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(投稿:by 僻地の産科医)
8月30日号の医事新報から!
プラタナスと地域を守る活動の2つの記事をどうぞo(^-^)o ..。*♡
住民全員が「当事者」意識を持つことが
地域医療再生の鍵
城西大学経営学部准教授
伊関友伸
(日本医事新報 N0.4401(2008年8月30日)p1)
全国で医師不足が深刻な問題となっている。特に、地域医療を担っている地方の自治体病院で医師不足が目立つ。全国の医師不足問題を見ていると、自治体病院を巡る医師と住民の間の意識の壁が大きな影響を与えていることを感じる。連続32時間勤務が当たり前という医師の過酷な勤務状況に対して、住民の理解はあまりに少ない。軽症でも深夜救急外来で受診をする「コンビニ医療」は、その象徴的なものだ。患者の多くは普通の人で、特に悪気もなく医療を受けている。医療現場に対して敬意を払わない行動をする人の数が増えており、その態度は悪化してきている。
本来、自治体病院は「公」の病院であり、地域住民の全員の病院として大事にすべきものである。しかし、「公」の病院ゆえに、誰もが自分勝手に振る舞ってよい場所になっているのではないか。筆者の嫌いな言葉の一つに、一部の住民の「税金で養ってやっている」というのがある。医療現場で献身的に働いている医療スタッフの努力に対して敬意を示せない住民の意識を象徴した言葉であると考えている。自分の都合しか考えない人たちしかいない地域に、医師は勤務したいとは思わない。それは住民1人1人が医師の立場になったらどうかと考えれば当たり前のことである。
筆者は、医師不足問題は、地域社会の病理を浮かび上がらせる「試験紙」であると考えている。住民は、地域医療の「当事者」であるという意識を持たず、病院にすべて「お任せ」で、起きている問題について本気で考えない。批判はするが、自分からは何も行動しない人たちばかりという状況が、地域から医師を立ち去らせる原因になっている。
その中で、住民が「当事者」意識を持って、地域の財産である医師を大切にしようという動きが出てきている。兵庫県丹波市では、母親らが結成した「県立柏原病院の小児科を守る会」が、「お医者さんを守ることが、子どもを守ることにつながる」という考えに立ち、子どもの病気について学び、軽症での休日や夜間の受診を慎もうという運動を行っている。その結果、小児科の時間外受診は大幅に減り、新たに運動の理念に賛同した小児科医3人が病院に勤務することとなった。千葉県山武地域では「NPO法人地域医療を育てる会」が、医療関係者と一緒に地域住民への啓発活動や若手医師の研修の手伝いをする試みをしている。
医師という医療資源は泉と同じである。自分勝手に汲み上げ続ければ、泉の水は涸れる。住民が「当事者」意識を持って、医師という地域の財産を守る行動をしなければ、自治体病院、そして地域医療の崩壊は防げないだろう。
コンビニ受診をなくそう!
小児救急を守る患者と医師の取り組み
(日本医事新報 N0.4401(2008年8月30日)p18-21)
救急搬送患者は10年間で1・5倍に
消防庁の調べによると、平成8年から18年の10年間で年間の救急搬送人員は324・7万人から164・8万人(51%)増の489・5万人へと増加。
同時に、搬送される軽症患者も162・8万人(全搬送患者の50%)から254・6万人(52%)へと増加し、救急医療現場の大きな負担となっている。
厚労省「ビジョン」で受診の適正化が課題に
「昼間は仕事がある」「夜間の救急は空いている」などを理由とした身勝手なコンビニ受診を控えようという動きが今、全国的に広がりつつある。
厚生労働省が6月にまとめた「安心と希望の医療確保ビジョン」でも、「夜間・救急利用の適正化」を検討課題の1つとして明記。救急車の適切な利用の普及・啓発や小児救急電話相談事業(#8000)の高齢者を含む成人への拡充の検討などを進める方針が盛り込まれた。
兵庫の母親たちの活動がモデルに
こうした取り組みの先駆的な例として全国から注目を集めているのが、兵庫県丹波市に住む子育て中の母親たちが結成した「県立柏原病院の小児科を守る会」の活動だ。
守る会は昨年4月、県立柏原病院小児科医の和久祥三氏が、地元紙の丹波新聞に「同科の医師2人のうち1人が院長に就任し、現場の負担が増大」「医師の補充がない場合は自身も同病院を辞める」など、窮状を訴える「SOS」を発信したことに危機感を覚えた母親ら有志によって結成。
開院への小児科医招聘を求める署名活動を進める一方で、「こどもを守ろう」「お医者さんを守ろう」「コンビニ受診を控えよう」を合言葉に、地元の保護者らに対する啓発活動を行ってきた。
こうした活動が功を奏し、同病院には20年4月、2人の小児科医が赴任。さらに6月にもう1人の医師が赴任し、現在では和久氏と院長を含めた5人体制で小児科を運営している。
また、舛添要一厚労相は同会の活動に対し「これこそが地域医療の崩壊をくいとめる住民からの大きな運動。このような運動が各地に広がるようにがんばりたい」とのメッセージを寄せ、今年7月には自ら現地の視察も行うなど、地域医療再生のモデルケースとして大きな期待を寄せている。
患者の立場で「適切な受診方法」を発信
