(関連目次)→代理母に関すること
(投稿:by 僻地の産科医)
今日は、代理母の問題点。
結構、法的にも問題点が多いんだなぁ。。。と納得o(^-^)o..。*♡
代理懐胎を「産婦人科医として」認める気にはならないし、
代理母は明らかなる「他人の健康の搾取」ですから、
まったくもって反対なのですが、
認めるとしても裁判所の介入、裁定が個々のケースで必要なこともみえてきます。
ぜひ一度、読んでみてください!
学会&当直中に論文があれこれ読め(て取込め)たので、なんとなくご機嫌です。
どうぞ!!!
代理懐胎 ―弁護士の立場から
福武 公子
(産婦人科の世界 vol.59 No.10 Oct, 2007 p35-42)
1.「代理母」と「借り腹」 生まれる赤ちゃんを引き渡すことを目的として懐胎出産する方法には,「代理母ケース」(図1)と「借り腹ケース」(図2)がある.生まれる子の遺伝的な母は,代理母ケースでは代理母であるが,借り腹ケースでは依頼者側の妻である.生まれる子引き渡すことを目的とする個人間の契約がはたして有効と言えるのか,出産した女性を母とする制度と依頼した女性を母とする制度のいずれが我が国の「公の秩序」として望ましいかが問題となる. 2.懐胎出産契約に付随する条件一懐胎母に対するいろいろな行動制限 「健康な赤ちゃんを懐胎出産して引き渡すことを目的とした契約]は,「当事者の一方かおる仕事を完成することを約し,相手方がその仕事の結果果に対して報酬を支払うことを約する]ことであり,「請負契約](民法632条)の一種である。懐胎母へ渡される金銭について,子を出産したことに対する「報酬」ではなく,懐胎母の失った時間を埋め合わせ,子どもを手放すことに対する「償い]の意味を持つと主張されることもあるが,法的な性室はかわらない. ①健康診断による選定……遺伝病や精神状態を含めた健康診断の結果,懐胎母としてふさわしいかチェックされる.タレント夫婦1)の懐胎母となった女性シンディは,遺伝病の有無,がん遺伝子,心理テスト,筆記テストを受けた後、2人以上の子どもがいることが条件とされた。 ②性交の禁止……精子の人工授精を受けたり、依頼者夫婦の受精卵を移植される前後には性交を禁止される. ③喫煙等の禁止……妊娠中には、喫煙・飲酒・麻薬の使用・処方箋や医師の同意のない薬物の使用は禁止される.1980年,アメリカで代理母第1号となったエリザベス・ケインは,「ワインを1杯飲んだだけで契約違反になるってこと?]と疑問を感じたと述べている。 ⑤中絶の自由はない………懐胎母には中絶の自由はない.多胎の場合には減数手術の是非が問題となるが,シンディはこの点について,「双子を産む自信がない,減胎した方がいいかもしれないと言ったが,依頼者妻の強い意思と希望をきき,医師の安全であるという説明を受けて双子を産むことを決心した]と悩みを打ち明けている. ⑥胎児に愛情を持たない……子宮を失った姉夫婦のために妹が借り腹となったケースを施術した医師は「妹に[自分の子じゃない,姉の子だと常に言い聞かせて欲しい』と言った」と述べている5).エリザベス・ケインは自分の子宮内で成長する胎児に愛情を感ずるようになったため,「この子は私の子どもだ,染色体異常があったとしてもこの子を殺しはしない.必要とあらば私は闘う,と思った]と述べているが,愛情を感じるようでは懐胎母にはふさわしくないとされる. ⑦生まれた子は直ちに引き渡される……懐胎母は生まれた子に授乳することはできない。懐胎母に対しては乳汁分泌抑制剤が投与される.依頼者側には懐胎母の出産に合わせて予めホルモン投与により乳汁加出るようにされた例も報告されている6).「授乳すると赤ちゃんに情が移り,離ればなれになるのがつらくなってしまうためだ.ベビーM事件に象徴されるような,ホストマサーが生まれた子を手放すことを拒否する事態を避けるための配言だろう」1)と言われている. 