(関連文献→)脳性麻痺 目次 ぽち→
なんか、おもしろい文献があったのでo(^-^)o..。*♡
脳性麻痺の訴訟については常々「あんまりだ!」と感じているところが多いのですが、
4000例分娩を扱って2例の脳性麻痺で訴訟というくだりに、
「そうだよね~産婦人科やってるとね~」とちょっとしみじみしてしまいました。
あまり将来の参考にはしたくない(訴えられるのヤダもん)ですが、
なにかの読物としてでもお楽しみください(>▽<)!!!!
医事紛争と経費
―(附)医師からみた法曹界(CP裁判2例を戦って)―
山崎高明
(周産期医学 vol.34 no.12, 2004-12 p1851-1855)
私は二度の脳性麻潭(以下CPと略)裁判を経験し,第I例12年間,第II例6年間を費やした。本稿ではその経験の概略とそれに伴って生じた私の心情を述べたいと思う。
まず患者側(原告)の訴訟にかかる総費用として石川寛俊弁護士1)によれば,弁護士へ着手金が約200万円,勝訴した場合の成功報酬金として,被告から受け取った賠償金総額の10~20%,その他交通費や医学文献購入費などの活動費が10~20万円,専門家の鑑定意見を得るお礼が50万円必要である。これ以外に訴訟提出時の印紙代22万円,控訴した場合の印紙代33万円,裁判所での鑑定費用が約50万円かかるが,勝訴した場合にはこれら裁判所へ納付した印紙代や鑑定費用は,被告側から訴訟費用として全額取り戻せるのである。さらに「訴訟救助」といって,印紙代や鑑定費用など裁判所への支払いについて,法律に基づいて裁判の終了までの間,支払いを待ってもらえる制度があって,低所得であればほとんどの医療過誤訴訟で利用できるので,今後ますますこのような訴訟は増えるものと思われる。
次に被告側の裁判費用は,ほとんど全額日本医師会のほうへ請求するものと思われ,私は全然認識していない。したがって前記の原告側の費用から大体推測していただくものとして,私は自分で実際に支払った法定外支出について記してみたい。
第Ⅰ例:東京地裁(昭和59年11月~平成2年3月)
(1) K弁護士への相談料9回,53万4,000円
(2) お世話になった医師への謝礼4回,18万円
(3) 鑑定意見書依頼ならびに法廷への証人(2人)出廷謝礼34万円
(4) 東京地裁の裁判を神戸地裁で開いてもらうための裁判費用2回分,24万円
合計:129万4,000円であった。
平成2年12月21日の1審判決で全面敗訴し,同年12月27日,東京高裁への控訴費用45万992円,供託金3,400万円を納付し,K弁護士へ10万円,医師への謝礼10万円を支払った。
東京高裁での控訴審(平成3年4月~10年9月)
(1) K弁護士への相談料9回,56万円
(2) 医師への謝礼35万円
(3) 鑑定意見書ならびに鑑定意見補充書謝礼
(私的鑑定書)85万3,O00円
(4) 裁判所への鑑定料(法廷鑑定書)30万円
(5) 英文文献翻訳料63万3,224円
合計:269万6,224円であった。
第Ⅰ例は東京地裁での公判が25回(5年間),東京高裁での公判,法定鑑定人依頼から鑑定書提出まで5年間かかり,その後控訴審は2年間で18回の公判があり,平成10年9月22日和解成立(5,500万円支払条件附き)した。
私は平成9年7月16日,杉本健郎医師23)の「脳障害とその発生時期」なる文献を提出して,CPの脳障害の発生時期は,正期産児とIUGR児の場合は胎生期以前である可能性が高く,明瞭に分娩時仮死と考察されたものは12%にすぎない。したがって2歳以降の髄鞘化が進んだ児の脳のMRI撮像があれば,いつ脳内の病変が発生したかを推測できるので,原告側にMRIを撮って借してほしいと申し入れたが,民事裁判では人権侵害になると相手側弁護士に拒否された。真実を知る方法があるにもかかわらず,それを遮る裁判のルールの不公平さに大変残念に思った。
これさえあれば勝訴できたであろうとの無念さから第2審の判決を求めたが,結局5,500万円支払条件附きの和解判決となったのである。これで私のプライドもやっと保たれたのだが,実はすでに第II例の裁判も始まっていたので,不本意ではあったが,何とかひとつでも早く結審したかったのである。かかった費用の大部分は安田火災から返還してもらった。
