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(投稿:by 僻地の産科医)
遅くなりましたけれど(忘れてたので)
Medical Tribuneから最終弁論の記事ですo(^-^)o ..。*♡
福島・大野病院医療事故裁判<第14回公判/最終弁論>
弁護側「医療水準にかなう処置」と全面無罪主張
1年4か月の審理を経て結審,判決は8月20日に
Medical Tribune [2008年6月5日(VOL.41 NO.23) p.70]
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/article/view?perpage=1&order=1&page=0&id=M41230701&year=2008
福島県立大野病院で2004年12月,帝王切開手術を受けた女性が死亡した医療事故で,業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた産婦人科医・加藤克彦医師の第14回公判が5月16日,福島地裁で開かれた。弁護側が最終弁論を行い,「癒着した胎盤の剥離を継続した加藤医師の判断・処置は臨床医学の実践における医療水準にかなうものであり,過失はなかった」と全面無罪を主張した。初公判から1年4か月,14回の審理を経て裁判は結審した。判決は8月20日に言い渡される。
注意義務の設定は机上の空論
3月の公判で検察側は,「産婦人科医としての基本的注意義務に違反した」として加藤医師に禁固1年(業務上過失致死罪),罰金10万円(医師法違反の罪)を求刑した。
この日の弁護側の最終弁論は約5時間半に及び,「胎盤の剥離を継続すれば大量に出血し,生命に危険を及ぼす恐れがあることが予見可能であったにもかかわらず,剥離を続けたために患者を失血死させた」,「癒着を認識した時点で剥離を中止し,子宮摘出に移行すべき注意義務を怠った」などとする検察側の主張に対し,逐一反論を展開した。
この裁判では,癒着した胎盤の剥離を継続した同医師の処置が妥当であったか否かが最大の争点となっており,検察側は「剥離を中止して子宮摘出に移行し,大量出血による生命の危険を未然に回避すべき注意義務(結果回避義務)があった」と主張している。
これに対し弁護側は,公判での産婦人科医4人の証言および産婦人科関係の教科書を根拠に,「癒着胎盤症例で胎盤の剥離開始後に途中で剥離を中止し,子宮摘出に移行した例は1例もない」と指摘。「剥離を継続した同医師の判断は臨床医学の実践における医療水準にかなうものであり,術中の医療処置は医療現場における医師の裁量として合理的で,妥当かつ相当であった」とし,「検察側の設定する注意義務は机上の空論にすぎない」と批判した。
剥離と大量出血との因果関係には疑問
患者の死亡との因果関係から,胎盤剥離中の出血量も争点の1つとなっている。手術時の麻酔記録では,羊水込みの総出血量は胎盤剥離開始(午後2時40分)までに2,000mL,胎盤が娩出された2〜3分後(午後2時52〜53分)で2,555mLと記載されている。この点に関して検察側は,3月の論告で麻酔記録中の出血量の記録は正確ではないとし,「午後2時55分時点の総出血量は5,000mLに達していた」と主張。「無理な剥離行為と大量出血による失血死との因果関係は明らかである」とした。
これに対し,弁護側は「午後2時55分時点の総出血量が5,000mLに達していたという証拠はどこにもない」と厳しく非難。「患者の他の死亡原因として羊水塞栓の可能性があり,また大量出血をもたらした要因として産科DIC(播腫性血管内凝固症候群)の発症が考えられる。したがって,検察側が主張する因果関係には疑問の余地がある」と指摘。また,「胎盤剥離中の出血量は最大でも555 mLであり,この時点での大量出血の予見可能性はない」とした。
医師法違反は成立しない
医師法第21条(異状死の届け出義務)違反については,患者の死体に客観的異状が認められないこと,また同医師の医療行為に過失がなかったことを挙げ,判例の基準や厚生省(当時)および大野病院のマニュアルによっても「医師法第21条の構成要件に該当しない」とした。
さらに,仮に該当するとしても上記マニュアルや同院院長の指示から,同医師が届け出をしなくても医師法第21条に反しないと考えたことには正当な理由があるとして,「犯罪は成立しない」と主張した。
また,弁護側は「検察側は専門家の意見を聞くことなく起訴に及んだ」と指摘。「専門的な医療の施術の当否を問題とする裁判において,専門家の意見を聞かなかったことは医師の専門性を軽視するものだ」と強く批判した。
「再び医師として働けるなら地域医療の一端を担いたい」
公判の最後に加藤医師が意見陳述を行い,次のように述べた。
