(関連目次)→大野事件 ある日つかまる可能性があるあなたへ
(投稿:by 僻地の産科医)
こんなにも多彩な人々が加藤克彦氏の無罪を信じていた
判決直後にシンポジウム
「福島大野事件が地域産科医療にもたらした影響を考える」
MTpro 記事 2008年8月21日
篠原 伸治郎
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/0808/080823.html
昨日(8月20日),無罪判決の出された直後に,福島市内で,シンポジウム「福島大野事件が地域産科医療にもたらした影響を考える」が開催され,約150人が参加,うち一般市民が半数を占めた。シンポジストばかりでなく,会場に集結した人々も判決に安堵し,次々とその胸のうちを明かした。
遺族の補償のためだった“医療ミス”の認定
そもそも,福島県の医療事故調査委員会が認めた“医療ミス”とは,死亡した患者に対する保険の補償審査を通すという配慮のため,“過失として認めていた”ことに基づくものであった。同調査委員会も,警察や検察の捜査・逮捕・起訴の材料として利用されるとは想定していなかったという。
ところが,2005年にこの“医療ミス”に主眼を置いた報道が一部でなされた。その結果,遺族側の訴えがなかったにもかかわらず,そうした報道に基づき警察と検察が調査を開始,かつ治療の妥当性を判断し,加藤克彦氏を2006年に逮捕・勾留・起訴した経緯があった。警察・検察としては報道されたことを放置もできず,刑法上の業務上過失という観点から逮捕・起訴したが,では,その逮捕によって福島県の妊産婦はより良い出産の環境を得ることができたのだろうか。
不当逮捕で,産科医療の萎縮を招いた
国立病院機構名古屋医療センター(産婦人科)の野村麻実氏は,厚生労働省(厚労省)の調査を紹介。それによれば,福島県内で加藤氏逮捕前の2005年に産婦人科を標榜していた施設は113あったが,今年(2008年)7月1日現在で,98施設に減少(-15.3%)している。現在,分娩可能な施設を持たない市町村が多数あり,県南西部などでは出産できる施設は存在しない状態である。事件によって,産科の厳しい労働環境のなかで訴訟リスクまでは負えないという医師・医療施設の判断を招いたことは否定できない事実である。
また,福島県近隣の栃木県,茨城県でも同様の状況を生んでいることが示され,波紋の大きさが伺えた。
厚労省の調査では,1996~2006年にかけて,全国の産婦人科医数は減少傾向にあったが,この事件はそうした事態にさらに拍車をかけた。
同氏は「都会でも,以前なら地域の診療所や二次施設で出産がされていたような例でも,医師不足などもあり,リスクを回避するため,三次施設に妊婦が送られてきて,出産が集中している」という。
そのため三次施設などでは勤務状況が厳しくなったため医師が去り,残された医師はさらに過酷な労働を強いられている。
また,いわゆる里帰り出産などの受け入れが中止され,地域住民の出産だけを行う施設が増えるなど,妊婦自身がこの事件の大変な影響を被っている。福島県の妊婦ばかりでなく,日本全国の妊婦が地域にある出産可能な医療施設を失いつつあるのだ。
刑法の業務上過失を適用した逮捕は大問題
衆議院議員(民主党)の仙谷由人氏は,約20年弁護士としておもに冤罪事件など,刑事事件に関わってきたが,今回の件は弁護士界でいうところの「無理筋の事件」と直感したという。結果としてのリスクを伴う医療は,そもそも刑法35条「法令又は正当な業務による行為は,罰しない」の“正当な業務”に当たり,「刑法の業務上過失を適用した逮捕は大問題」であると指摘した。
また,「法務省や検察庁は今回の件を教訓とすべきだ」とし,「専門的分析と洞察がない限り,医療の素人がマスコミに煽られるような形で捜査に入り,逮捕・勾留などをしてはならないと,国会あるいは法務省,検察庁に直接申し入れしたい」と述べた。
不当逮捕における驚くべき調書の取り方
状況は異なるが,こうした警察・検察の業務上過失の「無理筋」の標的とされ書類送検された(その後,地検が不起訴とした),和歌山県立医科大学(放射線医学)准教授の岸和史氏は,警察の調書とその署名の取り方について報告。システムが引き起こした事故であったにもかかわらず,同氏個人を有罪とする筋書きの調書を示され,「事実と異なる」と反論すると,警察側の担当者に「殺人罪の被疑に切り替える。そうしたらどうなるか分かるか」と告げられ妥協せざるを得なかったという。「無理筋」の“無理”を成立させるためには,驚くべき手法が取られる現実もあるようだ。
同氏は,「刑事罰で病院の“システムエラー”は改善できない」と述べ,厳しい罰により国民を恐怖で管理した中国の秦が15年で亡んだ史実を示し,「刑事国家に未来はない」と指摘。医療側と患者側は(1)病からの開放,(2)苦痛からの開放,(3)守られた健康―という目的をシェアしているはずだと,その原点が双方で一致することを示した。
