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(投稿:by 僻地の産科医)
看護師、薬剤師、リハビリ
~医師不足の次に来る危機~
中村利仁
北海道大学大学院医学研究科医療システム学分野助手
日経メディカルオンライン 2008. 5. 12
(1)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/mric/200805/506420.html
(2)http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/opinion/mric/200805/506420_2.html
(3)http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/opinion/mric/200805/506420_3.html
(4)http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/opinion/mric/200805/506420_4.html
(5)http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/opinion/mric/200805/506420_5.html
1)7対1看護は看護師不足を表面化させただけ
今から1年以上前、2007年1月14日付の読売新聞は、「看護師不足、全国の病院で争奪戦」(社会部岩永直子)と題して、診療報酬改定による7対1看護導入の影響を報じました。
記事中でも指摘がありましたが、日本の看護師の養成数や離職率は最近になって急激に増減したというわけではありません。7対1看護導入の前後で病院報告(平成17年、平成18年各10月)の常勤換算看護師数を見ると、全国で56万7968.9人から59万6544.9人へ、1年間で2万8576.0人と約5%増えています。
患者さんの数もまた、この数年で急増したわけではありません。同じ病院報告では平均在院患者総数は138万2190人から135万8965人とむしろ1.7%減少し、年間退院患者数でも1411万5769人から1432万3777人と1.5%増えたに過ぎません。
それでも、その後も病棟閉鎖の報道は後を断ちません。何が起こったのでしょうか。
都道府県別に見てもあまり変化は目につかず、7対1導入前後で病院看護師が減ったのは、岩手県だけです。ところが退院患者数の全国平均である1.5%増と比べ、それに達しなかった県は東北5県(青森、岩手、宮城、山形、福島)に島根を加えた6県へと拡大します。これらの県では、患者さんの本来の自然増に耐えられるだけの看護師の増員が得られなかったということになります。
これを二次医療圏単位で見ると、やはり自然増すべき増員の得られなかった医療圏は122、得られた医療圏は237となります。実に3分の1の医療圏で看護師不足が悪化しました。この中で最も多く減らしたのは埼玉県中央保健医療圏(さいたま市、鴻巣市、上尾市、桶川市、北本市、伊奈町、川口市、蕨市、戸田市、鳩ヶ谷市)の178.9人(97.3%)で、最も増やしたのは東京都区中央部保健医療圏(千代田区・中央区・港区・文京区・台東区)の2382.3人(130.9%)でした。これを二次医療圏単位で見ると、やはり自然増すべき増員の得られなかった医療圏は122、得られた医療圏は237となります。実に3分の1の医療圏で看護師不足が悪化しました。
この中で最も多く減らしたのは埼玉県中央保健医療圏(さいたま市、鴻巣市、上尾市、桶川市、北本市、伊奈町、川口市、蕨市、戸田市、鳩ヶ谷市)の178.9人(97.3%)で、最も増やしたのは東京都区中央部保健医療圏(千代田区・中央区・港区・文京区・台東区)の2382.3人(130.9%)でした。また、増減の比で目を引いたのは、76.9%(537.0人から412.7人と124.3人減)となった釜石医療圏でした。
具体的に見ても様々な状況があるようです。県庁所在地のある医療圏のうち、盛岡、仙台、埼玉県中央、横浜南部、富山、中北(山梨)、静岡、大阪市、神戸、奈良、松江、東部I(徳島県)で自然増相当の増員がえられていません。さいたま市、大阪市ではむしろ7対1看護の導入前後に看護師が減少しており、看護師は必ずしも都市の大病院に集中したわけではないということが言えます。(なお、新潟県、山梨県、山口県はこの間に二次医療圏の圏域を変更しており、そのためこれらの県では所属する市町村を参考におおむね相当する医療圏に振り分けて分析しています。)