「信頼して受診していただいたのに最悪の結果となり,本当に申し訳なく思っています。もっといい方法はなかったかと考えますが,今でも思い浮かびません。ご家族の方にはわかっていただきたいと思っていますが,受け入れていただくのは難しいと考えています。亡くなられた事実は変えようがなく,私も重い事実として受け止めています。ご家族の方にはつらい思いをさせて申し訳ありません。できる限りのことを一生懸命,精一杯やりましたが悪い結果となり,一医師として悲しく,悔しい思いをしています。私は真摯な気持,態度で産婦人科医療の現場にいました。再び医師として働かせてもらえるのであれば,また地域医療の一端を担いたいと考えています。裁判所には私の話に耳を傾けていただいたこと,また真剣に審理していただいたことに感謝します。あらためて患者さんのご冥福をお祈りします」
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弁護側の最終弁論要旨
結論
被告人は,業務上過失致死罪および医師法違反の罪のいずれについても無罪である。
はじめに
癒着胎盤というきわめてまれな疾患の施術についての過失の存否を判断するに当たって,医療現場で実際に行われている癒着胎盤に対する施術を前提とし,周産期医療の専門家の意見に耳を傾けて,本件施術時点において何が診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であるのかを慎重に見極め,通院カルテ,入院カルテ,麻酔記録,看護記録,検査記録などの客観的な資料を仔細かつ慎重に検討して合理的な判断をすべきである。
検察官は論告において,わが国の周産期医療の権威である2人の大学教授の鑑定意見や証言を,両教授が属する日本産科婦人科学会が被告人の起訴に反対の意見表明をしていることなどを理由に,「公正性や中立性を欠き信用できない」とするが妥当ではない。周産期医療の専門家の意見に耳を傾けずしてなされた本件起訴は,そもそも誤りであったと言わざるをえない。
癒着の部位・程度
本件では検察官が依拠する鑑定と弁護人が依拠する鑑定があるが,胎盤病理や周産期病理を専門として年間2,000例,26年間で5万例を超える症例について病理診断を行い,そのうち約1万6,000例は顕微鏡による病理診断を行っている弁護側鑑定人の信用性が高い。
子宮前壁には癒着はなく,癒着部分は子宮後壁の一部で,面積としては10×9cmの範囲であった。癒着の程度は癒着胎盤のごく一部が嵌入胎盤であり,その深度は一番深いところでも5分の1程度であった。
出血の部位・程度
本件患者は前置胎盤の患者であったうえ,実際には後壁部分の癒着があったため子宮頸部や癒着部位の収縮が悪く,出血がなかなかおさまらない弛緩出血であった可能性がある。それは検察官が主張するように,胎盤剥離を強行したことにより子宮筋層を傷つけ,これにより大量出血したものではない。
検察官は出血の程度について「遅くとも午後2時55分の時点で総出血量は5,000mLに達していることは明らかである」と主張するが,その証拠はどこにもない。また,無理な剥離やクーパーによる剥離によって大量出血したという立証もない。胎盤剥離中の出血は最大555mLにすぎず,大量出血はなかった。
因果関係
本件患者の大量出血は前置胎盤や癒着胎盤に由来する弛緩出血であることも考えられるが,検察側鑑定人が鑑定書において指摘している通り,羊水塞栓や産科DICの可能性も否定できない。患者が失血死したことに関して,胎盤の剥離行為とこれによる大量出血との間に因果関係が認められるとの検察官の主張には,他の死亡原因として羊水塞栓の可能性があり,また大量出血をもたらした要因として産科DICの発症が考えられる以上,疑問の余地がある。
予見可能性について
癒着胎盤は非常にまれな疾患であるが,一般にその発症リスクがあるのは帝王切開既往の前置胎盤患者である。これは,帝王切開の切開部が瘢痕化したり,その部分の子宮筋層が薄くなったりして,前回帝王切開創の上に脱落膜が形成されにくくなるからである。したがって,癒着胎盤発症リスクは前回帝王切開部分,すなわち子宮前壁についてのみ発生する。
子宮後壁の癒着胎盤は,前壁の癒着胎盤よりもさらにまれな疾患である。後壁は帝王切開創痕のような脱落膜を形成しにくいなどの明らかな癒着胎盤の危険因子に乏しいことから,後壁に癒着胎盤が発生する確率は帝王切開既往であるかどうかとは無関係であるし,前置胎盤かどうかということとも有意な関係はなく,超音波検査やMRI検査によっても診断は難しい。
したがって,帝王切開既往の前置胎盤患者の場合であっても,癒着胎盤の発生が予見できるのは,前壁の帝王切開創痕上に明らかに胎盤が付着している場合だけである。本件患者の場合,子宮前壁に癒着胎盤はない。このため,癒着胎盤の予見可能性自体,問題となりえない。
術中超音波検査でも前回帝王切開創痕と推測した部分には胎盤がないことが確かめられていることなどから,被告人が胎盤を用手剥離した時点において,本件患者について癒着胎盤の発症に関する予見可能性はなかった。
「術中の大量出血について予見可能性があった」とする検察官の主張は,全く根拠を欠くものである。被告人が用手剥離に着手した時点で癒着胎盤を認識することは,本件においてはありえない。臨床の実践では用手剥離を開始した場合,常に胎盤の剥離を完了するからである。
また,被告人が後壁部分の癒着を認識した時点,強度に癒着していたことを認識した時点でも,麻酔記録によると胎盤剥離中の出血量は最大でも555mLにすぎず,特に出血量が増大していないから剥離を継続することが適切であり,この時点での大量出血の予見可能性もない。
