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(投稿:by 僻地の産科医)
MMJ2008年10月号からo(^-^)o ..。*♡
今回の井上先生の連載は、産科医無過失補償についてです。
前回お会いした時に、
「僕、あれ徹底的に調べてまして、言いたいこと満載なんだけれど、
産婦人科医の先生方、あんなんでよろしいのですか?」
と訊かれました。
事故調の方にばっかり筆がすすんでごめんね~と仰っていたので、
ギリギリの時期でのこの記事、とてもありがたく感謝しています(。・ ▽ ・。)
では、どうぞ ..。*♡
産科無過失補償への不安
井上清成
弁護士、医療法務弁護士グループ代表
(MMJ October 2008 vol.4 No.10 p884-885)
無過失補償制度の開始
2009年1月から産科医療補償制度がスタートする。アメリ力・バージニア州の分娩に関連する神経学的後遺症を対象とする無過失補償制度をモデルとし、日本流にアレンジしたものらしい。ただ、そのアメリ力では必ずしも十分に機能していないと聞く。日本ではどうであろうか、不安を免れない。
最大の注目点は、「紛争の防止」という目的(標準補償約款第1条)に寄与できるかどうかであろう。訴訟その他の医療紛争を誘発する恐れがあるからである。
法的安全弁の不備
各国の無過失補償制度は、訴訟を誘発させないようにする法的安全弁を、それなりに備えているように思う。たとえば、モデルとなったアメU力の制度では、無過失補償をもらうならば訴訟はできないし、訴訟をするならば無過失補償はもらえない。それは患者の選択にゆだねられる。ニュージーランドの無過失補償は、医療に限らない。事故賠償は広範囲に、無過失補償一本の法律を制定し、そもそも訴訟をできなくしてしまった。スウェーデンの無過失補償には、訴訟制度自体にその隠された仕掛けがある。つまり、無過失補償でもらえる金額と損害賠請求訴訟でもらえる金額とを、後者から慰謝料を外したり損害賠償金額を低額化したりすることなどによって、ほぼ揃えてしまった。これにより訴訟のインセンティブを無くしたのである。
ふり返って、これから開始する日本の産科医療補償制度には、アメU力方式のような、もしくはニュージーランド方式のような、またはスウェーデン方式のような法的安全弁が何ら備えられていない。もっぱら制度の運用の中で、事実上、訴訟の誘発を防ごうとしているようである。
訴権の侵害?
それが何故なのかについて、ある法律の専門家が憲法32条(何人も裁判所において裁判を受ける権利は奪われない)との関連で法的見解を述べたことがあるらしい。「補償金を支払うかわりに裁判を受けさせないということは訴権の侵害に当たると解釈される」という趣旨の話のようである。しかし、その解釈は、当を得たものではないように思う。
確かに、予防接種や労働者災害のような国家制度としての無過失補償制度だったとしたならば、それこそニュージーランド方式のように法律で訴権を制限でもしなければ、アメリ力方式のような訴権制限をしてはならない。しかし、日本の産科医療補償制度はあくまでも民間の制度であるから、和解による訴権制限は可能である。ただ、民間の制度といえども、もしも、いわゆる生命保険のような妊産婦側の直接加入・直接保険料支払い方式を採っていたとしたら、やはり訴権制限はできない。いわゆる生命保険金のような法的形式の補償金は、損害賠償とは全く別の性質のものなので、それとリンケージさせた和解は筋加速らないからである。しかし、開始されようとしている産科医療補償は、いわゆる生命保険のような形式ではなく、医師賠償責任保険と同様の損害保険のような形式に近い。保険加入しているのは産科医療機関側であり、保険料を支払うのも補償金をもらうのも、法的にはあくまでも産科医療機関側なのである。この場合には、医賠責を使って患者側と和解するのと同様に、産科医療楠償での補償金を使って和解することを禁じられる理由はない。
したがって、アメリカ方式のように補償金受領と訴訟提起の選択制を採ったとしても、訴権侵害とはならないと考えられよう。
紛争を防止できる事例は?
ところで、事実上、制度の運用で紛争を防止できそうな事例パターンもある。それは、審査委員会の審査を通って補償金が認定され、かつ、原因分析委員会の医学分析で過失なしと推測される内容の報告書が妊産婦側に交付された事例である。そのような場合だけは、妊産婦側としても、補償金は得たし、かつ、過失も無さそうだから、あえて訴訟を起こそうとはしないであろう。
しかし、審査委員会で分娩後の感染症などの理由によって補償金を認定しなかった場合には、事情が一変し、訴訟その他の医療紛争を誘発しかねない(ちなみに補償を認定しなかった場合には原因分析委員会に回らない)。また、審査委員会で補償金を認定し、かつ、原因分析委員会の医学分析で過失ありと推測される内容の報告書が妊産婦側に交付された場合も、訴訟その他の医療紛争を誘発しそうに思う。補償金が3000万円のところ、訴訟で見込まれる損害賠償金は優に1億円を超えるからである。あえて訴訟に向かう十分なインセンティブを与えてしまっているように思わざるをえない。
結局、紛争を防止できそうな事例パターンは狭く限られ、逆に紛争を誘発しそうな事例パターンが多くなっていると考えられよう。
納得の上でのスタートを
補償金が認定されない事例パターンには、妊産婦側の選択にゆだねるアメリカ方式は無力である。かといって、過失ありか推測される事例パターンに有効なニュージーランド方式は、現行の日本の司法制度からかけ離れ過ぎてしまい非現実的であろう。スウェーデン方式も同様である。そこで、理想としては、スウェーデン方式を修正した方式が望ましいと思う。それは、国家制度としての無過失補償制度を国民営保険制度と表裏一体のものとして導入しつつ、かつ、民事軽過失免責の特別法を制定して、重過失についてだけに現行の医陪賓を付帯させるという抱き合わせ方式である。
いずれにしても、産科医療補償制度は、大いなる試行である。やはり、現在はまだ100%の産科医療機関は加入していないらしい。すでに述べた「紛争の防止」の観点だけでもそうだし、その他の諸観点でも難しい問題が伏在している。だから、悩んだまま末加入の産科医療機関があっても、むしろ当然であろう。しかし、100%加入ではない状態で強行実施すれば、大変なトラブルが発生してしまう恐れがあることも明白である。したがって、これから制度開始までの間、再び十分な議論を行って、場合によっては制度を改善し、そして、医療者すべてが納得できるものにしていくことが望ましいと思う。
全く同感です、じっくり議論する場がほしいです。産婦人科医会の少なくとの地方部会では全く議論はなされていません。
投稿情報: 産婦人科医 | 2008年10 月30日 (木) 20:55