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(投稿:by 僻地の産科医)
産科と婦人科2006年10月号から!
特集は「児の予後からみた産科リスク因子」
今日は脳性麻痺で行きます!
どうぞ ..。*♡
児の予後からみた産科リスク因子
脳性麻痺
関 真人
北九州市立医療センター新生児科
(産科と婦人科・2006年・10号(43-53)p1247-1249)
要 旨
脳性麻痺の多くは分娩時のasphyxiaに起因すると従来考えられてきたが,その頻度は10%未満であり70~80%は出生前の因子が関っているとされる.早産の原因の多くを占める切迫早産,前期破水に絨毛膜羊膜炎が関与することが明らかになってきているが,純毛膜羊膜炎が脳性麻痺発症の大きな要因であるとの報告が近年多くみられている.未熟性、子宮内感染、周産期asphyxia等が脳性麻痺のリスクを増す事実が明らかになりつつある.
主な疾患・異常の病態
脳性麻痺は受胎から新生児期までの間に,脳の運動野の形成異常や損傷により,運動と姿勢を制御する能力が損なわれた状態を総称する病態であり,進行性の神経疾患を除くとされている.発症頻度は出生1,000に対し,約2である.成熟児では低酸素性虚血性脳症(hypoxic ischemic encephalopathy;HIE)が、早産児では脳室周囲白質軟化症(periventricular leukomalacia;PVL)が多くの原因を占めるが,原因不明のものも多い.成熟児の脳性麻痺の20%がHIEから、極低出生体重児の脳性麻痺の75%がPVLから発症するとされる。
筋緊張の異常の種類から痙直型,アテトーゼ型,低緊張型,失調型,混合型に分類される.
痙直型は、随意運動をつかさどる錐体路の障害により起こり,筋トーヌスの亢進がみられる.アテトーゼ型は,意識的でない筋の強調運動をつかさどる錐体外路の障害により起こり,筋はrigidityを示し,不随意運動を起こす.
麻痺の身体分布より四肢麻痺Quadriplesia (四肢のばば同程度の麻痺)、両麻痺Diplesia (両下肢の麻痺が強く,上肢の麻痺が軽い),対麻痺Paraplesia (両下肢の麻蝉があるが,上肢には麻痺がない),片麻痺Hemiplesia (右または左の半身だけの麻痺)に分類される.早産児のPVLによる脳性麻痺では痙直性両麻痺の症状を示すことが多い.
知的障害,てんかん、視覚障害,聴覚障害を合併することが多く、呼吸・嚥下機能に問題があることも多い.
発症に関与する産科因子
脳性麻痺発症には,多くの因子が関与し得ると考えられている.表1に、脳性麻痺発症に関与することが推測されている産科因子を示す.脳性麻痺の70~80%は出生前因子により発症すると考えられており,分娩時のasphyxiaが原因に占める割合は10%未満である.図1に、Josephらの示すPVL発症の機序を示す.未熱性をもとに,感染/炎症に伴う児のおかれた高サイトカイン環境や虚血/再灌流がPVL発症に結びつくとされる.
1.未熟性
児の未熟性と脳性麻痺発症のリスクの相関を示す報告が多くみられる.早産児においては,脳血管の解剖学的特徴による深部白質の虚血への陥りやすさ、脳血沈自動調節能(autoregulation)の未熟性,大脳白質の脆弱性等がPVL発註発症に関係する.
2.子宮内感染
絨毛膜羊膜炎が,早産の原因の多くを占める切迫早産,前期破水に関与することが明らかになってきているが,絨毛膜羊膜炎が脳性麻痺発症の要因となっているとの報告が近年多くみられている.表2は,Murphyら9)が報告した脳性麻痺発症例と非発症例の産科因子の分析であり、長期破水・絨毛膜羊膜炎・母体感染が大きなリスクであることを示している.
Rezaieら,Wuらは,絨毛膜羊膜炎がPVLに関与することを示している(表3).胎盤の胎児例の組織学的炎症所見が脳性麻痺に関与することを示す報告もみられる.
炎症による脳性麻痺発症は,子宮内感染に伴い細菌自体が胎児へ及ぶことにより児が高サイトカイン血症になる場合と,子宮内感染が母体の炎症反応を起こし,母体のサイトカインストームの影響で児が高サイトカイン血症になることが考えられている.児が高サイトカイン環境にさらされることが脳性麻痺見症のリスクとなることを示す報告として,Yoonらは羊水中IL6,1L-8高値症例,臍帯血中IL-6高値症例で,それぞれ脳性麻痺発症のリスクが高くなることを示している.
脳性麻痺児の半数を占める成熟児に対するリスクファクターの報告は多くはないが,Wuらは,成熟児においても絨毛膜羊膜炎が脳性麻痺発症のリスクとなると述べている.Neufeldらも,分娩時に何らかの感染があった母体から出生した新生児は,早産児も成熟児もそれぞれ脳性麻痺発症のリスクが高いことを示している.
絨毛膜羊膜良は必ずしも明らかな臨床症状を示さず,母体の炎症反応も軽度であることも多い.また,細菌などの病原体を子宮内から検出できるとは限らず,絨毛膜羊膜炎に伴う切迫早産,前期破水等の症状は炎症性サイトカインによるとされている.臨床の場において,切迫早産や前期破水で入院した母体の管理で,積極的に子宮収縮抑制を行うべきか,子宮収縮抑制を行わずに経過観察するのか、あるいは積極的に児の娩出の方向に向かうか、の判断に悩まされることは多い.酒井は,羊水中サイトカイン,羊水量などを指標にした破水症例の管理方針を提示している.悩性麻痺発症予防を含む長期予後改善のために,FIRS(トピックス参照)の有無などを考慮にいれた管理方針確立に向けた大規模な前方視的研究が望まれる.
