(関連目次)→大野事件
(投稿:by 僻地の産科医)
ここまでのニュースですo(^-^)o
産婦人科医「無罪判決」 「大野病院事件」はなぜ注目されたのか
J-CASTニュース 2008年8月20日
http://www.j-cast.com/2008/08/20025437.html
帝王切開手術で女性を失血死させたとして、産婦人科医が業務上過失致死罪などに問われた「大野病院事件」で無罪の判決が言い渡された。刑事責任を問われるのでは医療現場が萎縮するといった医師らの反発の声が相次ぎ、この事件がきっかけで産科医不足が加速したといわれる。新聞、テレビなどマスコミが大々的に報道したのはこうした背景があるからだ。
「当然の判決結果」と日産科医会がコメント
福島県大熊町の県立大野病院で2004年、帝王切開で出産した女性(29)が手術中に失血死した事件で、業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医加藤克彦被告(40)は08年8月20日、無罪判決を福島地裁で言い渡された。女性は胎盤が子宮に癒着していて、帝王切開後にはく離した際に大量に出血し、出産後に死亡した。最大の争点となったのが、「過失」か、それとも「通常の医療行為」だったのかだ。
無罪判決を受けて、加藤医師を支援していた日本産婦人科医会の寺尾俊彦会長は、「本件は産科医療の基本的な日常診療のなかで、正当な医療行為をしたが、残念ながら力が及ばなかった不幸な事例であるとの見解から、刑事責任を問うことはできず、無罪以外の判決はあり得ないとの認識でしたから、当然の判決結果であると思います」「このような事例に刑事罰を適用することは医療現場を萎縮させるだけで、再発防止には繋がりません」とのコメントを発表した。約1年4カ月におよんだ審理は医師の主張が認められた形で幕を閉じた。
現代の医療では手術が100%の確率で成功することはなく、予見不可能な事態も起こる。通常の医療行為をしても、「逮捕」になりかねない。さらにお産の場合は、健康な女性が一転して様態が悪化することもあり、医者と患者間でトラブルが起こりやすいとも言われる。
事件きっかけに「産科離れ」が起きる
この事件をきっかけに、産科医を目指す若者が減ったり、小さな病院では分娩の扱いをやめたりといった全国的な「産科離れ」が起きた。厚生労働省が08年3月25日に発表した産科医療機関調査によると、1月以降に分娩を休止・制限した医療機関は77か所にも上る。施設だけでなく、産婦人科医の数も減っている。04年は2万326人だったのが、06年12月31日時点では1万9184人で、千人近くも減った。医師が逮捕、起訴されたのとほぼ同時期に減っていて、影響は大きかったようだ。
逮捕後、医師らの反発は大きくなる一方だったが、それによって第三者の立場で死因を究明する国の新組織「医療安全調査委員会」(仮称)の論議を促すことになった。厚生労働省では2011年のスタートを目指し、08年6月に設置法案の大綱案を公表した。9月の臨時国会に提出する予定だ。患者が死亡して医療事故の疑いがある場合、警察に代わって医療機関からの届け出を受け付ける。医師や法律家らでつくる調査チームが関係者からの聞き取りや調査を行い、報告書を作成する。その際に標準的な医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡だった場合には、新組織が警察に通知する仕組みだ。一方で、医療事故として委員会に届け出る基準や、調査チームが警察に通知する際の基準をどう明確にするかという課題は残されていて、業界内で議論が加速しそうだ。
産科医
47NEWS 2008年8月20日
http://www.47news.jp/47topics/2008/08/post_130.php
遺族の感情を優先して考える風潮を戒める判決が20日、福島地裁から出た。4年前、帝王切開で出産した女性が手術中に死亡し、それから1年以上たって担当した医師が業務上過失致死と医師法違反の疑いで逮捕された事件。判決は無罪だった。
→判決要旨
医師不足に悩む地域医療。それに追い討ちをかけたのが、この福島の出来事だった。産科医たちの間に「こんな目にあうんじゃ、もうやってられない」と事なかれ主義を呼び起こした。産婦人科医を希望する医学生が減ってしまった。「産婦人科」の看板から「産」を削除し「婦人科」専門のクリニックに転進するドクターも増えた。この判決が、行き過ぎた医療ミス弾劾の流れを考え直すきっかけになればいいと思う。
確かに遺族の落胆はある。法廷では、亡くなった女性の父親が、無罪と聞いて肩を落としハンカチで目元をぬぐったという。
しかし、医師が善意の医療行為を尽くしても命を救えないことはある。「それを注意義務違反と言われて罪に問われる時代になったのか」「難しいお産は別の病院に回してしまったほうがいい」--全国の産科医の間に広がる事なかれ主義に歯止めをかけなければいけない。「萎縮医療」などという寂しい言葉は追い払わなければいけない。
「そもそもメディアにも責任がある」。医師たちの不信と戸惑いは、遺族感情に偏りがちな私たちの報道姿勢にも向いている。
産科崩壊 女の敵は女 NHK飯野奈津子解説委員は「大野病院事件は『事故』」と明言 「極めてまれな病死」でも「医師に責任」という論調 NHK時事公論「産科事故判決の課題・刑事責任は問えるか」@7/21
天漢日乗 2008-08-21
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2008/08/nhk_nhk721_471c.html
控訴しないことを強く要請―産科婦人科学会
キャリアブレイン 2008年8月20日
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/17735.html
福島県立大野病院事件の無罪判決を受け、日本産科婦人科学会(吉村泰典理事長)は8月20日、「本件判決に控訴しないことを強く要請する」などとする声明を発表した。
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用語解説「医師法21条」
大野病院事件が結審、8月20日に判決
声明ではまず、亡くなった女性患者と遺族に対し哀悼の意を表した。続いて被告医師が行った医療について「当時、被告人が産婦人科専門医として行った医療の水準は高く、全く医療過誤と言うべきものではありません。癒着胎盤は極めてまれな疾患であり、診断も難しく、最善の治療がいかなるものであるかについての学術的議論は現在も学会で続けられております」とした。
判決については、「重篤な疾患を扱う実地医療の困難さとそのリスクに理解を示した妥当な判決であり、これにより産科をはじめ多くの領域における昨今の委縮医療の進行に歯止めの掛かることが期待される」と高く評価した。
最後に、「今回の裁判による医療現場の混乱を一日も早く収束するよう、検察庁が本件判決に控訴しないことを強く要請する」と訴えている。
大野病院事件無罪判決 裁判以外の解決策を
MSN産経ニュース 2008年8月20日