守る会の取り組みの大きな特徴の1つが、子どもによく見られる症状ごとに受診の目安を示した冊子などを用いて、患者・家族自ら「適切な受診方法」を発信したことだ。
小児救急の場合、「コンビニ受診を控えよう」と呼びかけても、保護者である親がどんな時に受診すればいいか分からず、不安から「とりあえず」救急受診をしてしまうといった例が少なくない。
こういった状況に対し、守る会では小児科医の監修の下、受診に迷った時にどうすればいいかの目安を示したフローチャート(図1)を作成。
例えば「発熱」の場合、
①熱は何度あるか
②赤ちゃんは生後何カ月か
③普段との様子の違いはあるか
―などの情報に基づいて分岐をたどると症状の緊急性が一目で分かるなど、受診の目安となる情報を提供し、患者自らの手による「患者教育」を実践している。
病院側「理想的な形」守る会「実感ない」
柏原病院の小児科医でチャートの監修も手がけた和久氏は、こうした守る会の活動を「医療資源をどうやって守っていくかを患者と医療者がお互いに考えられるようになった理想的な形」と評価する。
「#8000や病院看護師への相談など、受診前のクッションになる情報も案内してくれているので、実際に来てしまうという行為をかなり抑制してくれているのでは。逆に我慢して本当にひどくなってから受診するお子さんを減らす役にも立っていると思います」
実際、柏原病院の月別時間外受診件数(図2)を見ると、守る会が活動を開始した19年度で件数が大きく減少している。18年度から丹波市で始まった小児救急輪番制の影響も考えられるが、守る会の活動は着実な成果を挙げていると言える。
医療界から「革命的」と称される守る会の活動だが、代表を務める丹生裕子氏は「実感がない」と戸惑い気味。ただ、小児科医の招聘という当初の目的が達せられた今も、活動に対する姿勢は常に前向きだ。
「内科や脳外科などでも医師は減り続けており、柏原病院自体存続できるかどうかというところ。これからも住民に呼びかける啓発活動を続けていきたい」
小児科学会ではWebサイトを作成
患者向けに受診の目安を示すという試みは、医学界でも進められている。
日本小児科学会(植田俊平会長)は平成16年にWebサイト「こどもの救急」(http://kodomo-qq.jp/)を作成。子どもの症状と状態をクリックして選ぶだけで、受診が必要かどうかを即座に確認できるサービスを提供している。
制作者の一人で、東邦夫大森病院小児科准教授の松裏裕行氏は、サイトを作った狙いをこう説明する。
「このサイトができるまでは、『風邪の可能性が高いが肺炎も否定できない』『髄膜炎が合併し得る』など万が一のことを強調するものが多かった。一方で、救急にいらっしゃる方のほとんどはその日のうちに帰れる軽症例。『これなら受診しなくても大丈夫ですよ』とお母さんの不安を取り除く情報を提供する必要があると感じました」
そのため同サイトでは、「明らかに救急車を呼ぶであろう重症例」は思い切って削っているという。「例えばお子さんが『頭から熱湯を被った』という時にパソコンを開く親はいません。発熱などの一般的な症状で受診するかどうか迷う時に、『受診しなくても大丈夫』という裏付けにしてほしい」と話す。
携帯版作成や電話相談との連動「今後の課題」
考え得る一般的な症状をほぼ網羅しており、「病気としてはほとんど漏れがない。これ以上増やすと不安を与えるような情報が増えるだけ」とサイトの内容に自信を見せる松裏氏が今後の課題として挙げるのが、「携帯用サイト」の作成や#8000との連動だ。
「今も毎月2000件ほどのアクセスがあるが、若いお母さんたちはパソコンよりも携帯サイトを見る。もっと情報をコンパクトにした携帯用サイトがあれば、よりアクセス救が増えるのではないか。それと、#8000の相談員の看護師さんたちがこのサイトを使ってお母さんたちを上手に誘導できるようにならないかとも思っています」
救急医療に必要なのは「病・診・患」の協力
小児救急の現場を守るための方策として、板裏氏は「病院」「診療所」、そして「患者・家族」の連携の必要性を強調する。
「『勤務医だから』『開業医だから』と垣根を作る時代ではなくなっていると思います。病院が救急対応できなくなれば夜間・救急の紹介先がなくなり、地域で共倒れになる。同様に親御さんも『さあ診ろ』という姿勢ではいけない。受診して終わりではなく、家での看護に必要な知識を身につける努力も必要です」
実際、大森病院のある東京都大田区では、18年から小児科の輪番制を廃止し、地域の開業医が大森病院に集まって平日夜間の1次救急を担当する「大田区子ども平日夜間救急」を開設。さらに同病院では都の委託事業として、今年6月からは専門看護師による「小児救急トリアージ」のモデル事業も実施している。
「『小児救急をみんなで守ろう』という熱意があったから、個別の都合を排した協力体制が構築できた。『俺が』『俺は』とそれぞれが勝手なことをやって、一番困るのは患者である子どもたちですからね」
救急医療の危機的状況は、決して小児科だけに限った話ではない。しかし、いち早く危機的状況に注目が集まった小児救急での取り組みは、救急医療を救う試金石となるはずだ。
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