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(投稿:by 僻地の産科医)
今週の読売ウィークリー
発売日・10月29日(月) 2007年11月11日号
http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/
――第3弾!!――
産院「空白」マップ 東京、千葉、栃木
★全国産科医激怒の福島・法廷ルポ
激務、訴訟リスク、薄給でなり手激減
「産婦人科医の2007年問題」
(読売ウイークリー 2007年11月11日号 p95)
9月30日、静岡・熱海温泉のホテルに、関東に長野、静岡、山梨を加えた10都県から産婦人科医約100人が集結した。
日本産婦人科医会の関東ブロック協議会出席のためだが、医師たちの共通の関心はもちろん、「産科崩壊」だ。
各都県の担当者がそれぞれ、深刻化する地元の状況を訴えた後、シンポジウムに移り、「外国人医師導入も考えては」「研修医たちを産婦人科に勧誘しなくては」など、パネリストと、会場の医師らが熱心に意見交換した。関東ブロック会長を務める町田利正・東京産婦人科医会長は、
「医師不足という強い危機感を共有し、近年にない白熱した会合になりました」
と感慨深げだ。
産婦人科医にとって、昨年は「苦渋を味わった年」(有沢克夫・静岡県産婦人科医会長)だったからだ。福島県の「大野病院事件」、奈良県の「大淀病院問題」、横浜市の「堀病院事件」と、産婦人科医のお産離れに拍車をかけた事例が相次いだ。これは「3大事件」(海野信也・北里大学教授)とも呼ばれる。医師不足や周産期救急システムの不備を背景に起きた大淀病院事件は、全国どこでも起こり得る「未来予想図」であり、堀病院事件の底流にあるのは助産師不足で、主に開業医を揺さぶった。
お産の現場から次々離れる産婦人料医たち。その現状はどうなっているのだろうか。
まず、全国の産婦人科医総数はどうか。厚生労働省の調査によると、2004年現在で1万1282人、産婦人科、産科を掲げる医療機関も5000以上あるとされてきた。しかし、日本産科婦人科学会が05年11月現在のお産を扱う医師数を調べたところ、わずか7873人。お産を扱っている医療機関も3056施設にとどまり、「予想を大きく下回る結果」(同学会)と関係者に衝撃を与えた。病院総数は03年に比べて1割減っていた。石渡勇・茨城県産婦人科医会長は、
「産婦人科医の2007年問題で、ますます事態は深刻になっていきます」 と警鐘を鳴らす。1945年から48年生まれの団塊の世代の定年退職が今年ピークを迎えている。大学教授など多くの管理職医師、市中病院の責任者クラスが退職、この年齢層の開業医も、激務のお産から大勢撤退しつつあるというのだ。
実は、全診療科で見ると医師総数は増えているのだが、産婦人科医、分娩施設は大幅な減少傾向をたどっている。それでも今年2月の衆院予算委員会で、柳沢伯夫・元厚生労働相は、「少子化に伴い出生数も減少しているので、出生数当たりの医師の数が減っているわけではない」と答弁した。少子化に伴う現象だと言わんばかりだが、海野教授は、こう反論する。
「産婦人科の診療分野は分娩だけではありません。不妊治療や婦人科系がんでは患者が増加していますし、分娩施設数の減少は出生率の減少率を上回って進んでいます」
新研修医制度が引き金
全国の産科崩壊ドミノが倒れる最初のきっかけは、国が04年度から導入した新医師臨床研修制度たった。産婦人科医がもともと少ないうえに、研修医の大学医局への入局が激減してしまったのだ。日本産科婦人科学会の会員数も減った。地方への派遣を望まない若手医師が多いため、地域格差も広がった。柏崎研・埼玉県産婦人科医会長は、こう解説する。
「新研修医制度によって2年間各診療科を回った若手医師は、激務と苦悩、医療事故に伴う訴訟リスクに怯える産婦人科の先輩医師を間近に見て、産婦人科を敬遠しています」
これまでは大学が医師供給源として関連病院に医師を派遣して地域医療を支える構図だったが、人手不足に陥った全国の大学は、関連病院から次々と医師を引き揚げた。全日本病院協会の04年の調査によると、病院の17%が常勤医の引き揚げがあったと回答し、非常勤医についても、31%の病院が「引き揚げがあった」としている。