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080820/trl0808201148002-n1.htm
薬剤の誤投与など明らかな医療ミスではない医療事故をめぐって医師の刑事責任が問われた大野病院事件で、20日の福島地裁判決は、医師の裁量を認め、無罪とした。医療行為の是非をめぐる刑事責任追及の難しさを改めて示したといえる。
産科医の減少、相次ぐ産科の閉鎖…。事件は医師不足を加速させ、特に地域医療に深刻な打撃を与え、国の医療政策にも大きな影響を与えた。
「通常の医療行為に刑事司法が不当に介入した。医療が萎縮する」。医師の逮捕後、日本医学会など、100を超える医療関連団体も相次いで抗議声明を発表。困窮する実情を受け、医療界は、医師に病死以外の異状死の届け出を義務付けた医師法21条の見直しや、警察以外の第三者機関による死因究明制度の設置を国に要請した。
国は、産科の人材や機能の集約化を打ち出し、医師に過失がなくても患者を補償する「無過失補償制度」の設置を決定するなど対応をとってきた。医療界は判決に胸をなでおろす結果になったが、今回の事故の遺族は「なぜ亡くなったのか」と、やりきれない気持ちを抱えたままだ。多くの医療事故の遺族は、必ずしも負担の大きい裁判を起こさずに事故の真相を知りたいと考えている。昭和大学医学部の岡井崇教授は「刑事責任を問うことで、医療事故の再発防止や真相を究明することにはならない」と指摘する。
国は、公平な立場で医療の専門家が事故を分析し、死因究明を行う国の新組織「医療安全調査委員会(仮称)」の創設を急いでいる。事件は刑事、民事を問わず、裁判での医療紛争解決の難しさを浮き彫りにした。裁判以外での患者と医療界の不信感を埋め、解決手法のあり方が求められる。
異状死の届け出見直しに期待感―平岩弁護人
キャリアブレイン 2008年8月21日
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/17760.html
福島県立大野病院事件の公判で、被告側の弁護を担当した平岩敬一弁護人は8月20日の記者会見で、医師法21条が規定している医療現場での異状死の届け出について、「届け出るとすぐ警察と医師といった(対立)関係になる。どう考えてもおかしい」と述べ、今回の判決をきっかけに、仕組みの見直しが進むことに期待感を示した。
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大野病院事件、被告医師に無罪判決
平岩氏は、医師法21条が規定する異状死の範囲があいまいなため、本来は届け出る必要がない診療関連死まで届け出ざるを得なくなるなど、医療現場に混乱が生じてきたと指摘。
今回の事件でも、専門的な中立機関が正当だったか過失があったのかを検討していれば、起訴はなかったとの見方を示した。また、判決で、今回のケースが異状死に該当しないとの判断が下された点については、「届け出なくてもいいものがあることが明らかになった」と評価した。
平岩氏は、加藤克彦医師が逮捕・起訴されたことで、「産科、外科、救急に大きな影響を与えた」との認識を示した。その上で、判決をきっかけに悪影響が少しでも払しょくされれば、「(加藤医師が)2年6か月間、苦しい思いをしたことが無駄ではなかった」と述べた。
「医師と患者連携を」 地裁判決後福島でシンポ
河北新報 2008年8月21日
http://www.kahoku.co.jp/news/2008/08/20080821t63019.htm
手術中の判断をめぐり産婦人科医が業務上過失致死罪などに問われた大野病院事件が医療現場に与えた影響を考えようと、福島地裁で判決が言い渡された20日、全国の医師や市民ら約150人が福島市に集まり、シンポジウムを開いた。
名古屋市の産婦人科医野村麻実さんはお産を扱う施設が福島県内で減少するなど、事件が地域医療の崩壊を加速させたと指摘。「失った物を戻すのは難しいが、住民は残った医療をどうやって守るか考えてほしい」と呼び掛けた。
医師の資格を持つ東京の加治一毅弁護士は「ここ数年、医療事件では無罪判決の確率が高まっている。医師が安心して働くため、刑事司法介入の線引きをはっきりさせるべきだ」と述べた。
医療事故で起訴猶予処分を受けた経験のある和歌山県立医大の岸和史准教授は「医療者も患者も病気、苦痛からの解放という同じ目標に向かい、手を携えるべきだ」と強調した。
今回の無罪判決には「逮捕は不当だった」「刑事罰ではシステムエラーを改善できない」などと捜査側へ批判も。会場から「検察は控訴すべきでない」と発言が出ると、拍手がわき起こった。
「大野事件の検証を」産婦人科医らがシンポ
キャリアブレイン 2008年8月21日
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/17755.html
シンポジウム「福島大野事件が地域産科医療にもたらした影響を考える」が8月20日、福島市内で開かれた。産婦人科医や弁護士、産後の女性たちが悩みを共有する市民グループの代表らが登壇し、「福島県立大野病院事件」について、さまざまな立場から語った。
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シンポジウムは13時に開会。会場には、約150人の参加者が集まった。正午過ぎに判決公判が閉廷した後、地裁からシンポジウム会場にそのまま駆け付けたと見られる医師らも多かったが、事務局によると半数が一般の参加者だったという。
今回のシンポジウムの呼びかけ人でもある国立病院機構名古屋医療センター産婦人科の野村麻実医師は冒頭、「大野病院事件」について「有罪か無罪かが分からない状態で、どれだけ社会に影響を及ぼしたかを一度検証しなければならない大きな事件だった。どうしてこの事件が民事でなく刑事で扱われたのか。また、福島の地域医療がどうなったかということも考えたい。患者と医療者は手を結んでやっていくものだが、それを忘れてきたからこそ、こういう事件が起こったのではないか」と会場に呼び掛けた。
■残った産科スタッフ、どう守る
野村医師は、加藤克彦医師が逮捕された2006年以降、福島県内の産婦人科医の数が減っていることや、08年には3年前と比べて病院の数が6.9%、産婦人科標榜数が15.3%減っていることなどを示した。今後の休止予定も含めて12病院が「大野事件」後に分娩を休止していることなども紹介した。その上で、「福島県内の医療は倒れかけだ。無罪でよかったが、失ったものを元に戻すのは難しい。住民の皆さんが、残った産科スタッフをどう守っていくかを考えて頂きたい」と述べた。
■医療への配慮あふれた判決
「大野事件」公判の傍聴記録をずっと続けてきた、患者向けフリーマガジン「ロハス・メディカル」を発行するロハスメディアの川口恭代表取締役は、今回の判決について「一言で言うと、医療に対する配慮にあふれた判決だった」と述べた。
