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(投稿:by 僻地の産科医)
審議会は「アリバイ」づくりか
熊田梨恵
キャリアブレイン 2008年8月1日
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/17462.html
厚生労働省の審議会や検討会の在り方が問われている。7月の人事異動を終えた後、救急医療関係の検討会が急転回を見せた。担当者は医政局指導課長だが、前任の佐藤敏信氏の在任中に作成された検討会の中間取りまとめ(案)は、二次救急を拠点化するイメージの「地域救急拠点病院」(仮称)の創設や、ER型救急医療機関のモデル事業の実施を盛り込んでいた。しかし、後任の三浦公嗣氏の就任後、それらは消え、舛添要一厚生労働相がまとめた「安心と希望の医療確保ビジョン」と酷似した内容が盛り込まれた。これは、三浦課長が厚労相の意向に従ったためとの指摘もある。国民の意見を反映するはずの会議が、官僚が自らの思惑を隠すための「アリバイ」づくりの場と化してはいないだろうか。
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厚労省が7月11日付で発表した人事異動。「救急医療の今後のあり方に関する検討会」(座長=島崎修次・日本救急医療財団理事長)を担当していた佐藤氏は、診療報酬改定を担う中央社会保険医療協議会を担当する保険局医療課長に就任した。「出世コース」といわれるポストだ。後を継いだのは、1983年に旧厚生省に入省した医系技官で、在任中は医学部定員の増に否定的な見方を示していたとの指摘もある、文部科学省高等教育局医学教育課長の三浦氏だった。
■第6回-ERモデル事業実施
ER型救急医療機関のモデル事業を実施するとの内容を盛り込んだ中間取りまとめ(案)は、人事異動後に開かれた7月17日の第6回会合で示された。ER型救急については、4月に実施した現場からのヒアリングで、「国内の救急医療の現状からみると、普及は困難」との意見が上がっていた。ところが、中間取りまとめ(案)には、「まずはモデル事業として、一部地域において試行的に実施し、徐々に全国的な支援を行っていくのが適当」との文言が盛り込まれた。検討会では委員から、「ER型救急の定義がはっきりしない」と慎重な意見もあったが、「モデル事業を実施する中で明確化していく」「やり始めればコンセンサスに向かう」との賛成意見に押し切られ、モデル事業の実施が了承された。
■第7回-モデル事業事実上先送り
それにもかかわらず、7月30日に開かれた第7回会合で示された中間取りまとめ(案)は、モデル事業の実施には踏み込まない内容に書き換わっていた。また、資料に添付された前回の議事概要を見ると、委員がモデル事業に賛意を表したことを示す記述はどこにも見当たらず、ER型救急についての記載は2点のみだった。一つ目は「定義として確立していない」。二つ目は、「専門化と診療科の連携に時間がかかり、脳卒中など一部の疾患では患者に不利益な場合がある」との記述で、ER型救急のデメリットについての意見のようにも見えるが、脳卒中に絡めて発言した豊田一則委員(国立循環器病センター内科脳血管部門医長)の趣旨は、「不利益がある場合があるので、ER型救急の医療機関の展開と同時に、脳卒中病院前救護も進展させてほしい」とする、ER型救急と既存の循環器の急性期対応施設との併存を求めるもので、否定的な見解ではなかった。
30日の会合での委員の発言は前回から一転、ER型救急の普及に慎重姿勢を示すものとなった。前回は「モデル事業の形がいい」と締めくくった島崎座長自身が、「ER型救急は何十種類ものパターンがある。実態把握が必要ということはその通り」とまとめた。唯一、石井正三委員(日本医師会常任理事)が「前回の議論から戻り過ぎている」と意見したが、座長は「ERの必要性ではなく、試行事業の必要性ということで理解してほしい」と答えるにとどまった。
会合終了後、厚労省の担当者はキャリアブレインに対し、「あらためて(中間取りまとめ案の)記載を整理してみると、『モデル事業とはどんなことをするんだろう』という話になった」と語り、そもそもモデル事業の定義がはっきりしていなかったため、まずは実態把握が必要ということになったとの認識を示した。しかし、委員らの合意を得た後になってから「そもそも論」に戻り、委員の考えと全く違う方向に展開を変えるのはどうなのだろうか。また、「事業実施」と記載する前に、「モデル事業」の意味をはっきりさせておくのが妥当だったのではないだろうか。
