(関連目次)→海外での医療事情
(投稿:by 僻地の産科医)
今月号のメディカル朝日が届きましたo(^-^)o ..。*♡
2008年6月1日発行
海外医療事情と、性感染症を
とても楽しみにしています(>▽<)!!!
海外医療事情は
2月・3月号 アメリカ
4月号 イギリス
5月号 タイ でした。
今回はシンガポールですo(^-^)o ..。*♡
海外医療事情 第5回
シンガポール
医療の皆保険制度がない理由
真野俊樹
多摩大学統合リスクマネジメント研究所・教授
(Medical ASAHI 2008 June p91-93)
シンガポールの医療には際立った特徴がある。それは、アメリカと同様に国民情保険制度がなく、さらにここはアメリカとも違うと言えるかもしれないが、今後も作るつもりがないという点である。
その理由としては、シンガポールは国が小さいこと、さらに大きな要因として、一党独裁政権であることが挙げられよう。ご存じのように、アメリカでも民主党は皆保険制度を考えている様子もあるが、共和党は全くない。やはり社会保障というものは、自由主義の対極とも言える面があるのである。
シンガポールは、小さな国で自由主義を貫徹している国なのである。
私保険と公保険の基本的仕組み
ここでまず、保険制度の意味を考えてみよう。
保険制度がリスクマネジメントの仕組みである点は論をまたない。しかし、この仕組みは私保険か公保険(社会保険)かで大きく意味合いが違う。
社会保険では、加入者が必要とする給付の大きさが社会的に決定されていて、個人に選択の余地はない。私保険はその選択が個人に任せられているし、それに伴って保険料の負担も個々人で異なっている。日本の医療保険はもちろん社会保険方式である。
保険の原則的なあり方から言えば、保険制度への加入者は、自己の保険料の負担能力と、危険が生じた場合の保障の必要性との兼ね合いで加入条件を定める。この場合、私保険では加入そのものが任意であって強制加入ではないし、保険給付の大きさが自分の必要の有無や大小によって選択できるものである。これは、保険集団が構成されても危険率の測定は個別的であり、保険料も個々に決定されてくるし、給付の内容と大きさも個人の必要に応じて異なってくるからである。
このように一般的には、私保険の保険料は個別保険料であって、それに基づく諸条件の決定もすべて個人的なものによるのである。これは給付・反対給付均等の原則に対応したものである。簡単に言えば、多く支払えば多く補償されるわけだ。つまり、私保険の場合には、連帯とか助け合い、といった要素がなくなる点に特徴がある。
まとめると、私保険とは個人が自己責任で加入する保険であり、自己が支払った保険料に見合った形で保険金などの保障が受けられることになる。つまり社会保障の制度とは言いがたい。
しかし、社会保険はそうではない。一定の条件にあるものはすべて強制加入となるし、危険率は保険集団全体の平均的なものとなり、保険料は平等に決定され、平均保険料ないしは平等保険料となる。その給付の内容と大きさについては、個人の欲求とは無関係に社会的に必要とされるものに即して決定されることになる。このように社会的な必要性から保険料や給付が決められるところに社会保険の大きな特徴がある。
社会保険は、強制加入によって保険負担能力のない者(低賃金労働者や低所得者)も加入することになるため、保険財政が不安定化する危険性があることから、保険財政への国家財政の参加ないしは補助が図られている。その補助は個人的にされるのではなく、保険集団全体に対してなされるところに特徴がある。ただし、国の補助が管理運営費にとどまる(いわゆる事務費に当たる付加保険料の負担になる)場合や、日本のように給付費または保険料の一部に参加してくる場合もある。
少し専門的になるが、理論的には、社会保険の管理運営費は国の補助によって行われているので、社会保険の保険料は純保険料であるということになり、日本と比べると私保険に近い。ドイツはこの形をとっている。そして、国家財政が管理運営費を超えて給付費や保険料の一部に参加してくる場合、その点に社会保険の意義が追加される。日本の場合がこれに当てはまる。
医療費が極端に少ない国、シンガボール
そういった知識を持ったうえで、シンガポールの医療保険制度を眺めてみよう。
シンガポールの面積は699km2で、東京23区、あるいは淡路島とほぼ同じ面積を持つ。 1965年にマレーシアから分離・独立後、急速に発展し、現在のシンガポールの人口は世界第118位、448万人あまりであるが、2006年のGDPは1322億(US)ドルで、東南アジア随一の経済力を誇る。国民1人当たりの名目GDPは約3万ドルで、日本の約3万4000ドルに次いでアジア第2位である。
01年の国民医療費は76億シンガポール・ドル(1シンガポール・ドル=78.79円〔07年1月21日])で、日本円にすると6000億円くらい、国民医療費はGDP比(01年)で見て3.8%となっている。ちなみにアメリカが約14%、日本が約8%である。シンガポールはさらに全医療費の中の政府負担はわずかに18億シンガポール・ドル、GDPの0.9%であるから、日本の約7%(社会保険含む)と比べればとても少ない。
この医療費の少なさの理由の一つには、高齢化が進んでいない若い国であるということが挙げられる。さらに医療費は基本的に個人負担となっており、政府は基礎的な医療にしか責任を持たない。一般的な医療はあくまで個人の責任範囲と位置付けられている。
個人による貯蓄を個人で利用するシステムを政府が管掌している点で、社会保険の枠組みで個人から徴収し資金を公的に配分する日本の医療保険システムと大きく異なっている。日本においては、公的保障の観点から医療コストに対する意識が薄く、医療費抑制が働きにくい側面があるが、シンガポールでは個人の積み立てによる口座を個人で利用することから、医療費の抑制という面や医療サービスの質でシビアに医療機関を選択する傾向があるように思われる。しかし、一方ではこれは格差医療につながっている。
