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脳性麻痺は、分娩時の障害によるものという考え方が
日本にはまだ根強く定着しています。
胎児心拍のモニタリングという新兵器と厳格なる分娩管理さえすれば
脳性麻痺はなくなるものだと!
脳性麻痺にまつわる裁判の医療側敗訴が80%という高率である
ことをみても、そういった考え方がすっかり根付いているのは間違いないでしょう。
しかし、胎児心拍モニタリングや、MRIの普及によって、
実は脳性麻痺の大部分は胎生期にすでに完成されたものである、
ということが分かってきています。
分娩時障害による脳性麻痺はむしろ10%程度であることは、
モニタリングと分娩監視が先行してしっかり普及した欧米では
すでにむしろ常識になってきています。
表1をみていただければ分かりますが、脳性麻痺の割合はちっとも減りません。
脳性麻痺裁判で不当に敗訴された先生の手記もぜひみてください。
論文を紹介していきたいとおもっています。
正期産新生児仮死と脳性麻痺
朝倉啓文 中林正雄 市川 尚 坂元正一
(周産期医学 vol.31 no.12, 2001-12 p1606-1610)
はじめに
脳性麻痺(CP)の病型は痙直性,アテトーゼ型,失調型,無緊張型,混合型などに区分され,受胎から新生児期までの間に生じた慢性的な脳の非進行性病変に基づく永続的な異常である。てんかんや精神薄弱(mental retardation)がしばしば合併し,これらの児の中枢神経障害は,分娩時のasphyxiaや新生児仮死による低酸素虚血性脳症が直接関連するものと理解されてきた。
1950年代に開発された分娩監視装置による分娩中の胎児心拍(FHR)モニタリングは,分娩時のasphyxiaの発症を早期に把握し,CPなどの中枢神経障害児の出生を減少させうると期待されてきた。しかし,FHRモニタリングの普及にもかかわらず,CP児の出生頻度は一向に減少していない(図1)1〕。さらに,FHRパターンに異常がなく出生した児からもCPは発生する事実も明らかになってきた2〕。つまり,CPの原因は,分娩監視装置の出現以前に考えられていたよりも多岐にわたるもので,現在では,分娩時asphyxiaが直接の原因であるCPはむしろ少ないと考えられるようになっている3〕。
CPの頻度
本邦におけるCPの頻度を大規模に調査した疫学的研究はないが,諸外国では,ほぼ1,000分娩に対して1~2例の頻度が報告されている1・3〕。
マニングらの26,290例を対象とした研究では4〕,妊娠中に生じた原因でCPとなったものが最多で(39%),新生児期,幼児期に原因があったものが32%,先天異常を含めたgeneticな原因によるものが11%,分娩中の原因はわずか8%であった。近年の報告では10%程度が分娩時のasphyxiaに起因する脳障害であるとするものが多い2・3)。
新生児仮死とCP
本邦で新生児仮死とCPとの関連性を調査した報告に,日本母性保護産婦人科医会が行った「全国正期産仮死児調査」がある5〕。先天異常のない正期産児を対象として,1分後アプガースコア4点以下,または,5分後6点以下で出生しNICUに入院を要した児を1年間フォローアップした調査である。本調査の詳細は別紙に譲るが5),本稿では,調査結果の概要をbirth asphyxiaと児の予後との関連性にしぼり解析してみた。
「全国正期産仮死児調査」結果
2年間の調査で,152例の児が新生児仮死としてNICUに入院した。この中の9.9%が中枢神経系の後障害を残し,3.9%が新生児死亡になった。
1. 5分後アプガースコア
図2に示すように,5分後アプガースコアが低値の児ほど予後は悪かった。5分後アプガースコア≦3では中枢神経系の後障害や新生児死亡などの予後不良児になるodds比は3.Oであった5)。
2.分娩時のasphyxiaとアプガースコアと脳障害
分娩時のasphyxiaにより児の中枢神経障害が発生した場合には,ACOGは以下の項目が存在すること強調している6)。
①(測定可能なら)臍帯血ガスは代謝性あるいは混合性アシドーシス(pH<7.O)で
②5分後アプガースコアはO~3点
③新生児には神経学的異常症候(痙攣,傾眠,筋弛緩など)や
④多臓器不全症候(multiple organ failure (以下MOFと略す);心血管系,血液学的,消化管,肺,腎などの機能不全)の兆候が存在する。