もし、7対1看護の施設基準をクリアするような病院に看護師が移動しても、患者さんもまた同様に移動するのであれば、取り残された看護師が負担に押し潰されるというような状況は起きようがありません。在院日数が短く病床稼働率の高い病棟が閉鎖されるというような椿事が起こるはずもないのです。
全国で1年間に2万8千人あまり看護師が増加し、地域の看護師が相対的にわずかな減少に留まり、あるいは7対1看護導入の影響によってむしろ増加する中で、それでもなお患者さんたちが行き場を失っているとしたら、それは「本来の不足がちょっとした不均衡の出現によって表面化した」と考える必要があるでしょう。日本の看護師の分布には余裕というものがありません。ほんの少し触っただけで壊れてしまうような、危ういガラス細工のような構造になっているのです。
2)看護師不足の対策は看護師の増員ではない
では、現状の看護師不足への対策として、看護師の養成数増加や離職率低下は採用できるのでしょうか。中長期的には他に方法がありません。病院病床数がどうなろうとも、看護を必要とする患者さんの数は、高齢者が増え続ける向こう20年間、増えこそすれ減ることはありません。対象人口が減少する産科や小児科といった分野でさえも、医療技術の日々の向上は、かつてならすぐに亡くなっていたであろう重症者を救命し、結果として延命や回復に至る過程で看護師の負担増加をもたらします。自由貿易協定(FTA)と経済連携協定(EPA)による外国人看護師の導入は、個々の医療機関にとっては貴重な戦力となりえますが、全体で年2万8千人純増してなお不足している状況では、短期的にはもちろん長期的にも影響は小さいと考えざるをえません。
短期的に有効な対策の一つは、スキルミックスの変更です。
ヴァージニア・ヘンダーソンは、「看護とは、基本的欲求を自力で充足するのに必要な体力、意思力、知識の不足を補いながら、対象の基本的欲求の充足を助け、その人ができるだけ早く自立できるよう相互の関わりを通し援助すること」と喝破しました。しかしながら、現にわが国の介護保険事業の現場では、障碍者に対して、病院であれば看護師が忙殺されているのと同じ業務の一部を、介護福祉士やホームヘルパーが難なく行っています。7対1看護の急性期病院であれば看護師や研修医が行っている業務の少なからぬ部分を、10対1や15対1看護以上の看護師配置の薄い施設では、看護助手や事務職員が行っています。
より深刻な問題として、諸外国、特にアメリカでは専門職である看護師を、非熟練労働者である看護助手と入れ替える動きがあり、各々の業務範囲と配置の割合について真剣な議論が行われています。わが国の病院の現場においても、看護師が担うべき業務の範囲を縮小し、その代替の人材の導入が短期的にも長期的にも不可避です。
では、どこまでを置き換えていくことが可能なのでしょうか。また、適正なのでしょうか。歯止めのない置き換えは、あまりにも不用意です。看護師不足という状況の中で、看護師は、看護というものの独自の機能、独自の価値が何に由来するものであるのか、証拠を持って証明することを迫られています。
3)薬剤師不足は医薬分業の影響
平成18年3月の第91回薬剤師国家試験の合格者数は8202名でした。また、医師・歯科医師・薬剤師調査によれば、平成16年から同18年の2年間で、薬剤師は24万1369人から25万2533人へと、退職者を差し引いても年平均で5600人近い純増がありました。ところが、平成17年から同18年の病院報告によれば、病院勤務薬剤師の増加は全国で40199.6人から40402人へと、わずかに282.4人(0.5%)でした。実は薬剤師の増加分の大半は薬局勤務者となっているのです。
近年に至って、漸く医薬分業体制が推し進められることとなり、調剤薬局チェーンが活発な店舗展開を行っています。医薬分業を強いられる病院としては、調剤薬局は必要不可欠なパートナーです。また、調剤業務を扱わない薬局チェーンもあり、こちらでも薬剤師は需給の逼迫した状態です。薬剤師は病院に寄りつかなくなっています。
ところが、医療安全確保の必要と医師不足の結果として、病院薬剤師の活動の強化と高度化が求められています。外来患者のための内服薬の院内調剤業務が減少する一方で、特に服薬指導、輸液等の院内調剤、それにともなう当直業務導入により、病院薬剤師の必要数はジワジワと増加しています。医師不足および看護師不足はこのまま徐々にではあっても確実に深刻化していきますが、薬剤師不足もまた、どこかで臨界点を超えて表面化してくることになるでしょう。