メディセーブをはじめとする三つの医療保障制度
自己責任という意味では、まずメディセーブという仕組みを挙げねばならない。これは年金の一部分であるが、これで医療費を払うことができる。この年金は、原則すべての国民が給料の2割を、CPF(Central Provident Board ; 中央積立基金)と呼ばれる強制貯蓄制度によって国の管理下にある個々人の口座に積み立てることが義務付けられているものだ。そして、企業が雇用者負担として、披雇用者の強制貯蓄額の約半額からほぼ同額(経済事情によってその額は変動する)を、拠出している。
この制度は、老後に備えて貯金するという発想のもとで始まり、現在では、主に年金・医療費・住宅購入費などの国が認める用途に限って引き出しができる仕組みになっている。若いうちから計画的に将来のことを考え、健康な時から病気になった場合に備えることを国が義務付けているのだ。
このCPFは、使わなければそのまま年金として積み立てされる。
一方、メディシールドは任意加入で、保険料を払うことで、入院時にはその費用が一部この保険でまかなわれる。日本の健康保険に似ているが、任意加入であること、風邪で病院にかかるというような外来治療には適用されず、がんや腎不全といった特殊な疾患にのみ適用されること、免責額があること、保障額に上限があることなどが異なり、どちらかというと日本での民間入院保険に近い。
その他にメディファンドという基金がある。この基金は、政府の支出による、生活困窮者の医療費を補助するための基本財産である。この基金の利子は公立病院や医療費の支払いができない患者に支給される。すべての病院にはこの利用方法を検討するメディファンド委員会があり、日本で言うソーシャルワーカーがその任に当たる。日本ではこのような制度はないが、強いて言えば生活保護がこの代用をしているのであろう。
入院前のファイナンシャル・カウンセリング
ところで病院では、部屋のグレードが、クラスA、B1、B2、C、Dと分かれている。クラスAだと100%個人負担、クラスB1だと8割といった自己負担になる。ただし、ここで言う個人負担とは、メディセーブやメディシールド、足りなければ自分で払う金額のことを指している。
言い方を変えれば自己負担額以外の部分は政府が支払う「政府補助が0%(クラスA)、20%(同B)」というように考えるほうが分かりやすい。グレードが低い場合、部屋は戦争中の野戦病院のような大部屋で、そこでの医療は、ほとんど自分の懐を痛めなくて済むのである。
このあたりが、前回述べたタイでもそうであるが、医療そのものでないアメニティに関する費用は徹底的に自己負担とするという考え方が見られる。
ちなみに、比較的価格が安い病院であるアレキサンドラ病院(後述)のベッド料金/日(シンガポール・ドル)は下記の通りである。
A 239.4
B1 157.5
B2 45
C 23
なお、シンガポールでは、入院前のファイナンシャル・カウンセリングが義務付けられており、保健省の資料等を使って予想値段を説明し、患者からサインを貰う義務がある。正確な金額は退院後でないと分からないが、患者はこの時点で、メディセーブを使うかどうかを決める。
1980年代に国立病院の民営化が始まった
最後にシンガポールを代表する病院を二つ紹介しよう。
シンガポール国立大学病院
シンガポール唯一の医学部があるシンガポール国立大学(National University of Singapore ; NUS、写真1)に隣接するシンガポール国立大学病院(National University Hospital;NUH)は、唯一の「大学病院」である。しかし、日本のような意昧での「医学部附属病院」ではない。
日本の厚生労働省にあたる保健省から、民営化についての方針が出されたのは1980年代である。それを受けて、シンガポール国立大学病院がその先陣を切って1985年に民営化された。それまでは固定の予算制であった病院が民間となり、利益も追求していく、という形になったのである。
シンガポール全体の国立病院が二つのグループに分けられ、民営化か始まった。シンガポール国立大学病院が所属するのはナショナルヘルスグループで、このグループには1000床を誇るタントクセン病院や、メンタル専門病院、最後に民営化された旧軍人病院のアレキサンドラ病院が属する。
シンガポール国立大学病院は952ベッド、六つのICU、15のオペ室を持つ巨大病院である。スタッフも総計で3670人、医師は523人、看護師は1600人である。
研究もさることながら、マネジメントについても特筆すべきことが多い。例えば、BSC(バランス・スコア・カード)やTSO(国際標準化機構)、シンガポール品質クラブといった賞を獲得し、医療機能評価の国際限であるJCI(国際医療機能評価機関)の認定も受けている。
アレキサントラ病院
シンガポール西部に位置するアレキサンドラ病院(写真2、3)は、イギリス軍の極東における基幹病院として1938年に開設された。 71年にイギリス軍が引き揚げた際、アレキサンドラ病院と命名され、一般市民に開放された。現在は一般および急性期患者を対象とした、400床、スタッフ数1020人(医師117人、看護師373人、経営管理その他378人など)の病院で、緑と青色の美しいコロニアル調で統一されたホテル並みの建物、手入れの行き届いた美しい庭園を持ち、公的な施設というイメージはない。
もちろん、NUHに比すれば規模は小さいが、BSCやISO、シンガポール品質クラブといった賞等は、NUHと同等のものを取得している。
参考文献
佐口卓、土田武史共著:社会福祉選書④
社会保障概説 第五版:光生館、2006
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