そこで,これらの条件を充たした例を分娩時のasphyxiaが存在したものとして,図2のデータを再解析した。図3に示すように,birth asphyxiaがあった児は7例で4.6%(7/152例)であり,明らかに予後が悪かった。
一方,5分後アプガースコアが4点以上でbirthasphyxiaなしと考えらる児にも中枢神経障害の遺残する児があった。
3.新生児仮死に関連する産科因子
新生児仮死に関連して観察された妊娠,分娩中の異常の主なものを図4に示した。birth asphyxiaがあった予後不良例では常位胎盤早期剥離が多く,birth asphyxiaのない予後不艮例には羊水過少と骨盤位の例が多かった(図4)。
4.分娩時の胎児心拍数パターン(図5)
予後不良児でbirth asphyxiaのあったものと,それ以外で,特徴的なFHRパターンは異なり,前者にはprolonged deceleration,後者にはloss of variability(以後LOVと略す)の存在が多かった。
5.新生児の症候(図6)
birth asphyxiaがあった予後不良例は定義から,痙撃,筋トーヌスの低下,意識障害などの神経学的症候や,ショック症状や腎機能不全などのMOFの症状が観察された。一方,birth asphyxiaがなく予後不良であった児ではこれらの症候は少ない傾向であった。また,脳浮腫はbirth asphyxiaがあった例で最も高率で,予後良好な例では少なかった。
Birth asphyxiaによる中枢神経障害
birth asphyxiaにより児の中枢神経障害が招来されるためには,強烈で急激なasphyxiaの存在が必要と考えられる。実際,新生児死亡例全例にbirth asphyxiaが認められ,常位胎盤早期剥離例や,prolonged decelerationの出現する例がbirth asphyxiaのある例に高頻度に発生することが特徴的であった。
このような状況をきたす産科的疾病としては,常位胎盤早期剥離,臍帯脱出,子宮破裂などが代表的なものである。これらの疾病では状態により胎児への酸素供給が完全に遮断されてしまう可能性があり,胎児中枢神経細胞が耐えうる時間は10分程度である7)。Nayeらは,正期産児で低酸素虚血性脳症になった児を調査し,持続性徐脈が生じた時点から30分以内に脳基底核に障害が生じることを報告し8〕,birth asphyxiaにより中枢神経組織障害が生ずるまでの時間経過はasphyxiaの程度が強ければ比較的短時間であることを示している。
そのため,新生児には脳浮腫の合併例が多く,痙撃をはじめ,神経学的症候が出現し,MOFが出現することになる。逆に,これらの急性脳症が出生後1週間以内に発症しなければ,分娩時のasphyxiaは否定される9〕。
いわゆる難産に関連する要因(狭骨盤や分娩停止,回旋異常など)と,birth asphyxiaとの関連性は少なかった。
Birth asphyxiaのない中枢神経障害児
予後不良児にはbirth asphyxiaのない児も存在し,5分後アプガースコア≧7である児から7-1%に予後不良児が発生していた。アプガースコアのみでは,児の中枢神経障害を予知し得ない事実を示すとともに,中枢神経障害の原因を分娩時のasphyxia以外に求めるべき症例と考えざるをえない。
この群の予後不良例には産科的な要因として,羊水過少と骨盤位があった。予後不良例で羊水過少を認めた3例中2例は胎児水腫例であり,残りの1例はIUGR例であった。2/3でFHRパターンにLOVと遅発一過性徐脈が観察されており,分娩前から胎児低酸素状態が潜在していた可能性を類推することができる3・1O〕。羊水過少は子宮内低酸素のため血流再分配が生じ,腎血流量の減少により尿量が減少したためと解釈することができる。
また,従来,骨盤位自体はCPの危険因子として知られている。本調査において骨盤位で予後の悪かった児の多くに常位胎盤早期剥離,LOV,羊水過少などの産科異常との合併が認められていた。しかし,骨盤位の経膣分娩はCPの危険因子にはならないと考えられている。
birth asphyxia以外でCPになる主な原因として,胎生期の脳形成異常や神経細胞の遊走障害などの先天異常,胎児感染,toxin,妊娠中に生じた低酸素虚血症などが考えられる7〕。図7は,先天異常児と予後との関係を調べたものであるが,birth asphyxiaがない5分後アプガースコア≧4の予後不良例に先天異常児の占める割合が高く,何らかの中枢神経異常が胎生期に生じていた可能性も否定できなかった。