今回の裁判は胎盤の剥離(はくり)を続けた医師の判断の妥当性などが争点となっていたが、判決内容について、「(検察側と弁護側の)どちらが正しいという判断はしなかった。刑罰を科す基準となるべき医学的準則は、相当数の症例があるべきで、そういう医療を普通に行っているということが明確でない限り、それを基準にして刑罰を科してはならないということ。これは踏み込んだ判断ではなかったかと思う」との認識を示した。その上で、「込められたメッセージとしては『医療者の皆さん、安心して医療をやってください』ということだと思う」とした。また、医療に対する配慮がなかった場合は有罪になっていたかもしれないとして、「恐ろしい判決だったと思う」とも述べた。
■共に手を携えるべき
和歌山県立医大放射線医学講座の岸和史准教授は、医療事故に巻き込まれた経験を振り返った。当時の事故調査では、起こった出来事の因果関係は後回しにされ、個人に対する刑事責任の追及が主だったとし、「こうした現状が基本的に変わっていない」と指摘した。その上で、患者と医療者が信頼関係を構築することの重要性に言及。「患者と医療者は、ともに病や苦痛からの解放、守られた健康を維持する使命があるはず。なぜ紛争になってしまうのか、医療者と患者は共に手を携えていくべき。私は患者と仲のいい関係を作ることを、今後も使命として活動していきたい」と語った。
■産科医療体制を地域で確立
飯田市立病院(長野県)の山崎輝行産婦人科部長は、初診は市立病院以外を受診してもらい、産科の共通カルテを作って情報の共有化を図るなどの「産科セミオープンシステム」と呼ばれる、地域協力体制を紹介した。同院のある飯田下伊那地域では05年、分娩できる施設が6施設から3施設まで減りそうになり、地域の産科医療が崩壊の危機にひんしていた。このため、同年に行政や医療関係者などで「産科問題懇談会」を開き、産科セミオープンシステムを構築。これに伴い、同院では常勤の産婦人科医や助産師を増員し、助産師外来を充実させるなどの対応を図ったとした。こうした努力により、06年度には前年度に比べて正常分娩の数が倍増したという。ただ、08年には、リスクを懸念する産婦人科医が離職を表明したため、分娩制限に踏み切っている。今後も引き続き常勤の産婦人科医や助産師の確保、地域の協力体制の継続・維持が課題だとした。
■母親とのコミュニケーション充実を
産後のうつや、マタニティブルーなどの心の悩みを持つ女性たちに、インターネットで情報提供などを行っている自助グループ「ママブルーネットワーク」の宮崎弘美代表は、さまざまな悩みを聞いてきた経験から、「医療者とお母さんたちの視点は全く違い、求めているものも違う」との認識を示した。悩みを持つ母親たちが感じていることの共通点として、体調を崩した時に赤ちゃんを預けて医療機関にかかれないことを挙げ、「ほんの10分でもいいから赤ちゃんを見てもらえるスペースが医療機関にあれば。これはママたちのニーズ」と訴えた。また、医師とのコミュニケーション不足も挙げ、「診察の場で傷ついたと感じるママがびっくりするほど多い」とした。産婦人科では母乳で赤ちゃんを育てるように勧められたのに、ほかの医師からは服薬時には母乳をやめるように言われたことなどを例に、医師によって意見が違うために母親が混乱することもあるとした。「コミュニケーションがないままに正しいことを言われてもお母さんたちの心には響かず、信頼が失われていく。何度もやり取りをしてほしい」と、医師と母親らのコミュニケーションの充実の必要性を訴えた。
■医療刑事事件は無罪が多い
医師と弁護士の資格を持ち、医療事件を専門に担当する加治一毅弁護士は、「刑事事件は99.9%が有罪。しかし、医療刑事裁判においては略式起訴も合わせて3年間で40-50件の起訴がある中で、無罪が4件」と述べ、医療刑事事件には無罪が多いとの認識を示した。また、「医療とは、普通に働いていてもミスをすれば、場合によっては警察が介入することも有り得る特殊な職業。警察がどこから介入していいのか、しないのかの線引きがしっかりしていることが、安心して働くためにも必要だ」と述べた。
■正当な治療行為に逮捕・拘留するな
01年に心臓手術を受けて当時12歳の女児が死亡した「東京女子医大事件」の被告で、現在係属中の佐藤一樹医師(綾瀬循環器病院心臓血管外科)は、「正当な治療行為を行った医師を逮捕・拘留するな」と訴えた。「大野事件」では、カルテの改ざんは不可能だったことや捜査期間が十分にあったことなどを示し、「逮捕や拘留される理由はない」と主張した。その上で、「逮捕・拘留の本当の理由や目的、意義は自白供述調書の作成にある」として、これが冤罪(えんざい)の温床になっているとの見方を示した。その上で、「正当な医療行為と過失について刑法上での再検討が必要」と訴えた。
また、一人で福島県立大野病院の産婦人科を担っていた加藤医師が逮捕・拘留されたことにより、同院の産科が実質的に廃止となり、地域の産科医療が崩壊の危機にひんした。「このことは、医療や医師の人権が軽んじられた証拠」と主張した。
「逮捕は正当」 県警と地検がコメント 大野病院事件
産経新聞 2008.8.20
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080820/trl0808202001014-n1.htm
福島県立大野病院事件で無罪判決が言い渡された20日、捜査に当たった福島県警と福島地検は重苦しい空気に包まれた。
県警の佐々木賢刑事総務課長は「県警として捜査を尽くした。判決についてはコメントできる立場にない」と言及を避けた。また、加藤医師を逮捕したことについても「法律と証拠に基づいて必要性を慎重に検討し、正当な手続きを経て逮捕した」と話すにとどめた。
一方、福島地検の村上満男次席検事は「当方の主張が認められず残念。今後は判決内容を精査し、上級庁と協議の上、適切に対処したい」とする談話を発表した。県警の捜査に対しては、「証拠隠滅や逃亡の恐れはなく、逮捕は不当だった」と、医療界が強く反発。また、捜査に当たった富岡署に県警本部長賞が贈られ、「有罪が確定していないのにおかしい」などという声を上がっていた。ある捜査幹部は「この事件で、医師の注意義務や説明責任を喚起できたことは無駄ではなかったと思う。しかしその代償はあまりにも大きすぎた。医師の責任を問うことの難しさを痛感した」と振り返った。
「主張を裏付ける臨床症例の提示」が無罪判決の決め手に
―認められた「被告人の対応は現在の標準医療」
MTpro 記事 2008年8月21日
(5)http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/0808/080822.html
癒着胎盤の治療に際して,大量出血を回避するために,胎盤の用手剥離をただちに中止して子宮摘出手術に移行すべきだったのか。その義務は被告人にあったのか―。今裁判の最大の争点を制し,無罪判決を勝ち得た決め手として,弁護団は自らの主張を裏付ける臨床症例を多数提示できたことを挙げる。おもに一部の医学書による立証を行うのみで,その主張を裏付ける臨床症例を提示できなかった検察側とは対照的だったという。加藤克彦氏の採った医療措置は,現在の標準医療だとする弁護側の主張を認めた無罪判決であった。
