のような発言があったという。
警察庁「すべての事例を第三者機関へ届けてよいが,悪質な事例に関しては捜査機関へ通知すること」,検察庁「限定的であっても刑事罰の対象は存在する」,法務省「刑事処分の前に,行政処分を行うべきであるという,医療側の意見に同意。医療安全調査委員会から捜査機関へ通知する事例は悪質な事例に限定し,具体的事例を提示する」。
同氏は「医療事故死については医療安全調査委員会に届け出ること」を基本とし,「警察への届出義務をなくすように,医師法第21条を改正すべき」と述べた。
医療事故において個人の罪を問う論理からの脱却を
—刑法・刑事訴訟法も時代に合わせて見直すべき
全日本病院協会会長の西澤寛俊氏も,大綱案の医師法第21条に関する記述について,医療機関からの医療死亡事故の届け出を制度化することにより,この届け出を行った場合は,医師法第21条に基づく異状死の届け出を不要と明確にした点は評価できるという。
一方で,医療事故対策として,(1)説明責任と被害者補償を目的としたもの,(2)再発予防を目的としたもの—とを個別に検討すべきだとした。また(1)においては個人の罪を問う論理が医療事故については既に時代遅れであり,届け出対象例,罰則の明確化,医療関係者の人権保護について,現行の刑法・刑事訴訟法を補完する観点から議論すべきだという。同様に(2)については,日本医療機能評価機構で既に実施している医療事故情報事業などの拡充を検討すべきだという。
「標準的医療からの著しい逸脱」の定義など議論が不十分
堤氏(日本救急医学会)は「そもそも今回の大綱案は既に医療安全調査委員会を設置することを前提としている」と指摘する。また,厚労省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」では「“ある期間内に”,“規定の方向性で”まとめることが求められているようであり,また,厚労省でパブリックコメントを求めながら同時にこうした大綱案が作成されている」と不信感を示した。
同氏は,救急医療の崩壊にも触れ,逮捕や医療訴訟のリスクを考えればどの科の当直医も救急患者を断ったほうが安全であるという現状について,「救急医療に従事する人間として,患者の搬入を断った病院より受け入れた病院のほうを評価する」と述べ,一方で「法はそうした善意を評価していない」と批判した。
また,同氏は医療安全調査委員会設置に向けた大綱案について,「もっと時間をかけ,幅広く議論し,意見の集約と合意を図るべきだ」と述べ,「今なすべきことは法と医の対話であり,急いで医療安全調査委員会を立ち上げることではない」と訴えた。
並木氏(日本麻酔科学会)は,
(1)医療現場の医師や将来を担う医師たちが安心して診療に携われるようにする責務がある
(2)不明瞭な点を残したまま大綱案を運用し,萎縮医療につながる結果となった場合,それは医療の崩壊につながる
-と指摘している。
これまで行われてきたいくつかの医療制度の変更が医療崩壊とされる現状に大きく影響を与えた事実からもわかる通り,仮に同制度が失敗した場合は,医療従事者のみならず,患者に対して取り返しのつかない損失を与えることが推察され,さらに慎重な討議が今後も必要と考えられる。
大綱案公表までの経緯
医療安全調査委員会(仮称)設置に向けた動きの根源に,医療関連死において,警察へ届け出るべき「異状死」を巡る医師法第21条の解釈の問題がある。医療と警察・検察とで見解が食い違っている状況があり,医師の多くは,同法が成立・施行された1948年という時代背景から「異状死」とは殺人,伝染病,行き倒れなどに代表される医療行為の結果ではない“原因不明の死”と捉え,合併症などの死を届け出義務の範疇に加えるのは拡大解釈だと考えている。一方で,警察・検察側は“治療行為を伴った死亡(診療関連死)もこれに該当する”との立場に立ち,合併症による死亡でも届け出義務があるとの見解に基づき現在対応している。
また,警察・検察側が医療事故の過失を医療者に問う際,現在「標準的な医療」からの逸脱がなかったかは,専門医から聞いた意見をもとに判断している。
実際どのような症例を届けねばならないのか,という警察届け出に関する具体的な見解や標準的な治療の定義については明文化されておらず,その見解が各学会や医師,病院で異なるという背景もあり,福島県立大野病院産科医は,日本産婦人科学会と病院の見解に従っているにもかかわらず,警察により逮捕されてしまった。産婦人科医をはじめとする医師たちが,日常臨床上の通常の治療行為で避けては通れない患者の死亡に,逮捕のリスクが常に伴う不合理性にはなんらかの改善が必要であることは論を俟たない。
医療界としても,医療事故に対する業務上過失の立件が増加する傾向を看過できず,基本領域19学会共同声明(2004年9月)を公表し,第三者機関の創設を提案,危機的事態の打開を目指している経緯があった。
厚労省は,医療安全調査委員会設置に向け,第三次試案まで公表し,各方面からの意見を聴取しながら,設置法案の大綱案を作成した。各試案では,医療安全調査委員会の設置場所,届け出義務をはじめ,医師たちからさまざまな意見が噴出したが,一定の意見の集約を見ないまま国会提出をにらんだ大綱案が公表されている。
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