胎生期の脳形成異常を把握するためには,中枢神経の髄鞘化がほぼ完成する生後1年半以後のMRIが推奨されており'1),妊娠中における中枢神経障害の発症時期が診断されることがある。
CP発生予防としてのFHRモニタリング
FHRパターン上,FHR baselineとvariabilityが正常で,accelerationが存在すれば,ほとんどの場合,胎児にアシドーシスや低酸素状態はないと考えて間違いない。一方,中枢柚経障害をきたし死に至る場合の,FHRパターンとしてはLOV,頻発する遅発一過性徐脈あるいは変動一過性徐脈が同時に存在する場合,あるいは,これに引き続き徐脈が生じた場合などがあげられる2・3)。しかし,Nelsonらは,異常FHRパターンによりCPを予知した場合,擬陽性率は98.8%にも及ぶことを報告している12〕。
分娩を経過した児がCPであった場合,CPの発生時期は以下の3種類の可能性が考えられる。すなわち,
①分娩前発症
②分娩前に発症した児に分娩時のasphyxiaが加わったCP
③分娩中のasphyxiaが原因のCP,である。
しかし,分娩時のFHRパターンからこれらを識別することは困難である。先述したCPの頻度から考えると,分娩時asphyxiaに起因するCPの頻度は1~2/10,000程度になる。非常に少ない発生頻度であり,分娩時にCPを招来するようなFHRパターンの同定が困難であることは容易に理解される。
おわりに
現在でもCPの発生については未だ不明な点が多く,近年の周産期医療の元でも,CPの頻度は減少せず,ほぼ一定である。この疫学的調査結果から,かえって分娩時のasphyxiaによるCPは比較的少ないという事実が浮き出てくる。残念ながら,分娩時のasphyxiaによるCPを予防する戦略について確実なものは未だ確立されていない。今後,CPのメカニズムの解明により,すべてのCPを予防しうる時の到来を期待しするものである。
文献
1)Stanley FJ :Cerebral palsy trends, Acta obstet Gynecol Scand 73: 5-9. 1994
2)Phelan JP, Kim JO: Fetal heart rate obserbations in the brain-damaged infant, Sem in Perinatol 24: 221-229. 2000
3)Parer JT, King T: Fetal heart rate monitoring: Is it salvageable? Am J Obstet Gynecol 182: 982-987. 2000
4)Manning FA, Bondaji N, Harman CR, et al: Fetal assessment based on fetal biphysical profile scoring.Ⅷ. The incidence of cerebral palsy intesed and untested perinates, Am J Obstet Gyneco: 178: 969-706.1998
5)Asakura H, Ichikawa H, Nakabayashi M, et al: Perinatal risk factors related to neurologic outcome of term newborns with asphyxia at birth: a prospective study, J Obstet Gynecol Research 26: 313-324. 2000
6)American Collage of Obstetricians and Gynecologists: Use and abuse of the Apgar score. Pediatrics 98: 141-142. 1996
7)Meyers RE: Two patterns of brain damage and their conditions of occurrence, Am J Obstet Gynecol 112:246-276. 1972