3.報酬や費用と懐胎母志願の理由 ①懐胎母が受領する金額は,アメリカ代理母第1号(1980年)では1万ドルであり,ベビーM事件(1985年)では「妊娠4ヵ月までに流産した場合には無報酬,5ヵ月以降の流産または死産では100Oドル.生まれたら1万ドル]とされた.タレント夫婦の借り腹ケース(2003年)では「保険等を除いて18000ドル,双子の場合には2000~3000ドル追加」とされく. 4.懐胎母の死亡や障害児出生に備えた契約条項 ①生命保険等の締結……妊娠出産の際に妊婦が死亡したり,重い後違障害になることも考えられる.事前の健康診断によってそれらの危険が極めて小さい女性であると認められる場合にのみ契約を結ぶとされるが,その上でなお,死亡した場合等に備えて生命保険契約等が締結されるケースもある.しかし懐胎母が事前の健康診断では問題がないとされたものの妊娠6ヵ月になって心臓病が発見され,8ヵ月目に死亡したテキサス州のケースも報告されている. 5.契約違反に対して強制執行できるか ①子の引き渡しを強制できるか ②喪失感を感じた懐胎母は面接を求められるか ③どちらも引き取らない場合はあり得るか ④懐胎母に子の引き渡しについて選択権を与えることは可能か 6.子どもたちに与える影響 子への影響は,懐胎母がすでに産んでいる他の子に対する影響と,契約によって生まれた子に対する影響の2つに分けられる.エリサベス・ケインは,子を手放した後,自分の息子が「赤ちゃんが消えちゃった]と悲しがり,心理学者から「何かを失った悲しみ]だと言われたと述べる.またカナダの精神科医が「懐胎母の兄弟姉妹への配慮がなされていないように思えます.代理母になった女性の子どもたちは,生まれた赤ちゃんが譲り渡されるのを見て,自分仁ちのいつか捨てられるのではないかという恐れや不安を募らせるものです」と述べたことも紹介している4). では,生まれた子どもはどう感じるのか.もともと子の引き渡しが条件とされており,流産・死産の場合には著しく減額されていたり,引き渡さない場合の違約金まで定められていることから考えると,子が売買されるという印象を免れない.出産した母がお金を得る手段として産んだと考えた時,子に与える影響は大きいだろう.成長した時,自分たちが売買されか「製品」だと知って,自尊心を失う恐れもある.これはAID児(第三者から提供された精子を利用して妻が出産し養育する子)がAID児であることを知って「生物学的親から自分は捨てられ売られたのだという感覚を持つようになる「私の父は25ドルで売った」と述べているのと同じであろう. 7.親や姉妹,ボランティアなら代理懐胎は許容されるか 代理懐胎をビジネスにした弁護士ノエル・キーンは,インタビューに笞えて「必要なのはグッド・ウーム(子宮)だけだ]と断言している.つまり,代理懐胎は女性を人工孵卵器として利用することであり,女性の身体を商品化していると考えられる.では,親族やボランティアならいいのか. ①祖母が孫を産むことは許容されるか しかし,閉経して子宮も萎縮し,高血圧・脳血管障害も出てくる年齢の女性に対し,女性ホルモンを投与して人工的に生殖機能を回復させて産ませた場合にどうなるかは未知の世界である.50代で妊娠出産した女性については,妊娠中毒症・出産時の大量出血・子宮摘出等,何らかの問題が報告されている.死亡や重い後遺障害の恐れもある.危険性は,若い女性が懐胎出産するよりもずっと高いと予想される. ②姉妹は許容されるか 8.「人間の尊厳」や「人体の尊重」を今一度考えるべきである フランスの法律は「他人のための生殖または妊娠を目的とする契約はすべて無効とする」と定める.その前提には「人体は人格が受肉したもので,人間の一部であり,それにふさわしい尊重を受けなければならない」という考え方がある.