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(投稿:by 僻地の産科医)
勤務医と医師会ー真の協調の基盤は作れるか
(日本医事新報 No.4365 2007年12月22日 p18-21)
『医療崩壊』の著者・小松秀樹氏(虎の門病院泌尿器科部長)の“ゲリラ講演”をきっかけに、勤務医医師会の創設が俄に現実味を帯びてきた。日本医師会をはじめ既存の医師団体の対応が注目される。
小松氏「勤務医医師会の創設を」
11月17日、長崎市。九州医師会医学会で講演した小松氏は、会場の医師会員に『日本医師会の大罪』と題した文書を配布。その上で日医が死因究明制度に関する厚生労働省の試案に賛成したのは、現場の医師、特にリスクの高い医療を放棄できない勤務医に対する「裏切り」だとして、「すべての勤務医は日医を脱退して、勤務医の団体を創設すべき」と訴えた。
医師会の会合に招かれた演者が日医を批判するのは極めて異例。それでも会場の医師会員は熱心に聴き入り、最後は大きな拍手が起こった。握手を求めて小松氏に駆け寄る医師会員の姿もみられた。
小松氏は、この日配布した文書を本誌を含むメディアに事前にメールで送信、講演の取材を呼びかけていた。医療系ブログを含むネット上の複数のメディアやメールマガジンが文書の全文を掲載、その読者が知人に転送を繰り返すことで、氏の主張は医療界内外の不特定多数の目に触れ、波紋を広げていった。
日医、「同じ土俵に乗りたくない」と静観
小松氏の批判に対し、日医は「誤解がある」としながらも、「同じ土俵に乗りたくない」と静観する構えをみせている。
ただ、小松氏が「医師個人の法的責任追及が目的」と危険視する厚労省試案については、同省が意見募集した際、福岡県医や神戸市医も同様の懸念を表明している。そのため、担当の木下勝之常任理事は12月5日の『日医ニユース』で、試案の目的は「刑事介入を避ける新たな仕組みの法制化」と改めて説明し、日医の取り組みへの理解と支援を会員に呼びかけた。
小松氏はその後も講演などで日医批判を展開。「実施すべきは勤務医医師会の創設と、患者により安全な医療を提供するための勤務環境改善、再教育を主体とした医師の自律的処分制度を含む体制整備」として、現場の医師に「意思表明と行動」を呼びかけている。
「全国医師連盟」が来年1月総決起集会
その呼びかけに応えるかのようなタイミングで、若手有志による新たな医師団体創設の動きが明らかになった。「全国医師連盟設立準備委員会」(執行部世話役=黒川 衛長崎県西海市真珠園療養所勤務医)は11日、「地域・世代・診療科・医局を超え、真の社会貢献を果たす専門家集団としての医師新組織」を来春創設すべく、1月13日、東京ビッグサイトで「総決起集会」を開催すると発表した。
設立準備委には勤務医、研究者のほか開業医も参加。医師会や学会など「既成のアカデミアやギルド」への依存から脱し、
①個人加盟の医師労働組合の創設、
②誤報訂正など記者向けの事案解説、
③医療過誤冤罪防止と各医師団体への自浄作用発揮の働きかけーといった活動を進めるという。
総決起集会には小松氏や本田宏氏(済生会栗橋病院副院長)も参加し、挨拶や講演を行う予定だ。
新たな医師団体、特に勤務医医師会については若手だけでなく、医療界のリーダーも公然と発言するようになっている。外科、内科看護系学会の三つの社会保険連合が9月に開いたシンポで出月康夫氏(日本医学会副会長)は、「日医にも勤務医委員会があるが、ガス抜きの会だ。病院勤務医が自ら行動を起こすことが必要な時期に来ている」と指摘。田中雅夫氏(日本外科学会副会長)も「『病院勤務医連合』をつくるべき。(構成員が多い)看保連と組めば、強い発言力を持つ団体になれる」と提言し、注目を集めた。
日医「勤務医の負担軽減が最優先課題」
