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(投稿:by 僻地の産科医)
日本の死産の疫学
日本産科婦人科学会
周産期登録データベースから
佐藤 昌司
大分県立病院総合母子医療センター
(産科と婦人科・2008年・4号(9)p413-417)
2001~2004年の目本産科婦人科学会周産期登録データベースをもとに,わが国における死産症例の疫学的検討を行った.死産率は0.9~1.1%で,20歳末満および40歳以上で死産率が高かった.主要臨床死因では常位胎盤早期剥離,形態異常,双胎間輸血症候群などが大きな比率を占めていた.常位胎盤早期剥離に併存する基礎疾患で最も多かったものは妊娠高血圧症候群であり,妊娠32週未満において比率が高かった.
以上より,若年妊娠ならびに高齢妊娠は死産の背景因子であること,高次産科医療機関における死産には常位胎盤早期剥離や臍帯因子のように突発的事象に起因し周産期医療の向上によって死産を回避することが可能な事例が少なからず存在することがわかった.一方で,わが国での死産の実態を把握し予防するためには,疫学的検討が可能なデータベースの整理・統合も必要と考えられた.
はじめに
周知のごとく日本における周産期死亡率は世界第1位の低率であり,その背景には日本人全体の教育ならびに生活水準の高さと周産期医療従事者のたゆまぬ献身的診療がある.一方で,周産期死亡のうち死産に関する疫学的集計に関しては,厚生労働省の統計が存在するものの,詳細な内訳に関する情報が乏しいことも事実である.このような背景から今回,日本産科婦人科学会が2001年から集計を続けている周産期登録データベースをもとに,わが国における死産症例の年次推移および原因・背景疾患について概説する.
周産期登録データベースからみた死産の現状
筆者らは,2001~2004年の4年間に日本産科婦人科学会(JSOG)周産期登録データベースに登録された妊娠22週以降の出産児224,485例を対象として,わが国における死産の疫学的検討を行った.JSOG周産期登録データベースは2001年より同学会で開始された二次・三次施設を中心とした妊娠22週以降の全出産例を対象とする登録データベースであり、登録施設数は117~125施設,このうちMFICU(母体胎児集中治療室)をもつ施設が約70~85%を占めている1~4)。4年間に本データベースに登録された死産症例は2,316例であった.以下,本調査によって得られた成績を述べる.
1.死産数(率)の年次推移,母体年齢および分娩時妊娠週数
死産数(率)の年次推移については,対象例に占める周産期死亡数,死産数,早期新生児死亡数がそれぞれ4,086,2,316および1,770であり、死産率は1.0%,周産期死亡の56.7%が死産例であった.
4年間の死産率および周産期死亡のうち死産の占める比率はそれぞれ0.9~1.1%,54.2~57.6%とほぼ一定であった(図1).対象例における母体年齢を20歳未満,20~24歳、25~29歳,30~34歳,35~39歳,40歳以上に分けて死産数および死産率を検討した結果,各年齢層における死産数(死産率)はそれぞれ40例(1.18%),228例(1.07%)、604例(0.91%),725例(0.88%),403例(1.0%)および94例(1.3%)(316例は母体年齢不詳)であり,20歳未満および40歳以上では他の年齢層に比較して死産率が高かった(表1).
さらに,妊娠22~23週,24~27週、28~31週、32~36週および37週以降における死産数ならびに死産率を算出した結果、各々の妊娠週数における死産数(死産率)はそれぞれ313例(33.3%)、519例(13.0%)、444例(6.3%)、594例(2.0%)および446例(0.2%)であり,早い妊娠週数ほど顕著に死産率が高い傾向がみられた(表2).
同様の成績は人口動態調査5)でも得られており、若年妊娠ならびに高齢妊娠は死産の背景因子として念頭に置くべき群であることを示している.一方,死産症例の分娩時妊娠週数に関しては,妊娠週数が早い群において早期新生児死亡率が高値を示すことは当然であるが,死産率についても同様の傾向を示した背景として,生育限界の視点からみた胎児救命(急速遂娩)の断念,致死的な胎児形態異常あるいは多胎妊娠における一児の健常性悪化など疾病胎児に対する医学的介入の断念など、いくつかの理由が考察される.しかしながら、本データベースの集計のみから詳細な理由を抽出することは不可能であった.
2.死産症例の背景疾患
JSOG周産期登録では周産期死亡例における臨床死因を
①妊娠高血圧症候群 ②その他の母体疾患
③前置胎盤 ④常位胎盤早期剥離
⑤その他の胎盤異常 ⑥臍帯の異常(臍帯因子)
⑦胎位・胎勢・回旋の異常 ⑧娩出力の異常
⑨以上に含まれない新生児呼吸障害
⑩以上に含まれない胎児・新生児低酸素症
⑪以上に含まれない胎児・新生児損傷
⑫以上に含まれない低出産体重
⑬胎児形態異常
⑭胎児・新生児の溶血性疾患
⑮周産期の感染 ⑯多胎・双胎間輸血症候群
⑰非免疫性胎児水腫 ⑱その他・不明,の18項目に分類している.
