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コメント

鶴亀松五郎

判決の前後で気になったことがあります。
本質的なことではありませんが、ご遺族のことです。

判決が下る直前の家族のコメントの新聞記事、判決中の家族の描写、判決後の家族の会見、福島県に出した要望書の中の家族の名前。

出てくるのは、全て亡くなった患者さんのお父様だけなんです。患者さんのご主人が出てこない。
大淀事件の時(まだ、判決前ですが)は、ご主人も出てこられましたね。

どうしてなのかな、と不思議な気がしました。

佐藤大介

高校の教員です。本校は医学部進学希望者が多い学校です。この事件に関する記事を進路指導に役立てています。医学の現状を生徒に知らせ、進路を考えさせるようにしています。医者は大変な職業であること、責任が重い反面、失敗したときの社会の批判が大きいこと、裁かれる側ではなく裁く側になった方がよいこと、等を伝えることで、安易に医者などになるな、と指導しています。

僻地の産科医

医師に限らず、全ての職種でいろいろなリスクがあります。

例えば、理学部にいってもつぶしのきかない、大学にも残れない、研究職にもありつけない。実態はどこかの企業で全然研究とは関係のないことをやっていたりする。そういう方々も多いです。

文系、多くの人たちがやはり関連職につけません。志が大きいのもいいのですが、志が大きすぎて海外留学で泊をつけようともがいた挙句、あんなに優秀だったのにニートみたいになっている人たち(それでもアルバイト職のようなものには就けない。プライドと学歴が高すぎる)もいます。

法学部。ほとんど司法試験に受かりません。司法試験くずれの法学部ニートは社会に恨みを抱きながら気分を変えることが出来ずに、中途半端なエリート意識と挫折感を背負いながら生きて生きます。
きちんと整理がつけられるならまだしも、やはり司法試験崩れの人たちは大変だと思います。

その点、医学部はくいっぱぐれはありません。
職業的には本当の所、職人であり、高校受験とは違って答えも出ないし。みんな医師として一人前の腕を身につけたあとは、それなりに生きていけます。
医師免許さえ取り上げられないのであれば、どこでどんな(それが意に染まない結果であっても)風でも、前科つけられても医師として食べていけます。

高校の同窓会には成功者しか現れません。でも、下手に研究職・司法試験を目指させるのもいかがかと思います。
進路選びは難しいですが、医学部に入ってしまえば、(まぁ入るのは難しいですが)90%は医師になります。

でもムリムリ入っても、(私の大学はレベルが高いといわれる大学ですので、別にどうって事はなかったですが)私学なんかだとやっぱり医師になれずにいなくなっていく方々も多いようです。

入ることが目的ではないので、ムリムリの人は入れないであげてください。
身の程を知り、社会情勢にあったところに入るのが一番だと思います。

僻地の産科医

やっぱりその点、医師は社会的にはまだ恵まれています。
私のうちは医師ではないだけ、そう思います。過労死しそうになっても、うつになっても、それでも乗り切っていけて、別に次の就職口にも困らないからです。

過労死しそうな職は全国いたるところにあると思います。まぁ勤務医の実情と同じくらいの働き方というと、他の業界ではトラック運転手と同じくらいだと評されていますけれど。(本当に過剰労働ですが)

体力・気力さえあれば(逆にない人には勧めません)人生的にはお金も、報酬と学歴に見合わないだけで、ただ比べている相手が「成功した一部の人たち」と比べて低いと叫んでいるわけですから、世間知らずな面も無きにしも非ずではあります。

わかりますか?

ただ、私たちがいいたいのは、普通に仕事をしていて、病死するリスクがある人を最初から見てるのに、交通事故(←健康な人!)と同じ法的扱いはひどいし、そもそも大野事件は「病死」だと主張しているわけです。それは手術しなくても病死した症例で、手術してちょうど手術中だっただけで捕まったと産婦人科医の多くが認識している冤罪事件です。

ただこういった症例は、株取引などの現場でもあるようで、「法的になんら問題ない」のに逮捕されてしまうような状況だって(社会が騒がないだけで)あります。

鶴亀松五郎

佐藤大介さま。

>医者は大変な職業であること、責任が重い反面、失敗したときの社会の批判が大きいこと、裁かれる側ではなく裁く側になった方がよいこと、等を伝えることで、安易に医者などになるな、と指導しています。

おしゃっていることの趣旨と根拠がよくわかりません。
医者を裁く職業についたほうが良いということでしょうか。

いま、社会的に批判されているのは、故意でない診療関連死を裁判にする警察と検察でないでしょうか。
大手マスコミの根拠の無い”社会的批判”もどきの記事を真に受けてしまうと、本質を見失います。

また、安易な医療裁判化は医療安全に繋がらないことも、多くの医療関係者や一般市民からも批判されています。
まちがった医療裁判が起きないなする世の中にしなければなりません。

むしろ、大手マスコミの根拠ない記事に惑わされずに、間違った医療裁判は意味がないことを、医学部志望の受験生に教えて、誇りをもって医者になるように勧めるのが高校教師のつとめかと思います。

医学部志望者にとって一番良いのは、誇りを持って臨床の現場で働く臨床医の言葉だと思います。

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