第Ⅱ例大阪地裁(平成8年4月~12年5月)
(1) Y弁護士への相談料36万円,その他保険外日当,源泉,消費税として47万1,850円
(2) お世話になった医師への謝礼(7人)30万円
(3) 鑑定意見書謝礼(私的鑑定書)70万円
(4) 裁判準備のための医師会との相談料14万4,000円
合計:197万5,850円であった。
本例は平成12年5月8日大阪地裁で勝訴したが,不本意な訴訟に対して,安易に和解に応じて妥協するより,自分の信念を貫いて勝訴するためには,多少の出費を惜しんではならないと痛感した。
その後平成12年11月30日,大阪高裁でも勝訴し,さらに平成13年7月17日,最高裁でも完全勝訴したのである。勝訴分に対しては安田火災から100万円が返還されたにすぎない。
敗訴したときは,医師側が原告側の諸費用も全部負担することになっているが・第II例は「訴訟救助」まで受けた原告であり・当方が勝訴しても訴訟費用さえも負担してもらえないということは,あまりに不公平だと思われる。
弁護士からは勝訴しただけでも良いのではといわれるが,6年間ものメンタルストレス等を考えると,名誉段損で逆提訴したい心境である。
普通1,000例の分娩に2例のCPが発生するといわれるが,私は約4,000例の分娩を扱い2例のCP裁判に出遭ったことで,全く勤労意欲を失い阪神・淡路大震災以来入院分娩から撤退した。急激に収入が減ったために,税務調査が入り,これら領収書がとれない支出を3分の1くらいに圧縮して経費として計上していたが,税務署からは使途不明金として否認され,弁護士や医師にも迷惑をかけることになった。患者から訴訟されたうえ,さらに税務署からも経費否認されて,非常に腹が立った次第である。
(附)医師からみた法曹界(CP裁判2例を戦って)
私はこの項を書くことを条件に原稿依頼を引き受けたのである。
第I例は,妊娠41週でBPD105mmに達した時点で子宮口が2横指開大し,児頭も軽度固定したので,分娩誘導目的に当院に入院した。約20時間在院し,子宮口8cm開大するも分娩停止し,児頭骨盤不均衡(CPD)を疑いK病院に母体搬送して帝切分娩(4,112g,♂)となったが,新生児仮死は認められなかった。K病院での入院中は痙撃は一度もなく,脳脊髄液中に出血も認められず,頭部CTスキャンも異常なしであった。1ヵ月,3ヵ月健診も異常なく,4ヵ月目に急にてんかん発作のため緊急入院,その後CP,精神発達遅滞も加わり,当院からK病院への転送が遅れたとの理由で全面敗訴した。.
多くの産婦人科医の意見でもなぜ敗訴したか理解できないというものばかりであった。私はこの時点で「脳性麻輝裁判例の多発を憂う」(p.17)の自費出版4)を行い(これは日母の医事紛争全国支部担当者会議で全員に配布された),「当方はあくまで優療の裁判をしているのであって,当方にミスがあれば頭を下げるが,因果関係が認められなければつぐなう必要はないと考える。何も障害児を救うための福祉の裁判をしているのではないと言いたい」と記したが,これをある高名な法律家に見てもらったところ,これは裁判官の心証を逆なでする文だといわれ,心外に思った。東京高裁で法定鑑定人が決まってから,その鑑定書提出までに5年間もの長い時間が空費され
た。東京女子医科大学小児科のF教授は,定年になり,暇になったからとの理由で,5年間も放置した後にやっと書いてくれた。胎児仮死の有無の判定は産婦人科医の専決事項のはずであるが,1例の分娩も実際に経験したことがないにもかかわらず,当方の医療行為が原因と思われる胎児仮死であったと断定して,当方に負の鑑定書であった。
被告側にとっては,敗訴したらその期間の利子までも負担することになるので,鑑定書提出を一日千秋の思いでまっているわけで,このような無責任な医師には鑑定人を引き受けてほしくない、一方の東京女子医科大学産婦人科N教授は,いち早く「正期産仮死児の予後と周産期要因」と題して,多施設における正期産重症仮死児の分娩時の状態と新生児の予後についてのデータに基づいて,本件患児の後遺障害は原因不明とするのが現在の医療水準において妥当であるとの鑑定内容であった。