代理懐胎を禁止する理由が貧困層の女性に対する搾取・収奪を避けるだけならば,非営利団体だけが仲介をして,懐胎母にそれなりの報酬を支払うことにすれば,ある程度は解決できるかもしれない。しかし懐胎出産は,尊厳を待った人間を新しく生み出す行為である.身体は人格そのものである.健康な子宮だけを切り離し,生まれる子を引き渡すことを目的とする契約は「人体の尊重」を考えているとは思われない.「人体の尊重」こそが,生まれる子の尊厳や立場を考慮した「善良な風俗」=「社会道徳」ではないだろうか. 9.誰を法律的な母とするべきか ―借り腹と胚提供との違いは紙一重 ある夫婦の胚を他の女性に移植してその女性が懐胎出産するところまでは,借り腹ケースと胚提供ケース(図3)は同じである.違いは「その後に誰が育てるか]である.胚提供では,育てるのは懐胎出産した女性である.その女性と夫が,生まれる子の父母となる意思を持って胚をもらうのだから懐胎出産のリスクはその女性が負う。懐胎出産した女性に対して「人工孵卵器」であることを強制するのではない.ただし,胚提供を認めて制度化するについては,胚の段階からの養子と考えられるから,特別養子に準じて家庭裁判所が関与する等の制度整備が不可欠である.裁判所等が関与した結果,依頼者が父母としてふさわしいと法定された場合には,懐胎出産した夫婦を法律的な父母としてよい.残る問題は,生まれた子にとって遺伝上の父母を知る道が開かれているということだけである.こうして見ると,借り腹か胚提供か,子は誰に育てられるのかは,契約によって決まる.その契約が有効か,公序良俗に反して無効か,は生まれる子にとっては何の責任もない.生まれる前に,「私的な契約により,法律上の父母は誰かを決定する」ことは「公序」を覆すことになると考えられる.法律上の母は,生まれた瞬間に決定され,借り腹の場合には,その契約が有効であれば,その後に養子縁組を行うべきであろう. 10.ネバダ州等のやり方を日本で採用するのは困難である アメリカではすべて代理懐胎契約が有効とされているかのような報道があるが,代理懐胎契約を有効とする州,報酬や対価を伴う代理懐胎契約の締結を禁止する州,刑罰をもって禁止する州,禁止するが刑罰までは課さない州と,それぞれの状況に応じて異なっている.したがって,夫婦の住所,懐胎母の住所,契約の場所,産科病院の住所が違えば,適用される法律が異なって混乱するケースもある. 11.日弁連提言の意味 日本弁護士連合会は国会や政府が立法するにあたってはいろいろな意見表明を行ってきた.2007年1月19日には「『生殖医療技術の利用に対する法的規制に対する提言』についての補充提言―死後懐胎と代理懐胎(代理母・借り腹)について-」を行った.2000年3月の提言でも代理懐胎は禁止するとしていたが,近年の事態の変化を受けて禁止の理由を明確化したものである.日弁連は弁護士全員が強制加入している団体であり,「倫理問題については意見表明すべきではない」という意見も確かにあるが,代理懐胎は倫理問題にとどまらず法的問題であるから,女性の尊厳を脅かす恐れのある法律を作ることに対する弁護士総体としての強い懸念が大きかったために提言をするに至ったものである. 結論 ■文献
懐胎母は,健康な子を出産するという目的に向かって懐胎し,ほぼ10ヵ月にわたる妊娠の後に出産するのであるから、その行動にはいろいろな制限が付けられる.
④中絶要求の受容……出生前診断を受けて染色体異常等の有無を診断することを義務づけられ,異常等が判明した場合には依頼者夫婦は中絶を求めることができる.ベビーM事件では「(依頼者である)父の要求に従って中絶するものとする.中絶を拒否した場合には,契約は終了し,又は一切の義務を負わないものとする」と定められた.出生前診断の結果ダウン症にかかっていることが判明し、懐胎母は中絶に反対したが,依頼者夫婦より「あなたが中絶するのではない,我々の代わりに中絶するのです]と押し切られて中絶した例も報告されている.
