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(投稿:by 僻地の産科医)
奈良・勤務医の時間外手当請求訴訟
当直は「すべてが時間外労働に当たる」と認定
医学ライター・田中 廣
MTpro 記事 2009年4月23日掲載
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/0904/090454.html?ap
宅直については時間外労働とは認めず
奈良県立奈良病院に勤務する産婦人科医2人が,当直と宅直勤務(いわゆるオンコール)は時間外労働であるとして県に未払い分賃金の支払いを求めた訴訟の判決が昨日(4月22日),奈良地方裁判所(坂倉充信裁判長)であった。
判決は,当直に関しては原告側主張通り「待機中を含めすべてが時間外労働に当たる」と認定。県に計約1,540万円の支払いを命じた。一方,宅直については「医師間の自主的な取り決めで命令によるものではない」として,時間外労働には当たらないとする判断を示した。
明らかに労基法違反と指摘
奈良県は医師の当直(宿直・日直)勤務を「割増賃金の適用外である断続的労働に該当する」として,1回2万円の手当てを支給してきた。医師の当直に対して手当てのみの支給ですませているのは奈良県に限らず,全国で広く行われている。「原告の医師2人は当直時に相当の割合で通常と変わらない業務を行っており,こうした労働実態は労働基準法の規定する適用除外の範囲を超えている」とした今回の判決は,大きな影響を与えると予想される。
この訴訟は,2004~05年の2年間の当直および宅直勤務に対する割増賃金未払い分として合わせて約9,230万円の支払いを求めたもので,2006年12月に提訴された。争点は当直勤務に対する手当てのみの支給が労基法に違反しているか否か,宅直勤務は時間外労働に当たるか―の大きく2つであった。
判決は,原告の2人は当直時間の約4分の1は入院患者の緊急手術や外来救急患者の処置など,通常業務に従事していたと推認されると指摘。この実態から考えると,当直は県が主張するほとんど労働する必要がない断続的労働には当たらず,明らかに労基法に違反しているとした。
また,労基法上の労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間であり,実際に診療を行っている時間だけでなく,仮眠を含めた待機中も労働から離れることが保障されていない場合は使用者の指揮命令下にあると判断。当直の開始から終了までの時間すべてが,割増賃金支払いの対象となる時間外労働に当たると認定した。
宅直は指揮命令下にない
県立奈良病院産婦人科では1人体制で当直勤務を行っている。入院患者の異常分娩などや,入院患者と救急患者の診療が重なった場合には1人では対応できないため,同科の医師たちは以前から宅直当番制を敷いてきた。
「宅直と当直は一体のものであり,宅直なくして当直は成り立たない。宅直時の待機時間は労働からの解放が保障されておらず,当然,時間外労働の対象となる」とする原告側に対し,県は「宅直は医師たちが自主的に行っているもので,割増賃金の支払い義務はない」との立場を取ってきた。
宅直勤務について判決は,医師間の自主的な取り決めにすぎず,病院が命じていた証拠はないと指摘。「使用者の指揮命令下にあったとは認められないから,割増賃金を請求できる時間外労働には当たらない」とした。
原告の請求額と判決が命じた支払い額の差が大きいのは,宅直に対する請求が退けられたことと,当直のうち2004年のほぼ10月までの分が労基法による労働債権の時効に当たっていたためである。
今回の判決を受け,原告の2人はそれぞれ次のようなコメントを寄せた。
「一部主張が認められたことは評価したい。しかし,宅直についての主張が認められなかったことは,とても残念」
「産婦人科の医療現場で,かなりの確率で発生する緊急事態に対応するためには,医師その他のスタッフの待機が必要。そのために必要なコストがかかることを,今回の裁判を契機として真剣に考えていただきたいと思う」
医療現場改善の対策が必要
判決後,会見した原告代理人の藤本卓司弁護士は「産婦人科医の労働実態を正面から捉え,当直勤務は待機時間も含めすべてが時間外労働に当たると認めた点で,画期的な判決と言える。しかし,宅直勤務が時間外労働と認められなかったことは非常に不満。6~7割の勝訴という感じだ」と述べた。
同弁護士は,引き続き2006~07年の未払い分請求訴訟が係争中であることを明らかにし,二次訴訟でも宅直に対する割増賃金の支払いを求めていくとした。
訴訟の背景には,「多額の割増賃金が発生する医療現場の労働環境を変えたい」とする原告たちの思いがある。同弁護士は「今回の判決で“手当てで我慢して”という扱いは許されないことがはっきりした。したがって,病院の労務管理体制を根本から考え直す必要がある。現在の医療現場はすべて医師がしわ寄せを被り,勤務医の疲弊は増す一方という構造になっている。この状態を改善する抜本的対策が求められる」と指摘した。
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