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(投稿:by 僻地の産科医)
以前もご紹介しました
うつ病(上)プライマリケアにおける様相は複雑 MMJより
の(下)です。(中があったかもしれないけど?)
MMJ2008年6月号から。
どういうわけか、目次が4月から更新されていませんね。
うつ病(下) 自殺の危険の評価
防衛医科大学校・防衛医学研究センター
行動科学研究部門・教授
高橋祥友
(MMJ June 2008 vol.4N0.6 p520-521)
うつ病に関連する最悪の事態として、自殺が生じる危険がある。そこで、最終回として、うつ病患者の自殺の危険の評価について解説する。
うつ病と自殺の危険
図のように、世界保健機関(WHO)が行った調査によると、自殺と精神障害の問には密接な関連があり、自殺者が生前に何らかの精神障害に該当していた割合は9割を超えている。ところが、連切な治療を受けていた人となると、2割程度である。そこで、自殺の背景に存在する精神障害を早期の段階で診断し、適切な治療を実施することによって、自殺予防の余地が十分にあるとWHOは繰り返し強調している。精神障害の中でも、気分障害(うつ病、双極性障害、気分変調症)が自殺と密接に関連している。
表1に一般人□と比較した相対的な自殺の危険を示した。双極性障害の罹患率は単極性うつ病の約1/10であるが、双極性障害のうつ病相では、単極性うつ病の患者よりも自殺率は高い。いずれにしても、気分障害自体の自殺率が顕著である。
自殺の危険因子
表2に自殺の危険因子を挙げた。この中で特にうつ病患者の自殺の危険を評価するうえで注意すべき頂目について解説していく。
自殺未遂歴:これまでに自殺を図ったものの、幸い救命された人であっても、その後、適切な治療を受けられなければ、将来同様の行動が繰り返され、死に至る可能性がきわめて高い。なお、自殺未遂に関しては、判断を誤りかねない次のような点がある。
高所から飛び降りたり、電車に飛び込んだものの奇跡的に助かった人に対しては、死の意図を疑うことはないだろう。ところが、手首自傷、過重服薬といった、直ちに死に至る危険の低い行為に及んだ人であっても、その後、自殺によって命を落とす危険は、自傷行為を認めない人に比べるとはるかに高い。
さらに、自殺未遂直後の感情にも注意を払うべきてある。自殺を図った直後の人というと、抑うつ的であったり、不安焦燥感が強かったりする人を一般には思い浮かべるだろう。しかし、自殺未遂がカタルシス効果をもたらして、外見上は抑うつ的には見えない自殺未遂者も少なくない。自殺未遂について他人事のように語ったり、どこか妙に昂揚した気分でいることさえあるので注意が必要である。
精神障害(特に重複罹患):うつ病患者が同時にアルコール依存症の診断も下されていたり、重症の身体疾患も抱えているといった具合に、複数の精神障害(時に身体疾患)に同時に罹患している、いわゆる重複罹患(comorbidity)では自殺率はさらに高まる。
周囲からのサポートの不足:未婚者、離婚者、何らかの理由で配偶者と離別している人、近親者の死亡を最近経験した人の自殺率は、結婚し配偶者のいる人の自殺率よりも約3倍の高さを示す。
他者の死の影響:同一家系に自殺が多発することがしばしば報告されている。さらに、家族以外にも、知人や他の患者の自殺、事故死、不審死を最近経験したことも、自殺の危険を高める。
事故傾性:自殺は突然、何の前触れもなく起きると一般には考えられているが、それに先行して自己の安全や健康を守れなくなる事態がしばしば生じており、これを事故傾性(accident proneness)と呼ぶ。繰り返す事故が意識的あるいは無意識的な自己破壊傾向の発露となっている。
たとえば、糖尿病でそれまでは十分に管理できていた人が、食事療法も、薬物療法も、運動療法も突然やめてしまったり、あるいは、インスリンを多量に注射したりすることもある。また、腎不全の患者が人工透析を突然受けなくなったり、臓器移植を受けた後に、免疫抑制剤の服用をやめてしまったりした例もある。
一般の職場などでは、まじめな仕事ぶりだった人が、何の連絡もなく失踪してしまったり、性的な逸脱行為を認めたり、いつもは温和な人が酒の上で大喧嘩をしたりするといった行動の変化を自殺に先行して認めることもめずらしくない。
自殺の危険を適切に評価することが予防の第一歩となる。このような因子を検討することによって、自殺の危険を判定していく。患者に自殺の危険を察知したら、ぜひ専門の精神科医からのコンサルテーションや紹介を行ってほしい。
治療の原則
自殺の危険が高いと考えられる人に対応する第一段階は「TALKの原則」としてまとめられる。
Tell:はっきりと言葉に出して相手のことを心配していると伝える。
Ask : 真剣に取り上げるつもりならば、死にたいと思っているかどうかを率直に尋ねても危険ではない。むしろ、それは自殺の危険を判断する第一歩になる。
Listen:徹底的に傾聴する。絶望的な気持ちを一生懸命受けとめて聞き役に回る。
Keep safe : 危険と判断したら、本人の安全を確保した上で、適切な対処をする。
さて、自殺の危険の高い人に対する治療だが、これは精神医学の専門家によって実施されるべきであるので、早期に適切に紹介することを怠らない。薬物療法、心理療法、周囲の人々との絆の回復を3本の柱にすえて、総合的・長期的に治療を計画していく。
薬物療法:精神障害の存在が明らかな場合は、適切な薬物療法は欠かせない。
心理療法:問題を抱えたときに自殺行動に及ぶのではなく、これまでよりも適応力の高い他の選択肢を試みられるように、対処能力の向上を目指した心理療法が重要となる。
周囲の人々との絆の回復:自殺を理解するキ一ワードは「孤立」である。自責感や無価値感があまりにも強いために、周囲の人々から何らかの救いの手を差し伸べられても、自らそれを拒絶してしまう傾向が強く、その結束、ますます孤立を深めている。したがって、周囲の人々との絆の回復を図ることも治療の一環となる。
なお、自殺の危険は一度だけで終わるのではなく、繰り返し生じてくる可能性が高いので、長期にわたるフオローアップが必要となる。
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