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(投稿:by 僻地の産科医)
産科医療補償制度をめぐり大阪で論議
日医の木下常任理事は「大阪発」強調、理解求める
Japan Medicine 2008年7月23日
http://www.m3.com/news/news.jsp?articleLang=ja&articleId=77542&categoryId=&sourceType=GENERAL
分娩時の医療事故による脳性麻痺児に対する補償金支給を柱とする「産科医療補償制度」の、来年1月からの創設が固まった。これについて、制度を推進する日本医師会と日本産婦人科医会は、運営を担当とする日本医療機能評価機構を通じ、すべての分娩医療機関の制度加入を求めて、今後、説明を活発化させる方針だ。しかし、その一方で同制度について産婦人科医を訴訟リスクから守るという趣旨が反映されていないとする批判が出始めた。現在の制度設計では、産婦人科医の制度参加は1割程度ではないかとの見方もあり、内容の再検討を求める声も出ている。
日医検討会は大阪産婦人科医会提言が契機
産科医療補償制度は、分娩にかかわる医療事故で脳性麻痺となった児と、その家族の経済的負担を速やかに補償することと、事故原因の分析を行い同種事故の防止に資する情報を提供することが基本的な考え方。「紛争の防止・早期解決」「産科医療の質の向上」を目的としている。
日本医療機能評価機構に基金を設け、出産育児一時金(健康保険の現金給付)を3万円引き上げ、その分を分娩医療施設が保険料として支払うことで財源が構成される。
補償水準は一時金600万円を含めて、総額3000万円程度。また、紛争の早期解決、再発防止を目的として原因分析も行う。報告書は当該分娩機関、児・家族にもフィードバックされることになっている。
創設時期は今年度内とされているが、14日に開かれた医療機能評価機構の第1回運営委員会で、2009年1月1日以降に生まれる脳性麻痺児から対象とすることが決まった。制度設計自体は、すべての分娩医療機関の参加を前提にしている。
この制度の考え方自体は、医療事故の無過失責任補償制度の創設を目指した日本医師会の検討会から出発している。また、特に訴訟リスクの高い産婦人科から始めることで、制度論議を成熟させてきた。さらに、この日医検討会は04年の植松執行部時代に大阪産婦人科医会の提言を受けて始まったという経緯もある。
産科医の訴訟リスクは減らない
ところが、同制度に対して現段階で厳しい見方を示しているのが、その大阪産婦人科医会だ。前大阪府医師会理事で、大阪医会のリーダーの1人である齊田幸次氏は、12日に大阪市内のホテルで開かれた平成医政塾勉強会で講演し、制度内容を厳しく批判した。
齊田氏自身は無過失補償制度の必要性を説いてきた推進派で、日医の関連検討委員会でも委員を務めてきた。制度自体は必要だが、現行内容では産科医の訴訟リスクが減らないと強調している。
齊田氏は、同制度の問題点について、
<1>補償金の財源が分娩費に3万円上乗せして確保する「医療保険」に求めることになったが、医療保険は医療に支払われるべきで補償に使われるべきではない
<2>医療機能評価機構内に基金が置かれることは、国の補償制度ではなく第三者(民間)の保険制度と同様
<3>補償数の算定に誤りがあり、それを基本に算定された補償額は低すぎる。補償対象は年間100件程度であり、補償額は1人8000万円程度でも財源運用は可能
<4>原因分析した調査・分析資料が患者側に伝えられることになっているが、それらは訴訟でも使われる可能性があり、訴訟リスクは何も軽減されず、医師側が調査に応じる環境にない
などを指摘する。
その上で、「現状のスキームでは産婦人科医のほとんどが協力しないと考える」と述べ、制度が見切り発車されることに厳しい批判を示した。
大阪医会は時間をかけた検討求める
大阪産婦人科医会には、同制度内容に懐疑的な見方が強く、会員の認識を確かめることを目的に、6月に緊急アンケート調査を実施した。調査は10-20日にかけて、大阪府内の168分娩施設を対象に行い、67施設が回答した。
その結果は、同制度が訴訟リスクを減らすという期待を裏切ったとの印象を強く示した。主な回答結果は、1月からスタート予定の同制度そのものについて、28.4%が「よく知っている」、70.1%が「少しは知っている」として、一定の認識があることは示された。しかし、内容に関しては「民間保険の利用について」で19.4%、「保険料は分娩機関が納める」では13.4%、「保険料は各分娩機関が分娩料を増額することでまかなう」は32.8%が「知らない」と回答。
さらに内容を細かくみると、「自施設では分娩料の増額を円滑に行えるか」では、「可能」46.3%、「困難」43.3%、「不可能」6.0%と対応が分かれた。また、補償対象者の範囲に関しても理解度は半分程度だった。原因分析の結果の取り扱い(裁判にも反映されること)や、補償の水準についても3-4割が認識していなかった。
制度が年度内に創設されることに関しては「知らない」が23.9%。年度内創設を求めるとした回答は22.4%しかなく、65.7%が「時間をかけて検討」することを求めていることも明らかになった。また同制度で裁判が減少すると思うかについては、53.7%が「変わらない」とし、29.9%は「増える」と予測、「減少する」としたのは13.4%だった。
日医の木下氏は「まず一歩」を強調
こうした大阪産婦人科医会の動きを受けて、日医の木下勝之常任理事は、16日に大阪で同医会健保指導者講習会で講演、制度とその運用について説明した。そこでは、同制度が大阪医会の提言から検討が始まったことを強調し、「制度を成功させよう」と呼びかけるなど、理解と積極的な参加を求めた。
ただ、会場からは制度内容に対する危惧(きぐ)も示された。
木下常任理事は、「理想的な制度とはいえないが、まず第一歩として民間の保険制度を活用する方法で産科医療補償制度を立ち上げよう」と決断した経緯、背景について詳細に説明した。
フロアからの質問は、
<1>同制度の分娩医療機関、医師に対するメリットがみえない
<2>訴訟リスクが減るとは考えられない
<3>未払い分娩や救急対応時も分娩医療機関が保険料を負担するリスクが大きい
<4>保険財源300億円に対して給付推計額の240億円の差額処理、事務運営費の内容が不明
-などに集約された。
木下氏は「日本医療機能評価機構内に設置される客観的な原因分析を行う委員会が機能することで、実質的には(妊産婦側が)訴訟を起こす意味はなくなる」として、制度の浸透とともに分娩に関する訴訟自体は減るとして理解を求めた。
制度では、妊産婦側に一時金600万円を給付するが、その後も訴訟を起こせる余地があるため、フロアからは「相手側に訴訟費用を渡すようなもの。訴訟時には一時金の返還を求める制度にすべき」などの意見も示された。またフロアには、医療機関側が納める保険料に関してもシステムに理解は示しつつも、未払いなどの対応で過大な負担増を危惧する声が強かった。
これについて、木下氏は「施設側の負担が過大であれば再検討の対象となる」としたほか、ほかの懸案事項についても意見には耳を傾ける姿勢を示し、制度創設への理解を繰り返し強調した。
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