検察の主張を一部認めたような内容も
昨日(8月20日),被告の加藤氏と弁護団が公判終了後に行った記者会見で主任弁護人の平岩敬一氏は,今回の判決は弁護側の主張を認めたものだと評価した。
しかし,判決を詳細に見ると,検察の主張を一部認めたような内容も散見される。例えば,胎盤の癒着部位について,弁護側は「子宮後壁の一部」,検察側は「子宮後壁から前壁にかけての嵌入胎盤」と主張していたが,判決では「子宮後壁は相当程度の広さで癒着胎盤があった」と結論している。
また,大量出血の可能性については「患者の生命に危機が及ぶおそれがあったことを予見する可能性はあった」と指摘。大量出血を回避するために胎盤剥離を中止して子宮摘出術に移行すべきだったかどうかについても,「検察官が主張するとおり,被告人がただちに胎盤剥離を中止して子宮摘出術などに移行することは可能であった」,「結果回避可能性があった」との見解を示した。
胎盤剥離を中止して子宮摘出した症例を提示できず
しかし,判決では,胎盤剥離を中止して子宮摘出手術に移行すべき義務があったことを主張するためには,胎盤剥離を続ける危険性を主張するだけでなく,胎盤剥離を中止しない場合の危険性を具体的に明らかにしたうえで,より適切な方法がほかにあることも立証しなければならないと指摘する。この点において,検察側は一部医学書に基づいた主張をするだけで,実際に胎盤剥離を中止して子宮摘出を行った臨床症例を一例も提示できなかった。「立証義務を怠った」と平岩氏は述べる。
一方,弁護側の主張は,「癒着胎盤に対する標準的な治療は,胎盤の用手剥離を開始したら,それを完遂して,子宮の収縮を期待するともに,止血操作を行う。それでもコントロールできない大量出血がある場合は子宮を摘出する」というもので,実際に用手剥離を完遂した多数の臨床症例を提示し,加藤氏の対応が現在の標準医療であることを証明した。そのことを裁判所も高く評価したのだという。
MTpro上で現在行っている緊急アンケートの途中結果(別途紹介記事を掲載予定)を見ると,今回の無罪判決が医療崩壊の抑止につながると考えている医師は必ずしも多くない。しかし,結果の重大性だけでは,通常の医療を行った医師に刑事罰を問えない点が認められたことの意義は大きいと言えるだろう。
遺族が「一生、真相を追究していきたい」と会見
「警察と相談した」といった誤解を解く目的などから会見に応じる
m3.com編集長 橋本佳子
http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080821_1.html
「病院でいったい何があったのか、十分に説明してほしい」
8月20日、福島県立大野病院事件の公判後、記者会見に応じた遺族、死亡した女性の父、渡辺好男氏は、加藤克彦医師に対する思いをこう語った。今年1月の意見陳述(「警察関係者に感謝申し上げたい」を参照)、さらにさかのぼれば女性が死亡した時点から「真相を知りたい」という遺族の思いは変わっていなかった(「記者会見用資料」として配布された本文を文末に掲載)。
再発防止を望む思いから、渡辺氏はこの日、「医療事故再発防止のための要望書」を県に対して提出している。遺族が記者会見という形でコメントするのは今回が初めてだが、会見に応じた理由について、「事故を再発防止につなげてほしい。顔を出すことでその主張をしたかったため」と述べている。そのほか、後述するように世間の遺族に対する誤解を解くことなども、会見に応じた理由のようだ。
「警察・検察には感謝している」
「真相究明」について、裁判で明らかになった部分はあるものの、その分、「本当はもっと明らかになるのではないか」と受け止めており、いまだに不十分だと思っている。「病院のスタッフの話を聞きたい」「一生、機会があれば真実を追究していきたい」とも語った。 加藤医師が2006年2月に逮捕、3月に起訴された後、学会などから抗議声明や、加藤医師を支援する活動が始まった。こうした動きに対して、「自分自身は真相が分からないのに、声明を出した人はどこまで知っていたのか」と疑念を呈した。
また世間の誤解として、加藤医師の逮捕後、「警察に相談した」「政治家に相談した」などという噂が医療界に広がっている点を挙げた。「警察に相談すべきか幾度も自問自答したが、相談しなかった」(渡辺氏)としたものの、「捜査に尽力した警察・検察には深く感謝している」と述べた。さらに、この事件が医療崩壊と結びつけて議論されることへの疑問にも言及した。
「再発防止の検討がなされないままに終わってしまう」
会見後、渡辺氏は、県立病院の運営を担当する県の病院局に赴き、「医療事故再発防止のための要望書」を提出。「加藤医師の逮捕に対する抗議の声明は、医療者側に偏りすぎているように感じ、事故の原因究明や再発防止の検討が何もされないままに終わってしまうのではないかと不安を覚えた」(渡辺氏)。
この要望書は以下の8項目から成っている。
「医療事故再発防止のための要望書」
1. 周産期医療システムの運営状況の検証と見直し
2. 各医療機関の役割を明確化するルールをつくる(各診療科ごと、横断的に)
3. 医師の教育・ルール順守の徹底
4. 医師の計画的な配置
5. 患者情報の管理の徹底(電子カルテの導入など)
6. 手術におけるビデオ記録の保存
7. 風土改革
8. その他
【遺族のコメント】(「記者会見用資料」より)
2007年1月26日の初公判から、「真実の言葉を聞きたい」との一心で、裁判の傍聴を続けてきました。警察・検察が捜査して、裁判になったおかげで、初めて知ったことがたくさんありました。
私の娘は手術を受けるまで1カ月入院していました。助産師さんが「大野病院より大きな病院に転送した方がいいのではないか」と助言したり、先輩医師が娘とおなじ帝王切開既往・前置胎盤の妊婦を帝王切開して、「大量出血を起こし、処置に困難を来たした」と教えるなど、娘が入院している間、加藤医師には様々なアドバイスがありました。みんな慎重だったのに、なぜ加藤医師だけ慎重さがなかったのか、とても疑問に思いました。 しかし、裁判は手術中の数分間、数時間のことを主要な争点として、進んでしまいました。弁護側の鑑定人として証言をした医師の方々も、加藤医師の医療行為を正当化する意見を述べました。その点をとても残念に思っています。
加藤医師の逮捕後、私たち被害者が「警察に相談した」とか、「政治家に相談した」という噂が医療界に広がっていると聞いて、とても驚きました。病院から娘を引き取り、姿が残っている間、警察に相談するべきか幾度も自問自答しました。しかし、いろいろと考えて、私たちからは警察に相談しませんでした。娘のために動いてくださり、捜査に尽力された警察・検察の方々には深く感謝しています。この場を借りまして、御礼申し上げます。 一方、医療界からは警察・検察の介入に対する抗議の声があがっています。しかし、娘の事故について、他の機関で警察・検察と同等の調査ができたのでしょうか。助産師さんや先輩医師がアドバイスをしていたことについても、県の事故調査委員会は把握していたのでしょうか。現在も疑問をもっています。
