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(投稿:by 僻地の産科医)
助産雑誌2008年09月号 ( Vol.62 No.9)から!
特集は 産後も頼られる助産師になろう
「こうのとりのゆりかご」で有名な慈恵病院からの論文です。
産前・産後の支援に取組むというのはこういうことをいうのでしょうね。
もっとやれることはたくさんあるのに、時間と人員がありません(;;)。
出産・育児に悩む女性を支える
医療法人聖粒会慈恵病院 看護部長
田尻由貴子
(助産雑誌vol.62 no.9 September 2008 p782-787)
慈恵病院では,出産前から育児まで継続したかかわりを持ち,母子をサポートしている。「こうのとりのゆりかご」をシンボルとして,親と子のいのちを守り,育て,支援していくさまざまな取り組みを紹介し,専門職である助産師が果たすことのできる役割について考える。
慈恵病院のなりたち
1888年、マリアの宣教者フランシスコ修道会によって待老院(ハンセン病療養施設)が開設され,一般病院,老人ホーム,愛児園(乳児院・養護施設),幼稚園,看護学校などが経営されてきました。慈恵病院は1952年に一般病院として設立され、地域社会に貢絃してきました。そのような変遷を経て,1978年より医療法人聖粒会慈恵病院として運営されています。当院の概要を表1に示します。
地域支援室の経緯
少子化,核家族化がすすむなか、母子保健を取り巻く環境は厳しく,子育ての問題が多発しています。当院ではそのような社会の変化を察知し,2001年より「地域支援室」を設置し,妊娠中からの母子支援に力をいれてきました。表2に示す経緯で取り組みを行ない,現在図1のような「母性ケアシステム」が確立しています。
妊産褥婦へのかかわり
システム全休は妊娠中・入院中(産褥)・退院後の大きく3つの期間に分類することができます。個々の状況や希望に合わせて必要なケアを組み合わせ,継続的に母親,そして家族とかかわっていきます。
妊娠中のかかわり
従来の母親学級を家族の誰もが参加できる教室「エンゼルクラス」と名称変更し、妊娠中から育児を意識した教室としました。今ではご主人はもちろん,家族での参加が増加しています。
入院中のかかわり
集団および個別指導を行ない,母子同室など,それぞれのニーズに沿ったケアを提供しています。
退院後のかかわり
退院後1週間程経過したあと,助産を担当した助産師が自宅へ電話訪問をし,様子を聞きます。そして本人の希望,あるいはEPDS(日本版エジンバラ楽後うつ病自己評価票)の数値が高かった場合,助産師の判断により出産後2週間から1か月以内に家庭訪問を行なっています。また,担当助産師は常時専用携帯を待ち,24時間体制で育児相談を受けていますが,当院での育児サークル(さくら会,エンゼル広場;図2)などもご紹介し、子育て支援をしています。地域に連携が必要なケースは必ず市町村へ文書,または電話で連絡をし,地域でのフォローも依頼しています。
さらに育児の不慣れや不安、疲れ,母乳のトラブル,人間関係の悩みなどに直面し戸惑っている母子を対象に、完全予約制で「日帰りケア」を行なっています。くつろいだ雰囲気のなかで日頃抱えている悩みや不安について助産師がかかわって解決していきます。図3の「ケアシート」を記入してもらうことで有効なかかわりができています。
SOS 赤ちゃんとお母さんの電話相談窓口
「こうのとりのゆりかご」の開設にあたり相談窓口を充実させるため,従来の「SOS妊娠かっとう電話相談」を24時間対応のフリーダイヤルにし、ホームページに公開しました。その結果,件数は10倍に増え全国から相談が寄せられています。内容は「思いがけない妊娠」が多く,女性の無防備さ,男性の無責任さがうかがえます(図4~6)。また,「思いがけない妊娠」のなかでも,「育てられない」「謹にも話そない」「誰も助けてくれない」「1人で悩んでいる」「産まれそう」などの深刻な相談が寄せられています(表3)。
相談事例から考えさせられる思い
公的機関と連携し母子を保護したケース
子どもを連れ,着の身着のままで「ゆりかごに預けたい」と来院されたケースです。住所は不定で,15歳で家出をし,風俗店で働いていました。実家との交流はないとのことで,面談後,熊本県女性相談センターと連携し,母子は一時保護措置を受けました。母親は子どもと一倍に暮らしたいと希望したため,4日後に母親の出身地の児童相談所と連携し,母子寮で自立支援を受けることになりました。
出産後のケア:出産し育てたケース
