(関連目次)→医療訴訟の現状 目次 事例集
(投稿:by 僻地の産科医)
日経メディカル5月号からo(^-^)o!!
いつもこのシリーズには注目しています。
割り箸事件は本当に気の毒な事件ですよね。
「割りばし事故」で医師無責
刑事・民事で過失判断に違い
桑原博道 仁邦法律事務所
(Nikkei Medical 2008.5 p149-151)
転倒時にくわえていた割りはしが男児の脳内に刺さり、医師の診察の翌日、急変して死亡しました。医師の過失の有無や男児の死亡との因果関係が問われましたが、刑事・民事とも医師の責任は否定されました。
事件の概要
男児A(当時4歳)は1999年7月10日、母親に連れられて盆踊り大会に行ったが、午後6時5分ころ、もらった綿菓子の割りばしを口にくわえたまま転倒し、口腔内を損傷した。すぐに救急隊が到着したものの、その時点で割りばしは見当たらず、第三者から「割りばしは本人が抜いた」との情報が寄せられた。救急隊は、AをB大学病院に搬送。その際、Aは救急車内で1回嘔吐した。
午後6時40分ころ、B大学病院に到着。午後6時50分ころ診察した
C医師(耳鼻咽喉科医)は、救急隊長から以下の情報を得た。
①綿菓子の割りばしをくわえて歩行中に転倒し、のどに刺さったこと
②割りばしは抜けていること
③搬送途中の救急車内で1回嘔吐したこと――。
C医師は、救急隊長とともに口腔内の傷を確認。その後、Aは処置室内で嘔吐した。C医師は、母親にも診察室に入ってもらって改めて診察。母親はC医師に対して、転んで割りばしがのどに刺さったと伝えた。C医師が再度、舌圧子などを使って口腔内を観察したところ、裂傷があるものの出血は認めなかった。
そこで、C医師は消毒の上、消炎剤と抗生物質を含んだ軟膏を捲綿子で傷口に塗布。処置の直後、Aは嘔吐した。午後6時55分ころ、診察が終わり、午後8時ころ、父親に迎えに来てもらってAと母親は帰宅した。
翌7月11日、午前6時ころまでは母親からみて異常はなかったが、午前7時30分ころ、兄弟がAの異常を発見し、母親が救急車を呼んだ。救急隊到着時、Aは既に心肺停止状態で、午前8時15分ころにB大学病院に収容されて心肺蘇生術が行われたが、午前9時2分、Aは死亡した。
その後、頭部CT検査を施行したところ、後頭蓋窩に硬膜外血腫とAirの混入が認められた。翌7月12日、司法解剖をした結果、頭蓋内に長さ7.6cmの割りばし片が残存していることが判明した。割りばしは軟口蓋を貫通した後、頭蓋底において左頚静脈孔を通り、左小脳半球の脳実質内に達していた(上咽頭腔内を通過していたかどうかについては、争いがある)。
両親は2000年、B大学病院を経営するD学校法人とC医師を相手取り、総額約9000万円の賠償を求めて東京地方裁判所に提訴した(民事事件)。さらに東京地方検察庁は02年、C医師を業務上過失致死罪で起訴した(刑事事件)。
判 決
東京地裁は、06年3月28日に刑事事件について、08年2月12日に民事事件について判決を言い渡した(いずれも控訴審継続中)。
両裁判とも主な争点は、
①十分な問診の上、ファイバースコープによる上咽頭腔の観察や頭部CT検査を施行すべきであったか
②①を行っていれば死亡を避けられたか
――の2点。
各判決の内容は次の通り。
刑事事件では、①は肯定して②は否定した上でC医師を無罪とした。
①に問しては、C医師は割りばしによる頭蓋内損傷の可能性を想定し、付き添いの母親やAに受傷状況について十分な問診をすべきだったとした。その結果、頭蓋内損傷の疑いが強ければ、ファイバースコープによる観察や頭部CT検査が施行されたはずであると判示している。
②については、患者の死因は左頚静脈洞内の血栓による静脈還流障害であり、その治療としては左頚静脈を再建する必要があったが、このような手術で救命するのは技術的・時間的に困難であったとしている。
一方、民事事件では①、②とも否定し、C医師とD学校法人に対する原告の賠償請求は棄却された。
判決は、頭蓋底骨は厚く硬いため、軟口蓋から剌入した割りばしが頭蓋底を穿破したことをC医師が想定するのは難しいと判断。さらに、
①頸動静脈損傷などを疑わせる大量出血がなかったこと
②頚静脈孔内の迷走神経、副神経、舌咽神経の損傷に伴う神経学的な障害を示す所見がなかったこと
③Aが自分で割りばしを抜いたとの証言があったこと
――の3点も、C医師の過失を否定する判断材料となった。
Aが2回嘔吐している点については、頭蓋内圧亢進に伴うものと推測するには嘔吐物が少量な上、救急車内での恐怖や車酔い、舌圧子などによる軟口蓋への刺激、出血を飲み込んだ影響などを考えると、頭蓋内損傷による嘔吐と想定するのは不可能と認めた。こうした状況では、①のファイバースコープによる上咽頭腔の観察や頭部CT検査を施行すべきであったとはいえないと認定した。
②の死亡回避の可否については、具体的な死亡に至った機序は不明としつつ、剌入した割りばしが上咽頭腔内を通過していないので、ファイバースコープを使っても割りばしを確認できたとはいえないとした。また、頭部CT検査でも、Airや血腫は確認できても割りはしの確認はできないと判断した。