4)PT、OT、ST不足
理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)は別の問題を抱えています。特にPT、OTは、拡充の急がれている回復期リハビリテーション病棟で起床時から就寝時までの日常生活への復帰を支援するためにも、夜勤あるいは当直に準じた勤務形態が不可欠です。これには病棟単位でおおむね各々5?7人の配置が最低限必要です。ところが、PTでは岐阜県が38.2人を純減させ、OTでは山梨県が98.3人の純減、また秋田県全体では3.6人の純増に留まっています。医療圏でいえば197箇所でPTが、204箇所でOTが、減少もしくは5人に満たない純増に終わっています。そのような医療圏では、回復期リハビリテーション病棟の整備も望めません。
回復期リハビリテーションは、患者の家庭環境や住環境と密な連携が必要であるという点で、大都市の医療ではありません。しかし分散配置されたPT、OT、STは、明らかに人手不足を原因として成果が出せないという苦境を味わうことになります。充分な人手があればより良いADLを獲得できたはずの患者の迷惑は言うまでもありません。
5)新規事業は増員か配置転換を必要とする
これまで見てきたように、看護師不足、薬剤師不足、PT・OT・ST不足は密かに深刻化しつつあります。特に看護師については、その対策の中で自らを見失う危険すら存在しています。
「日本の医療は社会主義計画経済」と一般に言われますが、これまで新規事業が医療に導入される度にその報酬や施設基準については活発に議論されてきているのに、新たに必要とされる人材がどれほどの数になるのか、真剣に検討されたことがありません。
どのような企業・産業でも、新規事業の導入に当たっては既存事業の見直しと増員を検討するものです。しかし医療という計画経済の中では、近年、その肝心の人員配置計画が為されてきていないのです。また制度設計の中で、各々の担当する業務範囲が患者さんの必要とするサービスを継ぎ目なくカバーしているのかどうかも検討されてきていません。
既に看護師については手遅れの感があります。看護の本質に業務を絞り、不足は非専門職の大量投入によって補うしかない状況にあるように思います。なかでも在宅医療分野では、訪問看護や地域リハビリテーションといった増員が必要な事業の拡充が急がれています。いつまで危機が表面化せずに済むものか、あとは時間の問題というところまできているのです。
なかむら としひと氏○1991年北大医学部医学科卒業。2005年北大大学院医学研究科社会医学専攻社会医療管理学講座医療システム学分野助手。2006年東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム部門客員研究員併任。
病床数の倍の職員数がEUで4倍が米国です。
日本は平均すると病床数の半分しか職員がいません。
急性期病院の業務量は病床数の倍の人員が必要ですから、7対1看護で看護師しかいない公立病院は人手不足で患者を寝たきりにしています。
急性期の民間病院は病床数の倍程度の職員を使っています。
循環器疾患を中心に救急もおこなっている病院では100床当りで180名以上の職員がおり、亀田メディカルセンターは05年時点で100床当り207名、倉敷中央病院200名、相澤病院は199名です。
平均だけ見ると世帯の貯蓄額は大きいのですが、個別に見ると二層化しているので平均額は意味がありません。
同様に医療統計を平均で見ると、老人病院から高度医療施設まであり、平均は意味をなしません。
平均を使った論文の根拠は弱いと考えます。
投稿情報: 近森正昭 | 2008年5 月22日 (木) 13:15
掲載ありがとうございました。
近森先生、こんにちは。
ご指摘ごもっともと思います。投下資源である病床数とやはり投下資源である人員を比較することにはあまり意味がありません。
さらによく読んでいただけますと、病床数ではなく退院患者数を基準として用いていることにお気づき頂けるかと思います。こちらは負荷あるいは産出ですので、人的資源の投入量と比較することに一定の意味を持つと考えております。
投稿情報: 中村利仁 | 2008年5 月22日 (木) 16:24