産婦人科医の高齢化も目立つ。厚労省の調査によると、60歳以上の産婦人科医は全体の27%(全診療科平均は20%)を占め、平均年齢は50・4歳(同47・8歳)に上る。前出の柏崎会長によると、個人経営の病院や診療所は後継者不足だが、親の産科医も自分の子に産科医になるよう勧めなくなっているという。高度な医療機器や施設が必要になり、巨額な資本投下がいるうえ、家族サービスもままならない激務だからだ。自分の子に産婦人科医になることを勧める大学医局の産婦人科医は14%しかいないという調査データもある。
開業医1人がお産をやめるだけでも、その影響は決して小さくない。仮に年間300件のお産を扱っていた診療所がお産をやめるとする。出生数は人口の0・9%程度だから、それは人口3万人以上の分の「お産」の受け皿が失われることを意味する。
若手産婦人科医の7割を占める女性医師の待遇改善も急務だ。女性医師は結婚・出産すると、家庭と仕事の両立が困難になり、お産の現場を離れがちだからだ。
深刻な大学病院の医師不足
本来は、正常分娩は診療所や単科病院(一次医療機関)、中程度のリスクの分娩は、総合病院(二次医療機関)、高リスクは総合周産期母子医療センター、大学病院(三次医療機関)と機能別に役割分担すべきだが、お産取り扱いをやめる一、二次病院が急増した結果、この構図が崩壊。三次病院にも正常分娩の妊婦が押し寄せ、本来の高リスク妊婦に対応し切れない恐れが出ている。
ただし、大学病院に医師が集まらないのは、待遇の悪さも一因と言えそうだ。関東ブロック協議会の実態調査委員会が関東10都県の大学一般病院計200施設を対象に行ったアンケート調査(回答率74%)によると、経験10年程度の産婦人科医の平均年収は大学病院で国公立大615万円、私立大553万円。その他の一般病院では国公立1262万円、私立は1293万円、年俸制では1711万円で、大学病院の待遇はその他の病院の半分以下だ。委員長の栃木武一・川口市立医療センター副院長は、
「大学病院の医師不足は待遇の悪さも一因でしょう。研究・教育機関だから待遇を抑えている側面もあるのでしょうが、病院できちんと勤務している医師には生活保障をすべきです」 と指摘する。20大学病院の産婦人科医数は平均22・3人で、不足人数は1病院あたり12・7人だという。
現在も3大事件の「余震」は続き、お産を扱う産婦人科医が減り続けているのは間違いないが、正確な現状を把握するのは非常に難しい。「医師免許があれば、基本的にどの診療科を名乗っても構わない『自由診療制』であるため」(厚労省)で、病院や診療所がお産をやめても、国や県、医師会などへの届け出義務もないからだ。その分、妊婦が右往左往した揚げ句、遠方の施設に通わざるを得なくなっている。
結局のところ、激務でストレスも強く、万一、医療事故が起きれば訴えられ、これらに見合った報酬もない。「ハイリスク、ローリターン」(桑江千鶴子・都立府中病院産婦人科部長)なのだ。これでは、産婦人科医のなり手がないのも当然かもしれない。
【大淀病院事件】奈良県大淀町の町立大淀病院で昨年8月、妊婦が出産時に脳内出血で意識不明となり、相次いで転読搬送を断られた末、搬送先の病院で死亡した問題。奈良は母体や新生児に高度な医療を施す「総合周産期母子医療センター」未整備県の一つでもあり、妊婦に対する救急医療体制の不備が表面化した。遺族は担当医と町を相手取って損害賠償訴訟を起こしている。
【堀病院事件】「出産数日本一」を誇る産婦人科医院「堀病院」(横浜市)で、助産師資格のない看護師や准看護師が、妊婦の産道に手を入れてお産の進行具合を調べる「内診」という助産行為をしたとして、神奈川県警が昨年2月、保健師助産師看護師法違反で院長ら11人を書類送検した。同法では助産行為を行える者を医師と助産師に限っているが、病院や診療所は深刻な助産師不足を背景に助産師確保に四苦八苦しており、堀病院に限らず全国各地の個人産院で以前から看護師が無資格助産を行っていたのが実態だった。横浜地検は今年2月、「産科医療の構造的問題」として、起訴猶予処分とした。
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