両鑑定書を比較すると,前者は旧態依然とした先入観に基づいた内容であったのに対して,後者は最新の科学的データに裏付けられた内容であり,両者には歴然とした差があると思われた。
第II例の鑑定医として,東京大学法学部出身で,山梨大学教育学部助教授を経て,筑波大学医学専門学群卒に転科し,第88回日本医師国家試験合格後,産婦人科臨床経験5年しかたっていないT医師が,唯一冊のハンドブックを参考文献として提出してきた鑑定書には驚いた。本人には吸引分娩の経験さえもほとんどなかったと思われるが,頭血腫もなく,頭皮剥離も認められなかったにもかかわらず,暴力的吸引術を行ったと述べてあった。この医師は別件の2~3例の訴訟でも鑑定書を書いていたとY弁護士から聞いたことがあるが,このように法律の知識はあるが,医師としての十分な臨床経験を持たない者が原告側鑑定人となっていることに,今後十分注意を払わなければならない。
法律や裁判の進め方などについて全くの素人である我々医師にとって,弁護士は裁判を進めるに際して必要欠くべからざるパートナーであるが,医師にも専門があるように,弁護士にもそれぞれ得意とする分野がある。また,裁判の具体的な進め方にも個人差があり,我々依頼者の意向を最大限忠実に反映してくれる弁護士を選ぶことが大切である。
私自身訴えられた不本意さが強いあまり,弁護士に無理な注文をして迷惑をかけたことも再々であったが,そのような注文は実行不可能ですと無下に否定されては,こちらの信頼も揺らいでしまう。たとえ無理な要求であっても,そのとおりとはいきませんが,このような方法なら可能ですよと適切な代案を示してもらえば,こちらも納得し信頼も生まれるというものである。また,私的鑑定人の選定にっいても,こちらに任せられても適当な小児科の先生に知已があるわけはなく,このケースならこの先生に依頼してくださいと具体的に指示をしてもらうことで大いに助かった。
このような適切なアドバイスをもらうためにも,やはりCP裁判の経験豊富な弁護士に依頼することが重要であると痛感させられた。
次に裁判官について考えてみると,若い裁判官ほど,弱者救済的色彩が強く,1審の段階では,白,黒の判決をつけたがる。
第Ⅰ例の東京地裁のH裁判長は,私は一度も尋問をうけたこともなく,顔も見たこともない(12年間も裁判が続くと4~5人も裁判長がかわっている)のに,ただ引き継ぎの準備書面を読んだだけで,「初めに○○ありき」のごとく,目の前にこんな気の毒な児がいるから,被告は日本医師会からの保険金がでるのだから賠償してやれというがごとき判決を下されて,私のプライドは丸つぶれにされた(全くCPの病因論的な医学的根拠に基づいていない判決である)。このH裁判長は,別件の2,3の事例でも納得し難いような判決を下しているのを新聞で見たことがあったが,現在は東京高裁の裁判官に昇格され,今度は盛んに和解勧告をしていることが新聞で報じられている。
裁判官も生涯で取り扱った裁判件数を何件処理したかによって評価されるそうなので,地裁では白,黒をつけたがっても,高裁に昇格すると,判決文を書く労力が大変なので,自然に和解勧告が増える傾向のようである5)。
これに反し第II例の大阪地裁のS裁判長は,当方の症例が生後36時間後に痙撃を起こし,夜中にR病院小児科に転送し,その後クモ膜下出血を起こし,結局てんかん,CP,精神発達遅滞も合併した例であったにもかかわらず,Y弁護士からの準備書面を詳細に検討し,双方の鑑定書を公平に吟味してもらえたため勝訴につながった。さらに大阪高裁のN裁判長も1審判決文をさらに補強する判決を下し,控訴審でも勝訴したのである。さらに最高裁では上告が棄却され,当方の完全勝訴が確定されたのである。
私は医師として患者にとって最善の方法は何かということを常に第一に考え,私の行う医療行為の根底にある心構えは「良心」であると思ってきたが,私の2件の裁判経験から感じたことは,医療裁判は医学的に真実を検証する場ではなく,原告側の要求を通すためであれば相手の「揚げ足取り」的な医学的見地からすれば実に填末としか言いようのないことをあげつらう場のあまりに多きに失望させられた。無論,血液型や薬剤の間違いなど単純なミスは決して許されるものではないが,高度な専門的判断の是非を検証する場合に,医学的知識をほとんど持たない裁判官がすべてを決めるという方法がすでに公平であるはずがない。最近の医療訴訟の増加は,決して医療をより良い方向に導くとは思えず,むしろ医師が自分自身を守ることに汲汲とせざるを得ないような状況に追い込まれるならば,患者にとっての最善と考えられる医療の存続自体が危ぶまれることすら起こり得るのではないのか。