医療界からは「1万分の1という極めて稀なケース」とか、「現在の医療では救命に限界があった」という声もあがっています。しかし、娘と同様の帝王切開既往・前置胎盤のケースにともなう癒着胎盤の危険性については、厚生労働省の研究班をはじめ、以前からいくつもの報告があります。また、ネットには「医師から2人目は産めないと言われていた」といった事実無根の書き込みがありました。こうした娘の死を蔑ろにする意見や表現は、亡くなってしまったとはいえ、娘に対する人権無視の誹謗中傷と受け止めています。
この事件を「医療崩壊」や「産科医療」と結びつける議論がありますが、間違っているのではないでしょうか。そういうことを言う前に、事故の原因を追究して、反省すべき点は反省し、再発防止に生かすべきでしょう。医療界に、そのような前向きな姿勢が見えないのがとても残念です。「判決によっては、産科医療から手を引く」といった声も聞こえますが、自分の身内や大切な人が患者だったら、そんなことが言えるでしょうか。
医療崩壊と結び付ける議論を耳にするたび、「娘は何か悪いことをしただろうか」と怒りを覚えます。娘が亡くなる時点まで、医療には絶対的な信頼を持っている一人でしたが、死亡後は日を重ねるごとに医療に対して不信感を深めています。
患者も医師も不幸にさせないためには、リスクの高い患者はしかるべき施設に送るなど、しっかりとルールをつくり、守ることが大切です。再発防止を願う一人として、県病院局長宛に要望書を提出するつもりです。
2008年8月20日
福島県立大野病院で最愛の娘を亡くした父・渡辺好男
検察側の論理否定 産科医に無罪 「一般性なし」と判断、再発防止制度に影響も
読売新聞 2008年8月21日
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20080821-OYT8T00310.htm
「医師逮捕」により医療界に大きな衝撃を与えた福島県立大野病院事件で、福島地裁は20日、医師に無罪を言い渡した。事件は、産科医離れや病院の集約化の引き金を引き、医療事故に刑事司法が介入することの難しさも示した。この日の判決は、原因究明のための新たな制度作りにも影響を与えそうだ。
判断の分かれ目
「検察側は、結果回避義務を裏付ける臨床例を一つも立証できなかった」。業務上過失致死罪に問われた加藤克彦医師(40)の弁護団は、判決後の記者会見で、痛烈な捜査批判を展開した。
同罪の成立には、〈1〉問題発生の予見可能性〈2〉結果を回避する義務――の立証が必要。判決は、加藤医師が大量出血を予見できたことは認めた。だが、「癒着胎盤を認識した時点で、胎盤を子宮からはがすのをやめ、子宮摘出手術に移るべきだった」とする検察側が組み立てた結果回避義務の論理を否定。医学書の記述が最大の根拠だった検察側の主張を「一般性がない」と一蹴し、最後まで胎盤をはがした加藤医師の判断を「標準的な措置」と認めた。
予見が可能だったなら、何らかの手段で女性の死亡を回避できなかったのかという疑問は残る。捜査のきっかけとなった県の事故調査委員会の報告書は、加藤医師の処置を「判断ミス」とし、加藤医師が手術前、態勢の整った病院に運ぶよう助産師から助言されていたことも公判で明らかになった。しかし、医師不足などで医療提供体制には限界があるのも事実。判決は、加藤医師の選択が「最善」だったかどうかは別にして、現在の医療水準で「過失」と呼べるものはなかったと判断したと言える。
影響
事件は、地域医療にも大きな影響を与えた。大野病院から約50キロ離れた福島県いわき市。市立総合磐城共立病院の産婦人科は2007年度、他の医療機関からの紹介患者が前年度の2・4倍に急増。事件後、リスクの高いお産を敬遠する動きが強まったことに加え、医師不足に悩む市が同病院に産科を集約したからだ。医師5人が担うお産と手術は年間計約1500件。本多つよし部長(48)は「体力的にも限界」と話す。
厚生労働省は05年12月、産婦人科医の地域基幹病院への集約化を進めるよう都道府県に通知し、事件後は、この動きに拍車がかかった。厚労省の調査では、1996年以降、お産を行う施設は年平均約100施設ずつ減り、07年12月現在では3341施設。今年初めの調査では、全国77施設がお産を近く休止・制限する予定と回答した。
医療版事故調
厚労省は、独立した第三者機関によって医療事故原因を究明する体制を作るため、「医療安全調査委員会(仮称)」設置法案の臨時国会提出を目指す。05年9月に5年計画で始めたモデル事業の結果を見てから具体的な検討に入る方針だったが、今事件を受け、設置の検討を前倒しした。
だが、今年4月に厚労省案がまとまったにもかかわらず、「委員会が必要と判断すれば警察に通報する」という内容に、医療界が強く反発。厚労省は先の通常国会提出を断念し、代わりに法案の基礎となる大綱案を発表した。民主党は警察に通報しない独自案を作り、自民党の検討会でも救急医療に限って刑事責任を免除する座長私案が浮上している。判決後、舛添厚労相は記者団に対し、「医者と患者の声をバランスよく取り入れた上で、判決も参考に、次の臨時国会で法案をまとめられればと思う」との考えを示した。
「逮捕必要だったか」…司法関係者も違和感抱く
今回の事件が医療界から猛反発を受けた理由の一つは、加藤医師が逮捕され、約1か月にわたり拘置されたことだ。医療事故で医師が逮捕されたのは、東京女子医大の心臓手術ミス(2002年)や慈恵医大青戸病院での腹腔(ふくくう)鏡下手術ミス(03年)などの例はあるものの、数えるほどだ。捜査当局は「供述内容が変遷し、証拠隠滅の恐れがある。遺族感情も厳しかった」と説明した。しかし、加藤医師が事故後1年以上も診療行為を続け、県の事故調査委員会の調査にも応じていることや、その結論も出ていることから、ある検察幹部は「逮捕までは必要なかった。医療界がここまで反発するとは思わなかった」と漏らした。同様に、逮捕に違和感を抱く司法関係者は少なくない。
年間1万件以上とも推計される医療事故。今回のように逮捕されないまでも、医師個人の刑事責任が問われるケースは増えている。警察から検察庁への送致件数は、1997年の3件から07年は92件に増加。医療不信の高まりを受け、捜査当局が積極的に捜査したことに加え、99年に起きた東京都立広尾病院点滴ミス事件で、当時の院長らが医師法(異状死の届け出義務)違反に問われて以降、医療関係者からの届け出が急増したことも背景にある。
刑事介入の増加は、近年の医師不足で現場の疲労感が増す中、医師側に「結果が悪ければ、一生懸命やっても刑事罰に問われる」という反発や委縮を招いた。しかし、そもそも医療不信は、死因究明や再発防止に真剣に取り組んでこなかった医療界に責任があるという指摘もある。欧米では、法的な権限を持つ医師団体などが医師の監督・懲罰権限を持ち、免許取り消しなどの厳しい処分を行っている。ある検察幹部は「被害者遺族にとって、刑事司法は最後のとりで。医療安全調査委員会の行方が、今後の刑事罰の適用を左右する」と話した。
大野病院事件 産科医に無罪
朝日新聞 2008年8月21日
