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(投稿:by 僻地の産科医)
医療維新 2008年02月14日
刑事司法が再び“暴走”する危険はないのか
医療事故への業務上過失致死傷罪の
適用の見直しが不可欠
井上清成(弁護士)
http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080214_1.html
1.刑事司法が再び“暴走”する恐れは?
厚生労働省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」での議論が進んでいる。厚労省が昨年10月にまとめた第二次試案に賛同する医療者も多い。確かに、医療事故に対して、医師法21条と業務上過失致死罪が“暴走”している現状を考えれば、医療者中心の死因究明制度ができるのは前進である。このまま医師法21条の脅威にさらされ続けてはいけない。しかしながら、この検討会で今まで全く議論されていない事柄がある。それは、刑事司法が“暴走”してしまった時の歯止めを設けなくてよいのか、ということである。
重要なのは、目の前の脅威だけではないと思う。現在は検察・警察の幹部も、「刑事司法を抑制すべきである」と考えているようであるが、死因究明制度でお墨付きを得て、躊躇(ちゅうちょ)せずに猛威を振るうかもしれないのである。少なくとも現時点では、刑事司法が再び“暴走”する恐れはないのか、また、“暴走”してしまった時の歯止め、つまり業務上過失致死罪を医療事故にどう適用すべきかといった将来に向けての冷静な議論が存在していない。
2.業務上過失致死傷罪の“暴走”の歴史
業務上過失致死傷罪の“暴走”は、何も医療分野に限ったことではない。
最高裁判所1985年10月21日決定で、谷口正孝最高裁判事が業務上過失致死罪の“暴走”に関連して、補足意見を述べた。「現行刑法典には、明治40年の制定当初から昭和16年の改正まで34年間の長きにわたって、過失致死傷罪については、その加重類型としての業務上過失致死傷罪の規定が存したが、重過失致死傷罪の規定はなく、…やがて昭和22年の刑法改正により過失致死傷罪についてその加重類型としての重過失致死傷罪に関する規定を刑法211条後段に追加し、…現在に至っているのである。」「過失致死傷罪についてその加重類型としての業務上過失致死傷罪における業務の意義として判例の示すところは、右の如く同じ加重類型としての重過失致死傷罪の規定を欠いていた当時に形成されたものであった。そこでは、単純過失致死傷罪に当たるとしか認められない事実について、刑の加重を導くためだけの理由として業務の意義を極めて広く解した事例も見られるのである。」「私は、右刑法の各規定前段に存置されている…業務上過失致死傷罪の加重類型は重過失による加重類型が整備されている現在既にその存在意義を失ったものと考える…。」
過失は、「重大な過失(重過失)」と「軽度の過失(軽過失)」に分けることができる。「重過失」に対しては、「軽過失」に適用される過失致死傷罪(現行刑法209条、210条)では刑が軽いので、重過失致死傷罪が設けられる以前は、その代わりとして刑が重い業務上過失致死傷罪の「業務上」の解釈を拡張して適用していた。ところが、重過失致死傷罪(現行刑法211条1項後段)が設けられて、業務上過失致死傷罪(現行刑法211条1項前段)を拡張して適用するのは終わるはずだったけれども、いったん拡張してしまった業務上過失致死傷罪はそのまま“暴走”を続けて現在に至ってしまったのである。
3.業務上過失致死傷罪は軽過失にも適用
「業務上」の解釈は拡張されてしまったまま、すべての医療に無批判に適用されてしまった。しかも、重過失に限定されることもなく、軽過失にも何らの検討なく当然に適用されている。現在においては、司法関係者のほとんどが、医療への軽過失での適用を当然のことと捉えており、何の省察もない。
