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(投稿:by 僻地の産科医)
産科と婦人科2007年6月号から。
おなじみの矢沢珪二郎先生の論文です ..。*♡
どうやらハワイでも日本と同じようなことが
起きているようです(>▽<)!!!
日本の論争かとおもっちゃった。
(安易にハワイ分娩なんて出来そうもありませんよ~)
Tort reform
矢沢珪二郎
ハワイ入学医学部産婦人科(Clinical Professor)
(産科と婦人科・2007年・6号(89)p729-732)
米国の医事紛争の問題は今も継続しており,終焉の見通しはない.医師たちは躍起になってこの問題の解決を図るが,その進展はほとんどない。法案を審議する議員の多くは弁護士で,自分たちの収入源である医事紛争を減らす法案はまず通過しない.その中でTort reformはいくつかの州で成功しており,希望の持てる対策である.
Tort reformとは一般的に医療訴訟問題の軽減化をさすが,その内容はnon-economic damageに対して上限を設けることで,“caping”ともいわれている.
医療訴訟の判決は,
(A)実際に失われた金額
(仕事より得られたであろう賃金の喪失+現往及び将来の医療費)
に加えて
(B)精神的苦痛に対する補償,がある.
(B)の精神的苦痛に対する保障金額は,精神的苦痛を測定することが実際には不可能なので,明瞭な算定基準がなく,それをいかに高額化するかは弁護士の腕の見せ所といわれている.
現在のTort reformはこの精神的苦痛に対する補償に上限を設けようとするもので,この上限は30万ドルほどが普通である,カルフォルニア州はこのTort reformに成功した数少ない州で,その結果,カリフォルニア州の医療過誤保険料は連続上昇状態から横ばい状態に転じた.Tort reformのない他州では保険料は依然として上昇を続けている.
ここでは,最近ホノルルの新聞(Honolulu Advertiser紙)に掲載された三つの記事をご紹介したい.ハワイ州では最近(2007年),このTort reformが審議されたが、またまた、過去と同じく,否決されてしまった事情がある.
はじめに一般読者からの投書をご紹介したい.
ハワイ州から減少する医師たちは,結局ハワイ州民にとって損失である
ハワイ州議会はまたしても精神的苦痛と苦悩に対するTort reformの機会を否決してしまった.医療過誤保険料の上昇でハワイは専門医たちのパラダイスではなくなってしまった.(注・ハワイはパラダイスといわれているが)
弁護士たちは賠償金の3分の1に当たる報酬を宝くじのようにみなしているのではないか.このような状態の結果,医師たちはハワイ州での開業を差し控えるようになってしまった.特に,産婦人科医や整形外科医の場合にそれが著しい.悲劇,悲運、事故,などはどのようなときでも,誰にでも起こりうるものである.しかしわれわれの司法制度が判決で巨額の賠償金を医師や病院に命じるとき,実際にそれを支払うのは(消費者である)私たちなのだ.私たちが敗者となるのだ.
(Kaneohe在住 スタミノア・コウ)
Honolulu Advertiser 3月17日投書欄より.
二番目にご紹介するのは弁護士Rick Fried氏によるコラムである.
Tort reformは医療危機への回答ではない
ハワイ州下院議会の法務委員会は・委員会に提出された事実に基づいて医療過誤補償の上限を限定するキャップの法案を否決した.キャップを採用することにより医療過誤保険料は低下し,訴訟数は減少し、田舎にも医師が居つくようになる,という主張はそれを支持するデータを欠いている,というべきである.ハワイ州上院でもこの法案は否決されたが,その理由はこの法案を支持すべき「事実」がないからである.
保険業界のデータでは医療過誤保険料も訴訟額も決して高騰していないことを示している。ハワイ州のレポートによれば,ハワイ州の訴訟数は2001年には173件であったが,2006年には115件にと,34%も低下している,訴訟はいまや爆発的に拡大しているとの意見とは反対に,事実は訴訟の減少を示しているのである.