■「ビジョン」「安心プラン」に酷似
一方で、今回の中間取りまとめ(案)で目立つのは、厚労相が6月にまとめた「ビジョン」と、7月末に福田康夫首相の指示でまとまった、社会保障に関する「5つの安心プラン」の内容に酷似している項目が盛り込まれた点だ。
類似点は、ビジョンについては、▽小児救急電話相談事業(#8000)の対象を成人にも拡大▽病状に応じて患者を適切な受け入れ先医療機関や診療科に振り分けるなどの調整(管制塔機能)体制の整備▽「救急患者受け入れコーディネーター」の配置▽家庭での緊急時の対応方法の普及-など。また、「地域で夜間・休日の救急医療を担う医師に対する財政的な支援についても検討すべき」との記述も、安心プランと酷似している。
■「議論していない」
しかし、これらはこれまでの議論でほとんど出てこなかったものだ。
会合で座長は、「『管制塔』は初めて出てきたが、これはどういう意味か」と事務局に尋ね、田邉晴山救急医療専門官が「ビジョンに載っているもの」と答えた。電話相談については、藤村正哲委員(大阪府立母子保健総合医療センター総長)が、「この検討会で電話相談事業を正しく位置付けられる議論をしていない。(「事業を拡充することも必要」と)結論めいたことを書くのはどうか」と指摘した。救急医に対する財政的支援では、安心プランに同様の内容が記載されていることを知らなかった座長が、「(財源は)補助金に含まれていると解釈していいか」と尋ね、田邉専門官は、「5つの安心プランを受けて書いているので、限定して書いたものではない」と答えた。
また、ビジョンでは、医師の養成に関して臨床研修制度の見直しを求めている。座長は中間取りまとめ(案)の中の「救急医療を担う医師を取り巻く環境」という項目について、「一般病院で救急医が『専門外』を理由に(受け入れを)断るという。救急の臨床研修システムがうまく動いていないという話もあったので、初期臨床研修教育の見直しも含め、ここに入れてほしい」と述べた。また、救命センターに関する項目で山本保博委員(東京臨海病院長)の、教育の観点から救命センターを大学付属病院にも設置すべきとした意見に対し、座長は「臨床研修制度について先程も言ったので、ここでも卒前教育について入れるべき」と述べた。
■救急拠点病院消える
こうしてこれまで議論されていなかった内容が中間取りまとめ(案)に盛り込まれた上に、前回示された「ER型救急のモデル事業実施」は事実上先送りされた。また、6月10日の第5回会合で提示された「地域救急拠点病院」は消え、7月30日の会合終了後に田邉専門官は記者団に対し、「救急医療を拠点化しようとは考えていない」と述べた。拠点病院については、厚労相が「箱物」にしてはならないとの考えを示している。
また田邉専門官は、中間取りまとめ(案)について、「厚労相の意見と整合性を図っていくのは当然」との認識を示した。それならば、6月18日にビジョンがまとまった後、時間的な余裕があったにもかかわらず、なぜ7月17日の第6回会合の中間とりまとめ(案)に反映されていなかったのだろうか。第7回会合までは約2週間しかなかったが、項目なども含めて大幅に書き換わっている。会合の進行から考えても、前回の会合で示して議論した上で、今回で最終的な取りまとめの調整に入る方が効率もよいのではないだろうか。
こうして内容がころころと変わった事務局案だが、前回も今回共に、委員は大筋で了承した。
■人事が影響か
今回、三浦課長は佐藤課長が立てようとした旗を抜き取る形で、厚労相の意向を取り入れたかに見える。これについて、「三浦氏は前職在任中、厚労相が大学医学部の定員増の意向を示していたのに、各大学などに定員を増やさないよう根回しをしていたので、厚労相の逆鱗(げきりん)に触れた。そもそも医学教育課長から指導課長に異動ということ自体が『格下げ人事』だ。今回の人事で医薬食品局長が飛ばされたため、三浦課長は『次はわが身』と思い、恭順の意を示した」と話す関係者もいる。
検討会の急転回は、国民にとって望ましい救急医療を考えたものとはとても思えない。前回のER型救急のモデル事業実施の提案にしても、今回それを取り下げたことにしても、官僚の思惑が色濃く見られる。厚労相は6月に、「審議会は壮大なる無責任体制」と指摘している。医師の不足や過重労働、訴訟リスクなどに疲弊する医療現場を尻目に、こうした会議はいつまで続くのだろうか。
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