さらに、事故発生の翌日の午前6時までは意識状態に大きな変化がなかったため、心肺停止状態になる前に手術するタイミングがあったとはいえないと判示した。
解 説
本件は、事故が発生した当時、新聞やテレビで大きく取り上げられましたが、一審では刑事事件、民事事件ともに、被告である医療側の責任を否定する判決が下されました。
事件の概要から分かる通り、本件は非常にまれな症例です。具体的には、割りばしが軟口蓋を損傷しただけでなく、骨組織に阻まれずに頚静脈孔を通って小脳に達しています,この事実だけでレアケースといえそうですが、さらに、嘔吐はあったものの高度の意識障害や麻痺はおろか、頚静脈孔内を通る迷走神経、副神経、舌咽神経の損傷に伴う神経学的な障害も診察時には認められていません。加えて、C医師には救急隊から、「割りばしは抜かれた」という情報が伝えられていました。
このため、医療側の責任を認めなかった今回の一審判決は妥当なものと考えられます。当時、原告寄りのマスコミ報道が多かった中、裁判官がそれに左右されずに判断したことは、司法の存在意義を示したといえるでしょう。
もっとも、医療側の責任を否定する論法は、刑事事件と民事事件とでは異なっています。
刑事責任も民事責任も、死亡などの結果だけで判断されるわけではないのは当然で、医療側の過失があり、その過失と死亡などの結果との間に因果関係が立証されて初めて認められます。本件の刑事判決ではC医師の過失は肯定したものの、死亡との因果関係については、死亡に至った機序を確定した上で、有効な治療を施すには技術的・時間的に困難であったとして否定しました。
一方、民事判決では、C医師の過失を否定しているので、Aの死亡回避の可否に言及せずとも医療側の民事責任は認められないのですが、あえて触れています。Aの意識状態に大きな変化が見られなかったため手術のタイミングがなかったとし、医療側の過失とAの死亡との因果関係を否定しています。
臨床医であれば誰でも、こうした珍しい症例に遭遇する可能性は十分あります。その意味では、責重な判決といえるでしょう。
本件のように、刑事事件と民事事件が同時に進行するケースは多いのでしょうか?
それほど多くはありません。医療トラブルでは、刑事事件よりも民事事件の方が圧倒的に多いのが現状です。刑事責任も民事責任も基本的には、死亡などの悪しき結果があるだけでなく、
①医療側に過失があること
②その過失と悪しき結果との間に因果関係があること
――が認められて初めて肯定される点は同じです。しかし、患者側は、刑事責任を求めて刑事告訴するよりも、民事責任を求めて賠償請求する傾向が強いのが現実です。また、患者側から告訴があっても、検察官が起訴しないケースが少なくないことも影響していると考えられます。
本件は、刑事と民事で結論が同じですが、医療側の過失の判断に違いがあります。結論自体が異なることもあるのでしょうか?
制度上、刑事と民事は別個の事件で、それぞれに出された証拠資料に基づいて別々の裁判官が判断します。このため、結論が違うことはあり得ます。
そうすると、刑事事件と民事事件は全く無関係と考えていいのでしょうか?
制度上は別々の事件ですが、相互に影響し合います。違う証拠資料に基づいて異なる裁判官が判断するとはいえ、裁判官は先に出た事件の判決を念頭に置いて裁判の判断を下します。また、例えば、医療側が責任を認める方向で刑事事件への対応を進めようと考えるならば、民事事件で患者側と和解すれば、刑事事件では不起訴処分になったり略式起訴で済むなど、有利に働くはずです。逆に、責任を否定する方針で刑事事件に対処するのであれば、民事事件で高額な和解をすることについては慎重に検討すべきでしょう。
割り箸事件。死んだ子も気の毒ですが、刑事被告人にされた医師や、医師を恨み続けて有罪を願っている母さんも本当にお気の毒で、誰も得をした人がいない事件でした。絶対的真実は分かりませんが民事の判決はそれに近いものだと考えます。
投稿情報: 元外科医 | 2008年7 月10日 (木) 22:19
刑事事件は医療現場とかかわった医療者、亡くなった方のご家族、みんなを幸せにできるのだろうか?
というのが最近の私のテーマです。
答えはもう出ているのですが。。。。
(私の中では)
医療者も患者さんも、裁判に期待しすぎです。真実を極める場ではなく「表に出て白黒をつける」のが裁判なのに。。
投稿情報: 僻地の産科医 | 2008年7 月11日 (金) 01:47
僻地の産科医さま
>刑事事件は医療現場とかかわった医療者、亡くなった方のご家族、みんなを幸せにできるのだろうか?
というのが最近の私のテーマです。
答えはもう出ているのですが。。。。
私も同じに感じます。裁判をして、辛さを倍増させているのであろうと....
投稿情報: いなか小児科医 | 2008年7 月11日 (金) 12:49