さらに,ハワイ州では医療過誤保険料は過去3年間低下しており,決して“爆発”しているわけではない.ハワイ州の最大の保険会社MIECは500万ドルの余剰余のあることを発表しそれにより2005年から7.5%の料金引き下げをおこなっている.2006年と2007年にはこの低料金はそのまま維持された.
実際のところ,診療科目,保険上限額,保険会社が同一の場合には医療過誤保険料金はカルフォルニア州でのほうが高額である.カルフォルニアでは医療訴訟の上限にギャップをかぶせることが過去30年以上にわたり行われているというのに,それでもカリフォルニアの保険料はハワイのそれよりも高額である.カルフォルニア州ではTort reformをおこなった後にも保険料が上昇し続けたが,それは州政府が保険会社の利益を制限する法案を通過させるまで継続した.
(中略)
ハワイ州で医師の数万減少しているとの主張も事実と矛盾している.事実は,ハワイ州の医師数は年々増加しているのである.
2000年に3,044人だった医師は2001年には3,206人,2002年に3,363人,2004年に3,445人,2005年には3,616人となっている.
また,年収25万ドル以上という条件での周辺島域の医師募集に医師が集まらないのも事実である.Tort reformがなされた後でも,カルフォルニアでは田舎で働く医師を見つけるのは困難である,医巨万都市部に集中することは過去20年間にわたり問題となっている.メディケアは田舎で働く医師の報酬を5~10%増額したが,あまり効果は見られていない.
医師の都市部への集中は,カナダ,オーストラリア,日本,などの諸国で同様である.医師が,高い技術水準を持ち,昇進の機会が多く,経済的にもより恵まれ,ライフスタイルの多極性のある都市部に惹かれるのは当然といえる.
今年の3月1日にTort reformに関する公聴会で,私のクライアントが2名証言した.一人は子どもが生まれたときに酸素の代わりに間違えて炭酸ガスを吸入させられた子の母親である.もう一人は生よれたときに過剰な薬剤を投与され,中枢神経障害となった子どもの父親である.これらの子どもたちは24時間のケアが必要なのである.母親は介護のために自分の職を放棄しなければならなかった.これらの症例はまれであるが,このような場合に25~50万ドルのキャップをすることはフェアではない(訳注:Tort reformにおけるキャップは精神的苦痛に対してのみである.医療費や失われた賃金に対してはキャップはない).
キャップの支持者たちでさえ,このような1場合のキャップはフェアではない,ということに同意しているのだ.キャップを設ける理由として,法外な賠償額を訴えるものも,そのような実際例をひとつとして挙げることができなかった.
最後に,医師たちはハワイ州を去る理由として,医療費の低いことや生活費の高いことをあげている.医療報酬は医師の仕事を十分に反映した額でなければならないことに同意したい.(と,これは弁護士の意見である).
Honolulu Advertiser 3月11日のコラムより
三番目にご紹介するのはホノルルの女性整形外科医,Lnda Rasmussenによるコメンタリーである.このコメンタリーは2番目のコラムに対する反論として書かれたものである.
医療過誤保険料は医者を追い払う.Tort reformなくしては,ハワイ医療の予後は良好ではない
ちょっと想像してみよう,あなたはハワイ島でゴルフをしているとする.そのとき突然膝に痛みを覚えた.実はその前に膝の手術をしているのだ.痛みだけではなく,熱と悪寒もある.あなたの友人が近くの病院にある救急室まであなたを連れて行ってくれた,急患室の医師は膝の穿刺を試みる,すると,膿がたくさん出てきた,直ちに手術が必要である.急患室の医師はオアフ島のクイーンズ病院に連絡する,しかしクイーンズ病院は満床で,外科医もすぐにはみつけられない.あなたは今は待つことしかできない.でも,足を失う危険がある,もしかしたら死んでしまうかもしれない,と恐怖に襲われている.
この話は先週,実際に起きたことである。ワシントン州にいるこの患者のお嬢さんは私に電話してきて,ぜひ父を助けてくれ,と懇願した.そのとき(整形外科医である)私は4日も連続して当直していたのだが,この患者を診ることにした.