死産症例の主要臨床死因をみると,2,316例のうち原因不明が580例(25.0%)であった.原因あるいは背景疾患が存在した症例の内訳では,常位胎盤早期剥離が最も多く412例(17.8%),次いで胎児形態異常(胎児水腫を除き、染色体異常を含む)393例(17.0%),臍帯因子(臍帯脱出,圧迫など)374例(16.1%),多胎・双胎間輸血症候群186例(8.0%),非免疫性胎児水腫130例(5.6%),周産期の感染(絨モ膜羊膜炎,母体感染を含む)68例(2.9%),胎盤疾患(常位胎盤早期剥離,前置胎盤を除く)65例(2.8%)妊娠高血圧症候群61例(2.6%),以上に含まれない胎児・新生児低酸素症53例(2.3%)、その他の母体疾患47例(2.0%)であり常位胎盤早期剥離および形態異常、双胎間輸血症候群などの胎児疾患が大きな比率を占めていた(図2).
さらに,主要臨床死因の上位を占めていた常位胎盤早期剥離,胎児形態異常、臍帯因子および多胎・双胎間輸血症候群の4死因について分娩時妊娠週数との関連を検討した.その結果、4つの主要死因のなかで常位胎盤早期剥離および胎児形態異常はいずれも妊娠後期に至るほど,一方で多胎・双胎間輸血症候群は妊娠中期ほど死産数および各妊娠週故における死産故および死産率ともに高い傾向が認められた(図3).対象としたデータが高次産科医療機関から得られた資料であることを考慮すれば,この結果は死産の内訳に疾病胎児への介入断念による自然史と,母体合併症や羊水量の異常を背景とした突発的事象とが混在していること,そして前者には胎児形態異常や双胎間輸血症候群,後者には常位胎盤早期剥離や臍帯因子などが包含されることを示唆する.
臨床死因で第1位を占めた常位胎盤早期剥離に併存する基礎疾患を調査したところ,最も多かったものは妊娠高血圧症候群であり(125/412 : 30.3%),妊娠32週未満,とりわけ28週未満の常位胎盤早期剥離に起因する死産例で合併する比率が高かった(図4).妊娠高血圧症候群が常位胎盤早期剥離の重要な背景疾患であることは論を待たないが6),一方で高次医療機関において脱出された死産症例においても妊娠高血圧症候群を高率に合併している事実からは,わが国における死産例のなかに,周産期医療のさらなる向上あるいは胎児・新生児治療の進歩によって死産を回避することが可能な事例が少なからず存在することが伺える.
3.死産の疫学的検討に関する問題点
厚生労働省の人口動態調査によれば,2004年における妊娠22週以降の死産率および早期新生児死亡率は1,000出産あたり各々3.9および1.1であり,おおむね両者は約4:1の比率で年次的にも一定している.一方,今回検討したJSOG周産期登録データベースにおける死産例:早期新生児死亡例の比率は約1.3:1(2,316 : 1,770),死産率および早期新生児死亡率はそれぞれ1.0%および0.79%であり,両者ともに人口動態調査の数値より高率である.対象とした全出産数(224,485例)は当該期間におけるわが国の出産数の約5%であるのに対して,周産期死亡数(1,770例)は当該期間におけるわが国の全周産期死亡数の約16%に相当する.
このことは,本データベースの登録施設が二次・三次産科医療機関が主体であり,今回検討対象とした死産例はハイリスク母体・胎児に対して胎児救命を目的に搬送ならびに管理を受けた症例群が中心であることを示している.すなわち,今回の成績は母体搬送を中心とした症例群,換言すれば高次医療機関に児救命目的で搬送されたsubgroupにおける死産の実態を表した成績と考えられる.
一方で,今回の検討にあたって死産例の詳細調査に間する問題点も明らかになった.現在,日本における本分野の集積情報としては厚生労働省の人口動態調査,日本産婦人科医会の胎児・新生児形態異常調査およびJSOG周産期登録が挙げられる.しかしながら,いずれも対象とする医療施設が異なること,疾患分類および死因分類がICD-10あるいは個別病名など多種にわたることから,基本情報のみではいずれのデータを用いても原因・背景検索が不可能であるのが実態である(図5).
さらに,死産届に用いられる分類としては現在,自然死産・人工死産の区分がなされているものの,自然史としての死産および何らかの介入処置を行った結果生じた死産の別と自然・人工死産の別とは当然のことながら対応しない.そのために,医学的見地からみれば介入あるいは予防可能な死産をこれらの調査結果から具体的に抽出することが極めて困難である.わが国における死産の実態を把握し,ひいては死産の予防に向けたevidenceを示していくためには,こうした疫学的調査面を整理,統括していくことが肝要と考えられる.
本原稿内容の一部は第43回日本周産期・新生児医学会学術集会で発表した.また,お忙しいなか,データ登録・送付をいただいている日本産科婦人科学会同産期登録参加施設の入力・登録担当の方々に感謝いたします.
■文献
1)日本産科婦人科学会2002年度固産期委員会報告.
日産婦会誌55:1195-1219,2003.
2)日本産科婦人科学会2003年度周産期委員会報告.
日産婦会誌56:872-885,2004.
3)日本産科婦人科学会2004年度周産期委員会報告.
日産婦会誌57:1070-1081,2005.
4)日本産科婦人科学会2005年度周産期委員会報告.
日産婦会誌58:1087-1094,2006.
5)母子保健の主なる統計(平成16年度).母子保
健事業団,2006.
6)Cunningham FG, et al,:Placental abruption, Wil-
liams Obstetrics, 22nd ed, pp811-819,MCGraw-
Hill Co.Ltd.,2005.
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