http://mytown.asahi.com/fukushima/news.php?k_id=07000000808210005
県立大野病院事件で、業務上過失致死罪などに問われた産婦人科医の加藤克彦被告(40)に20日、無罪判決が言い渡された。事件は遺族と加藤医師だけでなく、お産を中心とした医療現場に大きな影響を与えた。これからの医療は、どうあるべきか――。県内では、お産を取り扱う病院が激減するなど課題が山積みだ。
午前10時。緊張した面持ちで入廷した加藤医師は、無罪判決を聞いても表情を変えず、被告席に着いた。前に手を組み、ほとんど姿勢を変えずに裁判長の判決文読み上げを聞いた。
「嫌な2年6カ月だったから、そういう嫌な時間を、ほかの先生には体験してほしくない」。判決後、弁護人らと福島市内で開いた会見でも、表情を和らげることはなかった。
事件を機に、医師人生は大きく変わった。2年前の2月18日朝。自宅にいた加藤医師は、大野病院から電話を受けた。「自宅で待機するように」。しばらくすると県警の捜査員がやってきた。近くの警察署で逮捕された。
当時、妻は出産間近だった。初産で、しかも4日後が予定日。「出産は自らの手で」と思っていたが、かなわなかった。法廷で、その時の気持ちを「とりあげることも、会うこともできず悔しかった」と打ち明けていた。会見で加藤医師は、今後について「地域医療の現場で私なりにできることを精いっぱいやりたい」と語った。「私は医師という仕事が好きですし、これからもやっていきたいと思っています」
加藤医師の主な一問一答は次の通り。
――判決後の気持ちは。
信頼して受診していただいていたのに、最悪の結果になり、本当に申し訳なく思っています。ご家族にも大変つらい思いをさせてしまいました。女性のご冥福をお祈り致します。
――県の報告書では、判決で標準的な医療行為とされた胎盤剥離(はく・り)を中止
すべきだったとしている。報告書の内容について、どう思うか。
報告書には違和感があり、当時も抗議したが、患者さまの補償のためということを盾に、何も言わせてもらえなかった。今日が終われば調査委員会の先生方と話すこともあると思います。
――遺族が事実を知りたいと言っていたが、手術当時の説明は十分だったか。
僕みたいな若造の話ではちょっと納得していただけないのかな、という気持ちはありましたけど、僕としては普通に話したつもりです。
◇不信残ったまま 再発防止要望書 女性の父が提出
「元気な娘でしたから。いつでも、その姿を思い出す」。亡くなった女性(当時29)の父親、渡辺好男さん(58)は初めて開いた記者会見で目を赤くした。
傍聴して判決文を直接聞いた。「ああ、この時までは娘は生きていたんだな」との思いがこみ上げてきたという。生まれた孫には、娘の名から1文字取って名前を付けた。「大きくなった時、説明したい」との思いもあった。
判決は望みとは異なる「無罪」だった。「今後の医療界に不安を感じざるを得ない」と悔しさを口にした。事件前まで医師を信じていた。だが、「娘の死を医療崩壊や医師不足のせいにして、誠実に対応してくれていない」と、医療界に不信が募っている。「遺族が政治家に働きかけて刑事事件にした」など、根も葉もない中傷とも闘ってきた。
会見で渡辺さんは、「本当に病院で何があったか、十分に説明してほしい」と加藤医師に訴えたいと話した。だがこれまで、弁護側も含めた医療側に、前向きに何があったのかを究明する態度はなかったという。会見後、医療事故防止のための要望書を県病院局に提出した。渡辺さんは「人の命を預かるのだから、病院スタッフが同じ方向を向いて治療に当たれるように指導してほしい」と訴えた。
◇影響大きいので 高検などと協議 地検
福島地検の村上満男次席検事は「当方の主張が認められず残念だ。今後については判決内容を精査したうえで、影響の大きい事件なので仙台高検や最高検と協議して適切に対応したい」と話した。
◇事故調報告が捜索端緒もまった県 「安全整備進める」
県警が今回の捜査の端緒としたのは、医療ミスを会見で認めた県の事故調査委員会(県内の産婦人科医3人で構成)の報告内容だった。ただ判決は、その報告と異なる結果を生んだ。
県の茂田士郎・病院事業管理者は記者会見を開き、報告書が限られた期間と情報で作られた一方、裁判では時間をかけて様々な点から検討されたと強調。「(当時は)医療ミスとの言葉を使ったが、今回の判決の方がより正しいと思う」との考えを示した。
当時の報告内容が捜査の端緒となったことについては「報告書を県警に提出したわけではない。警察がどうしてそんな風に受け取るのかなと意外に思った」とも述べた。報告書は、事故の再発防止や医療の安全確保の目的でまとめた、との思いからだ。一方、県警の佐々木賢・刑事総務課長は「県警として捜査を尽くした。コメントは差し控えさせて頂きたい」。
今回の事件では、地域医療体制の不十分さを突きつけられた。医師不足やそれに伴う過重な勤務実態など、直面する課題は深刻さを増している。医療担当の松本友作・副知事は「地域医療の充実確保は非常に大きな課題。今後も医療安全体制の整備に積極的に取り組んでいきたい」と述べた。
一方、県の周産期医療協議会の会長を務めた県立医大の佐藤章教授(産婦人科学)は「ほっとしたというのが本音。産科に携わる人が少なくなってきたこの時期に、事件が輪をかけた。だが周産期医療がこれでいい方向に向かうわけではなく、それを少しくい止めたというだけだ」と話した。
◇検察の知識不足指摘 産科医らシンポ、安堵感
福島市内ではこの日、加藤医師を支援する産婦人科医らがシンポジウム「福島大野事件が地域産科医療にもたらした影響を考える」を開き、一般市民ら約150人が集まった。
パネリストの一人で医師免許も持つ加治一毅弁護士は「日本の刑事事件では99、9%が有罪。ところが過去4年間に起訴された医療関係の訴訟40~50件のうち、今日の判決を含めて4件の無罪判決が出た。これは、検察が十分な知識もないまま医療の現場に手を出し始めたからではないか」と指摘した。
シンポジウムには、超党派の「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」から、会長代理の仙谷由人・民主党元政調会長や、世耕弘成参院議員(自民)らも参加。「日本の医療をよくするためにも検察は控訴すべきではない」と声をそろえ、今後、検察庁に働きかける方針を明らかにした。
新潟県から訪れた整形外科医の津吉秀樹さんは「みんな今日を、体を固めて待っていた状態。有罪だったら一歩引いた気持ちで仕事をしてしまっただろう」。県外で産婦人科を開業する男性(39)は「判決は当然だが、苦しんでいる遺族とのギャップをどう埋められるかが課題。患者が亡くなれば医者もつらい。でも、みんなお産が好きだからこの仕事をしているんです」と複雑な心境を吐露した。
県立橘高校の国語教諭、島貫真さん(50)は「医師も独りで患者の治療に立ち向かって孤独だろうが、患者や家族も孤独だ。医師も患者もお互いにその点を理解して、歩み寄る必要があると思う」と話した。