②依頼者が支払う金額は,さらに病院への支払い,斡旋業者への支払い,保険料の支払い,裁判のための弁護士の支払い等も加算される.日本人夫婦が渡米して支払う金額は1000万円を超え,中には8000万円を超えたケースもあると言われている.
③懐胎母に志願する理由としては,貧困のためとされるケースが多い.シンディも「夫は自己破産しており,家のローンに報酬をあてることが代理母の目的の一つであったことを隠さなかった.また,中華人民共和国は「あらゆる形式での配偶子・胚の売買を禁止する.医療機関や医療関係者は,あらゆる形式の代理出産技術を実施してはならない」と法律で禁止しているが,拝金主義の弊害が社会全体に広がっており,高学歴の女性が授業料を払うためとか事業を興すのに必要な資本金を稼ぎたいとか,高収入を得ることを目的として懐胎母になることがあると報告されている。
②障害児出生……出生前診断によって異常が発見されなかったものの,出産時の事故等により障害児が生まれる場合もありうる.その場合には依頼者が引き取るとされることが普通である.しかし,「赤ちやんが健康な場合には1万ドル,障害のある子の場合には報削なし」とする契約もあると報道されている.
一般に,契約が有効に成立すると,当事者はこれに拘束され,契約条項を守る義務が生ずる.一方当事者が任意に義務を履行しない場合には,他方当事者は裁判を提起したり,強制執行を申し立てたりして契約内容を強制的に実現することができる.また契約に違反すれば,違反した当事者は他方当事者が被った損害を賠償する義務を負う.契約の中で,違反した場合の損害賠償金(違約金)を取り決めておくことも可能である.契約の効力というものは,法的にはとても強いものである. では,生まれた子を引き渡さなかった場合,依頼者側は強制的に懐胎母から子を取り上げることができるだろうか.ベビーMを産んだ女性は「赤ちゃんを抱き上げたら感動で一杯になり,もうこの子を絶対に手放せないと感じました」と言って引き渡しを拒否したが,州裁判所が引き渡しを命じたため,赤ちゃんは執行官の手で強制的に連れ去られたのである.州最高裁は契約自体は無効としたが,懐胎母の家は経済的に不安定だから母が子を引き取ることは「子どもの最善の利益」にはならないと言って,子の取り戻しを認めず,懐胎母には訪問権だけを与えた.アメリカは契約が強い効力を持つ社会であり,裁判制度はそれを支えているのである.この点イギリスでは,代理母契約は契約としては有効であるが,法的拘束力はなく,裁判所に訴えを提起して強行することはできない,とし契約の効力を弱めている.
ベビーM事件では代理母の訪問権は認められた.エリサベス・ケインは代理母1号として積極的に代理母になったものの,その後に疑問を感じ,ベビーM事件のさなかではマスコミを通じて「自分は息子を失った,その喪失感から立ち直れないでいる,代理母制度は残酷な制度である」などと語っている.では,借り腹ケースではどうか.裕福な白人夫婦が同じ職場で働く黒人看護師に懐胎出産してもらう契約をしたところ,妊娠7ヵ月になった懐胎母が自分で子どもを育てたいと宣言した事件で,カリフォルニア州最高裁は1991年,「好意から子どもの世話をした里親かベビーシッターのようなものだ」と述べて,法律上の母を依頼者とし,懐胎母については訪問権さえも認めなかった.
ベビーM事件では,出産後に障害が発見された場合には父が子を引き取ると定められていた.しかし,依頼者か自分の子ではないとして引き取りを拒否したり(1983年),代理母がHIVの感染者だったためにHIVに感染した子が生まれ,依頼者夫婦も代理母も引き取りを拒否した事件も起きている.引き取ることを強制できないので、子は施設等で育てられることになる.