8)Naeye RL, Lin HM: Determination of the timi㎎ of fetalbrain damage from hypoxia-ischemia, Am J Obstet Gynecol 184: 217-224. 2001
9)Hill A: Current concepts of hypoxic-ischemic cerebral injury in the term newborn. Pediatric Neurol 7:317-325. 1991
10)Ingemarsson I, Herbst A Thorngren-Jerneck K: Long term outcome after umbilical artery acidemia at term birth: Influence of gender and duration of fetal heart rate abnormalities. Br J Obstet Gynecol 104: 1123-1128. 1997
11)杉本健郎,兎満,西田直樹,他:「分娩時仮死は脳性麻痺の主な原因か?―神経外来で経過観察中の脳性麻痺児(者)106例の検討―」,産婦の実際46: 1133-1138. 1997
12)Nelson KB, Dambrosia JM, Tining TY, et al :Uncertain value of electronic fetal monitoring in predictng CP. J New Engl Med 334: 613-618. 1996
はじめまして。小松秀樹先生の「医療崩壊」読みました。産後、頭に血が上りましたが、訴訟しなくてよかったです。こちらを拝見し、低体重でしたので早剥以前にもなんらかの障害があった可能性に思い至りました。知は力なりですね。これからも勉強させてください。
投稿情報: 忍冬 | 2007年7 月15日 (日) 18:18
>忍冬さま
大変な思いをされているんですよね。。。
コメントありがとうございます。
分娩はなかなか思い通りにいかないところが多く、
かかわる医療従事者にとっても毎日が模索の連続です。
>知は力なり
ありがとうございます。そのとおりかもしれません!
前向きなお考えは本当にすばらしいと思います。
知るということによってすこしでも誤解が解け、
すこしでも迷いなく(といっても人生は迷いの連続ではあるのですけれど!)人生を送れるお手伝いができれば、とおもっております。
難しいことですけれど。。。。
でもいつか(気休めに過ぎないかもしれませんけれど)
こういった疾患に治療法ができるといいですね!
私のような一介の医師には無理な話ではありますけれど(笑)。
でも脳性麻痺が治療可能なものであれば、
それ以上いい話はないと思うのです。
なにかお役に立てられそうな情報があれば、またあげていきますね!
よろしくおねがいいたしますo(^-^)o ..。*♡
投稿情報: 僻地の産科医 | 2007年7 月15日 (日) 22:13
僻地の産科医先生、レスありがとうございます。
そして、申し訳ありません!!!私は「元・障害児の母」です。
NATROM先生のページで、障害が元で亡くなったことまで書かなくてもいいかな、
と、「情報の切り出し」をしてしまいました。
うそに対してご厚意をいただいたことになります。本当に申し訳ないです。
死はとても悲しいものですが、私の場合は、肉体的精神的負担は現役の比ではないです。
いつもこころのどこかに、さぼってるな~という思いがあります。
脳性麻痺に対する根治療法の可能性が、まさかお医者様から聞けると思いませんでした。
それをあきらめるところから、療育生活が始まります。
まさかと思いながら下の子と初代新幹線の映像を見ていたら、「なかったもの」を
信じた人がいたからこそ新幹線もできたのだと涙が出ました。
応援しよう、私にできることはと考え、息子に、「お医者さんにならない?」
・・・それってちょっと、悪魔のささやきかもしれません。
ところで、知は本当に力だと思います。理想を言うなら、妊娠からなるべく遠い時期に、
なんらかの出産前教育がなされてほしいです。成人式とか、婚姻届提出時でも、
「世界が100人の妊婦だったら」・・・だと0.何人になっちゃうかもしれませんが、
パンフレット配るとか、できたらいいかもしれません。
とりあえず、機会があれば「精神障害は思春期以降わかることがおおい」という話は
するようにしています。
投稿情報: 忍冬 | 2007年7 月17日 (火) 06:12