県医師会は、小山菊雄会長が会見を開いた。「加藤医師の行為は、合理的かつ妥当な判断だと思っている。可能な限り、医療を尽くしたことが認められ、安堵(あんど)している」厚生労働省が進めている診療中の患者の死亡原因を調査する第三者機関「医療安全調査委員会」の早期開設を望むとし、「今後は患者や遺族のサポートのあり方を考えたい」とした。
◇論点違和感の女性も 妊婦「産む場所確保を」
「また、産む場所が確保できるようになってほしい」。無罪判決を機に、只見町に住む妊娠8カ月の女性(34)は、出産できる病院が増えることを願った。
最近、産む場所がなくなる夢をみるという。長女(9)と次女(7)を南会津町の県立南会津病院で出産した。だが同病院が2月にお産の取り扱いをやめたため、2時間近くかけて会津若松市内の病院に車で通院している。会社員の夫(35)に運転してもらうこともあるが、自らハンドルを握ることの方が多い。「周りの妊婦はみんなそんな感じですから」。出産予定は11月。雪が降る可能性もあり、冬道が心配だ。
福島市南中央の女性(28)は無罪判決を歓迎し、こう話した。「田舎町の病院で、1人ですべてを背負って頑張っていた先生。そういう環境をつくってしまった自治体や国こそが問われるべきだ」
3歳の長女の子育てに追われながら、いずれは2人目がほしいと考えている。「福島市は今は安心して産める場所だが、状況は厳しくなるかもしれない」と不安を語り、今回の判決が、産科医不足の流れに歯止めをかけることを願っていた。
一方、同市桜本の女性(30)は「亡くなられた方の無念を思うと、やりきれない」と話した。市内の病院で昨秋、28時間の難産の末に長男を出産した。「とても苦しかった。安全に産める保証はどこにもないことを実感した」という。女性は、なぜ死ななければならなかったのか。同じ母親として、納得できない思いが募る。事件が「医師不足に追い打ちをかけたとすれば残念」としつつ、議論がそこにばかり集中しているように思い、違和感を覚えたという。
産科医に無罪判決 安全な医療、どう構築
毎日新聞 2008年8月21日
http://mainichi.jp/select/science/news/20080821ddm003040144000c.html
地域の産科を1人で担っていた医師が逮捕され、医療界に激震をもたらした福島県立大野病院の医療事故。20日の福島地裁の結論は無罪だったが、事件は医療行為に刑事捜査を持ち込むことの難しさや、一つの事件が「医療崩壊」を引き起こす医療現場のもろさを浮き彫りにした。事件を教訓に、患者に信頼される安全な医療をどう構築していくか。関係者に重い課題が突き付けられている。
◇「萎縮に歯止め」 現場は安堵
「不当逮捕で無罪は当然。医療崩壊を招いたことを、捜査機関は反省すべきだ」。この日、加藤克彦被告(40)を支援する医師らが福島市内で開いたシンポジウムでは、厳しい捜査批判が相次いだ。
批判が特に強かったのは事故から1年以上たっての逮捕だった。病院は「過誤ではない」と判断、解剖や胎盤の保存をしなかったが、県は事故から3カ月後の05年3月、医師の過失を認める報告書を公表し、県警の捜査につながった。
捜査幹部は「既に証拠がほとんどなく関係者の証言が頼りで、口裏合わせの恐れもあった」と逮捕の妥当性を強調する。だが、これまで医師が逮捕されたのは01年の東京女子医大病院事件など悪質な事故隠ぺいの疑いがあった場合が多く、検察内部にも「なぜ身柄を拘束したのか」と疑問の声がある。警察庁によると、医療事故捜査の着手件数は年間100件近いが、起訴に至るのは数件だけ。検察当局も専門家の意見を踏まえ慎重に判断しているのが実態だ。
一方、「真相を知りたい」という患者側の思いは当然、強い。死亡した女性の父親の渡辺好男さん(58)にとって、病院の説明や県の報告書は不十分だったが、刑事裁判の公判の中で、助産師が手術前に加藤医師に転院を助言していたことなどを初めて知ることができ、「スタッフの声が聞けてよかった」と話す。
厚生労働省は、医療死亡事故の原因究明に当たる中立機関として、医師を中心とした「医療安全調査委員会」の設置を急いでいる。舛添要一厚労相は20日、今秋の臨時国会に関連法案を提出する考えを示した。医療問題弁護団代表の鈴木利広弁護士は「今回の事件は、病理や産科の専門家が捜査協力を拒むなど医療界にも問題があった。刑事手続きとは別の事故報告や調査制度があれば逮捕や起訴は回避できたはずだ」と訴える。
調査委を巡っては大半の医師団体や学会が設置を求める一方で、警察への通報制度が盛り込まれ刑事責任追及の余地が残されることに一部医師らが反対しており、民主党も賛同していない。今回の無罪判決に現場からは「医療の萎縮(いしゅく)に一定の歯止めがかかる」と安堵(あんど)の声も漏れるが、厚労省の幹部は「医療界から『医療事故に捜査機関を介入させるな』との声が強まれば、調査委の議論も止まってしまう」と複雑な表情だ。
◇高い訴訟リスク、過酷な労働…医師の産科離れ続く
大野病院は加藤克彦医師の起訴直後、産婦人科を休診にした。町内には他に分娩(ぶんべん)施設はない。近くに住む妊娠5カ月の女性(22)は10キロ以上離れた診療所に車で通う。診療所は健診のみで、出産はさらに25キロ離れた公立病院でしなければならない。女性は「近くに産科がないのは怖い」と漏らす。
福島県では06年度末に31カ所あった分娩施設が1年で21カ所に激減した。日本産婦人科医会によると、06年に出産を扱う施設は全国で2983あったが、08年は6・5%減の2788施設、医師数も146人減って7181人になった。
民事訴訟リスクの高さと過酷な労働が、産科医減少と施設閉鎖をもたらしている。厚生労働省によると、産科医1000人あたりの医療訴訟件数(06年の終結分)は16・8件で診療科別で最も多い。過酷さを象徴するのは分娩を扱う常勤医が1人しかいない「1人医長」の存在だ。全国の病院の約15%を占め、加藤医師も1人医長だった。休みがなく訴訟も多い現実が医師の産科離れを起こし大野病院事件で加速した。木村正・大阪大教授(産婦人科)は「欧米では病院の集約化が進む。日本のように少人数で対応するのは世界の常識から外れている」と指摘する。また、若い産科医は他科に比べ、女性の割合が高く、20代では約7割を占める。しかし自分の出産などを機に仕事から離れることが多く、日本産科婦人科学会によると、産科医歴2~16年目の分娩実施率は男性83%に対し女性66%。女性は11年目で46%に落ち込む。
同学会は昨年9月、医療事故で医師の過失を免責しつつ真相究明を行う制度整備などを厚労相に要望した。学会の桑江千鶴子・都立府中病院部長は「医師が安心して働く環境を用意することが良質な医療を提供する」と訴える。
◇再発防止へ綿密な検証を--加藤良夫・南山大法科大学院教授(医事法)の話
医療事故で刑事責任が問われることに医療界に不安や反発の声があり、その中で冷静で率直な同僚間の評価(ピアレビュー)は期待しにくい。しかし、再発防止のための教訓はあるはずで、司法手続きが確定した後、しっかり検証作業をしてみるべきではないか。また、無罪判決が出たからといって産科医療の未来が明るくなったわけではない。国は産科医等が安全で質の高い医療を提供できる環境を早急に整備すべきだ。