警察・検察が介入した裁判所では,医療側と患者側は対立する構造になり,こうした原点から大きく外れたものであるといえる。
同様に,「無理筋」による不当逮捕を経験し,現在医療訴訟の渦中にいる綾瀬循環器病院(心臓血管外科)の佐藤一樹氏は「加藤氏は正当な治療行為を行っており,不当逮捕であったので,無罪は当然である」とし,
(1)直接的・即時的医療崩壊を招く捜査機関の抑制
(2)現行法上での現実的・切迫的視点から,正当医療行為を行った医師の逮捕・勾留をやめること
(3)巨視的・長期的視点から,正当な医療行為と過失の刑法上の再検討の必要性―を主張した。
医療側と患者側の相互理解を深める必要
本件の判決後の会見で,遺族も主張していたように,最も求められているのは“なぜ,亡くなったのかという事実の究明”である。患者は真実を知りたいと思っているが,そこには医療側が使用する言語や知識と差があるため戸惑うことも多い。
産後うつとマタニティブルーの自助グループ「ママブルーネットワーク」の代表・宮崎弘美氏は,通常の診療のなかでも,医師により説明が異なる,あるいは説明の仕方などにより,患者がショックを受けることがあるという。この点について,会場の医師から「分からないことを知っているかのように説明する危険もある。医師は現在の厳しい労働環境のなかで詳細な説明をすることも難しい面もある」との指摘もあった。
この点に関連し,兵庫県の丹波地域では「県立柏原病院の小児科を守る会」の住民による積極的な取り組みが知られている。この件の発端を作った丹波新聞社記者の足立智和氏は「日本の医療は,丹波のように地域の住民が医療を守ろうという意識を持っていないと再生できないようなところまで来ている」と指摘。メッセージの書かれたうちわを配布するなど,地道にこつこつした方法で啓発していくことの重要性を訴えた。
地域の周産期医療崩壊を食い止めるため,懸命に努力
地域の周産期医療崩壊の状況で奮闘しているのが,自身もかつて加藤氏のように1人医長として派遣され24時間勤務だったという,長野県・飯田市立病院(産婦人科)部長の山崎輝行氏だ。
長野県も2004年には100人いた高次病院の産婦人科勤務医が今年は73人に減少している。同院のある飯田下伊那地域の6施設のうち,2004年に出産の44%を受け持っていた3つの施設が産科からの撤退をしたことから,同市立病院では分娩を集約して行うべく,常勤医師・助産師などを増員し,妊婦の初診や健診についてはほかの医療機関に分担を求めたり,産科共通カルテを導入したりするなど地域での連携に取り組んだ。
その結果,同市立病院で扱う分娩数は増加し,連携もうまくいった時期もあったが,一方で大野病院事件の影響などもあり,残された3施設で勤務医が減少した。同院も5人いる常勤医が2人辞め,労働環境も悪化し,さらに辞意を表明する医師も現れるなど,窮地に追い込まれた。そのため,同院でも2007年にやむを得ず分娩制限を表明した。
ところが,同院を視察しにきた舛添厚生労働大臣に窮状を訴えたところ,それがマスコミから国民に広く報道されたこともあり,信州大学から医師が1人派遣されたという。また,産婦人科の危機的状況に少しでも協力しようと,辞意を表明していた医師が,改めて留まる決意をしたという。
福島県立医科大学教授から,何度もお礼の言葉
シンポジウムでは,加藤氏の記者会見会場から,福島県立医科大学(産婦人科)教授の佐藤章氏が駆けつけ,「先生がた,皆様の多大なるご支援をいただきまして,本日,加藤が無罪となりました。私もほっといたしました。弁護士の皆さんのご尽力もあり,裁判官にもわれわれの医療について理解が深めてもらえました」と,会場の参加者に何度も頭を下げた。また,「今後このようなことが起こらないように,治療の結果で,刑事訴追されないように刑事訴訟法を変えるというくらいまで私たちも頑張るので,皆さんのご支援をよろしくお願いします」と述べ,会場からは大きな拍手が送られた。
検察は控訴すべきでない
参議院議員(自由民主党)の世耕弘成氏は,「判決前には司法へ介入するのはよくないと思っていた」と述べており,国会議員として配慮していたことを明らかにした。同氏は,中学時代からの友人で,iPS細胞の研究で世界に名を轟かせている京都大学教授の山中伸弥氏とこの判決前日に交わした会話を紹介。山中氏も本判決に注目しており,憂慮する発言があったという。
世耕氏は,「今日の判決を高く評価したい。本判決を受けて,検察は控訴すべきではない」と改めて明言した。
日本は,先進国のなかでも医師数が少ない一方で,優れた治療成績を上げている。今回の不当逮捕では,地域住民・国民全体の利福を考える視点,大義を損なわないかを検討する慎重さが欠落していた。
>刑事訴訟法を変えるというくらいまで私たちも頑張る (佐藤章氏)
ぜひ、そうしてください。
厚労省も、民主党も、医師会も、医学学会の大勢も、みんなそこまでの根性がないのです。
投稿情報: YUNYUN | 2008年8 月21日 (木) 22:55