医療措置の妥当性,相当性
検察官は「被告人には胎盤剥離を中止して子宮摘出術などに移行し,大量出血による生命の危険を未然に回避すべき注意義務があった」にもかかわらず,「クーパーを使用して漫然と剥離を継続し,子宮摘出術などに移行しなかった点で過失が認められる」と主張する。しかし,臨床の実践にはそのような施術例は1例もなく,非現実的な処置である。検察官の設定する注意義務は机上の空論にすぎず,胎盤の剥離を完了してから子宮摘出術に移行するのが臨床現場における医療の実践である。
癒着胎盤で胎盤を剥離しないのは,(1)開腹前に穿通胎盤や程度の重い嵌入胎盤と診断できた場合(2)開腹後,子宮切開前に一見して穿通胎盤や程度の重い嵌入胎盤と判断できた場合(3)胎盤剥離を試みても癒着していて最初から用手剥離ができない場合―である。用手剥離を開始した後は出血していても剥離を完了させ,子宮の収縮を期待するとともに止血操作を行い,それでもコントロールできない大量出血がある場合には子宮を摘出することになる。これが,わが国の臨床医学の実践における医療水準である。
被告人は胎盤剥離後の子宮収縮による止血を期待し,またその後の止血操作によって止血できることを期待して,胎盤剥離を継続したものである。このような被告人の判断は臨床医学の実践における医療水準にかなうものであり,被告人の術中の医療処置は医療現場における医師の裁量として合理的であり,妥当かつ相当である。被告人に結果回避義務がなかったことは明らかと言うべきである。
供述調書の任意性
被告人は2006年2月18日に逮捕され,21日間にわたり身柄拘束を受けた。取り調べは勾留期間中,連日実施され,最大9時間弱に及んだ。その調書は,被告人の言い分が被告人の供述通りに録取されたものではなく,捜査官が被告人に供述させたいと希望した事実を供述という名のもと,供述調書という形式の書面にまとめられたものにすぎず,任意性を欠く。
しかも,捜査官は本件事件の解明に当たり必須の知識である産科医療に関する基礎的な医学知識を欠き,誤った知識を前提に,自然科学をおさめた被告人が供述した内容とは到底考えることのできない客観的事実に反する供述を録取した。本件調書の供述が,被告人の任意になされたものではないことは明らかである。
医師法第21条違反がないこと
本件患者の死体には客観的に異状が認められない。しかも,本件における被告人の医療行為には過失がないので,検察官が指摘する裁判例の基準,厚生省(当時)の「リスクマネージメントマニュアル作成指針」および大野病院の「医療事故防止のための安全管理マニュアル」によっても,医師法第21条の構成要件に該当しない。
さらに,主観的に見ても被告人には異状の認識がないので,「異状があると認めたとき」とする主観的構成要件または故意を欠いている。
医師法第21条は憲法第31条,第38条に反して違憲無効であるうえ,仮に有効であるとしても被告人の行為は医師法第21条の構成要件に該当せず,かつ犯罪の成立を阻却する事由があることから,医師法第21条違反についても被告人は無罪である。
まとめ
本件起訴が産科だけでなく,わが国の医療界全体に大きな衝撃を与えたことは公知の事実である。産科医は減少し,病院の産科の閉鎖,産科診療所の閉鎖は後を絶たず,産む場所を失った妊婦についてはお産難民という言葉さえ生まれている実態がある。産科だけではない。危険な手術を行う外科医療の分野では萎縮医療の弊害が叫ばれ,その悪影響は救急医療にまで及んでいる。
なぜ,このような事態が生じたのであろうか。それは,検察官が公訴事実において,わが国の臨床医学の実践における医療水準に反する注意義務を医師である被告人に課したからにほかならない。
産婦人科関係の教科書には,検察官が指摘するような胎盤剥離開始後に剥離を中止して子宮を摘出するという記述はない。また,本件で証拠となったすべての癒着胎盤の症例で,用手剥離を開始した場合には胎盤剥離を完了していることが立証されている。これが,わが国における医療の実践である。
本件患者は,わが国の臨床医学の実践における医療水準に反した行為により死亡したものではない。被告人の医療行為は本件患者の病態に即して行われた産科の標準的な医療であり,その施術に過誤はない。
本件患者が亡くなったことは重い事実ではあるが,被告人はわが国の臨床医学の実践における医療水準に即して可能な限りの医療を尽くしたのであるから,本件に関しては被告人を無罪とすることが法的正義にかなうと言うべきである。
最初から子宮を摘出したら助けられたということはなかったのでしょうか。
投稿情報: もじ | 2008年8 月15日 (金) 13:32
この事件で胎盤がくっついていたのは一部分だけですので、他の部分ははがれてきます。
剥がれだして、一部だけはがれないことにふと気がつく。
こういった場合のつらさについては私も経験済みで、多くの症例がそうなのですけれど(全癒着胎盤なら、かえってはがれなくって安心ですもん!
こちらをご覧下さい。
http://obgy.typepad.jp/blog/2008/06/post-1341-57.html
投稿情報: 僻地の産科医 | 2008年8 月15日 (金) 13:52