今,医師はハワイ州からいなくなりつつあるので,このようなことも起きたのだ.その原因は医療費の安さにあるが,それ以外にも医療過誤保険料の高騰が拍車をかけている.医療過誤保険料は整形外科医,産婦人科医,脳神経外科医,一般外科医,などでは2001年から2006年の間に90%増加しているのだ.われわれの議員たちはTort reformの法案を通過させることにより,この窮状を救うことができるのである(訳注:この法案は最近否決されてしまった).
訴訟の危険におびえる医師たちは防御的医療(defensive medicine)を行うようになった.訴訟に備えて余計なテストを繰りかえすことは医療費を高騰させている,患者の病状が自然に悪化すると,それを医師のせいにされないかと眠れない夜をすごす.われわれ医師は完全でなければならないのだ.でも,この世に完全な人間などいやしない.医学生はこの状態を見て,将来進むべき(安全な)分野を選ぶのだ.
ハイリスクな料を選ぶ医師の数は年々減少している.急患室は特に訴訟の対象となりやすい.オアフ島のクイーンズ病院にはかつて38名の整形外科医がいた.いまでは,それがたったの2名となってしまった.ハワイの妊婦たちも危険な状況にある.産婦人科医を探すのが難しくなってきたのだ.産婦人科医の医療過誤保険料はいまや年間69,000ドルである.分娩を取り扱わない産婦人科医でも,その保険料は25,000ドルである.
本年3月12日付けのこのコラムで弁護士のRick Fried氏はハワイ州とカルフォルニア州とを比較している.カルフォルニアは訴訟の多い州として有名である.全国展開する保険会社The Doctor's Companyによればカルフォルニア州の訴訟数は全国平均の2.5倍である,それにもかかわらず、カルフォルニア州での医療過誤保険料金は安定的に推移している.カルフォルニア州での料金を他州と比較してみれば,その料金ははるかに安価である.
Non-economic damage(非経済的損害,すなわち精神的損害を指す)に対する賠償金のキャップをすることは,このもっとも予断を許さない賠償金額を安定させることになる.このキャップ法案が成立しても,医療費,失われた給料,将来の給料,および懲罰的罰金などの金額は影響されない.これらの賠償金は数百万ドルにもなるのである.
よい医師がハワイからいなくなり,治療の機会加減少することにより,ハワイでの医療訴訟はもっと増加するのではないだろうか?きっと,これが弁護士たちの狙いなのかもしれない.
Tort reform は効果があるのだ.テキサス州ではTort reformの法案を2003年に通過させた.その後,テキサス州では整形外科医は152人増加し,産婦人科医は153人,神経外科医は33人増加した.全体の医師数は4,500名も増加したのである.テキサス州への医師の流入はいまだに続いている.
現在いる私の職業上のパートナーはこの5月に辞めて,テキサスに引っ越す予定である.その医師の代替えはまだ見つかっていない.ハワイ州にはTort reformがないと知って,応募者も見合わせている,医療過誤保険がなければ,医師は開業できないし,また病院で手術もできない.
テキサス州では,ある日,議員の妻が交通事故に遭い、重傷の頭部外傷を負った.このとき,この患者を診るべき脳神経外科医がいなかったのである.それがきっかけで,テキサス州ではTort reform法案が成立した事情がある.ハワイ州でも,議員の家族が重傷を追うまで待たなくではならないのであろうか?
Honoluluj Advertiser 3月19日のコラムより
> 現在のTort reformはこの精神的苦痛に対する補償に上限を設けようとするもので,この上限は30万ドルほどが普通である
およそ1ドル=105円として、30万ドルは3150万円です。
一方、日本の死亡慰謝料標準額は、交通事故の「赤い本2008年版」によりますと、
一家の支柱 2800万円
母親,配偶者 2400万円
その他 2000万円~2200万円
本基準は具体的な斟酌事由により,増減されるべきで,一応の目安を示したものである。
日本のキャップのほうが、締まっているようです。
投稿情報: YUNYUN(弁護士) | 2008年7 月26日 (土) 16:37