アメリカでも懐胎母の権利を大幅に認める方針を打ち出すブループもある.妊娠を継続するかどうかは妊娠した女性が決める,出産後は出産した女性が親権を主張できる一定の期間を設ける。謝礼は出産の結果や子の健康には左右されない、とするものである.しかし,「健康な赤ちゃんをひき渡した場合は1万ドル支払う.懐胎母の気がかわり,赤ちゃんを手放したくなくなった場合には依頼夫婦に25000ドル支払う」旨を取り決めさせられた代理母クリニックもあった,と言われている。懐胎母に選択権を与えた結果,目的が達成できない可能性を含んだ契約を,多額の費用を支払って代理談胎を依頼する依頼者がいるのか,大いに疑問である.
日本でも,子宮を摘出した娘の代わりに50代の母が懐胎出産した例が報告されている.「姉妹や第三者に比べ,親子間なら新生児の取り合いにならないし,金銭的なトラブルも起こらない.既成概念からすれば奇異のことだが,子どもを産みたい娘の気持ちを親の協力で解決できる.母親が代理母になることはベストだと思う」と施術した医師は話している8).
外国における例を紹介しながら「孫を産もうとする代理母の行為は母の愛の行為である.特に先天性子宮欠損症の娘を産んだ母親の罪の意識は強く,娘の代わりに孫を産んでやれるのはその母親にとっては救いなのである.生体肝移植と同様,ドナーの「犠性的愛の精神」に基づく人助けの医療である」として賞賛する声もある。
厚生労働省が2007年に発表した国民意識調査では,借り腹ケースを容認する意見が半数を超え,懐胎出産してもらう女性としては「姉妹」が38%と一番多かった.依頼した夫婦にとっては自分たちの遺伝子を持った子をもうける方法であり,禁止したら気の毒だという意識だと思われる.しかし身内の場合には,「お姉さんが可哀想だと思わないの?」という一家総出の心理的圧力に抗することがとても難しいことが予想される.他人の受精卵が懐胎母の子宮内膜上皮に着床した後には,胚と子宮は一体となって胎児や胎盤となり,母体の血液が臍帯を経て胎児の中を駆けめぐる.母体は変化し,心身共に命がけで子どもを産むのである.「自分の腹を痛めた子」という言い方は大げさてはない.生まれた子が,自分とは遺伝的つながりのない子だという理由だけで,如何に自由意思で十分な説明を受けて同意したとしても、何の精神的な後遺症もないことがあり得るのだろうか.懐胎出産という大きな負担を,親であれ姉妹であれ,ボランティアであれ,他者に負わせる権利が認められるとは思われない.
ネバダ州など一部の州では,代理母・その夫・精子や卵子の提供者がすべて生まれた子の親としての権利義務を放棄すること,親となる意思を有する者が親になること,出産に関連した医療費と生活費のみを懐胎母に支払うこと等,裁判所による事前審査に不可欠な事項がすべて明確に書面として定められていれば,裁判所は子が生まれる前に契約内容を審査して有効性を確認する.その上で,「遺伝上の父母を法律上の父母と決定」し,病院に対して「出生証明書の父母欄に遺伝上の父母を記載した出生証明書の発行を命令」し,役所に「出生証明書の受理を命ずる」.裁判所は子の出生後も必要があれば介入し,子の引き渡し拒否が生じた場合には,親になろうとする者に子を引き渡すように命じたりする.契約が有効と認められなければ,原則に戻って,子の法律上の母親は出産した女性ということになる.