現在も結果が悪ければ分娩を扱った産科医の責任であると多くのCP裁判が行われているが,最近の学説では「CPの9割は遺伝的要因と,妊娠の初期から中期にかけて起こる脳構造の発達障害による胎児仮死が原因であり,われわれ産科医が責任を負わなければならない周産期仮死が原因であるものは10%内外でしかない」6.7)とされている。
したがって万一訴えられた場合でも,自分の医療行為が当時の医療水準に達しているとの確信があれば,CP裁判の経験豊富な弁護士をパートナーとして,自分の正当性を堂々と主張していただきたいと思う。
最初にも断ったように私自身,思いもよらぬ被告という立場に一度ならず二度までも立たされ,それまでの私自身の医学に対する信念,己の自戒自負と衿持するところの悉くがすべて根底から覆されたかのごとき事遇に直面した事実,そしてその件に関する「医事紛争と経費」という題での論文を請われたこと,またここにこうして一文を書くに至ったのは,はっきり言って非常に不本意だと言わざるを得ない。
なぜなら,このような裁判というものは,かく闘い,かく勝った(負けた),その費用は,等と,軽々しく論じられてよいであろうか。断じて否である。にもかかわらず,私がなぜこの一文を書く決心をしたか,それは唯一、市井の,ごく当たり前の開業医が誰の顔色を窺う必要もなしに,本心をありのままに吐露することによって,今後は二度と,誰もがこのような裁判にかかわるべきではない,と切望するからにほかならない。自分の後に続く若き医師たちに医学のための苦労は幾ら多く経験されるのも良しとしよう。しかしこのような筋の通らない無駄な労力のために清潔で純粋な魂を汚してほしくない一念からだということをこの一文を読んでいただいた各位にはわかっていただきたい。
最後に病理出身の私(死体解剖資格認定証明書を取得している)としては,ペンシルバニア州立大学病理学教授のRichardLNaeyeM.D.のいう「1989年脳性麻痒の多くは子宮内で生じた不可避的な事象の結果であると報告しており,子宮内においてすでに中枢神経系の機能異常を示す胎児の存在を報告し,その追加報告が最近報告されるようになっている」6)という言説を一番信頼したい、気持である,ということを結びの言葉としたい。
なおこれらをまとめて私はp.176の自費出版8)を行い,これを日本医師会と日本産婦人科医会の医事紛争対策部会ならびにその顧問弁護士にも送付してある。
文献
1) 石川寛俊:医療と裁判,岩波書店,東京,pp89-93.2004
2) 杉本健郎:脳障害とその発生時期.産婦治療68:38-44.1994
3) 杉本健郎:脳性麻痺の発生要因.日母研修ニュースNo.5,日母医報(付録),1999
4) 山崎高明:脳性麻痺裁判例の多発を憂う,自費出版,1993
5) 山口宏,福島隆彦:裁判の秘密,洋泉社,1997
6) Naeye RL :Disorders of The Placenta,Fetus,and Neonate,Mosby Year Book ,1992
7) 坂元正一監訳,矢澤珪二郎,坂元秀樹訳:脳性麻痺と新生児脳症,アメリカ産婦人科医会,アメリカ小児科学会編,メジカルビュー社,東京,2004
8) 山崎高明:我,CP裁判2例をかく戦えり,自費出版,2001
余りに悲惨な現状には...言葉がありません。もっと、まともなヒトはいないのか?と叫びたくなります。
投稿情報: いなか小児科医 | 2007年7 月 5日 (木) 19:15
CPに対して、医学的見地よりも弱者救済を優先するのであれば、
無過失補償制度のような形で、一括で補償すればいいのでしょうけど、
無過失補償制度が始まってもなお、
おそらく訴訟を起こす人はいるだろうし、
弱者救済の判断を下す裁判官もいるのでしょうよ。
今の時代の産科医こそ、弱者なのに・・・。
読んでいて、つらくなりました。
投稿情報: y-gami | 2007年7 月 5日 (木) 23:09