せいぜい謙抑的に適用しようという機運もある。一つは、「重大な過失」に限定しようというものである。しかし、薬剤取り違えや患部取り違えはやはり重過失と捉えているようだし、未熟な医師が難手術を行おうとすれば、「無謀な過失」として重過失と捉えるらしい。もう一つ、「悪質な事例」に限定しようというのもある。しかし、「軽度な過失」でも処罰するという大前提を見逃してはならない。しかも、悪質か否かは、運用によってどのようにでも解釈し得る。例えば、証拠隠しをしたものに限らず、営利目的、実験的、名声追求の利己目的、説明不足でも、どのようなものでも悪質というレッテルを張られかねない。つまり、運用に歯止めがないのである。
患者や遺族は、刑事告訴の権利を有していて、この刑事告訴権を剥奪したり制限したりすることはできない。警察は刑事告訴があれば、必ず検察庁に書類送検しなければならず、捜査をし、最後は検察庁が必ず起訴・不起訴の処分決定をすることになる。起訴・不起訴は検察の裁量だから、軽過失さえ認められれば、後は運用次第でどうなるかの保障はない。
4.死因究明制度は手続法にすぎず実体法ではない
冒頭に述べたように、現在、死因究明制度に関する議論が進んでいる。現時点で制度ができなければ今後10年以上はできないかもしれないし、逆に、現時点で制度ができれば今後10年以上はそのまま固定され、再び刑事司法が“暴走”してしまうかもしれない。できた後の将来は、刑事司法の運用任せになってしまうのである。
翻って、死因究明制度に関する議論は組織法、そして、せいぜい手続法の議論にすぎない。業務上過失致死傷罪の適用をどうすべきかといった、実体法的な議論がされていないことは明らかである。
実は、実体法的な観点から見ると、死因究明制度ができたとしても、現状と何ら変わるところがない。相変わらず、医療はすべて「業務上」であるし、重過失に限らず軽過失も「過失」である。患者や遺族はいつでも、業務上過失致死傷罪での刑事告訴ができ、そこには何らの制約もない。主な変更点と言えば、まず医療者から警察への届け出という流れが、死因究明機関への届け出に変わるだけである。すなわち、「流れ」(つまり、手続)の順序が、「警察→鑑定」から「鑑定→警察」へと逆になったにすぎないとも評しえよう。さらには、「患者遺族の刑事告訴→警察→鑑定」という既存の流れは温存されている。
このような意味で、死因究明制度は手続法にすぎず、実体法(業務上過失致死傷罪の内容の改正)ではない。果たして、このままでよいのであろうか。このままで、将来にわたって再び刑事司法が“暴走”することを想定せずに足りるのであろうか、何らの歯止めを設けなくてよいのであろうか。不安を払拭しえない。
5.歯止めとしての業務上過失致死傷罪の変革を!
医師法21条の脅威を中心とした現時点での刑事司法の“暴走”に押さえを置くべきである。しかし、それのみにとどまらず、将来の刑事司法の別の形での“暴走”を抑止するために、歯止めとして、業務上過失致死傷罪の医療への適用排除と、重過失致死傷罪の修正活用と、そして、まずもって実体法上の「重大な過失」の内容を論議すべきであろう。
守旧的な司法関係者の究極のよりどころは、「国民感情」という魔術的な概念である。国民の処罰感情と言い換えてもよい。しかし、その根拠付けは必ずしも実証的ではないようである。現に一般国民は、「医療事故調査委員会」の議論の存在を知らないだけでなく、医療の不確実性と限界、医療の公共性と制約などをほとんど知らないであろう。知っているのは、「ゴッドハンド」と「事故隠し」ぐらいかもしれない。したがって、真の医療の情報や実情を開示し説明し、その上で真の国民の判断としての「国民感情」を云々すべきであろう。以上の次第であるので、死因究明制度を創設する際には同時に、将来の歯止めとして、業務上過失致死傷罪そのものの変革を何よりも期待したい。
井上 清成(いのうえ きよなり)氏
1981年東京大学法学部卒。86年弁護士登録(東京弁護士会所属)。89年井上法律事務所開設、2004年医療法務弁護士グループ代表。病院顧問、病院代理人を務める傍ら、医療法務に関する講演会、個別病院の研修会、論文執筆などの活動に従事。現在、日本医事新報に「病院法務部奮闘日誌」を、MMJに「医療の法律処方箋」を連載中。著書に『病院法務セミナー・よくわかる医療訴訟』など。
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