ホームレス状態で当院に駆け込み,5日後に出産されたケースです。カウンセリング,家族への連絡,家族関係の修復を図り,産後5日目に自宅に戻リました(当院職員が同行)。市の保護課や保健センターの保健師と連携をとりながら,現在立派に子育てされています。
若年者の妊娠
中学生同士で妊娠したケースです。妊娠25週の時に,女の子の友人からの知らせによって両親は妊娠の事実を知ったそうです。女の子は志望校である全日制高校への進学を断念し,世間を気にしながら出産。その後,家族の支えにより子育てをしています。男性側は卒業後も素知らぬ態度で,自分の志望校に進学しています。
特別養子縁組希望者へのケア
当院の相談員が次に示すようなかかわりを行なっています。
【妊娠期】出産まで妊婦健診ごとに面談,安産教室,エンゼルクラスヘの参加,入院の準備(時期・物品)
【分娩期】分娩時の立ち会い
【産褥期】書類作成(出生届,特別養子縁組承諾書など),こころのケア(聖堂で祈ることを含む),
退院指導:①産後の身体の変化,②性教育(STD ・家族計画など),退院時の配慮,退院後の電話訪問,産後1か月健診
その後も電話相談によるフォローを継続しています。
養子縁組をする際,養親も児と同じく5日間ほど入院し,出産した方と同じように育児指導を実施しています。分娩予定者が入院するとただちに連絡をし,米院され待機し,出産を待ちます。
産声を聞いた瞬間の感動はひとしおで,夫婦とも涙を流しながら,どちらが先に抱っこするか,お互い譲り合い写真を撮ったり,我が子を抱いたりといった幸せそうな姿は,ほかのご家族と何ら変わりはありません。
滞在中の主な指導内容を下記に示します。
①面会し抱っこ,母子同室
②休浴指導(個別・集団)見学,実施
③育児指導(個別・集団)
④調乳指導
⑤育児ビデオ視聴
⑥退院時の配慮
(遠方の方へは荷物の配送手配など)
退院後も電話相談などによるフォローを継続しています。養親からときおり,感謝の手祇や写真が送られてくることがあります。
以上,実践例とそのかかわりをご紹介しましたが、この1年間で,「育てられない,預かってほしい」「ゆりかごに預けたい」と初回相談ではっきりと言われた方は15%に上リました。
元来,妊娠・出産は周りの人たちに大きな喜びをもって迎えられてきたものです。しかし,社会の変化に伴い、そうではない方もいるのだということを私たちは認識しなければなりません。「この子(妊娠している我が子)を殺して,私も死のうと考えていました。慈恵病院があったおかげで今の自分があります。お腹の赤ちゃんも救うことができました」と,涙ながらに語られた方もあります。妊娠がもたらす悲劇を拡大してはならないと改めて考える時でもあります。
平成19年度の総相談件数501件のうち「思いがけない妊娠」「中絶に関すること」「出産不安・産後うつ」の相談が232件(46.3%)。そして相談の結果,現在も相談継続中の方もいますが「自分で育てる」と決めた人が36人(16%),「特別養子縁組」をした人が25人(11%),「乳児院」に頂けることとなったケースが5件(2%)でした。
「SOS赤ちゃんとお母さんの相談窓口」では,相談員3名が交替で24時間対応をしていますが,いつも心掛けていることは相良者に寄り添うことです。寄り添って話を聞き,より良い解決策を考え,赤ちゃんもお母さんも幸せになれる方法を探します。初回,匿名で電話相談を受けても,話しているうちに実名化し,来所につながるケースも少なくありません。「事前相談こそが『こうのとりのゆリかご』の本来の目的である」と言い続けたことが実現していると実感しています。
今後の課題
この1年間,出産・育児に悩む女性の相談を受けて浮かび上がった課題は,
●相談窓口を知らない(啓発活動の強化)
●公的機関の限界(時間・マンパワー不足)
●関係機関の連携の希薄さ(育てにくい子など,出生後の連携)
●いのちの教育の充実
(幼・小・中・高校への出張講座,産後の育児指導・家族計画)
●特別養子縁組制度の利用と理解啓もうなどがあります。
この課題は一施設だけで解決できることではありませんが、相談窓口を各々の地域で設け,専門職である肋蛮師ができることから実践していくことが大切であると考えます。
今後,助産師に求められる役割と課題として,周産期のかかわりだけでなく,女性の一生(ライフサイクル)に合わせた伴走者であって欲しいと願っています。出産を迎える家族には、生命誕生という神秘で厳粛な場面で最大の喜びを感じて欲しい,そのために私たちは,今後も妊娠・出産が感動を味わう瞬間として提供できるよう,日々努力して参リたいと思います。
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