誰が法律上の母であるかを決定する「公序]はそれぞれの国や地域によって異なるのはむしろ当然である.我が国の裁判所に対し,子が生まれる前に,子の引き渡しが「児童の権利に開する条約」違反にならないか懐胎母に課せられた「健全な子」を産むための制限が過度の制約にならないか、懐胎母や子に疾病や障害や死が発生した場合どうするのか,依頼者側か懐胎母に対して中絶を要求することは認められるのか,懐胎母に渡す補償や対価は妥当なのか等を事前に検討する権限と義務を課すことは,現在の日本の裁判制度では不可能である.アメリカでは,人口1万人あたりの裁判官の数は日本の5倍,弁洋上の数は25倍である.契約を締結してそれを守らせようとする意識が生活の隅々にまで行き渡り,少額の消費者問題であっても裁判を起こす国である.また,アメリカは生命維持装置の取り外しの是非の決定を裁判所に求めたりする歴史を持っている.我が国で,同じ役割を裁判所に求めることはできない相談である.特に裁判所が,子が生まれる前に「遺伝上の父母を法律上の父母」と決定するということは実務的に考えがたい.なぜなら,代理懐胎契約のうち「子の引き渡し条項」に強制力を持たせられないから,仮に「遺伝上の父母を法律上の父母」と決定したとしても懐胎母が子を引き渡さず養育していけば,再び「母は誰か]の問題が蒸し返されるからである.
我が国で禁止しても,外国代理懐胎するケースはなくならないかもしれない.法務省は,外国判決に出生前の子の認知の効力があるとみなして,出産した女性を母,依頼した夫を父とする出生届(これは非嫡出子の届けである)を提出することによって,法律上の父母が確定し,子は日本国籍を取得するとの考えを持っているようである.代理懐胎契約では,出産した女性やその夫は子に関しては何の権利義務も特たないとするのが内容になっているが,それは日本における法解釈(つまり公序)を考慮しないまま作成されたものであり,少なくともその部分は無効だと考えられる.子の福祉を考えたならば,依頼考にとっては不満であろうが,認知という考え方をとるべきであろう.
家制度が崩壊して60年、妻の役割は跡継ぎの子を産むことだけではない,子どものいない家庭,子どものいない人生も一つのあり方として形成されつつある.しかし,代理懐胎を含めた生殖医療技術を,技術的に可能であるからと言って歯止めなく認めていけば,不妊夫婦とりわけ女性に,他人から卵子や胚をもらっても出産する義務かあり,また,他人に懐胎出産させても子を特つ義務を負わせることになる.「まだ代理懐胎という手段かおる,頑張ったら?」と言われる恐怖が不妊女性やその周辺の女性を支配するかもしれない.
日本人は「契約」の特つ意味を真剣に考えるのを避けているように思われる.代理懐胎を認めるということは,法的にみれば,ある夫婦かある女性に懐胎出産を依頼し,その女性がそれを引き受けるという契約に強制力を認めることである.契約を守らない者に対して裁判所を利用して強制的に守らせることができなかったとして損害賠償請求することはできる.懐胎母は,自分の意思で同意したのであるから立場は対等だ,とはとても言えない.
医学の進歩は著しい.次があれば,走り続けざるをえない人もいる.その分女性の苦しみは深まっている気がする.
1)向井亜紀:会いたかった一代理出産という選択.幻冬舎,2004年.
2)大野和基:向井亜紀の代理母.週刊女性セブン 2004年2月5日号.
3)大野和基:向井亜紀の代理母が語った「報酬」と「自己破産」.週刊朝日2006年11月3日号.
4)エリサベス・ケイン著,落合恵子訳:バース・マザー ある代理母の手記.共同通信社,1993年.
5)朝日新聞2001年5月29日.
6)廣井正彦:代理懐胎をめぐる諸問題.産と婦 69(6): 743-752, 2002.
7)倪 正茂:中国における法と倫理―代理出産問題をめぐって.シンポ「代理母と現代社会―東アジアの視点から-」,2006年.
8)朝日新聞2006年10月15日.
9)星野一正:犠牲的精神に基づく代理出産は,容認すべきではないか.時の法令 N0.1686,2003年3月30 日号.
10)「生殖医療技術の利用に対する法的規制に対する提言」についての補充提言-死後懐胎と代理懐胎(代理母・借り腹)について-,日本弁護士連合会(2007年1月19日).
なんでこういった意見を、マスコミは取り上げないんでしょう?
アンケートだと代理母って賛成派が若干多いですよね。
周りに賛成の人がいないんですけど。
投稿情報: せんせい ありがとう♥ | 2007年12 月 6日 (木) 15:34