3,周産期Asphyxia
Nelsonらはアプガースコアと脳性麻痺の発症の相関を考察している.かれらの報告では、1分あるいは5分のアプガースコアが3点以下の児のうち、95%以上は脳性麻育を発症しておらず,10分で4点以上に回復した児で脳性麻痺発症したのは,1%未満であると述べている.20分のアプガースコアが3点以下の児の約60%は脳性麻痺を発症しているが、脳性麻育児の約75%は5分アプガースコアが7点以下であるとも述べている.
分娩時の胎児心拍モニター上のvariability消失とlate decderationの合併は脳性麻痺発症リスクと相関するが、そのような所見を示した児の99.8%は脳性麻痺を発症せず,脳性麻痺発症を予知するうえで非常に高い偽陽性率を示す.脳性麻痺を発症した児の75%は胎児心拍モニター異常を示しておらず,胎児心拍モニターの導入によっても脳性麻痺の頻度は減少していないとされている.
Biophysical Proming Score (BPS)の評価を用いることで,脳性麻痺の発症率を低下させることができたとの報告がある.Shieldsらは、急性より慢性の胎児ジストレスが脳性麻痺発症の要因になるとしている.
4.多 胎
多胎は脳性麻痺の明らかなリスク因子であり、そのなかでも一絨毛性膜性双胎で有意にリスクが高くなることが知られている.また,一児が子宮内胎児死亡した場合,さらにそのリスクは高くなる.
5.IUGR
IUGRと脳性麻痺との相関を示す報告がみられるへ しかし,IUGRの原因となり得る因子(例えば胎児低酸素血症)が脳性麻痺発症のリスクとなるので,IUGRの脳性麻痺発症に対する独立した予測因子としての意義はまだ完全には解明されていない.
6.母体血液凝固系疾患
母体の凝固系疾患(AT-Ⅲ欠損,C蛋白やS蛋白の異常等)と脳性麻痺発症との相関も推測されている.
7.遺伝子多型
遺伝子多望と脳性麻痺発症の相関を示唆する報告が近年みられ注目される.Catherineらは,炎症性サイトカインであるTNF-αや抗炎症作用のあるmannose-binding lectin (MBL)産生の個体差を生じる遺伝子多型が,脳性麻痺発症に相関することを示している.すなわち,胎児が同じような高サイトカイン環境にあっても,それに対する反応性の個体差が脳性麻痺発症リスクの個体差につながる可能性がある.Nelsonらは,endothelial nitric oxide synthase(eNOS)等の遺伝子多型と脳性麻痺発症リスクの相関を報告している.
8.まとめ
Annaらが提唱している「2-hit仮説]は子宮内の炎症「first-hit」が存在すると、低酸素等の「2-hit」に対する脳の脆弱性が増すというものである.Nelsonらも,予宮内感染とAsphyxiaが合併すると,感染以外のリスク因子がない児に比し明らかに脳性麻痺発症のリスクが上がる事実を示している.
早産を予防する試みとともに,子宮内感染(FIRS)に留意し,Asphyxiaにおちいらない周産期管理を行うことが,後の脳性麻痺発症を下げる一助になると考える.
診 断
脳性麻痺の診断は,おもに臨床所見による.産科歴を含む病歴を参考に,運動発達の遅れ,姿勢の異常,反射の異常,筋トーヌスの異常などの臨床症状から診断する.脳性麻痺は症状が非進行性であるのが原則であるので、障害が進行するようであれば,他の疾患の存在を考慮しなければならない.新生児期には超音波検査法により頭蓋内出血やPVLを診断することで将来の脳性麻痺発症のリスクの推測が可能である.MRIではPVLにみられる白質の容量低下,脳室の拡大,髄鞘化の遅延を診断することができる.Brazeltonの行動評価法より後の脳性麻痺の発症を推測することができるとの報告もある.
治療と予後
治療の大きな目的は、残された機能を最大限に活かすことである.予後は合併症の予防や軽減により左右される.多職種(両親,教師,看護師,医師,心理士,カウンセラー,理学療法士,作業療法士、言語療法士等)によるチーム医療が基本となり,児が示す症状により,装具の使用,薬剤投与,眼鏡・補聴器の使用等をおこなう.装具により,筋のアンバランスを補い,薬剤投与により筋緊張・不随意運動の軽減やけいれんをコントロールする.情緒面や心理面でのカウンセリング,理学療法,作業療法、言語療法,摂食指導も重要である.関節拘縮を示す症例には手術が必要なこともあり,近年,ボツリヌス毒素の筋注を筋緊張症状軽快に用いる報告もみられる.
脳性麻痺に対する根本的治療はなく,長期予後も出生時に大きく既定されることから,周産期管理の進歩による早産防止も含めた、発症の予防が重要である.
一口メモ
FIRS(fetal inflammatory response syndrome)
胎児血中の過剰な炎症性サイトカインが脳性麻痺の原因となるPVLや,慢性肺疾患、頭蓋内出血、虚血性腸炎等の発症に関与するとされており,このような病態をfetal inflammatory response syndrome(FIRS)と呼んでいる.頻度は多くはないが、出生前後を通じ、大きなリスクを指摘されていない児に高度のPVL/脳性麻痺を発症することを経験する.このような児はFIRSの病態にあったことを認識できていなかった可能性もある.切迫早産/前期破水の母体を管理するうえで、児がFIRSの病態に陥っていないかを評価することが脳性麻痺発症予防につながると考える.
(関 真人)
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