改めて問題となるのが勤務医と日医の関係だ。会員の約半数が勤務医であるにもかかわらず、日医は「開業医の利益擁護団体」としばしば誤解されてきた。
勤務医会員のほとんどは会費の安い(医培責の適用を受けない)B会員だが、B会員には代議員選挙の投票権がないとの誤解があり、それが「勤務医の声が反映されない」と批判される原因ともなっている。
また、かつて医療事故問題を扱ったテレビ番組で、当時の日医会長が「事故を起こしているのは私どもの会員ではない」と発言したことに象徴されるように、勤務医や非会員医師に向けた広報戦略が不十分だったことも否めない。
これに対し、現唐澤執行部は「日医が勤務医の問題を軽視してきたと言われても仕方ない」と率直に認め「日医は変わる」との姿勢を強く打ち出している。政策の最優先課題に掲げるのも「勤務医の負担軽減」だ。
ただ、日医が勤務医のために具体的に何をするのか、当の勤務医にはまだ見えにくいのが現状のようだ。次期診療報酬改定の目玉の一つ、診療所の夜間開業の評価についても、初・再診料引下げの可能性が残る中、日医は「勤務医を救う保証はない」と主張している。
11月30日の都道府県医勤務医担当理事連絡協議会では、「(次期改定の)5・7%の引上げ要望でも、地域医療、医療安全・・・とオブラートに包んだ言い方で、本当に勤務医のためにやっているのかわからない」「100%の組織率を目指すより、既に各県に組織されている勤務医部会で勤務医の意見を汲み上げ政策に反映してほしい」「勤務医は腰を上げろと求めるのではなく、自ら出向いて顔を見せ、直接話を聞くことが勤務医の意識を変える」など、執行部の姿勢を問う声が相次いだ。
これに対し鈴木満常任理事が「先生方の窮状はよくわかっているが、我々は何をすればいいのか」と改めて問いかけるなど、互いにもどかしい感情を残したまま散会した。
「終わりの始まり」か「再生」の好機か
小松発言や新組織創設の動きを、識者はどうみるか。
「今の日医は経団連と連合が一緒になっているようなもの。経営者と被雇用者が一つの団体を構成するのは組織論的にあり得ないと指摘するのは信友浩一氏(九大教授)。坪井栄孝氏が日医会長の頃、「勤務医による第二医師会構想」を提言したことがあるという。
「二つの医師会が相互補完・牽制しながら国と対峙すればバーゲニングパワーが高まりますよ」と話す氏に坪井氏は、「私は理解できるが、お前がそれを外で語ると『全共闘世代が何を言い出すか』と叩かれるだけだぞ」と苦笑したそうだ.上昌広氏(現場からの医療改革推進協議会事務局長)も労働運動の盛り上がりに期待を寄せる一人。
「今の勤務医の働き方は明らかに労基法違反。勤務医の労組というものを初めは小さくても作れると考えている。要は世論がどう動くかだが、運動が大きくなれば、最終的には医師会とマルチするのではないか」 一方、医師の力を日医に結集するよう一貫して訴えてきた黒川清氏(内閣特別顧問)は、小松発言について「恐らく建設的な動きにはならない」と否定的だ。
患者の立場から辻本好子氏(COML理事長)も、日医を敵に仕立てることで勤務医の団結を促すようか小松氏の戦略を「時代遅れ」と指摘。「勤務医の声が抑えられている状況はよくないが、今ある組織の中で互いに向き合い話し合うことをしてほしい。対立からは何も生まれない」と訴える。
日医は今回、勤務医の労働環境改善や会費による会員身分の区別、強制加入組織化と自浄作用(業務統制)など、長年の懸案ながらなかなか具体的成果を出せずにいた課題を外部から突きつけられる形となった。その多くは学会や病院団体など、他の既存の医師団体のあり方にも関わるものだ。
既存の医師団体にとってこれは「終わりの始まり」か、「再生」への好機か。すべての医師が真に協調・団結する基盤をつくれるかどうかは、その自己改革の意識と実行にかかっている。
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