(関連目次)→他科でも顕著な医療崩壊 目次 医療事故安全調査委員会
(投稿:by 僻地の産科医)
全体的には「むかっ」とくる記事が
多かったのですが、これ面白かったです。
ぜひぜひどうぞ ..。*♡
このままでは法医学が崩壊する
出羽厚二
新潟大学法医学准教授
(Cadetto spring '08 p18-19)
時津風部屋・力士急死事件で鑑定に当たった
新潟大学法医学准教授の出羽厚二氏に聞く
事件の経緯
2007年6月26日、大相撲時津風部屋の序の口力士、時太山(本名:斉藤俊さん、当時17歳)が稽古中に倒れ、搬送先の犬山中央病院で死亡が確認された。死因は「虚血性心疾患」とされ、前時津風親方(本名:山本順一容疑者)は、「原因は分からない」と会見し、稽古中の暴行や制裁を否定した。ところが、6月28日に遺族の要望で遺体を解剖した新潟大学法医学准教授の出羽厚二氏は、バットなどで殴られた無数の傷による「外傷性ショック」が死因だと判断。出羽氏が10月5日に鑑定言を提出した後、警察の捜査が進み、名古屋大での再鑑定を経て、愛知県警は08年2月7日に前親方と兄弟子3人を、傷害致死容疑で逮捕した。
昨年6月、時津風部屋に所属する力士の時太山が、稽古中に亡くなった事件で、私は遺族の要請を受けて解剖を行った。この時点で犬山中央病院は、死因を心不全としていた(犬山署はなぜか「虚血性心疾患」と発表)が、遺体の状況を不審に思った遺族が新潟県警に相談し、私の元に連絡が来た。今から思えば、遺族の思いに真摯に対応した新潟県警のファインプレーだったといえる。
その時は、土俵外で暴行があったなどとは、想像もしていなかった。だが遺体を一目見た瞬間、私は「まるでリンチされたかのようだ」と感じた。仕事柄、リンチ後の遺体を何度も見ているからそう思ったが、これが稽古の範疇か、それを超えたものかの判断は、稽古の実際を知らない私には見た目では分からない。しかし、遺体の表面状況と解剖の結果から、解剖当日に「多発外傷による外傷性ショックの疑い」と判断した。
判断の理由は、「特定の致命傷」が無いこと。「外傷性ショック」とは、いくつもの傷が総合して「致命傷」になるわけで、何か1つの傷が致命的なわけではない。時太山の全身には、それだけ多くの傷があったのだ。
この後、警察の捜査が進み、私が10月に死因を「多発外傷による外傷性ショック」とした鑑定言を提出。再鑑定の後、今年2月、当時の親方や暴行を加えたとされる兄弟子が逮捕されたことは、周知の通りである。
露呈した検視体制の不備
この事件は、ご両親の英断がなければ明るみに出なかった可能性もあり、警察の不十分な検視体制が世間で大きな話題になった。
例えば、犬山中央病院で行った検視では、時太山の右脇の下にあった「2ヵ所の二乗条痕」の写真が撮影されている。これは、“丸い棒”などで強打した時にできるもので、見逃されるべきものではない。写真があることから、二重条痕が重要だという認識があったはずで、この段階で犬山署は、「通常の稽古ではない」と判断すべきだったのではないか。
誤解のないように言えば、検視を行った犬山中央病院は責められるべきではない。遺体に対して、CTや腹部と胸部レントゲン、脊髄液の採取まで行っており、臨床医としては十分すぎる対応をしている。また、26日の時点では、遺体はそれほどひどい状況ではなく、致命傷がないことからも、死因の判断が難しかったはずだ。私が見た28日には、死後変化も加わり臀部と大腿部に度重なる痛打が浴びせられたことが一目で分かるくらい、状態が変化していた。
再鑑定のやリ方に疑問
また、愛知県警が名古屋大に再鑑定を依頼した(遺族は依頼していない)経緯も、大きな疑問だ。鑑定内容が捜査や立件に不十分なら、愛知県警か名古屋地検からの質問が、私にあるべきだ。しかし、実際は電話1本とファックス1枚だけで、電話で1度回答しただけ。そこに「再鑑定が行われる」という報道が先行する形で連絡があり、あわてて資料(ホルマリン固定した臓器、パラフィンブロック、スライド)を提出した。
依頼先もおかしい。信頼性を高めるために再鑑定を行うならば、委嘱先は客観性や中立性を持つ、愛知県外の法医、できれば病理医が適当だろう。実際、名古屋大で鑑定した法医学の教授も、「私でいいのでしょうか」と話すほど。そもそも再鑑定は、裁判中に要請するのが普通だ。
そして結果的に名古屋大の結果も、組織像の解釈は異なるが、「外傷性ショック」であり、私の結論と同じだったわけだ。
にもかかわらず、新聞は、「出羽鑑定では不明だったが、名古屋大の再鑑定で、2日間にわたった暴行で死に至ったことが裏付けられた」という論調を繰り返す。多くを語らずとも、私がとてもむなしい気持ちになったことは、ご理解いただけると思う。
「正しい鑑定」が崩れていく
今回の件を通して、私は警察や検察との関係を深く考えさせられた。多くの法医は、警察から依頼された仕事を「してあげている」感覚だと思うが、それは実に甘かったのだ。彼らは今回のように、平気で信頼を裏切ってくる。本来、遺体の扱いというのは法務省、警察・検察、厚生労働省の3つが関与する仕事。それぞれが法医との間に信頼関係を構築し、人材や金銭面の支援体制があってこそのものだと思う。しかし、既に警察・検察との信頼関係が揺らぎ、ほかからのサポートもない状態であり、法医学の未来は不安だらけだ。
さらに、法人化などの影響もあり、多くの法医学教室では、欠員を補うための雇用すらできない。法医を目指す若手はただでさえ少ないのに、一層、志望者を遠ざけている状況だ。これでは、裁判の根底にあるべき「正しい鑑定」すら、崩れていくことになりかねないと憂慮している。
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