◇第三者機関が専門的調査を--岡井崇・昭和大教授、日本産科婦人科学会常務理事の話
非常に悲しい事件で、遺族の思いは察するに余りある。しかし実地の医療の難しさを理解できない警察、検察がこの問題を調べたことは問題だった。亡くならずに済む方法はなかったのかという遺族の疑問は、専門家中心の第三者機関でなければ晴らすことはできない。ネット上では一部の医師が遺族の方を中傷する心ない発言をした。誤った行為であり、学会を含め多くの医師の見解ではない。
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◆刑事裁判になった主な医療事故◆
(発生年月・医療機関・起訴事実・処分・判決の順)
99年 1月 横浜市大病院 心臓と肺疾患の患者を取り違えて手術 6人在宅起訴 全員有罪
99年 2月 都立広尾病院 消毒液の誤点滴で患者を死なせ、事故を隠す 4人在宅起訴 3人有罪 1人無罪
99年 7月 杏林大病院 男児の割りばし死亡事故で適切な処置を怠る 1人在宅起訴 ※無罪
00年10月 埼玉医大病院 抗がん剤を過剰投与し患者を死亡させる 3人在宅起訴 全員有罪
01年 3月 東京女子医大病院 心臓手術ミスで患者を死なせ、記録を改ざん 2人逮捕、起訴 1人有罪 ※1人無罪
02年11月 東京慈恵会医大青戸病院 経験のない手術方法を選択し患者を死なせる 3人逮捕、起訴 全員有罪
04年12月 福島県立大野病院 帝王切開のミスで妊婦死亡、警察に届け出ず 1人逮捕、起訴 1審無罪
※は控訴中
判決の前後で気になったことがあります。
本質的なことではありませんが、ご遺族のことです。
判決が下る直前の家族のコメントの新聞記事、判決中の家族の描写、判決後の家族の会見、福島県に出した要望書の中の家族の名前。
出てくるのは、全て亡くなった患者さんのお父様だけなんです。患者さんのご主人が出てこない。
大淀事件の時(まだ、判決前ですが)は、ご主人も出てこられましたね。
どうしてなのかな、と不思議な気がしました。
投稿情報: 鶴亀松五郎 | 2008年8 月23日 (土) 21:26
高校の教員です。本校は医学部進学希望者が多い学校です。この事件に関する記事を進路指導に役立てています。医学の現状を生徒に知らせ、進路を考えさせるようにしています。医者は大変な職業であること、責任が重い反面、失敗したときの社会の批判が大きいこと、裁かれる側ではなく裁く側になった方がよいこと、等を伝えることで、安易に医者などになるな、と指導しています。
投稿情報: 佐藤大介 | 2008年9 月12日 (金) 08:53
医師に限らず、全ての職種でいろいろなリスクがあります。
例えば、理学部にいってもつぶしのきかない、大学にも残れない、研究職にもありつけない。実態はどこかの企業で全然研究とは関係のないことをやっていたりする。そういう方々も多いです。
文系、多くの人たちがやはり関連職につけません。志が大きいのもいいのですが、志が大きすぎて海外留学で泊をつけようともがいた挙句、あんなに優秀だったのにニートみたいになっている人たち(それでもアルバイト職のようなものには就けない。プライドと学歴が高すぎる)もいます。
法学部。ほとんど司法試験に受かりません。司法試験くずれの法学部ニートは社会に恨みを抱きながら気分を変えることが出来ずに、中途半端なエリート意識と挫折感を背負いながら生きて生きます。
きちんと整理がつけられるならまだしも、やはり司法試験崩れの人たちは大変だと思います。
その点、医学部はくいっぱぐれはありません。
職業的には本当の所、職人であり、高校受験とは違って答えも出ないし。みんな医師として一人前の腕を身につけたあとは、それなりに生きていけます。
医師免許さえ取り上げられないのであれば、どこでどんな(それが意に染まない結果であっても)風でも、前科つけられても医師として食べていけます。
高校の同窓会には成功者しか現れません。でも、下手に研究職・司法試験を目指させるのもいかがかと思います。
進路選びは難しいですが、医学部に入ってしまえば、(まぁ入るのは難しいですが)90%は医師になります。
でもムリムリ入っても、(私の大学はレベルが高いといわれる大学ですので、別にどうって事はなかったですが)私学なんかだとやっぱり医師になれずにいなくなっていく方々も多いようです。
入ることが目的ではないので、ムリムリの人は入れないであげてください。
身の程を知り、社会情勢にあったところに入るのが一番だと思います。
投稿情報: 僻地の産科医 | 2008年9 月12日 (金) 12:54
やっぱりその点、医師は社会的にはまだ恵まれています。
私のうちは医師ではないだけ、そう思います。過労死しそうになっても、うつになっても、それでも乗り切っていけて、別に次の就職口にも困らないからです。
過労死しそうな職は全国いたるところにあると思います。まぁ勤務医の実情と同じくらいの働き方というと、他の業界ではトラック運転手と同じくらいだと評されていますけれど。(本当に過剰労働ですが)
体力・気力さえあれば(逆にない人には勧めません)人生的にはお金も、報酬と学歴に見合わないだけで、ただ比べている相手が「成功した一部の人たち」と比べて低いと叫んでいるわけですから、世間知らずな面も無きにしも非ずではあります。
わかりますか?
ただ、私たちがいいたいのは、普通に仕事をしていて、病死するリスクがある人を最初から見てるのに、交通事故(←健康な人!)と同じ法的扱いはひどいし、そもそも大野事件は「病死」だと主張しているわけです。それは手術しなくても病死した症例で、手術してちょうど手術中だっただけで捕まったと産婦人科医の多くが認識している冤罪事件です。
ただこういった症例は、株取引などの現場でもあるようで、「法的になんら問題ない」のに逮捕されてしまうような状況だって(社会が騒がないだけで)あります。
投稿情報: 僻地の産科医 | 2008年9 月12日 (金) 13:01
佐藤大介さま。
>医者は大変な職業であること、責任が重い反面、失敗したときの社会の批判が大きいこと、裁かれる側ではなく裁く側になった方がよいこと、等を伝えることで、安易に医者などになるな、と指導しています。
おしゃっていることの趣旨と根拠がよくわかりません。
医者を裁く職業についたほうが良いということでしょうか。
いま、社会的に批判されているのは、故意でない診療関連死を裁判にする警察と検察でないでしょうか。
大手マスコミの根拠の無い”社会的批判”もどきの記事を真に受けてしまうと、本質を見失います。
また、安易な医療裁判化は医療安全に繋がらないことも、多くの医療関係者や一般市民からも批判されています。
まちがった医療裁判が起きないなする世の中にしなければなりません。
むしろ、大手マスコミの根拠ない記事に惑わされずに、間違った医療裁判は意味がないことを、医学部志望の受験生に教えて、誇りをもって医者になるように勧めるのが高校教師のつとめかと思います。
医学部志望者にとって一番良いのは、誇りを持って臨床の現場で働く臨床医の言葉だと思います。
投稿情報: 鶴亀松五郎 | 2008年9 月12日 (金) 20:11